ウェルカムトゥーバノ
そうこう話しているうちに、汽車の速度がゆるやかになっていく。
やがて汽車は蒸気の音を盛大に鳴らし、重たい機体を停車させた。
バノの駅に到着したのである。
バノの駅もなかなか質素だった。荒れ地の色を連想する。
リドは立ち上がった。それと同時にミルアも立つ。
二人とも相手を見て、怪訝な顔をするが、それでも一言も声を出さず、汽車の同じドアから出ようとして、リドが歩みを止める。
「お前、まさかここで降りるのか?」
「ええ」
「こんなところに、か?」
「そうよ」
さっきまでの無表情を一変させて、リドは眉をひそめた。
ここは野良機械がいるはずで、大人の男でも、一人出歩くような無謀な真似はしない場所のはず。
いや、一つ例外を除いて――
「お前、機械抹消に勤めているのか?」
恐る恐る、リドは尋ねた。
しかし、目の前の少女はキョトンとした顔で。
「えっ? そんなそんな。めっそうもない。
あそこに入るのは大変でしょ。ほら、試験とか訓練とかあるし……」
だが、リドはさらに顔をしかめる。
「じゃあ、お前。ここに何しに来た」
機械抹消のチームにも入らず、野良機械出没の噂があるところに来る。武装しているようにも見えない。
これはもう、自殺行為以外のなにものでもないのである。
「別に。リドには全然関係ないことよ」
彼女は寂しそうな顔をした。そして、いきなり笑顔を作った。
「それより、リドこそなんでこんなところに来たのよ」
「俺か……」
一呼吸置いた。
「俺は、つまり観光さ」
嘘をついた。
「観光? こんなところに?」
「別に。お前には全然関係ないことさ。
あれ? これはお前のセリフだったかな?」
嫌味たらしく言い、ミルアの反応を見る。彼女は、きょとんとしたまま、それは確信めいた顔で頷くのである。
「お互い、秘密が多いね」
この場面で、何も分からない時に使う、もっとも適切な語句だった。
(なぜに車で行かねばならん)
リドはこの時、機械抹消の本当のケチさを知った。
機械抹消にはホバーバイク(機体を地面から空気で浮き上がらせて進む自動二輪車)のようなハイテク機械も、ゲップが出るほど格納庫につめこんであるはずである。
第一ホバーバイクでくれば、汽車にも乗らなくてよかったし、一晩宿屋に泊まる必要もないはずなのだ。
今リドは、用意されていたとてもとてもぼろい車を、バノの街に向けて運転中だった。車は地元のものらしい。この車の元運転手は、一体どうやって街に帰ったのだろう。それとも、汽車でどこかへ行ってしまったのだろうか。きっとそうだろう。
まあ、そんなことはどうでもいいことである。
駅から街まではさほど離れていない。
その間に、少し回想しようと思う。
もちろん、二人は二手に別れた。
リドは車が置いてある駐車場へ。
ミルアは……よく分からないが。リドはそこらへんをあまり深く追求しなかった。そういう性質なのだ。
別れ際、ミルアはありがたそうな顔をして、そそくさと去った。
『そそくさ』という部分が、気にならないではなかったが、やはりそこらへん突っ込むのは、自分らしくないと言い聞かせ「また会えるといいな」という言葉を捨てぜりふに、ミルアに背を向けすぐさま車に飛び乗り、――現在に至る。
本当にまたあえたらいいなぁ。とか、またも自分らしくない事を考えていた事に気付き、首を大きくブルブルと横に振った。
首を振った瞬間、手がぶれ、ハンドルをきり過ぎ、車体が傾き、急ブレーキ。
砂ぼこりがもうもうとたち、車の窓が真っ茶色。ポンプで水を噴射し、ワイパーで窓についた土をあらかた落とす。
――間抜けだと思った。
こんな光景を人に見られたら。と思うと鳥肌が立つ。
しかし、ワイパーで開けた世界を見て、リドは思わず両手で顔を覆った。
つまり、バノの街に到着していたのである。入り口付近にいるらしく『ウェルカム、バノの街へ』という看板が立っていた。入り口は車二台がやっと通れるくらいで、その周りはずっと柵で、街を全て囲っていた。
そして入り口近くの家から、急ブレーキの音を聞きつけたのか、住民がひょっこり顔を覗かせている。
リドは恥ずかしいやら、腹が立つやら。人生最大の苦々しい顔で、住民達を睨んだ。
住民達はリドの形相を見て、ひとたまりもなく、わらわらと家の中に戻った。
憮然たる顔のまま、リドは車を街に走らせるのだった。