表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪を許されし者  作者: 仕方舞う
7/12

氷刃の好敵手

 決意を決めたイブは、自分が知っている情報を全て開示した。その中には、レティス達の出方を探る上で必要な情報もあり、アルモスは早速対策準備を始めた。イフリート、ストロムの轍を踏まない為に。しかし、煌太は開示されたある情報に心を痛めていた。



 奈落、地下一階。

 保育園の一角で、煌太とイブが暗い表情で何かを話している。

「イブ、それは本当なのか?」

「…そうよ」

「適格者は、家族などの人間関係を削除し、記憶を奪う…か。そうやって悪魔と契約する事を簡単にしている…。全く、本当に神は何を考えているんだ!」

「煌太。神が悪いんじゃなくて、レティスのせいよ。粛清院の根幹は神への信仰心だけど、粛清院への指示は全てレティス一人で行っている。恐らく、神は関知していない」

「神だろ? 何でも見通せる筈だろ?」

「神は、ある決め事をしているの。人間の自主性やプライバシーを保護する為、人間が作った物には見えないような封印を施す事を許している。封印してあれば、神は見る事が出来ない。だからこそ、奈落への悪魔配置を長い間知らなかった…」

「…少し偏った見方をしているのかもしれないが、人間の過ちをしっているなら、人間の悪性を予想するべきだった。自主性やプライバシーの前に、保護すべきものが他にあったんじゃないのか?」

 イブは、煌太の言葉に納得してしまう。それは、レティスの下で戦っていた時だったら、真っ先に怒りを感じていたであろう言い分。しかし今は、煌太と共に戦う仲間。違う観点から見れるようになり、間違いに気付けるようになった。

「…確かに、人間は今まで数多くの過ちを繰り返している。もう少し、気を配るべきだったかも…」

 煌太は、イブの気持ちを察し笑顔を見せる。

「ごめん、言いすぎた。地上に生きていた人は、神の事を何よりも信じているんだったな。無神経だった」

「気にしないで、狂信的な考えはもう無いわ。あったら、煌太の傍で粛清院の内部情報を話したりしない」

「それもそうだな…」

「…ふふ」

 イブは、堪え切れず笑い始める。

「何がおかしいんだよ?」

「だって…」

 イブは、煌太の後ろを指さす。

 そこには、煌太の肩幅やら腕の長さを計測するユキネの姿。

「ユキネ。もう少しで話が終わるから、その後でもいいだろ?」

 真剣な眼差しのユキネは、煌太の話を半分聞き流し。

「そんな事言ったって、いつ何が起きるか分からないでしょ? だったら、善は急げってね」

 ユキネは、煌太の為に服を作ろうとしていた。それは、イブが買って来た服を子ども達が着る為の交換条件。煌太がユキネが作った服を着る確約の下、子ども達はイブが買ってきた綺麗な服に着替えた。何故ユキネが作った服かというと、煌太が「想いの詰まった服が良い」と口を滑らせた為。長い間着ていた服は、両親の形見。影しか思い出せないが、暖かさと優しさの記憶が口を滑らせた原因。

「ま、まぁ良いか」

 煌太は、ユキネに採寸されながらイブと話を続ける。

「イブ、適格者を救う方法はないのか?」

「あるにはあるけど…その為には、悪魔の契約を破棄し、記憶の封印を壊さないといけない。最初の段階なら簡単だったけど、精神浸食まで始まっている状態では難しい。無茶をすれば…死んでしまう」

「契約破棄と記憶の封印解除…。アルモスの知識を借りて何とかなるかな?」

 煌太が深刻な表情をしていると、ユキネが腕を持ち上げ胴回りを採寸。深刻な顔とユキネの採寸作業がアンバランスで、イブだけに止まらず子ども達も笑う。

「…煌太、話しは後にしようか」

「そうだな」

 イブとの話は止め、煌太は採寸に身を委ねる。


「煌太様! 大変です!」


 アルモスが慌てて走ってくる。

 その手には手紙が握られ、力強い文字で『果たし状』と書かれている。

「これは何処で?」

「管理会社が持って来た荷物に紛れていたようで、実際に手にしたのは商店の店主です。果たし状の特性上、名は書かれていませんが、煌太様への物かと…」

 煌太は、果たし状を開いてみる。

 決して上手いとは言えない字で、書き殴るように文字が並ぶ。

「…私と戦え、場所は奈落の一番下。来るのを…待っている…。読み辛いけど、合ってるかな?」

「合ってます」

 イブは、果たし状を覗き込む。

「これは、フロスの字ね。雑で、大きくて、他にはこんな字を書く人は居ない」

 フロスと言われて、煌太は何となく納得。

「確かに、ちょっと荒々しかったな…」

「ねぇ、やっぱり行くの?」

「行かないと…。怒らせて皆に害が及ぶのは嫌だからな。ユキネ、採寸はどのくらいで終わるかな?」

 ユキネは、煌太の脇にメジャーを通し、胸囲を測る。

「これで最後」

 測りながら、煌太の胸に頭を付ける。

「煌太…気を付けてね」

「…任せろ」

 イブは、ライバル心を燃やし、煌太の背中に抱きつく。

「私も影からサポートする」

「ありがとう」

 煌太を巡って密かな戦いも開幕する。



 奈落、地下108階。

 仁王立ちしたフロスが、今か今かと煌太を待っている。

「まだか…逃げたりはしていないだろうな」

 フロスの頭には、別の言葉が木霊する。

(フロス、お前…配達物に果たし状を混ぜただろ。それじゃあ届くまでに時間がかかる。業者に頼んで直接渡さないと)

「そういう事は早く行ってくれ! その言い方だと、いつになるか分からないって事か…?」

(手紙に気付かない事には来ないな…)

「ぬぬぬ…。野宿用にテントでも持ってくるんだった…」

 フロスが果たし状を送ったのは、今から三日前。その間、ずっと仁王立ちしたまま待ち続けている。今のやり取りも5回は繰り返されている。

「ザード、ちょっと帰ってテント取ってくるか? あと、食料も…」

(もう三日だ。もはやいつ来てもおかしくない。果たし状を出した本人が居ないなんて、とんだ恥じだぞ! こうなったら、飢えても待ち続ける!) 

 フロスは、その場に腰を下ろす。

 体制を崩して、少しでも体力の温存を図る狙い。

「早く来ないかな~」

 仕舞には、ごろんと横になり瞼を閉じる。


「おい、大丈夫か?」


 フロスが気怠そうに瞼を開けると、煌太がフロスを覗き込んでいた。

「ぶわっ! 急に来るとは、不意打ちか? 不意打ちなのか!」

「何言ってるんだ。果たし状を出したのはお前だろ? 指定通りに出向いただけだが…」

 フロスは、慌てて飛び起き、氷の剣を作り構える。

「そ、そうだった。それじゃあ、早速…」

 氷の剣を構えたフロスは、突然、力なく倒れる。

「大丈夫か?」

「…は、腹が…」

 フロスの腹が、キュ~~~、と、小動物の鳴き声の様に鳴る。

 三日間待ち続けた代償に、極度の空腹で活動不可能に陥る。

(空腹を想定していなかった…。お前、人間だったな…)

「こ、これじゃ、真剣勝負に…ならない…」

 意識を失うフロス。

 煌太は、溜息を漏らす。

「何だよ、この状態…」



「はっ!」

 飛び起きたフロスは、真っ白なベッドに上で目を覚ます。

 花柄の綺麗な壁、可愛いぬいぐるみが箪笥の上に鎮座し、ベッドの横にある机には裁縫道具が並んでいる。

「ここは何処だ? ザード、ザード」

(何だ、空腹で倒れた間抜けな女)

「…ぬぬぬ」

(はぁ…。ここは、ユキネという少女の部屋だ)

 状況を知る為に、フロスは記憶を辿る。すると、ザードの記憶が再生される。

 フロスが倒れた事により主導権がザードに移り、ザードは臨戦態勢で煌太と対峙。だが、煌太は「その状態では戦いにならない」と、一時決闘の保留を提案。ザードは仕方なく了解し、地下一階に戻り空腹を埋めるかのように爆食。腹が膨れたら眠気が襲い、ユキネの厚意に甘えて部屋で眠る事になった。

「ふ、不覚…。敵の恩情に甘えまくっている…。てか、何だこの優しさ! 普通は殺すだろ! 決闘で倒れたからって手心無しだろ!」

(…その点は同意だ。ウィスの件で更に慎重になっていてもおかしくない…)

「何か裏があるのか?」

(俺も考えたが、どうやら違うようだ」


「おっ、目を覚ましたな」


 煌太が、扉を開けて入ってくる。

 その手には、綺麗に畳まれたフロスの服。

「服を洗っておいたぞ。目を覚ましたなら、着ろよな…」

 煌太は背を向けて去って行く。

 フロスは、上布団を捲る。

「な、ななな、何だこれ!」

 フロスは一糸纏わぬ姿。

「お、男に裸を見られたのか? なぁ、なぁ、なぁあああ!」

(落ち着け! あいつは何も見ていない。ついでに俺も見ていない。お前に目隠しを施し、イブとユキネが協力して風呂に入れた)

「そ、そうか…。って、イブ! 生きていたのか!」

(らしいな。ウィスの記憶を見る事が出来たなかったからな…)

「ぬぬぬ、殺されていると思ったが…」

(何処に目を付けてるんだ。空腹で倒れたお前を保護しているだろ)

 ザードの記憶には、確かに煌太と共にイブが助ける光景があった。記憶はザードのものだが、フロス自身も何となくそう感じている。

「…あ、そうか」

 ザードは、フロスの抜けた反応に落胆する。

(しっかりしろよ。イブが生きているとなると、敵は二人になる。決闘にルールを記載していなかった以上、相手が二人になる可能性は十分ある)

「イブは敵にはならない。状況は分からないが、レティス様への忠誠心は途轍もない!」


「何か言った」


 扉を開けて、イブが顔を覗かせる。

「い、居たのか?」

「ちょっと前からね。外まで声が漏れていたわよ」

 ザードは、自らの不手際に恥ずかしくなる。

(俺とした事が、白熱して注意を怠った…)

「気にするな。私なんていつもだ」

(分かっているなら、治す努力をしろ!)

「何だと!」

 フロスとザードのやり取りは、他の者にしてみれば独り言にしか見えない。

「ねぇ、フロス。悪魔と対話するのはいいけど、他者からすれば独り言で熱狂する変人よ」

 耳を澄ますと、外では住民達の笑い声が聞こえる。

 フロスは、ムッとしながらも少し黙る。

 イブは、真剣な顔で質問。

「フロス、どう思った?」

「どうって、何だよ?」

「煌太の事よ」

「煌太…。や、優しい…底抜けに」

 フロスは、イブの質問に怪訝な表情。

「何でそんな事を聞くんだよ?」

「もう戦うのを止めない? 煌太は絶対に悪じゃない! 絶対に神を殺さない! だから、もう煌太の事は諦めて…」

 ザードは、イブの表情を見る。

(イブは、どうやら心を動かされたようだ。もはや、レティスの事は眼中にない)

 フロスは、スッと立ち上がり。

「私は絶対に戦う! 悪とか正義とか、そんな事は関係ない! 私は戦いたいだけだ! 極端は話。レティス様の指示もどうでもいいぐらいだ」

 イブは知っていたのか、溜息を漏らし去って行く。

「じゃあ仕方ないわね。でも忘れないで、もし煌太を殺したら…私があなたを殺す」

 イブの殺気に、フロスは一瞬身構える。

 だが、去り際のイブの言葉で一変。

「フロス、早く服を着なさいよ…」

「えッ? あっ!」

 裸を晒すフロスは、茹でだこのように真っ赤になり大絶叫。

「そいう事はさっさと言え!」



 奈落、地下108階。

 煌太とフロスが対峙している。

「さ、さぁ、準備は良いか?」

「俺は良いけど…お前は大丈夫か?」

 フロスは、戦う前だというのにかなり動揺している。煌太を見ながら赤面したり、心臓の鼓動が早くなったり、グルグルとその場を回ったり。戦える状態とは思えない。

「う、うるさい! お前のせいだろ! お前のせいで、こんな事に…」

 フロスは、奈落に来る前に子ども達と会った。子ども達は、煌太の事を慕い、戦いに行くと知って泣いていた。その様子を見てから、煌太の見方が全然別物になった。

「何で子どもに慕われているんだよ! 私はそういうのに弱いんだ! 子どもに慕われるなんて…いい父親になりそうだな!」

 子どもに好かれる男性が好みらしく、今の状態がずっと続いている。

「そんな事を言われても困る。どうする、戦いを止めるか?」

 フロスは心が揺れるが、ザードの一言で大事な事を思い出す。

 それは、二人共通の願いの為に必要なもの。

(お前は誓いを忘れたのか?)

「戦神の誓い…。忘れる筈がない!」

(だったら…)

「すまなかった。勿論、戦う! 最高の相手を逃して堪るか!」

 フロスは、瞼を閉じ、右手に意識を集中。冷気が集まり氷の剣を形成する。

「煌太! 色々恩情を掛けて貰ったが、これからは真剣勝負! 一切の加減なく本気で倒す!」

「俺は、お前と戦いたくない。出来る事なら、このまま…」

「残念だが、そうはいかない。私とザードは戦神の誓いを結んでいる。戦いにおいて全てを捧げるってやつだ」

「どうしてそんな誓いを?」

「私とザードは、実は戦いがあまり好きではない。だが、置かれた環境は戦う事を余儀なくされている。だから、次に最高の敵と戦う事が出来たのなら、それを最後の戦いにすると決めた。戦神の誓いを立てたのは、悔いを残さない為だ」

「良いのか? レティスは許さないと思うが…」

「それも十分承知している。例え死が結末でも、これを最後にする」

 決意に満ちたフロスの眼差し。

 煌太は、質問をするのを止めた。

「分かった。最高の戦いをしよう!」

「そう来なくっちゃ!」

 フロスは氷の剣を構え、戦闘態勢を取る。

 煌太は、フロスから視線を逸らし上の階に移す。

「ついでに良いか? 戦いに集中する為に、一つ約束して欲しい」

「…何だ?」

「俺以外の人には決して攻撃するな」

「そんな事か。当り前だろ!」

 手摺からイブが手を振る。

 それを見た煌太は、安心して断罪の太刀を体から取り出す。

「ありがとう」

「それ以上調子が狂う言葉は禁止だ」

 フロスは、氷の剣を構え煌太に近づいていく。

 煌太も、断罪の太刀を構えフロスに近づく。

 二人の距離が狭まり、攻撃射程に入った瞬間。

「行くぞ!」

「勝負!」

 断罪の太刀と氷の剣が激しく激突。

 響き渡る衝撃音が号砲となり、二人の決闘は開戦。その顔に迷いは無く、フロスだけではなく煌太も嬉しそう。

「フリーズフィールド!」

 フロスは、煌太から離れるように跳躍し、氷の剣を地面に向けて振るう。氷の剣より放たれる膨大な冷気が、周囲一帯を凍りつかせる。

 煌太は、滑る足下にふらつく。

「…くそっ、こんなの初めてだ…」

 フロスは、態勢を崩す煌太を見てニヤリと笑う。

「クロセルカリバー!」

 氷の剣は、より鋭く常に冷気を放つ姿に変化。

 凍り付いた地面を滑るように華麗に移動し、煌太に斬りかかる。

「ちょ、待った! これじゃ…」

「待ったなし! 戦いは常に非情!」

 逃げる事が困難な状態で、煌太は断罪の太刀で受ける。

 一見、見事防げたように見えるが、クロセルカリバーに触れた断罪の太刀はあっという間に凍っていく。そして、断罪の太刀から腕に広がり、仕舞には全身が凍る。

「死ね!」

 凍り付いた煌太に向けてクロセルカリバーを振り下ろす。

 その瞬間、動く筈の無い煌太の腕が動き、クロセルカリバーを防ぐ。

「…残念だったな」

 煌太の額に炎の紋章。

 凍り付いた体は、一気に解凍。

「分かっていた。この程度で勝てるとは思っていない!」

 クロセルカリバーで空かさず攻撃。

 煌太は、断罪の太刀で受けないように、転びながら回避していく。とてもカッコいいとは言えない回避方法だが、不規則かつ未経験の回避行動の為、フロスの斬撃は上手くヒットしない。

「以外に当たらないな…。変な回避するな!」

「それは勘弁しろ! 慣れていない状況では、これが精一杯だ」

 転びながらも、煌太は凍り付いた地面の対処法をひらめく。

「良し!」

 煌太は、地面に断罪の太刀を突き刺し、炎の紋章を右腕に移動。断罪の太刀の炎を纏わせる。

 凍り付いた地面は、炎の力によって溶けていく。

 しかし、その間無防備。

「隙あり!」

 フロスは、煌太の背後からクロセルカリバーを振り下ろす。

 煌太の体に斬撃が当たる瞬間、煌太の姿が消える。

「攻撃のタイミングにも隙は生まれるぞ!」

 煌太の姿は、フロスの背後に移動。

 空かさず断罪の太刀を振るう。

 あまりに瞬間的な事で、フロスの対応は遅れる。


「卑怯の誹りは受けよう」


 フロスの右半身が意志とは関係なく動き、強引にクロセルカリバーで受け止める。

 振り向いたフロスの右側の顔には、氷の仮面が装着されている。

「これは…?」

「俺の名はザード。フロスと契約する悪魔だ」

「ザードって悪魔の事だったのか。てっきり、粛清院の仲間だと勘違いしていた」

 完全に振り返ったフロスを見ると、仮面が装着されているのは右側だけ。

「これからは俺とフロスの二人で戦う。こいつは少し直線的で脇が甘い。俺が一緒に戦ってようやく一人前だ。了承して欲しい…」

 その言葉に、フロスは怒る。

「何勝手な事言っているのよ! 卑怯者にはなりたくないって言ったのはザードだろ!」

「分かっている。だが、今のお前では俺に心残りが生まれる!」

「二対一なんて、それこそ心残りよ!」

 戦いを中断させる問題。

 しかし、煌太は何事も無い顔で。

「二人で戦えよ。全力じゃないお前に勝っても意味がない」

 煌太の言葉に、一番驚いたのはザード。

 煌太の立場を考えれば、先ず断ると思っていた。しかし、実際は呆気なく納得。提案しておきながら、煌太の優しさに攻撃に移りずらくなる。

「それじゃあ、再開!」

 煌太は、ザードの気持ちを察し断罪の太刀を振り下ろす。

 ザードは、クロセルカリバーで受け止め、煌太の配慮を受けとる。

「ありがとう…」

 納得していないフロスは瞼を閉じ、ザードが主導権を手に戦闘を再開。

 ザードの太刀筋は、フロスとは大きく違う。フロスは、一つ一つ強力だが単調。ザードは、多彩な太刀筋を駆使し技で翻弄する。威力は劣るが、フロスより確実に避け辛い。

「早い! しかも…」

 フロスと違う事はもう一つ。帯同している冷気の強さ。触れなくとも、ある程度の距離になれば体が凍り始める。煌太は、仕方なく回避幅を大きくしている。

「逃げるだけではどうにもならんぞ! 最高の相手としての本領を発揮したらどうだ?」

 煌太は、必死に回避していた。だが、ザードの目にはそうは見えなかった。本来の力を隠し、ザードが満足する様に計らっているように思えた。

 実際、煌太は本気を出していない。

「知っていたのか…。だが、今はまだ駄目だ」

「何故だ?」

「まだ、二人で戦っていない」

 ザードは、フロスに心で問いかける。

(フロス、いい加減に一緒に戦うぞ!)

(嫌だ! 戦いたかったら一人でどうぞ)

(戦神の誓いを忘れるのか?)

 それを言われると、フロスの心は揺れる。

「フロス、俺は戦神の誓いを成就して欲しい。そうしたら、もう二度とお前とは戦わないで済む。不完全なまま終わって、また戦うのは嫌だ!」

 止めの煌太の言葉に、フロスは頑なな態度を止める。

 仮面の半分、フロスの目が開く。

「煌太がそこまで言うなら…し、仕方ないな」

 フロスの左手に、氷の盾が現れる。

「ザード、あっという間に勝負がついても知らないからな!」

 盾から冷気が溢れ、再び地面が凍る。

「安心しろ。その心配はない」

 ザードは、煌太の一挙一動に注意を払う。

 フロスは、煌太との戦いに胸を躍らせる。

「さて、要望通り本気を出すか」

 煌太の姿が消える。

 ザードは右目でその姿を探す。見えるのは、瞬間的に現れる影のみ。地面が凍っているが、既に順応している。

「フロス、アイスウォール展開!」

「了解!」

 盾を地面に突き刺し、凄まじい冷気を放出。冷気は盾を中心に巨大な壁を構築。何故か、フロスの背後だけは壁に覆われていない。

 煌太は、背後の空間を警戒し、敢えて壁に直接攻撃し破壊を画策。

 炎を纏った断罪の太刀を振り下ろすが、壁は無傷。逆に断罪の太刀が凍る。

「どうやら、壁に突破口は無さそうだ…」

 煌太は、フロスのがら空きの背後に回る。

「いいぞ、煌太。早くこっちに来い!」

 フロスの挑発に、警戒感は益々強くなる。だが、ここにしか活路が無いのは言うまでもない。

 煌太は、光り輝く翼を背に、フロスの向けて高速飛行。

 断罪の太刀に炎を纏い、敢えて正面に回り振り下ろす。狙いは盾。

「盾を破壊する!」

「引っ掛かったな!」

 盾が粉々に壊れると同時に、氷壁も崩壊。生き物のように煌太に向けて集中落下。加えて、煌太の足元から氷の茨が現れ動きを封じる。

「ザードの作戦か!」

「その通り! お前ならきっと、大元を破壊に来ると踏んだんだ!」

 崩壊した氷壁の残骸が煌太を襲う。

 逃げる事が出来ない煌太は、全ての氷塊に潰される。

「やった!」

 歓喜に浸るフロス。

 だが、ザードは警戒を強める。

「フロス、まだだ。まだ、こんなものではない! 更なる強化を図る! 行動を阻止した今しかチャンスが無い!」

「わ、分かった…」

 ザードの忠告に応え、フロスはザードと意識を同期させていく。ありとあらゆる全ての行動、感情に至るまで、一切の誤差、違いが無いように合わせていく。二人の人格でありながら、まるで一人であるかのように。たった一つの目的の為に…。

「これが、俺の…」

「これが、私の…」

 右半分だけの氷の仮面は、顔全体を覆う。

「力だ!」

 二人の声が1つに。

 そして、フロスの体は氷の鎧に包まれる。

 周囲の景色を凍り付いた別世界に変え、煌太以外の全ての存在を排除する。それは、煌太との約束を守る為に用意した最高の戦場。決闘に参加している者以外が立ち入る事が出来ない世界。


「…これは、本当に強そうだ…」


 氷壁の残骸を溶かし、煌太は立ち上がる。

 怪我はない。だが、炎の力を最大限に使用した為、疲労感が尋常ではない。一歩踏み出す度に呼吸を整えなければならない程。


「やはり生きていたな」


 重複するフロスとザードの声。

 氷の世界に佇む姿は、氷の騎士。

「凄い、本当に…。これでは、勝てるかどうか…」

「フフフ、何を弱気な事を言っている。完全なる融合を果たし『フロスザード』になったというのに、簡単に負けられては困る」

「そんな事を言われても…」

「知っているんだぞ。お前には、まだ使っていない力がある。そうだろ?」

「いいや、今出せる全力だ…」

「そうか…ならば、死んでもらおう!」

 フロスザードは、クロセルカリバーを一振り。

 氷の世界全体から、無数の尖った氷塊が高速で降ってくる。

「ふ~、後でしっかり寝るしかないか…」

 断罪の太刀から、炎、雷、光の紋章が消える。炎の紋章は胸に、雷の紋章は両足に、光の紋章は背中に。炎の紋章の効果で、全身に炎を纏い。雷の紋章の効果で、光の速度で移動できるように。光の紋章の効果で、光り輝く翼が出現。

 煌太は、光の速度で落下する氷塊を回避。

「フロスザード、くらえ!」

 炎の紋章を両手の甲、光の紋章を両手に平に重複展開。

 断罪の太刀を振るうと、氷の世界全体が炎が包み込まれる。光の紋章の効果で炎の力が増幅されている。


「やっぱりまだ力を残していた」


 アイスシールドで炎を掻い潜り、クロセルカリバーで攻撃。フロスザードの洗練された斬撃は、煌太の退路を断つように、高速で前後左右に回り込みながら翻弄し、的確に急所を狙っていく。

 煌太は、今まで以上の魔力の全力行使で指一本動かすのも辛い。だが、死ぬ訳にはいかず、何とか回避行動をとる。

「消えそうな力だけどな…」



 氷の世界の外では、イブが心配そうに戦いを見ていた。

 氷の世界は、外側を分厚い氷壁で覆った空間。純粋で透き通った氷は、外からでも中の様子をしっかり見る事が出来る。

「煌太…」

 イブは、ずっと煌太の様子を見ていた。

 戦いの経過と共に、煌太の表情は苦悶に歪んでいく。それは力を使う度に酷くなり、噛みしめた唇からは血が流れている。

「このままでは、敗北もあり得る…」

 イブの背後にアルモスが現れる。

「アルモス、煌太はどうしてしまったの? あんなに辛そうなのは初めて見た…」

 アルモスは、煌太の様子見て溜息を漏らす。

「煌太様の相手は策士なのか? それとも、単なる偶然か? 何にせよ、今の状況は最悪以外のなにものでもない」

「どういう事?」

「煌太様は人間だ。人間には、魔王の力は強すぎる。普段は抑制し、必要に応じて魔力を行使している。だが、相手が強敵なら、無理をしてでも魔力を使う事になる」

「今までだって同じような場面はあったでしょ?」

「煌太様は、魔力による負荷を疲労という形で消化している。常人では耐え難い疲労だが、煌太様はある精神状態だと無条件で耐える事が出来る」

「…もしかして、怒り?」

「そうだ。怒りを抱いている間は、如何なる苦痛があっても無制限に魔力を行使できる。しかし、今の相手にはその感情を励起する事は無い…」

「フロスの事だから、策略じゃないわね…きっと」

 イブは、氷の世界を覆う壁に魔法陣を形成する。

「何をするつもりだ?」

「決まっているじゃない。煌太を助けるのよ」

「止めろ」

 アルモスは、魔法陣を相殺する。

「どうしてよ! このままでは煌太の命が危ないわ」

「それでもだ。煌太様は、決して望まない」

「煌太が死んでも良いの?」

「…イブ、お前は信じていないのか? 私は信じている。煌太様は必ず勝利する」

 イブは、アルモスの姿勢に感心する。

「…信じる気持ちか」

 そして、煌太の必死に頑張る姿を心の中で応援する。



 炎を放出しながら、逃げ続ける煌太。

 地面より巨大な氷柱を生み出しながら、フロスザードは後を追う。

「逃げていては戦いにならない! お前の力をもっと見せろ!」

 フロスザードは、クロセルカリバーを振るい、煌太の周囲に氷壁を出現させ逃げ道を奪う。たった一つ残した壁の隙間から突入し、煌太に向けてクロセルカリバーを突き刺す。

 煌太は、クロセルカリバー命中寸前に影の鎧を胸にだけ集中展開。

「逃げるのも戦略だろ?」

 影の鎧は、クロセルカリバーを受け止める。

 だが、影の鎧は直ぐに凍り付く。

「戦略にしては稚拙だな!」

 影の鎧は粉々に砕け、煌太は無防備に。

 急いで回避行動にでるが、フロスザードの斬撃は早く胸に深い傷を負う。傷から冷気が体の中に浸透していき、内部から凍結していく。

「くっ…」

 炎の紋章を体の中に移動し、凍結を回避。だが、常に炎の紋章を抱いていないと凍結する模様。

「どうやら、炎はもう出せないようだな」

 フロスザードの攻撃は更に激化。

 クロセルカリバーをもう一つ生み出し、左手にも装備。速度を上げ、煌太を中心に回りながら体を切り刻んでいく。

「早く本気を出さないと死んでしまうぞ! それとも、それが限界なのか?」

「限界だって! もうヘトヘトで、今にも…」

 攻撃を受けている最中にも拘らず、煌太は急激に意識が薄れる。体の力は抜け、立っている足には感覚が無い。

(…このままでは…何か、何か方法は…)

 煌太は、影の鎧で全身を覆い、身動きせず攻撃を耐える方策を取る。少しでも考えを纏める時間を得る為。

「無駄なのは知っているだろ!」

 フロスザードは、影の鎧にクロセルカリバーを突き刺す。

 先程と同じように凍り、粉々に砕ける。

「何っ!」

 影の鎧は砕けた。だが、その奥にはまだ影の鎧がある。

「重複展開して直ぐには届かないようにしているのか…。流石だな、俺達の冷気に対応するとは」

 フロスザードは、クロセルカリバーの冷気を強化していく。

「だったら、最強の氷剣で影ごと凍らせる!」

 クロセルカリバーの刀身が、薄く研ぎ澄まされていく。冷気を徐々に強め、強度を増しながら切れ味を最強に仕立てていく。

 次第に、氷の世界に真っ白な雪が降ってくる。それは、完成する新たな剣の影響。

「これが最強の氷剣! 伝承より伝わる氷剣を超え、俺達が作り上げた最強にして絶対なる一太刀。この剣の前では、全てが氷滅する!」

 フロスザードは、氷剣を天に掲げる。

 真っ白な雪は強力な冷気を帯び、触れた物全てを凍結させる。

 それは、影の鎧も同様。深部に至るまで凍り、煌太の体も凍る。影の鎧が崩れると、氷の柱に閉じ込められた煌太の姿が露わになる。瞼を閉じ、意識を失っているかのように見える。

「…やはり、この力には敵わなかったか…」

 フロスザードは、凍り付いた煌太に近づき、氷剣を構える。

「ここまでさせてくれてありがとう。決着の時だ」

 構えた氷剣を煌太に向けて振り下ろす。

 氷の柱を軽々と裂き、煌太の頭部に氷剣が触れる。

 その時。


 パリッン!


 響いたのは、人体を斬り裂いた音にしては些か無機質な音。

 勝利を確信していたフロスザードの瞳には、宙を舞う砕けた氷剣の刀身。

「そ、そんな…」

 氷の柱は斬り裂けたが、煌太の全身に張った薄い氷は無傷。

「こ、この氷は…」

 フロスザードの声が分離する。

「俺の氷じゃない!」

「私の氷じゃない!」

 氷の鎧は消え、氷の仮面は右側だけに。フロスとザードの完全同化は意識の僅かなズレで終了。


「どうやら、上手く行ったようだな」


 煌太は瞼を開き、薄く張った氷を砕く。

 その胸には、氷の紋章と光の紋章が重なり合い輝いている。

「今度はこっちの番だ!」

 断罪の太刀に全ての紋章が戻る。

 そして、全ての紋章が激しく輝き始める。

「これは不味い! フロス、逃げるぞ!」 

 主導権がザードに移り、氷の世界の端に逃げていく。

 その間に、断罪の太刀は深い闇に包まれていく。

「逃げても無駄だ。出来る事なら…逃げるな!」

 ザードは、氷の世界の端に到達すると、主導権をフロスに移す。

「フロス、アイスシールドだ! 全ての魔力を注げ!」

「…分かった」

「後ろは壁がある。お前の体を守れる最低限のエリアだけに集中しろ!」

 フロスは、全ての魔力を体が隠れるサイズに集約。完成したアイスシールドは、不格好な超分厚い壁になる。

 煌太は、足を開き腰を入れ、断罪の太刀の切っ先をフロスに向けて固定。衝撃に備え構える様は、剣ではなく、大砲を撃つかの様。

「行くぞ! ジャッジ・エンド!」

 断罪の太刀から、闇の奔流を放出。螺旋を描きながらフロスの構えるアイスシールドに向かう。

「来たぞ!」

「分かってる!」

 闇の奔流は、アイスシールドに直撃。

 凄まじい勢いで氷の壁にフロスを押し込む。

「な、何て威力なの!」

「フロス、集中を切らすな!」

 必死に耐えるフロスだが、闇の奔流はアイスシールドを削っていく。分厚さは徐々に消え、薄く脆い盾に成り果てる。

 そして、崩壊。

「きゃあああああああああああっ!」

「ぐああああああああああああっ!」

 フロスは、闇の奔流に飲み込まれ、勢いのまま流されていく。

 氷壁を貫き、奈落の壁に激突。

 だが、激しい勢いを保っていた筈が、突如弱まり闇の奔流は消える。

「こ、ここまでか…」

 闇の奔流が消えたのは、煌太の限界のせい。

 断罪の太刀すら持つ事が出来ず、地面に落とす。

「これで決着がつかなければ…俺の負けだ…」

 煌太は、倒れそうな体に鞭を打ち、闇の奔流が消えた場所に向かう。

 そこには、意識を失い倒れるフロスの姿。

「大丈夫か?」

 フロスは反応しない。

 煌太は心配になり、腰を降し体を揺さぶってみる。

「死んでないよな? 逃げずに堪える形だったから、闇は心を喰っていない筈…。だが、まさか…。死ぬな! そんな結末を望んではいないぞ!」

「…く…敵の…心配とは…」

 フロスの右顔に氷の仮面が出現。

 ザードが目を覚まし、体の一部を主導下に置いた。

「ザード、生きていたか。良かった」

「良かった? 全く、何処まで呑気なんだ。俺達は敵だ。この勝負の先には、お前の死を想定していた。今だって、この体を起こして…」

 体を起こそうとするが、今のザードには出来そうもない。

「俺の力は罪を裁く為にある。罪を犯していない者を傷つける為にはない」

「…うぅ…あれっ?」

 ザードと話していると、フロスも目を覚ます。

「フロス、無事か?」

 フロスは、煌太の顔を見てクスリと笑う。

「そうか、私達負けたのか…」

 負けたというのに清々しい顔になり、何とか体を起こそうとする。だが、ダメージが深くやっぱり起きる事が出来ない。

 煌太は手を添えて、体を起こすのを補助する。

「負けても悔しそうじゃないな」

「だって、最高の相手と全力で戦えた。それだけで十分。一切の悔いはない」

 ザードは、少し心残りなのか煌太に苦言を呈す。

「俺は悔いがある。煌太、本気を出していないな?」

「そんな事は無い」

「いいや、ある! 最後の力は、今までとは別次元だった。片鱗でしかないのにあの威力。もし初めからあの力を使っていたら、俺達は簡単に殺せていた」

 煌太は、フロスを抱きかかえ立ち上がる。

 フロスは、恥ずかしいのか顔が真っ赤になる。

「言っただろ、俺の力は罪を裁く為にある。罪なき者との戦いでは、あれが全力だ」

「手加減していたって事か…」


「断じて違う」


 アルモスが、イブと共に近づいてくる。

「何が違うというんだ」

「煌太様は、怒りを燃やさなければ本来の力を使う事は出来ない。怒りを緩衝材にして、襲い来る壮絶な疲労を抑える。そうでなければ…こうなる」

 アルモスは、煌太の背中を軽く押す。

 すると、煌太はピタリと動きを止める。

「何が起きた?」

「極烈な疲労によって、煌太様の思考は止まった。つまり、気絶した」

 フロスを抱きかかえたまま、瞼も開いたまま、呼吸だけを残して静止している。

「煌太!」

 イブは、煌太を心配して寄り添う。

「イブ、煌太様を運ぶとしよう。ザード、フロス、残りの話は後で」

 アルモスの提案に、フロスは申し訳なさそうに。

「悪いんだけど…こっちも動けない…」


 

 奈落、地下一階。

 アルモスとイブは、二人で苦心して何とか煌太とフロスを地下一階に運んだ。小柄なイブは特に大変で、体格差のある煌太を背負って戻ってくるのは骨の折れる作業だった。魔力の補助が無ければ、まず不可能。

 診療所のベッドに煌太とフロスを寝かせ、アルモスが治療にあたる。診療所の主たる長老は、レティス襲撃時辺りから姿を消し、現在でも行方不明。住民達はレティスに殺されたと噂しているが、実際に目撃した者はおらず、今も時々煌太が探し回っている。

「これで治療は終わりだ」

 アルモスは、治療を終え煌太の包帯をしっかり留める。

 煌太はあちらこちらに包帯を巻かれているが、フロスは殆ど治療の跡が無い。

 フロスの右顔に氷の仮面が現れ、ザードが話す。

「この様子だけ見ると、勝者はこっちなのだが…」

「まさかとは思うが、まだ戦いたいと言うのか?」

「いいや。ただ、改めてそう感じただけだ」

 今度はフロスが話し始める。

「煌太は大丈夫か?」

「問題ない。傷は直ぐに癒える」

「いや、それなら良いんだけど…あまりにも目を覚まさないから…」

 アルモスは、鼻で笑う。

「ザード、お前の宿主も相当だな」

「俺も思う…」

 アルモスとザードが笑っていると、ユキネが扉を開けて入ってくる。

 目的は勿論。

「煌太!」

 煌太に駆け寄り、傷の様子を念入りに調べる。

「アルモス、大丈夫? 煌太、死んだりしないよね?」

 瞳に涙を貯めて、泣きそうな声でアルモスに尋ねる。

「大丈夫だ。少し休んだら目を覚ます」

「良かった」

 フロスは、心配するユキネを見てつくづく思う。

「ザード、負けて良かったな…」

「何を言っているんだ! まぁ、だが…そうかもしれんな」

 ユキネが心配する様は、傷つけた本人としては心苦しい。

 アルモスは真剣な顔になり、フロスに質問。

「ところで、これからどうするつもりだ?」

「どうって…そうだな。レティスの下に帰れば、秘密の隠蔽の為に殺されるし…。ハッキリ言って死ぬつもりで戦ったから、その後の事まで考えていなかった…」

 頭を悩ませるフロスに、アルモスは提案する。

「条件があるが、元の生活に戻す事は出来る」

「本当? って、条件は?」

「レティスが命を狙うのは隠蔽の為、だったらその必要が無い状態になれば良い。今の記憶とザードとの契約を破棄すれば、問題なく以前の生活に戻れる。私にはその術もある」

「それって…ザードの事を忘れる?」

「そうなる」

 フロスはしばらく考え、答えを出す。

「だったらいいや。ザードとの記憶はそこそこ大切なモノだからな」

 ザードは嬉しい反面、フロスの事を想い辛くなる。

「フロス、やっぱり提案を受けろ。生きられる道を選ぶべきだ」

「嫌だって言ってるだろ」

「嫌とかの問題じゃない! 生きるか死ぬかの問題だ!」

 意見の纏まらない二人。


「だったら、もう一つあるぞ」


 眠っていた筈の煌太が、目を覚まし笑っている。

 ユキネは、突如起きた煌太に驚きつつも喜んでいる。

「もう一つ?」

 フロスは、突然の提案に呆然。

 煌太はアルモスの様子を窺い、アルモスが頷くのを確認して話し始める。

「俺の王国に来ないか? 平和で穏やかな国だ」

 ザードは、提案を鼻で笑う。

「奈落の事だろ? だったら何も変わらない。お前の仲間になって、戦い、死ぬだけだ」

「奈落じゃない。別の場所にある王国だ」

「別の場所? 言っておくが地上に逃げ場なんてないぞ」

「地上ではない。魔界にあるんだ」

 笑っていたザードは、語気を強め怒りを露わにする。

「ふざけるな! 魔界に平和で穏やかな場所がある筈がないだろ! 激烈な戦いが途絶える事無く続く世界に、そんなものが…」

「嘘じゃない! 本当にあるんだ!」

「話にならないな…」

 ザードはフロスの主導権を奪い、ふらつく体でベッドから立ち上がる。

「待て」

 アルモスが、ザードを制止する。

「お前も戯言を信じろというのか?」

「そうだ」

 フロスは、ザードに訴える。

(ザード、話しを聞こう。最高の好敵手が嘘を吐くとは思えない)

「…詳しく話せ」

 ベッドに腰掛けたザードは、フロスに主導権を戻して心の中に潜む。未だに信じられず、フロスの心の中ではザードが文句を垂れ流している。

「魔界には、魔王達ですら立ち入る事が出来ない領域がある。あまりの恐ろしさから、魔界の一部である事を忘れる程」

 ザードは、何かを思い出す。

「その領域には一人の王が居た。たった一人で、勝負を挑む者を待ちながら…」

 フロスの右顔に氷の仮面が出現。

 ザードは、慌てた様子で質問。

「ま、まさか、その王って…」

 アルモスは、煌太に質問の答えを促す。

「…アルスゼア…だけど」

 煌太が発した名前に、ザードの混乱は一気に絶頂に上り詰める。

「ば、馬鹿! そ、その名前を口にしたら…殺される!」

「名前だったら、国民全員が口にしているけど…」

「…そ、そんな、嘘だろ? 如何に強いか知っているのか? その気になれば、世界を壊す事も造作でもない方だぞ!」

「そんな事はしない! アルスゼアは戦いが嫌いなんだ。今では、国民と畑を耕したり、花を愛でたり、子どもと一緒に遊んだり。毎日笑顔で楽しんでいる」

「こ、この…嘘を吐くのは止めろ! そんな突飛な話、信じられるか!」

 アルモスは、手紙を取り出す。

 そして、手紙に記された名前をしっかり見せて読み始める。

「煌太、今日は最高の報告がある。実は、リセルタに子どもが出来た! 話によると、あと半年で生まれるらしい。煌太、信じられるか? この俺が父になるんだぞ! 今から楽しみで楽しみで、寝ても覚めてもリセルタの腹に語りかけている。「早く生まれて来い、お前を心より愛している」ってな。煌太、お前にも見せたい。本当は生まれる瞬間も傍に居て欲しい。だが、無理は言えないな。環境整備は急いでいる、また会える日を一日でも早く迎える為に。それまで元気でいろよ。じゃあ、またな」

 手紙を読み終えたアルモスは、ザードに渡す。

 ザードは、手紙の名前を何度も確認し、内容を改めて読む。

「あの方が、このような手紙を…」

 ザードは、その字に見覚えがあった。魔界に撒かれていた挑戦状の筆跡と同じで、幾ら見返しても疑いようがない。

 煌太は、ザードの様子を窺う。

「信じてくれたか?」

「…フロス、後は任せた」

 ザードは、フロスの心の中に隠れ、全ての決断を任せる。

 フロスは、一切の迷いなく。

「よろしくお願いします!」

 煌太の王国行きを了解する。

 そして、満面の笑みで煌太に抱きつく。

「ありがとう。私、この感謝を絶対に忘れない」

 心の中では、ザードが笑みを漏らす。

(ありがとう。最高の戦友よ)

 煌太は、抱きつくフロスに赤面。

 ユキネの視線が痛い状態で、歓迎の言葉を述べる。

「こちらこそありがとう。よろしく、新しい国民(なかま)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ