13-拓哉、沙霧大いに近づく
13-拓哉、沙霧大いに近づく
彼女は素直にブランデーグラスを受け取り、口に近づけ芳醇な香りを、
そして口に含み、口の中で福よかにアルコールが粘膜に染み込んでいく様を、
じっくりと楽しむ。
拓哉も同じようにブランデーグラスを傾ける、
狭霧のスマートな動作に見入ってしまった。さすがだなとつくづく感心して。
大人な二人がそこに存在して、今宵の宴が盛り上がっていた。
その後、二人はお互いの生い立ちについて話しだした。
その内容から、彼女がかなり苦労していることも分かった。
拓哉は沙霧の話を聞いた段階で、少しずつ興味を持ちだした。
沙霧の方も興味を持っている様子は、話の内容でうかがい知ることができる。
ラウンジ中央では、ルミは眠りの中にいた。
どんな夢を見ているのだろう、おそらく今日1日、かなり疲れたことだろう。
明日の予定は、美ヶ原高原の草原を、自由気ままに歩く姿を撮るつもりでいる。
牛たちに混じって、一緒に走ったり餌を直接あげたりして、
牛と戯れる姿・形等が、絵になるだろうし、良い写真になるだろう。
一方、拓哉と沙霧は、ブランデーの量が進むにつれて急に親しくなって、
ふだんめったに話さないような、自分の過去を話し始めた。
沙霧は、小さいときに、養護施設で育てられた。
すなわち、両親がいないのだ。
もしかすると、知らないのかもしれない!
生きている可能性もある・・・・。
養護施設にいるとき、ある親切な家庭に引き取られた。
順調に育てられたが、突然、その両親が、亡くなった。
その後は苦労の連続で、かなりあぶない仕事もしていた。
モデルになるのが夢だったので、その言葉に誘われて、
ある時は、売春まがいのことを・・・、
騙されてされそうに、なった事もあったようだ。
またある時などヌードモデルの写真を、取らされそうになったこともあったらしい。
あくまでも、ツキが救ってくれた。
ツキ だけで彼女はあぶない世界を、ぎりぎりの所で潜り抜けて来た。
そんな危ない仕事を、潜り抜けてなんとか・・・、 が、しかし・・・・
ファッション業界のモデルとして、かなり有名になり、活躍することができた。
その時も、あしながおじさんみたいな人に、助けられて今の現在がある。
すなわちモデルとして、一流の仲間入りができた。
しかし、幸運はそこまでで、突然の怪我で、引退を余儀なくされた。
そんな時、失意のどん底にいたとき、今の部長に認められて、
現在、今の会社に入社させてもらい、こちらの、
今のような仕事を、させてもらっているのです。
しかし、沙霧は話を進めていくうちに、心が沈み加減になり、
話のトーンが下がり、下を向くようになってしまった。
拓哉が心配になり
「どうかなさったのですか?」
沙霧に優しく声を掛けると、
「何でもありませんわ・・・・」
「急に泣き出して御免なさい!」
「少し昔の事を思い出してしまって・・・」
沙霧には一つだけどうしても言えない過去があった。
その事は、決して誰にも話さない事に、沙霧自身硬く決めていた。
拓哉の方も、高校時代にかなり荒れて、少年院扱いになったこともあった。
しかし拓哉は、自分の力で写真の世界に入り、今の地位を築いている。
彼いわく、高校時代の後半はほとんど、学校に行っておらず、
かろうじて、ある先生の温情で卒業することが出来た。
ある時は、チンピラヤクザにからまれて、瀕死の重傷を負ったこともあり、
生死をさまよったことも、1度や2度ではない。
正しく、彼の彼なりの正義感と彼の持った幸運だけが、彼を支えていた。
今は、ある人の粘り強い愛情と、彼の努力とバイタリテーが、
今の彼の必死の思いと、彼を愛してくれたみんなの協力で、見る見るうちに更正した。
その彼女がいなかったら、今の彼は当然いなかっただろう。
このような事を互い暴露し合い、なお一層二人の関係は、深いものになった気がする。
沙霧は、拓哉に、どうしても言えないことを、一つ心の中に持っている。
拓哉自身にも、話せない大きな問題がある。
それは、おいおい何かの機会で話す事が、来ることになるだろう。
アルコールがさらに進んで、二人は2、3日前に会ったとは思えないほど
二人の関係は近づいた。
沙霧は、拓哉に寄り添い拓哉は、沙霧の肩を優しく抱いている。
お互いの傷をなめあうように そう・・・
それぞれ一匹狼のお互いに。
今まで誰にも見せた事の無い沙霧が、ここに存在している。
忘れかけていた何か・・・・そう人を好きになる事。
ドキッとする気持ちを、最近は仕事が私の生きがい、
愛だ、恋だ、なんて言う気持ち、
沙霧にとってもう過去のものだって・・・・
少しずつこみ上げてくる気持ち・・・・・
拓哉の方も、めったに見せない姿を、沙霧の前にさらけ出している。
今まで、自分の過去なんて、決して・・・・・、
他人に・・・・・
心を許す気持ちなんて考えたことなど無かった。
拓哉はカメラに己をささげてきた、人を心から愛するなんて・・・・・
周りの人間がちょっと近づけないような雰囲気を持ち続けている。
拓哉は、沙霧にルミとは違った大人の女性を感じているようだ。
これから先何となく、三人の関係がややこしくなる感じがしてきた。
二人は、何時ごろまで話し合ったのか、
周りの人間はすでに明日の準備のため、部屋に戻って、寝てしまった。
しかし、夢から覚めたルミだけは、
二人のその一部始終を遠くでじっと観察していた。
ルミにとって、寂しさと裏切られたような気持ちが、込み上げてきたのだろう。
実際、部屋に戻って、ルミは、一人静かに泣いていた。
翌朝、一行は、思い思いの気持ちを持って、それぞれの車に乗り込んだ。
拓哉はルミといっしょに、そして沙霧は自分の車で、ひとりで向かった。
ほかの連中は昨日と同様に移動した。
目的地は、美ヶ原高原だ!
白樺湖からは、ビーナスラインで、大門峠を越え、
八島湿原を抜け、美ヶ原高原に、向かった。
およそ1時間半のドライブだった。
2000メートル以上の高原に、車だけで、上り切れるのは、
おそらくこの場所だけだろうか?
車を降りたところが頂上だ。
途中に絶景があちこちに、見られる。
みんなが車を降りて、この場所の素晴らしさをそれぞれが、
誉めあっていた。
「こんな所あったの?」
「信じられないわ!」
「夢みたい!」
みんな、ほめ言葉だ。
しばらくそれぞれが、車を降りて、
あちらこちらを散策し始めた。
当然ルミも、
「こんなの初めて!」
「まるで、アルプスの高原にいるようだわ。」
「空気がとてもおいしい。」
「人間があらわれるみたい・・・・」
「拓哉はどうして、この場所知っているの?」
「じつはね。学生時代、この場所で何回もアルバイトしていたんだよ。」
「へー、ホンと?」
「ある時なんか、夏休み中、ずっとそこにいたよ」
「日給 2500円で、1日3食付、こんな条件で、」
「うそそんな安い給料で・・・・、」
「給料の問題じゃないんだよ!!」
「タダでもいいから、ここで生活したいくらいだったよ。」
「何で?」
「写真撮れるし、それに都会がいやになって・・・」
「そして俺の人生の方向性が見つかった。」
「そうだったの、拓哉 ではこの場所が、拓哉を育てたのね」
「そうだな、この場所で俺の人生観が変わったと思う。」
「だから拓哉、高原写真や山の写真好きなのね?」
「で、ルミに向けているファインダーからの撮る気持ちは?」
「ポートレートだね、ここであるバイト中に、今みたいな事していたんだなー、結局」
「ちがう!そう言う意味じゃなく・・・・」
「どういう事?」
「もー・・・・! 拓哉のバカ・・・・」
「?・・・・・???」
何か二人話の内容がかみ合わない、拓哉は自分の生い立ち、
この場所での生活を真剣に話しているつもりなのだが・・・・
一方ルミは、拓哉の自分への気持ちが心配なのに・・・・
Cap-13 ファインダー越しに恋して Fin
See you later Nozomi Asami




