好きなあの子の食べかけフランスパンが勇者の剣だったんですが
勢いだけです
鶏より早く起きた僕は太陽が地平線をこんがり赤く焼くのをみて直感した。曇り一つない快晴になると。僕はおもった。
だからあの子へ告白しよう!
授業中に必死に呼び出しの文面を考えて、丁寧に丁寧に「屋上でまってる」と破ったノートの切れ端に書きつけた。
昼休みにあの子にそれを手渡して僕はスカートをぐちゃぐちゃにしながらダッシュで階段を駆け上がり、ギィギィなくドアをがんばって開けて。真っ白い空を背に呼び出したあの子をおもう。
かすみ見たいに薄ぼんやりとした果てが遠いような、ちかいような。曖昧でひたすらに柔らかい冬の晴天はあの子の優しさによく似てる。
僕の出来が悪い脳みそが、だけどしっかり覚えてるんだ、あの子が冬の空が好きとほのかに僕に笑ったのを。僕はその場で跳ね回るくらい嬉しくて、天にも上りそうな気持ちで。
その幸せな気持ちを何度だって思い出せるから僕は冬が好き。
僕の幸せが一番よく見える場所で、あなたが好きな空に近い場所。凍える冬風の中でも身体中がポカポカして、目の前のドアが開くのを、あなたがここに来るのが今か今かと待ちきれない!
くっうー落ち着かない!
そこら中を不規則にぐるぐる動き回ってるが、ちっとも高揚した気持ちは収まらない。
僕の動きの軌道が8の字型に固まりかけて別のパターンを模索し始めた頃にパタパタと軽い足音がしてきた。
来たー!
歓喜のあまりかろうじて早歩きだったのがシャトルラン後半並みの速さでスーパーボールみたいな動きしかできなくなってきた。
音はどんどん近付いてくる。早く止まらないと!
そう思うのに頭と神経とが繋がらなくなっているのかもっとハイペースになってしまう。これじゃぶつかってしまう。
ガチャーギギィーギギ
うわーうわー来ちゃった!来ちゃったよ!告白告白しないと!
ゆっくりと開かれる扉、明らかになっていくあの子顔。フランスパンが大好きみたいでいつもお昼はそれだった、フランスパンを咥えているあの子が!
いつのまにか止まっている震える足に力を込めて、口を大きく開けて叫んだ!
ススキキキキでです!つきぁってくだしゃしゃいいいい!
いった!いってやったぞ!
僕の突然の告白に驚いたのかあの子のフランスパンが落ちていく。とっさに拾おうとする僕。吹き付ける風。めくれそうになるあの子のスカート。
突然視界が変わる。気づけば僕はフランスパンを握りしめて魔王と対峙していた。
なんでだ?というかこのフランスパン、あの子の食べかけフランスパンじゃないか!この歯型間違いない。
間接キスできるのでは?
僕の脳裏に稲妻が駆け巡る。周りには目の前の魔王しかいない!チャンスだ!
ゆっくりと口をちかづけていく僕に静止の声をかけてきたのは僕の心の天使。
人としてこれはダメなのでは?
悪魔がいう。
公開間接キスだ!人前で見せつけるようにキス!すごい!変態的!興奮する!
「ハレンチだ!」
僕は叫んだ。
、、、ハレンチだ。
天使が顔を赤くして追従する。
どうせ目の前にいるのは魔王だ!人間じゃないから擬似的な人前!大丈夫!
悪魔が詭弁を述べる。
そう言われればそうですね。ならいいのでは?
天使はバカだったのか。僕はおののいた。
「人前かどうかは問題じゃない!彼女の許可なく勝手に間接キスするかどうかが問題だ!」
僕はそう指摘した。ーー悩む僕たち。
「攻撃しないのか?」
魔王が喋りかけてきた。
いつのまにか入っていた記憶によると、目の前の黒いゴテゴテした服に身を包んだ、あの子に似た面差しの女は魔王らしい。そして僕は聖剣に選ばれし勇者。意味がわからない。持ってるのフランスパンだぞ?
間接キスに思考を9割ほどさきながら僕は返答した。
「平和的解決をしましょう」
「どうやって?」
不思議そうに首を傾げる彼女。
「このフランスパンをあなたが持てばいい」
なんだって!
声を揃える天使と悪魔。
「わかっている、これが強引な手段だって。でも手元にあるからいけない。手元にあるからこんな考えに頭が支配される。僕は彼女には正直でありたい。こんな卑怯なのじゃなくて正面から間接キスがしたいって言わなきゃ。だからこれでいいんだ。」
それにこれ持たせるだけであげるなんて言ってないし。
もう私たちは必要ないようですね
天使が寂しげに笑う。
その気持ち忘れるなよ
鼻をこすりながら照れ臭そうに悪魔がつぶやく。
そして彼女らはかき消えた。
天使と悪魔が僕の中から消えたのを確認して、僕は魔王にフランスパンを渡すため近づこうとした。
「待て!聖剣はその場におけ!」
鳩が豆鉄砲食らったような顔の魔王が叫ぶ。
僕は飛び上がるほど驚いた。
「食べ物を床に直接置くんですか!食べられなくなっちゃいますよ!」
「、、、なら何か布でも敷いておけ」
青汁を無理やりながしこんだような顔でこぼす魔王。
僕は魔王に従ってポケットに入れてあるハンカチを取り出すが、フランスパンが収まらない。
「魔王さん、なにかきれいな布持ってませんか」
僕の問い掛けに嫌そうな顔をする魔王。
「服を脱いでその上に置けばいいだろう」
なるほど!さっき動き回ったせいで僕の汗が染み込んだ服を彼女の食べかけフランスパンに密着させる、、、
「ハレンチだ!」
僕はまた叫んだ。
「意味がわからない!」
叫び返してきた魔王が脱いだ服を投げてきた。バサリと宙を舞うそれを受け取って匂いを嗅ぐ。よかった汗はあんまりかいていないみたい。お花の香りがする。安心した僕は魔王の服の上にフランスパンを置いた。
魔王がプルプルと震えている。顔色は俯いていてわからない。
「魔王さん!どうかしたの」
僕が心配して呼びかけるとガバッと顔を上げて、頰を赤らめ叫んだ。
「ハレンチだー!」
「意味がわからない」
僕は何もハレンチなことをしていない。しようとしたけど頑張って我慢したんだ。心外だと態度で表す僕。
魔王は赤いままの頰で無理矢理話題を変えた。
「でもいいのか。これではおまえ人を裏切ったことになるぞ」
どこか心配そうだ。
僕はやっと気付いた。
この魔王は、僕じゃない、ここにいるべき本来の勇者の幼馴染ってやつだ、しかも初恋の。
僕は勇者が可哀想になった。僕が不埒なことを考えないように渡したフランスパンだけど、きっと彼女もこうしたかっただろう。
ーー私はフランスパン、聖剣に宿る意思。
フランスパンが話しかけてきた!どう見てもあの子の食べかけフランスパンだけど、ここでは聖剣らしいそれは、魔王を倒すのに必須らしい。どうやらこのよくわからない記憶もフランスパンのおかげみたいで、フランスパンはすべてを教えてくれた。
「大丈夫!この勇者さんあなたのことがーーー」
また突然視界が変わる。どうやら戻ったみたい。
僕の視界にはスカートの黒い裾。パンツは見えなかった。
僕の目の前にはあの子がいる、手には食べかけフランスパン。
僕は叫んだ。
「間接キスがしたいです!」
顔を赤くした彼女も叫んだ。
「どうぞ!」
僕はそっとフランスパンに口付けた。