その青年、撃剣師範
穏やかな笑み、というより表情の読めない笑みで彼は答える。
「ええ。そうですよ、俺が新撰組1番隊組長の沖田総司です」
「…な、なんで沖田さんが?っていうか、今、"総長"って言いました?」
そう聞いたのは十郎で、その問いに答えたのは意外にも沖田ではなく紫音だった。
「いい忘れてたけど、今回私と待ち合わせしてたのは"新撰組の総長"さんなんだよ」
チュンチュン……
鳥のさえずりがよく聞こえる沈黙が流れた。
時間にしておよそ10秒。
その長い沈黙を破ったのは
「「……は?」」
十郎と経本の間の抜けた声だった。
「?なにか問題あった?」
「えっ、いや、なんていうか、問題っていうか…」
「私、姉さんが死ぬ前から新撰組と仲いいよ?ですよね沖田さん」
……衝撃の新事実である。
沖田が肯定の笑みを浮かべるのを見たふたりは目を回してしまった。
「もう意味わかんねえ…」
「同感です…経にぃ…」
「そもそも接点なさすぎるっつーかーーーー」
そこまで言って経本がはっとした。
「まさか…お前が通ってるっつー道場って…」
「うん。ここ」
「………」
言葉を失うとはまさしくこういうことを言うのだろう。
何も言えなくなったふたりを尻目に、紫音は沖田に向き直った。
「ところで、"総長が忙しい"って言ってましたけど…山南さん何かあったんですか?」
「あの人はいつも忙しいですよ。ただでさえお節介が過ぎているというのに、食客に近いとはいえ、外の人にまで気を配っているんですからね…全く」
半分皮肉のようにも聞こえるその言葉に、紫音は少しむっとする。
「あの、勘違いしないで頂きたいんですけど、今回のことは山南さんの方からの呼び出しであってーーーーーーー」
「あ、いや、ちゃんとそれは分かってますよ。別に、藤月さんのせいであの人が忙しいんだ、なんてことを思っているわけではないんです。ただ…このところ、あの人はずっと隊のごたごたで駆け回ってる…ってことを分かって欲しかっただけなんです。………俺との稽古すらサボるほどにね…」
一瞬殺気の様なものを感じた気がしたが…まぁ、気のせいだという事にしておいた。
だって、あまりにも"殺し"のイメージとかけ離れている彼の柔らかい笑みを見てしまった後だ。
"殺気"なんて出すはずが………ない…とも言い切れないのが沖田総司という男。
「相変わらずの鉄仮面っぷりですね…やっぱり沖田さんとの稽古はしたくないです…」
「おや。まだだめですか…1度くらい本気で藤月さんと打ち合ってみたかったんですけどねぇ…」
心底残念そうに沖田は言った。
実を言うと、紫音こと『藤月 紫音』はただの一般町民ではなかった。
では何なのか。
一言で言えば、いわゆる……"剣士"だ。
沖田との会話を聞けばわかる通り、そこそこどころか相当腕が立つ。
幼い頃、1度経本の通う道場に見学に行った際、一瞬にして剣術に目覚めてしまったのだ。
……女子にも関わらず。
当然周囲の批判もすごかった。
だから紫音は独自で剣術を学んだ。
新陰流を使う経本が1番の先生でもあった、が、
しかし紫音の天賦の才は周りの予想をはるかに上回っていた。
『悪い紫音。俺じゃあもうお前に教えられねぇよ』
かつて経本はそう言った。
そして内心では紫音のその強さに半分は尊敬、半分は恐れを感じていた。
ーーーこんなに剣術に優れた女がいていいのか。
経本は紫音の幼馴染であり、親友でもある。
彼女のこの先の将来が不安で仕方なかった。
なのに。
「俺の不安と心配は……?」
経本がうなだれるのも当然だった。
ーーーーいつの間に新撰組で食客になってんの!?しかもなんで最強と名高い沖田総司さんとやり合ってんの!?仲いいの!?俺の心配してた時間を返せえええ!!!
経本の心の叫びに最初に気づいたのは十郎で、
彼は『ドンマイ』とでも言うようにぽんっとその方をたたいた。
<続>




