15-沙霧の大きな傷跡
15-沙霧の大きな傷跡
「私はあわてて病院に行ったわ!」
「病院で、聞かされたことは、言葉に出せないぐらいのショックだった!」
「妊娠したって・・・・!!」
「・・・・・・・」
「当然、中絶!」
「中絶するにあたって、検査の結果が・・・・・・」
「・・・・・・エイズだって!」
話しながら、止めどなく流れる大粒の涙、拓哉になすすべが無い。
うろたえて、窓の外に呆然と視線をそらす、窓から見える景色も、拓哉も号泣している。
いつもはやさしいはずなのに、やさしい自然のはずなのに・・・・・
なぜか今日は冷たい、氷河のように・・・・、冷たく凍った草原
こんな冷たい冷酷な表情、拓哉は今まで見たことが無い。
「私はHIVに感染してしまったわ!!」
「私の人生は終わったと思った!!」
「・・・・」
拓哉、体が呆然と凍り付いてからだの震えが止まらない。
耳に届くことばが槍のように、胸に突き刺さる。
・・・・・・・!・・・・・・!!・・・・・!!!・・
「死ぬことを考えたわ・・・」
「何度も・・・・」
「何度も・・・・」
「荒れ果てて、酒、酒に溺れた、毎日を送ったわ・・・」
「何日も、何日も・・・!」
「そんな時、救ってくれたのが彼だったわ。」
「長谷川さん?」
拓哉の口からやっと出た一言! 千切れるような喉元から・・・。
「・・・・そうよ・・・・」
頷く、沙霧
「だから彼には、どれほどの恩義を感じているか分からない。」
「彼のおかげで、私は、立ち直ったの!!」
「救われたね!!」
「そうね・・・・!!」
「本当に・・・・」
「本当に・・・・」頷くように、拓哉。
あたりの空気が、少し温かみを増してきたようだ。
打ち憑ける雨も、心なしかやさしく感じられる。
夜空の星も、きらめきが戻ってきた。
「しかし、彼は決して私に恩着せがましい事は言わないし、態度にも出さないの!」
「彼は結婚して、二人の子供が出来て、すてきな奥さんと、暮らしていたわ!」
「所が・・・・・、彼にも突然の悲劇が襲った!」
「どうしたの?」
「死んだわ、彼の奥さん!!」
「えっ? どうして・・・!」
拓哉、沙霧を凝視して
「そう、彼の妻が、交通事故で・・・、不慮の事故で死んでしまったの。」
「そんなー・・・」
「彼の奥さんは、アメリカ人で、子供は彼の奥さんの両親に、
預けられて育っているわ。」
「妻が死んだ原因は、彼に言わせると自分にあると思っているらしい。」
「仕事が忙しくて、彼女をかまってあげることが出来ず、
彼女はノイローゼ気味になっていたの。」
「そんな時、何か考え事をしていたのか、車を運転中に、
ガードレールにぶつかってしまったの。」
「車は、それを飛び越してハイウェイから飛び出して、即死だったと言っていたわ。」
「・・・・・・」拓哉の目にまた涙が・・・
「日本人にありがちな、家庭よりも仕事をとる。」
「その考えに、奥さんにはどうしても理解できなかったようだわ。」
「・・・・」頷く
「それ以来、彼は自分を責め、決して新しい恋を見つけようとはしなかった。」
「そのため、私に対しても決して、恋愛感情は持ち込まない。」
「私は懺悔の気持ちで、妻を愛し続ける。」
「この世の果てまで!!」と言って・・・・
「暫らく、彼の身の回りの世話をしたわ、精一杯!」
「彼、振り向いてくれた?」
「全然!・・・・」
「愛していた? 彼のこと!」
「もちろん!!」
「私 彼に、モーションをかけても決して、その気にはなってくれない。」
「何度も、私は彼にアタックをかけたが、彼の意志が堅いことを知り、
私は彼をあきらめる事にしたわ。」
「恋愛対象として・・・・!!」
「彼は、“仕事のパートナーとしては、あなたを十分に評価する。”
しかし、それだけだ。」とはっきり言われた。
「それから私も、心して彼に、仕事のパートナーとしてだけで、
おつき合いすることに決めたの。」
「だから私は・・・・今は・・・・・ そう、今のこの現状を見て、
この仕事に懸ける事を決意したのです。」
気持ちを一新するように、力強く沙霧は拓哉に訴える。
「だから、拓哉さん、いっしょに素晴らしい作品を作りましょう。」
「・・・・・」
「ねっ!!」
「それで・・・、あなたは寂しくないのですか。」
「それは少し微妙ですわ。」
「・・・・?」
「最近・・、ある人物が少し気になりますわ。」
「そうですか?それは・・・・」
「暫らく、自分の心に聞いているところですわ!」
「・・・・!・!・!・・」
少しの沈黙の後、躊躇して拓哉は、アルコールの力と自分の感覚を信じて、
重い口を開けた。
「もしかしてそれ、“私” の事ですか?・・・」
「・・・えっ、・・・・まぁ、多分・・・」
「多分ですか?」
不満気味な拓哉!
「だって私達・・・・?」
「どうして、ですか?」
「だって、まだあなたの事、よく知りませんわ。」
「それに・・・・」
「それに?・・・・・」
「・・・・・・」
「仕事の面では、あなたをりっぱに評価しています。」
「何よりも今現在、あなたと素晴らしい仕事をしたいと思っています。」
「それだけです・・・・今・・・・・・・・・は!」
「ん・・・ 今・・・・?」
-! -! -! -! -!
「私もそう思っています!」
「私 仕事で、来たのですもの!!!」
「そう・・・・、われわれのために、ですね?」
沙霧、かなり拓哉の作ると言うか、醸し出す雰囲気に呑まれた様に、
沙霧の舌が・・・、言葉として、滑り出してしまった。
「正直言います!」
「私は今・・・、あなたが好きですわ。」
「好きというよりも、・・・・“愛“ かもしれませんわ!」
「もう何年も忘れていた感覚が・・・」
「・・・・・・えっ!」
「あっ・・・いけない」
「今の・・・・、忘れてください。」
「いやだわぁ 飲み過ぎたかしら?」
「ありがとうございます。」
「うれしいです、すごく!」
「えっ・・・・!!」
「今、僕が言いたかった事、先に言われてしまいました。」
「どう言う事?」
「僕、沙霧さん・・・・貴女の事好きです。」
「好きより、やはり愛かな・・・・?」
「でも、それは私の仕事に関してではないのですか?」
「それだけでは、ないです。」
「それだけでは、・・・・ すなわち仕事面と、人間的に?」
「自分的には、あなたを見た瞬間、
ビビ・ビビィーっとインスピレーション感じました。」
「だから、愛しているという言葉は、軽率すぎるかもしません スイマセン!」
「嬉しいような、寂しいような感じですね!」
「正直、貴女の事、私、ステキな人だと思っています。」
「これから、知り合って、確信していきたいと思っています。」
「確信していく?」
「そうです。しっかり見つめて、現実を直視して・・・」
「私のことを、全て理解して??」
「あなたの過去を、追々と知って行くにしたがって、好きになれそうです・・・・。」
「しかし、・・・・今私の過去を話して、嫌になりませんでしたか?」
「いいえ!!」
「私はHIVよ・・・・」
「あなた今、感傷に溺れているだけよ!」
「そんなことありません。」
「私はHIVで、これから先・・・・、あなたと、普通に生活が出来ないと思いますよ、
それでも良いのですか。」
「無理に決まっているわ!」
「無理な話ですわ!」
「HIVでも、今は普通に暮らしていいけるでしょう?」
「今は健康に生活しています。」
「毎日きちんと、薬を飲んでいますわ。」
「定期的な検査の為、アメリカにも行って・・・・」
「そのため、今は何の自覚症状もなく、普通の人と同じ生活が出来ています。」
「しかしいつ何時、体調が変化して体がボロボロになってしまうか、心配です。」
「今現在、めいっぱい張りつめた気持ちで、生きています。」
「毎日毎日が、不安なのです。」
「それをひたすら隠して突っ張って生きているのです。」
「誰にも弱みを見せないようにして・・・・」
しばらく、二人に無言が続く!
Cap-15 ファインダー越しに恋して Fin
See you later Nozomi Asami




