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断罪を許されし者  作者: 仕方舞う
6/12

信じる者にしか与えられない力

 奈落敗走から一か月。

 粛清院には、諦めの感情が渦巻いていた。

「レティス様達は、帰って来られるのだろうか? このまま帰ってこないなんて事も…」

 研究者達は、沈黙を続ける魔法陣を見つめ溜息を漏らす。

 粛清院の活動源となっていたのは、レティスが持ってくる医薬品や生活用品の開発。経緯や企業名は一切伏せられていて、レティスでなければ請け負う事が出来ない。よって、今の粛清院は研究する為の資金を得られない状態にある。

「新たな仕事でも探そうかな…」

「止せよ。まだ帰ってこないと決まった訳じゃない」

「でもな…」

 不安に苛まれる研究員達の耳に、異様な音が聞こえる。

 音の元は、魔法陣の奥。

「何だ?」

 一人の研究員が魔法陣に近づくと、風切り音と共に何かが飛び出す。


「すまない、近くに居るお前が悪い」


 魔法陣より飛び出してきたのは、風を纏ったウィス。

 人の姿だが、纏う風は変身した時より強い。

「ウィス様! よくお戻りに」

 魔法陣の近くに寄っていた研究員は、笑顔でウィスを見つめる。

「もう一度言う。すまない」

「えっ?」

 研究員は、体の異変にようやく気付く。

 体の中心に血の滲んだ線が引かれている。

「ウィス…様…もし…か、して…」

 研究員が一歩踏み出すと、その瞬間、体が真っ二つ。

「魔界の力でパワーアップしている。微調整は出来ないと思え!」

 魔界より帰って来たウィスは、早速、奈落への魔法陣を開く。

「天埼煌太、今度はお前が恐怖する番だ」



 奈落、地下一階。

 今日は、地下五階までの改装が終わった祝いの宴を開いていた。

「皆、協力ありがとう!」

 ひょろが盃を高く掲げると、集まった住民達も一斉に盃を掲げる。

「ひょろ棟梁、これからも頼むよ!」

「この勢いで、奈落を天国に変えようぜ」

 宴の主役は、ひょろ。普段は飲まない酒を嗜みながら、皆でひょろを称える言葉を大声で叫び合う。ひょろにとってはちょっと気恥ずかしい。

「天国…とまではいかないが、外より良い場所に出来ればと思ってる」

 煌太は、ひょろの盃に酒を注ぐ。

「頼むよ。俺も、ひょろのお陰でずいぶん助かっているんだ。子ども達の面倒も見てくれているから、悪魔による死者は初の一か月ゼロ。これはもう、ひょろ様様だな」

「照れるだろ。まぁ、悪い気はしないが」

 照れるひょろの肩を叩くと、煌太は席を立つ。

「煌太、何処に行くんだ?」

「すまない、そろそろ様子を見に行かないと…」

 煌太は、宴を抜け出し、最下に向かって降りていく。

 宴に集まった者達は、煌太の去り行く横顔を見て喜ぶ。

「煌太、笑ってたな」

「ああ」

 ひょろを称えているのは、煌太の心を癒したから。自分達の生活向上を喜んでたたえている訳ではない。住民達にとって煌太はたった一つの希望であり、たった一つの後悔。出来る事なら、少しでも負担を掛けたくないと思っている。



 奈落、地下108階。

 レティスの侵攻以来、毎日ここに来て様子を窺っている。

「今日も変化なし…」

 レティスが悪魔を狩ってから、一度も悪魔が蘇っていない。それは今までの常識からは外れている。煌太が何度殺しても、その都度復活し、記憶を失った悪魔は再び人を殺す。そのサイクルが完全に消失している。

 煌太は、一頻り様子を見終わると、再び上に向かって跳躍していく。

 すると、風切り音が耳元で響く。

「風? 奈落には…」

 煌太は、咄嗟に風を回避。

 目に移るのは、数羽のコウモリの姿。翼が鋭い刃の変わったコウモリ。


「よく気付いたな」


 コウモリの後ろに小規模の竜巻が発生。

 煌太は、竜巻を見て直ぐに誰の声か気付く。

「ウィス!」

 竜巻が消え、人間のままのウィスが現れる。

「久し振りだな。ようやくあの時の返礼が出来る!」

「返礼?」

「あの日の礼だよ!」

 コウモリが高速で煌太の周りを飛翔。その間合いを徐々に狭め、口から超音波を発する。

 煌太は、耳を押さえ超音波に備える。

「そんなもんで防げるか!」

 耳を塞いでも、超音波は物理的に体に影響を与える。皮膚を振動させ、次いで筋肉、骨、最後に内臓。煌太は、口から出血する。

「くっ!」

「俺の眷属達は、優れたハンターだ。相手を内部から壊し、動けなくなったところをゆっくり喰らう」

 煌太は、体から断罪の太刀を取り出す。

「無駄だ! 俺のコウモリは早い!」

 コウモリは、危機を察し目にも止まらぬ速度で移動。

 煌太は、それでも構わず、断罪の太刀を振るう。

「苦し紛れか? みっともねぇな!」

 断罪の太刀は、呆気なくコウモリの躱され、そのまま地面に激突。

 激しい爆音が響き、岩塊が噴き上がる。

「ぎゃははは! 馬鹿馬鹿!」

 煌太を馬鹿にするウィスだが、コウモリの様子を感じ取る。

「おや?」

 コウモリは、何故か苦しそうに地面に落下する。

「馬鹿なりに考えがあるんだよ」

 煌太は、再び地面に向けて断罪の太刀を叩きつける。

 地面は抉れ、岩塊が宙に舞う。

「何をした!」

「聞こえないか?」

 ウィスは、耳を澄ませる。

 すると、岩塊から僅かな振動音が聞こえる。

「まさか!」

「音波には音波だ。より強い音波を発生させ、逆にコウモリを倒した」

「岩をぶつけ合い振動させ、音波を生み出した! そんな事有り得ない! 岩をぶつけても超音波に対応出来る音波は出ない!」

「そこは魔力で補う。納得したか?」

 地面に落下したコウモリは、粉々になって消える。

 煌太は、断罪の太刀を構え、いつでもコウモリの音波に対応出来るように見張る。

「…簡単にはいかないか。そうでなければ、強くなった甲斐が無い!」

 ウィスを竜巻が包み込む。

 吹き荒れる嵐の中から再出現したのは、悪魔化した姿。

「魔界で強化した力、思い知れ!」

 風と共に、ウィスの姿が消える。

 そして、煌太の背後に出現。

「先ずは一撃!」

 背後に向けて断罪の太刀を振るうが、そこにはウィスの姿は無い。

 代わりに…。

「痛い…」

 煌太の背中に、一筋の切り傷。

「どうだ、驚いたか? 俺は風と一体化した。幾ら剣を振るおうが、如何に音波を鳴らそうが、風には全く効かない」

 煌太の体には、次々切り傷が出来ていく。

「さぁ、攻撃してみろよ。俺はそこら中に居るぞ!」

 煌太は、断罪の太刀を声のする方に向けて振るう。

 だが、風に触れるだけで手応えが無い。

「これでは、ジリ貧だな…。どうしたものか?」

 煌太は、炎の紋章を解き、刀身に見えない炎を纏わせる。

「これは効くのか!」

 断罪の太刀を再び振るう。

 激しい熱量が大気を温め、意図しない空気の流れを生み出す。

「おいおい、動きが流れる!」

 生み出された気流によってウィスの動きは制限され、煌太に対する攻撃が止まる。

 煌太は、ウィスに提案する。

「ウィス、諦めてくれないか? 俺は、皆の為に死ぬ事が出来ない。何の為に俺の命を狙うのか分からないが、もし憂慮できるなら考えてくれ。出来る事なら何でもしてやる」

 ウィスは、煌太の提案を鼻で笑う。

「だったら、やっぱり死んでもらわないとな。我々が望むのは、お前の死以外ない」

「どうしてだ? 俺が生きていようが死んでいようが、地上の世界には何に関係もないだろ? 誓っても良い、皆が居る限り奈落の外には出ない」

「だ、か、ら、お前の死だけが望みだ!」

 突然、煌太の周りにコウモリが現れる。

 断罪の太刀をウィス拘束の為に使っていた為、コウモリの反応できず、刃の翼で煌太の体は切り刻まれる。

「ぐあっ! コウモリは全部倒した筈…」

「残念だったな。俺の眷属は、幾らでも生み出せる」

 ウィスを拘束している状態では、コウモリは対処できない。煌太は、ウィスの対処を止め、コウモリ対策の為に断罪の太刀を地面に叩きつける。ウィスは同じように拘束できると判断。

「ふ~、自由は良い。同じ轍は踏まないように、本気を出すとするか!」

 ウィスは、悪魔化した状態で顕現。

 更に、高密度の風を全身に纏う。

「ウィンドスライサーモード!」

 ウィスは、風と一体化せず高速で突進してくる。

 煌太は、十分な間合いを取って回避。

 だが…。

「嘘だろ!」

 煌太の腕に、深い傷が現れる。

「今の俺は、風の全てを司っている。最強の刃であり、最強の射程。逃げる事が出来ない絶対なる死の刃!」

 それを裏付けるかのように、腕を振ると、煌太を風の刃が斬り裂く。標的を定めさせないように複雑な回避行動をとっても、確実に煌太の体を傷つける。

「厄介なんてもんじゃない。このままだったら…」

 煌太は、断罪の太刀を構える。

 闇の紋章が消え、煌太の胸に移動。

「だったら、攻撃が効かないようにすれば良い」

 煌太の周りに影が集まり、鎧のように体を包み込む。

「そんな影でどうにかなるものか!」

 ウィスは、腕を振り、風の刃で攻撃。

 しかし、影の鎧を通過できない。

「何度驚かせれば気が済む! 俺の最強を返せ!」

 煌太は、ウィスに笑顔を見せながら。

「な、もう勝てそうもないだろ? 殺す事を諦めたらどうだ? その方が良いって」

 ウィスは聞く耳を持たず、逆に残忍な笑みを浮かべる。

「…そうか、諦めよう」

「良い選択だ」

「そう、お前を殺すのを諦めよう!」

 ウィスは、突如急上昇。

 奈落の上層に向けて飛んでいく。

「お前の大事な人間達を、皆殺しにしてやる!」

 最悪な選択を止めるべく、煌太も後を追う。

 しかし、ウィスの速度に追いつけない。



 地下一階では、宴の真っ最中。後から来た子ども達とイブも、ジュースとお菓子で宴を楽しむ。ただ、ユキネだけは煌太を心配して楽しめていない。

「ユキネちゃん、何を心配しているの?」

 イブは、ジュースをユキネに差し出す。

「…何か嫌な予感がして…。煌太、大丈夫だよね?」

「大丈夫よ。あの異常な強さならどんな相手でも楽勝」

「そう…だよね」

 イブは、異様に心配をするユキネに興味を持つ。

「どうして、そんなに煌太を気にするの? ただ…好き…ってだけじゃなさそうだけど」

「私でも分からない…。好きな気持ちは自分の心だけど、それ以外に、心の奥から話しかけられているような気がして…」

「別の意思? 気のせいじゃなさそうね」

「うん…」

 イブは、こっそり魔力でユキネの体を調べてみる。特に異常はなく、別の意思が介入している痕跡もない。気になるのは、ユキネの精神が別の場所と繋がっている事。小さな小窓のように開かれ、誰かの視線を感じる。しかし、厳重なプロテクトが施されていて、それが何処なのか、誰が見てるのか全く分からない。

「…まぁ、煌太を想う気持ちは一緒だし、これ以上問題が起きたら何か対処するよ」

「イブって、そんな事も出来るの?」

「まぁね。こう見えても、知識の悪魔と契約しているから」

「じゃあ、その時はお願いするね」

 笑顔を見せ合う二人。

 その時、奈落の最下より風切り音が近づいてくる。


「ヒャーーーーハハハハ。脆弱な人間、お待たせしました~~~~!」


 風の刃を周囲に漂わせ、ウィスが現れる。

 その表情は狂気に染まり、煌太との戦いを半分忘れている。

(ウィス!)

 イブは、ユキネを連れて身を隠す。

 他の子ども達もそうしたかったが、今の状態では不可能。ウィスに自分の生存を知られたくなかった。知られてしまえば、事態を悪化させる可能性があった。

「奈落の住民諸君。俺は、粛清院のウィス。お前達を…虐めにきたぜ!」

 ウィスは、ビールジョッキを握った男性に目を付ける。

「まずは、お前から」

 風の刃が腹を斬り裂く。

 血の海の沈み、息絶える。

「さぁ、次は誰にしようかな?」

 住民達は、恐怖に晒されながらも逃げようとはしない。じっとウィスを睨み、子ども達を悟られないように後ろに隠す。

「そうだな…お前だ!」

 次は女性が犠牲に。

「分かっているんだぞ。その子たちを大事に想うなら、さっさと殺させろ。お前達が死んでいく絶望を直視しなくて済むからな」

 住民達は、それでも子ども達を守る。

 ウィスは微笑みながら、ケンジの背後に風の刃をゆっくり作り出す。

「…隠しても無駄だ!」

 ケンジを風の刃が襲う。

 だが、青い光の障壁が現れ、風の刃を弾く。

「これは…イブ?」

 イブは、ユキネを隠したまま姿を現す。

「ウィス、もう止めて! 本来の目的は煌太でしょ? 必要のない殺生はしないで!」

「イブ、お前何言ってるんだ? ここに居る連中は、神によって罪人と認定された者。殺す事に躊躇いを持つ必要はない。レティス様に心酔していたお前なら、同じ考えだと思ったが」

 ウィスは、納得したように頷く。

「そうか、洗脳されたな」

 イブの前に移動し、その手を強引に引く。

「帰ろう。もう一度使命を思い出させてやる!」

「嫌!」


「止めろ!」


 ウィスの腕が鎖で繋がれ、大穴の方に引っ張られる。

 鎖の先には、煌太の姿。

「もう追ってきたか! 飛行も出来ないのに早過ぎだろ!」

 煌太は、鎖を強く引っ張り、ウィスをイブから引き離す。

 そして、イブの前に立ち両手を広げる。

「イブを渡す訳には行かない!」

「よっ! 自己満足の偽善者!」

 煌太は、殺された者を見て、激しい怒りが噴き上がる。

「…ウィス、お前は罪を犯した。絶対に…許さない!」

 煌太は、断罪の太刀を構え、ウィスに向かう。

「待った!」

 ウィスは、右手を高く掲げる。

 煌太は、直ぐに動きを止める。

「動いたら、お前の大事な仲間を殺す! 分かってるだろ? 俺の刃は、何処に居ても必ず…」

 激しい怒りをたぎらせながらも、煌太は微動だにしない。

「そうそう、それで良い。じっとして居ろ…」

 ウィスは、右手を振り下ろす。

 すると、煌太の腹に深い傷が出現。

「ヒャハハハハ! 本当に動かなかったか。さっきみたいに影の鎧を出したら、こいつらを殺していたぞ」

 ウィスは、煌太の苦悶の表情に味を占めたのか、致命傷に至らないように風の刃で切り続ける。

「ぐあ…うぅぅぅぅ…」

「おや、今動いたな」

 住民の一人が、首を貫かれる。

「動いていないだろ!」

 ウィスは、残忍な笑みで。

「口が動いた」

 煌太は、爆発しそうな怒りを胸の奥に閉じ込め、唇を噛みしめ開かないようにする。

「そうだそれで良い」

 ウィスは、また煌太を攻撃。

 煌太は、念の為に魔力で根を張り、その場から一切動かないように固定する。

「おやおや、まだ動いていたか」

 またも住民を殺す。

 煌太の怒りは、限界を超えた。

「まだ動いている。心臓も肺も、全部止めろ! お前には出来るだろ?」

 ウィスは、空気を通して煌太の全てを感知していた。

 煌太に出来るのは、言われた通り全ての動きを止める事のみ。魔力を駆使し、ありとあらゆる臓器を強引に停止。死に限りなく等しい状態で、魔力を僅かな糧に辛うじて意識を保つ。いや、意識を保っているのは、ウィスに対する激烈な怒り。

「そうだ、それで良い。今度こそ完全に止まったな」

 ウィスは、煌太の攻撃を開始する。

 煌太は、尋常ではない苦しみを、意識がある状態で声も出さず耐え続ける。

「良いぞ良いぞ! これは楽しい!」

 歓喜に酔いしれるウィスは、住民達に見せびらかすように煌太を傷つける。

 飛び散る鮮血は、住民達の顔や体に付着。煌太が味わっている苦痛を想像し、全員が号泣する。それでも、決して顔を逸らさず、煌太の姿を目に焼き付ける。

「何なのこれ? 私は、こんなものを見たかったの?」

 イブは、血に染まる煌太を見ながら、心の奥で何かが叫ぶのを感じる。


「お前は、どっちを選ぶ?」


 イブの背後にアルモスの気配。

 だが、姿は見えない。

「アルモスなの? ねぇ、どうすれば助けられる?」

「良いのか? 煌太様を助けるという事は、レティスを裏切る事と同じだ」

 イブは、ウィスの残虐な行動の裏にレティスの影を見る。

「…もう、決めた。私は、自分の心に従う」

「そうか。だったら、私に力を貸せ。住民達全員を守護障壁で保護する。成功のカギは、イブ、お前の魔力と意思だ」

 イブは、強く頷く。

「瞼を閉じ、真っ直ぐ腕を伸ばせ」

 言われた通り、腕を伸ばす。

「次は、悪魔の力を手に平に集中し放出。その後は、私の声に合わせて少しずつ魔力を強くしていく」

 アルモスの姿が、イブの掌の前に現われる。

 イブから放出された魔力は、アルモスに流れ込む。

「なかなかの魔力だ。これなら、何とかなりそうだ。ただ…後3分かかる」

「3分? その間、煌太は耐えられるの?」

「五分五分だ。全ての臓器停止、そんな状態で永らえる者はいない。もし邪魔が入り、時間がずれれば…」

 アルモスが心配した瞬間、ウィスが存在に気付く。

「何だお前は?」

「しまった! 予想より感知能力が高い!」

 アルモスに気付いたウィスは、背後で手を伸ばすイブに違和感を覚える。

「イブ? さては、何か企んでいるな」

 近づくウィス。

 アルモスもイブも、煌太の為には時間を浪費したくない。だが、守護障壁の事がバレれば、住民を皆殺しにする可能性もある。

(仕方ない…一旦止める)

(でも、煌太が…)

 納得できないが、煌太が命を賭けてまで守りたいモノを壊したくない。イブは、魔力の放出を止める。


「馬鹿~~~~!」


 それは、隠れていたユキネの声。

 ウィスに向かってジュース入りのコップを投げつける。

「何だ、このガキは!」

 ウィスの注意は、二人から逸れる。

 アルモスは目で合図を送り、それに応えるようにイブは魔力を再放出。

(ユキネちゃん…)

 イブは、ユキネの顔を見た。

 それは、明らかな陽動目的を示唆している。

(イブ、出来るだけ全力で魔力を送れ!)

 イブは、知識の悪魔の力を極限まで行使。

 アルモスの体に、それまでの数倍の魔力が流れ込む。

「グッ…」

 アルモスの体は魔力の大量流入に耐えられず、所々で細胞が破壊され出血する。

 ユキネは、ウィスに向かってコップを幾つも投げる。

「馬鹿馬鹿馬鹿! 煌太を傷つける人は、み~~~~~んな、私が許さない!」

「許さないだと! よわ~~~いガキに何が出来る? 精々泣く事ぐらいだろ? ママーーーー、助けてーーーーー! ってな」

 ユキネは、後退りしながら手当たり次第に投げる。

 しかし、風の刃でウィスに到達する前に切断される。

「怖いだろ? さっさと泣けよ! そうしたら、褒美に殺してやるよ!」

「…全然怖くない! だって、煌太が絶対やっつけてくれるから!」

「出来ねぇよ! お前達が枷になって動けないんだからな!」

 ユキネは、急に暗い表情に。

「…そうよ、私のせいで煌太は…。でも、その分…」

 暗い表情を直ぐに辞め、真っ直ぐウィスを睨む。

「煌太を幸せにしてみせる!」

 ウィスの苛立ちは限界を迎える。

「そうか、それなら…死ね!」

 風の刃が、ユキネの首に迫る。

 その時。


「守護障壁展開!」


 響くイブの声。

 風の刃は、ユキネの首手前で弾き返される。

「なんだと!」

 ウィスの目には、ある一言を発しようとしているユキネの姿。


「煌太ーーーーーーーーーーーーーー!」


 ユキネの声は、煌太の耳を通して脳を刺激する。

 それに反応する様に、停止していた全ての臓器が目を覚ましていく。心臓は鼓動し、肺は空気を取り入れ、脳は激烈な怒りの記憶を思い出す。

 そして、煌太の瞼が開かれる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 怒りが爆発した煌太は、断罪の太刀をウィスに投げる。

 瞬間移動し腹部に突き刺さると、突き刺さった場所から鎖が出現しウィスを拘束する。

「ぐああああああっ! 痛いっ! 痛すぎる!」

 悶え苦しむウィスは、煌太の恐怖を思い出す。

「ま、また恐怖が…。嘘だ! 魔界でパワーアップしたのに!」

 空気が振動し、煌太が歩く度に通路が軋む。

 そして、断罪の太刀に刻まれた光の紋章が消える。

「ウィス、落ちろ!」

 断罪の太刀が自動的に動き、ウィス共々奈落の底に向かい落下していく。

 必死に抵抗するウィスだが、幾ら風の刃を出現させても鎖に弾かれ意味を成さない。

「止めろーーーーーーーーーー!」

 落ちていくウィス横目で見送り、煌太は住民達の前で土下座する。

「ごめん!」

「こ、煌太…」

 住民達は、煌太の土下座に困惑する。

「俺が下で決着をつけていれば、死者が出る事は無かった…。守ると言いながら…本当に、ごめん!」

 煌太の辛さは誰もが知っていた。だからこそ、煌太が苦しそうに謝る姿が一番堪える。何も言えずに、ただただ一緒に苦しみを味わうのみ。ただ一人、ユキネを除いて。

 ユキネは煌太に近づき、背中を摩る。

「私達は、いつも煌太に感謝している。何も出来ない私達の代わりに、誰よりも辛い役割りを担っている。それは、想像も出来ない程大変な事だよね。私達に出来るのは、煌太の全てを信じる事。煌太がどんな決断をしても、私達はそれを信じる。それが最善だって信じられる!」

 煌太は、頭を上げる。

 そこには、涙を流しながらも笑顔を見せるユキネ。

「煌太、やるべき事をやって!」

「…ありがとう」

 煌太は、ユキネから貰った力を胸に奈落に向けて落ちていく。

 ユキネは、落ちていく煌太の顔を見て。

「頑張れ! 煌太ーーーーーー!」

 煌太は、満面の笑みでユキネのエールに応える。

 イブは、素直に「良いな~」と思った。胸の奥が熱くなり、何だが負けたような気持になる。



 最下に落下するウィス。

 体を拘束する鎖は解ける気配を見せず、芋虫のように這いながら魔法陣に向かっていた。

「早く逃げなければ…化け物に…殺される」

 煌太への恐怖が絶頂に達し、今は逃げる事しか考えていない。


(何を恐れている?)


 ウィスの頭に直接、何かが語りかける。

「誰だ?」

(いつも力を貸していただろ?)

「風の悪魔…なのか?」

(そうだよ。全く忘れるとは薄情な奴だ)

 ウィスは、風の悪魔の言葉を気にする余裕がない。

 何も言わず、魔法陣に急ぐ。

(お前は、あいつに勝ちたいか? あの化け物に)

 ウィスは、呟くように。

「…当り前だろ」

(だったら、俺にお前の全てを寄こせ! そうすれば、あの化け物に勝てるぞ)

「全て…俺を殺すつもりか?」

(違う。一時的な主導権の交代だ。戦いに勝利したら、直ぐに元通りだ)

 風の悪魔の言葉は、ウィスの心を搔き乱す。だが、そこに逃げ道がある限り、逃げる以外の選択肢は無かった。

「俺は逃げる。お前の提案は次に…」

(次はあるのか? だって、化け物はもう…)

 ウィスの目の前にあった魔法陣は、何故か突然消える。

「消えた…」


「ウィス、逃がさない」


 煌太が、魔法陣があった場所に降り立つ。

「ヒィヒィイイイ!」

 完全に恐怖し、もはや戦える状態ではない。

 煌太が一歩近づくごとに、怯えながら這い逃げる。

(ウィス、もう逃げ場はない。さぁ、今こそ俺に全てを寄こせ!)

 もはや、風の悪魔の言葉しか縋るものはなかった。

「…天埼煌太! お前は、俺に切り札を切らせた! 風の悪魔! 俺の全てをお前にやる!」

(ククク、よく言ってくれた。これで、俺は自由だ)

 ウィスの体に異変。

 人の姿に戻り、ゴムの様な柔らかい動きを見せ鎖から逃れる。そして、突き刺さった断罪の太刀を筋肉の動きで引き抜く。

「人の動きではない…」

 煌太は違和感を覚え、断罪の太刀を呼び寄せ、そのままウィスを両断する。

 だが、ウィスは笑って再生。

「ククク、お前は強い。だが、俺には及ばない」

 全身緑色になり、竜を思わせる顔に。背中からはコウモリ翼が生え、両腕はカマキリの様な鎌に変化。体は、トカゲの様なごつごつした皮膚に覆われ、所々に空いた穴から風が噴き出す。眷属のコウモリは一体一体が巨大化し、翼から風の刃を放つ。

「我が名は、風の悪魔ストロム! 人間よ、絶望の死を謳歌せよ!」

 ストロムは、体から暴風を発生させ、体を高密度の嵐で覆う。

 そして、煌太に向けて高速突進。

「悪魔の力に飲まれた…」

 煌太は、突進攻撃に対して回避行動も防御行動も起こさない。

「そんな事より、何もしないと即死だぞ!」

 ストロムの突進が煌太に命中。

 だが、手応え無く通り過ぎる。

「何だ今の感覚は…? まるで、何も無い空間…」

 煌太が何をしたのか幾つも考察するストロム。

 そんな最中、煌太は質問。

「ストロム、聞きたい事がある」

「何だ? 敵に質問とは変わった奴だ」

「ウィスは、どうなった?」

「ククク、死んだよ。悪魔に全てを渡すというのは、無論、命も含む。命を代償として悪魔を完全なる自由にする。まぁ、契約の一種だから、お前を殺すのが絶対条件だがな」

「そうか、ではもう一つ。狂気じみたウィスの行動は、おまえの影響を受けているのか?」

「質問が多い! 勿論、影響ありありだ! ハッキリ言って、殆ど俺がやらせた。つまらない正義心など邪魔以外の何物でもない!」

 ウィスも被害者だったと知り、煌太の怒りはストロムに傾く。

「そうか、良く分かった…」

「それより、俺は質問に答えた。おまえも答えろ! 今、どうやって躱した」

「気付かないのか? 当たる瞬間避けただけだ」

 あっけらかんと答える煌太に、ストロムは言い知れぬ感覚を覚える。

「避けただけ? ふざけるな、風にはお前の動きは記録されていない!」

「風って、そこまで万能なのか?」

 ストロムは苛立ち、同じように突進攻撃を行う。

 だがやっぱり、煌太には当たらない。

「訳が分からない。何故だ!」

 ウィスが口笛を吹くと、コウモリたちが煌太の周りに集まる。

 翼を羽ばたかせ、風の刃を無数に生み出す。

「これならどうだ! エッジストーム!」

 ストロムが腕を振ると、竜巻が発生し、煌太とコウモリ達を飲み込む。

 竜巻の中では、コウモリ達が煌太に向けて風の刃を飛ばす。不安定な足場かつ全方向からの攻撃。逃げる事も防ぐ事も不可能。の、筈だが、煌太には風の刃が当たらない。

 異常な煌太の回避性能に、眉を顰めるストロム。

「…まさか!」

 風の刃が当たる瞬間、竜巻の中に無風空間が生まれる。それは、風の刃が煌太に近づく度起こり、風から感知するストロムにとっては突如何も感じ取れない状態に陥る。無風空間が生まれる理由は分からない。だが少なくとも、煌太が何かをしているのは明白だった。

「有り得ない! 如何に強かろうが、竜巻の中で全く風の無い空間を作り出す事など不可能…その筈。もしや、いやそれこそ…有り得ない…」

 ストロムの頭には、ある存在が浮かび上がっていた。煌太がやっている事を唯一可能とする存在。しかしそれは、人間がどうにかできる相手ではない。

(有り得ない、あの方は勝者にしか…)

 煌太は、断罪の太刀を振るい、竜巻を掻き消す。

 コウモリ達が全滅した姿を見て、呆然とするストロム。

「ストロム、犯した罪を償ってもらう」

 断罪の太刀が光に包まれ、煌太の背中から光り輝く翼が現れる。

 光は周囲一帯に広がり、ストロムの魔力を奪っていく。

「…ち、力が…消えていく…」

 徐々に近づいてくる煌太を見て、ある存在の顔が重なる。煌太の言葉、姿、何もかもが符合していく。

 過り続ける影を払拭する為に、最後の切り札を使う。

「こ、こうなったら…」

 ストロムは、風の刃で腹を裂く。

 吹き出る青い血が暴風に巻き上げられ、生き物のように煌太の光の中で揺蕩う。

「我が命を賭けて、殺してやる!」

 青い血は、光の中でも消える事無く煌太に近づいていく。体に付着すると、皮膚の中に吸い込まれ、煌太の血管の中に潜り込む。

「ウィンドエクスプロージョン!」

 青い血が血管の中で弾け、風の刃を発生させる。

 煌太の口から血が零れる。

「し、死んだな。風の爆弾でお前の中はグチャグチャ。お前は敗者だ…。あの方に敵う訳がない…」

 口から血が零れるが、煌太が絶命する気配はない。

 歩みは止まらず、ストロムの前で断罪の太刀を構える。

「おいおい! まさか…あれでも?」

「お前の罪を消し去る!」

 振り下ろされる断罪の太刀は、ストロムの体を両断。

 ズレていく体は、真っ白に変色していく。

「…あ、天埼、煌太…。その力は…一体…?」

 断罪の太刀を体の中に収め、質問に答える。

「信じる者にしか与えられない力だ」

 ストロムの最後の意識には、もはや煌太がある存在にしか見えない。

「アルスゼア…最強の魔王…俺は、最後に…貴方と…戦えた…」

 笑顔を残し、ストロムは砂塵となり消える。

 その心には、最強の魔王と戦った喜びがあった。悪魔にとって、強者との戦いは敗北に関わらず栄誉。一切の迷いも後悔も無く、安らかに死んでいった。

 対する煌太は、死んでいった者達を想い、天を仰ぎ涙を流す。

 勝者は苦しみ、敗者は安らぎに包まれる。勝者と敗者の感情が逆転し、感情面だけで見れば煌太は敗者なのかもしれない。

「煌太…」

 心配で降りてきたイブとアルモスは、煌太の涙を目撃する。

 声なき涙だが、その叫びが聞こえてくる気がする。

「あれが、煌太様だ。誰よりも優しく、誰よりも強い。多くの死者の痛みに寄り添い、多くの死者へ頭を下げ続けている。許しの無い無限地獄の中で、たった一人耐え続けていられるのは煌太様の心の強さだ」

「…強さもまた、苦痛…」

 イブは、揺れていた決意をしっかり固める。

「煌太が死者の痛みに寄り添うなら、私は煌太の痛みに寄り添う!」

 煌太に寄り添う為、イブは障壁を解こうとする。

 だが、アルモスが慌てて止める。

「障壁は解くな!」

「もう大丈夫でしょ?」

「この光が治まるまでは、絶対に解いてはならない。煌太様が本来の力を使う事が出来ないのは、自身の力で殺してしまうからだ。幾らコントロールしても、人間には耐えられない」

「じゃあ、ここに人間が居る限り…」

「煌太様は本来の力を使う事が出来ない。我々が障壁を張っても、この程度が限界だ」

 イブは、ユキネの顔を思い出す。

 ユキネは、煌太の心に寄り添っていた。死者に謝り続けている事も、本来の力が使えない事も、背負っている全てを理解して笑顔を見せていた。それは簡単な事じゃない。人間はとかく自分の事を考えがちで、どんな事でも最後には自身の利害を考える。

「私だって、寄り添って見せる!」

 イブは、密かなライバル心を燃やす。

 その様子を見て、アルモスは嬉しそうに笑う。

 

 

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