8-拓哉どうする?
8-拓哉どうする?
拓哉、この場の想定外のステージの熱気に、しばらく余韻に浸る。
一方ルミは、他のスタッフや局の者たちにもみくちゃにされている。
その中でマイクがルミに向けられていた。
騒ぎも収まり 霧が峰の満点の夜空に、星がきらめきだした。
完全に暮れきっていない夜空と、緑の草原の空間から、虫の声が聞こえてくる。
拓哉は、GTRの運転席に腰掛けて、
その星をしみじみと見入って、虫の声に耳を傾けている。
そこへ、やっと開放されたルミは、再び拓哉のそばにやって来て、助手席に腰掛けた。
「拓哉、どうしたの、感傷にふけって!」
「声を掛けても、なかなか返事してくれなかったよ!」
「うん、・・・・」
「分かった、ここで何かあったの、彼女と・・・」
「うん、・・・・・」
「うん、じゃ分からない よぉー・・・」
「よかったら、話して・・・?」
「うん、そうだなー、そのうちにね」
「・・・・・!!・・・」
「かなり、辛い事があったのね・・・」
「ルミ・・・、先ほどの3曲目の・・・歌ってくれないか?」
「俺のために・・・・」
「・・・・!!」
「分かった、いいよ!」
ルミはやさしく、拓哉を包み込むようにやさしい声で、歌い出した。
すると、さびのところに来ると、拓哉の瞳が潤んで来ているようで、
頬に一筋の雫が夜空の星にきらりと光った。
拓哉は、じっと聞き入っている。
微動だにせず。
ルミは、その拓哉の横顔を見つめながら歌い続ける。
この山に棲む女神の声になって・・・・。
いつの間にか、別の曲に変わっていた。
その曲は先ほど歌った曲とは別のバラード、
暖かい母親に包まれるような雰囲気の歌、
これもまた、この拓哉のステージにぴったり 素敵な詩、
そう、GTRの中で 優しいイメロデー
拓哉は、果たして起きているのだろうか?
拓哉のそばに顔を近づけて見ると、拓哉のきりっとした顔に、
二筋の天の川が流れている。
吸い込まれるようにルミは、その天の川に口づけてしまった。
拓哉は本当に夢の世界に行ってしまったのだろうか?
拓哉はルミにされるまま、じっと動かない。
“素敵な夢を見てくれているといいな?”
そう思いながら、ルミは先ほどの慌しいくちづけとは違う、
やさしく、やさしい気持ちで、自分の唇を拓哉の唇にゆっくりと重ねていく。
あたりは、完全に日が沈み、真っ暗なはずだが、
東京と違い辺りを見回すと草木の形がはっきりと星の光で見える。
そんな草原の中で二人の空間を誘惑するのは、虫たちか・・・
大自然に包まれた二人に幾時か 過ぎた。
リクライニングが二つとも後ろに倒されたGTRの中で、
少し寒さを感じたのか、拓哉が目を覚ます。
隣、というより拓哉に半分ぐらい覆いかぶさって、ルミが静かに寝入っていた。
「ルミ、寝ちゃったの?」
「え、・・・」
「本当・・・・」
「拓哉だって寝ていたでしょう?」
「そう、みたいだな・・・!」
「ルミ・・・、あなたに歌ってあげたの、覚えている?」
「うん、おぼえているよ・・・」
「なんか、優しい感じの詩、初めて聞いたよなぁ・・・・」
「そう、覚えている?」
「あなただけの、ために初めて唄った詩」
「あれは、未発表よ!」
「そうか! 」
「はっきりと覚えていないが、母親に抱かれているような、気がしたな・・・」
「やさしい気分になれたみたいだったよ!」
「そう・・・、暫くぶりに、母の夢を見たみたい」
「そう、それは良かった!」
ルミ、拓哉の首に手を回し拓哉の髪を撫でる、まるで母親の様に。
ルミの唇は拓哉の耳たぶを甘咬み、時にきつく、時に優しく・・・。
拓哉はルミの、思うがまま、にさせている。
今夜は拓哉まるで魂の抜け殻状態、
どちらかというと、拓哉はルミに抱かれているようだ。
拓哉は、昔ここ信州で愛しあった1人の女性を亡くしている。
その時の光景が今、頭の中で鮮烈に蘇えっている。
彼女は俺が死なせてしまったのだ、俺が・・・
あの時もっと早く見つけていれば・・・
悔やんでも、悔やみきれない。
悲しい思い出がフラッシュバックの様に蘇える。
俺が、もっと早く、早く助に行っていれば・・・・
また拓哉の眼に涙が・・・
ルミ、拓哉か体を離し、
「ねえ、拓哉 お腹空いちゃった!」
「どうしたの、・・・」心配そうに、拓哉の顔をじっと見つめて・・・
拓哉、眼をそらし、その涙を手で拭う。
そいて、
「そうだな、飯にしよう!」
二人とも運転席、助手席に別れて
「うん」と、
ルミ運転席の拓哉の腕に絡みつくように、目いっぱいの甘えで・・・
ルミは、先ほどのコロボックヒュッテがたいへん気に入ったようだ。
オフモードになったらまた、あそこにいきたいと言っていた。
拓哉は、あの場所で泊まるのも悪くないと思い、それに賛成した。
あの施設は宿泊が可能なのだ。
そのため、食事もできる。
拓哉はGTRのエンジンを起した、ゆっくりとコロボックヒュッテに向けて、
ハンドルを切る。
辺りはもう、完全に夜の森だ、しかし、空を見上げると星たちのおかげでかなり明るい
そんな中を、GTRを駆ってビーナスラインを進む。
最寄りの電話ボックスでGTRを止め、 コロボックヒュッテのオーナーに、
空室を聞いてみた。
1部屋なら空いている、ということだった。
その話を聞いて、ルミは是非ともそこに、泊まりたいと言った。
拓哉は考えた、まさか彼女と一緒の部屋に泊まることはまずいだろう。
そのまま、GTRを駆ってビーナスラインを行くと、ひっそりと木立に囲まれて、
明るい光が零れ出ていた。
山小屋、といった感じの懐かしい建物。
ひっそりと、この雰囲気の中に溶け込むように。
エンジンを静まらせると、ルミは急に閃く!
「ねえ、泊まる、泊まる・・・・」と大はしゃぎする。
しかし、彼女を一人にしておくのもまずいだろう。
ところが、すかさず、その心を見透かしたように、
「ねえ、一緒に泊まろう!」
「1部屋しかないんだよ!」
「わたしは全然平気よ・・・」しばらく考えて、
「わかった」と返事をした。
拓哉は、“どうにでもなるだろう。”
“いざとなったら、野宿でも良いだろう。”
二人は車を降りて明かりの中に消えていく、
少し大きめな、いかにも手製の扉を開ける。
カウベルの音が響く!
カラン、カラン と森の静寂の中に!
マスターに宿泊をお願いした。
「二人分の食事、そして宿泊」
「私はどこか、夜露のしのげる、出来れば星空の見えるところでも・・・・?」
「・・・・!!・・・」
“まさか、未婚の女性の部屋に一緒に寝るわけにはいかない”
撮影クルーは、かなり大きな旅館というべきか、
少し離れたホテルに宿泊している。
撮影は早朝5時から始めることを話しているので、
その時間にはやってくることになっている。
この時期、バック(風景を)生かした撮影をするには、
早朝、朝日が昇る前、もしくは登り始める、15分間ぐらいが勝負どころ。
ロッジに入ってみると、食事は済んでいた。
残されたのは、拓哉とルミの二人だけだった。
二人が少し余裕を持って座れる、窓のそばのテーブルを使うように指示された。
中央で薪ストーブから、オレンジの炎が揺れている。
出される食事は地元でとれる、山菜を主体にした料理。
二人にとって、それがまた素朴で、愛情あふれる料理として歓迎出来た。
二人が向き合って、食事を楽しそうに食べている姿が、
いかにも恋人同士と言った感じだ。
少し落ち着いたところで、ルミと拓哉は散歩に出た。
ルミは殆んど、恋人気分。
ウキウキしているのが傍目からも良くわかる。
夕暮れて月明かりの・・・・大自然の緑いっぱいのゆるいカーブ。
平坦なオゾンあふれる道を、ゆっくりと、体全体に浴びるように。
肺の中に目いっぱい吸い込む大きく深呼吸しながら、
人の歩いた山道を、夜露で息を吹き返した草の上を歩いた。
以前何度か来たことがある拓哉は、星明りの中でもどんどんと歩いていった。
それにまとわり着くように、スキップを踏みながら、ルミがついて行く。
拓哉にとって、以前来たときと、景色は変わっていない。
安心して散策ができる、都会にはない、土の匂いと草木の匂い、
大地をゆっくりと踏みしめて、二人の心がまろやかに、豊かになる。
ルミは拓哉に初披露した歌を、まるで白樺や唐松たちに、
問いかける様に・・・・言葉を噛み締めて口ずさむ。
拓哉も思わずつられて口ずさむ、そんな二人の心はますますうちとけた。
白樺がすっと大空に伸び、星たちに手を伸ばすように、
星空の光で、そんな白樺林のなかを、ルミと歩く。
{白樺林をバックに撮影を、開始。}
{彼女の堀の深い顔に、白樺林が独特のイマジネーションを醸し出す。}
{白樺の幹に、ルミの黒髪が鮮やかに映える。}
{レフを持ってこなかったのが悔やまれる。}
{ストロボの光では、ライティングがきつすぎる。}
{そこで、拓哉は自分の着ていたジャンパーを、木の上のほうの幹に被せ、}
{きつい光を乱反射させ、何とか撮影を続ける。}
{デジカメの良いところはその場でチェックできることだ。}
{バランス、ラチュエードもチェックできる。}
{撮影しているのは、拓哉の趣味と、構想中の写真集として使うのが目的。}
<さすがに、星空ではこんな撮影は出来るわけがない。>
<過去の記憶がよみがえったのだ。女性も、もう過去の人>
この場所に来て、あらゆる思考が瞑想する。
都会の幻想、
自然の感性、
都会の誘惑
自然への祈り、
愛情への回避
自然への逃避
自然に抱かれる愛情、
孤独に迷う子猫たち、
遠い過去、
近くの未来、
無限 永劫
ロッジに戻り、先ほど食事を摂ったテーブルに腰掛ける。
マスターが、コーヒーを容れて来てくれた。
薪ストーブの火で!
そのまま、二人の会話の邪魔にならないようにすぐに離れて行った。
「明日、日の出まえ、先ほどの場所で撮影したいのだが?」
「いいわよ!」
「拓哉の頼みなら・・・・」
「ねえ、部屋は1つって、言ってたわよ、ねぇー・・・」
「拓哉、一緒に寝よう!」
「バカ言うなよ・・・」
「・・・・だめだ・・・」
「部屋は一つしかないんだよ・・・」いたずらっぽくルミが囁く。
「俺は、マスターに頼んでどこか探してもらうよ」
「別に良いじゃん!」
「一緒でも、別に私、かまわないよ!」
「そう言う訳、いかないだろう?」
「お願い、一緒に寝て!!」
「だめだ!」
「君はこの部屋で寝なさい」
「いやだぁー、淋しいよぅ」
「・・・」
「・・・・」 涙目のルミ
「わかったよ、じゃあ・・ほんとに眠くなるまでここにいてあげる。」
「それでいいだろう・・・・」
「・・・」なおも俯いたままのルミ
「そうだね、そうしよう。」ゆれる想いの拓哉
「・・・」何か企みを秘めた瞳で やっと納得のルミ
Cap-8 ファインダー越しに恋して Fin
See you later Nozomi Asami