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断罪を許されし者  作者: 仕方舞う
1/12

奈落の断罪王

 神は、苦悩した。

 どうすれば、人は平和に生きる事が出来るのか?

 どうすれば、人は過ちを犯さないのか?

 幾度も繰り返される過ちに神が下した決断は、絶対的な絶望による罰。

 人は選別される。

 未来を予知し、犯罪を犯す者と、犯さない者に。

 そして、犯罪を犯す者を絶望の世界に堕とす事にした。

 絶海の孤島に在る巨大な大穴『奈落』。

 そこは、これから犯罪を犯す人間『犯罪因子者』を収容する為に神が作った地獄。犯罪を犯す未来を持つ者には、一切の恩情は与えられていない。一度奈落に堕とされれば、二度と日の光の射す世界には戻れない。堕とされた人々は、襲い来る死の恐怖に苛まれながら残り少ない命を生きるしかない。


 そして、また一人…。



「止めろ、止めてくれ! 俺が何をしたって言うんだ! 普通に生活していただけだろ? 帰してくれよ! 家族が待っているんだよ!」

 奈落の入り口にあるエレベーター前。

 そこで、一人の男性が黒スーツ達と揉めている。

「黙れ! 神の予言で、お前は3211日後に殺人を犯す。よって、この奈落に堕とされる」

「そんな先の未来知らないよ! 犯罪を犯した時に考えろよ!」

「それでは遅い。未然に防ぐべきなのだ、この世界の安定の為に」

 黒スーツ達は、男をエレベーターに無理やり押し込む。

 そして、昇降スイッチを押す。

「助けてくれ! 何でも言う事聞くから、頼む!」

 黒スーツの一人は、小声で一言。

「いいだろう。死にたくなかったら、牢の隅で静かにしていろ。それが長生きのコツだ」

 無情にも締まる扉。

 エレベーターは、地下に向けて降りていく。

 狭いエレベータの中は、こびり付いた血でどす黒く変色し、鼻を突く血の臭いは男の吐き気を励起させる。何より恐怖を掻き立てるのは、外から聞こえてくる悲鳴。何かから逃げ惑う声、捕まり助けを求める声、惨たらしく肉を斬り裂く音。

 男は、逃げたい一心でエレベーターのスイッチを探す。だが、そんなものは何処にもない。あるのは、天井部分の電光掲示板に現在の階を知らせる数字。今の数字は、-48。



 数字が止まったのは、-63。

「…誰か…居ますか…」

 地下63階。

 巨大な大穴の壁沿いに、鉄格子の牢屋がぎっしり並んでいる。牢屋前の鉄製の通路は必要以上に広く、人間用とはとても思えない。そしてここにも、血の装飾と臭い。

 男は、黒スーツが言っていた事を思い出す。

「…牢の中で、静かに…」

 男は、近くの牢から調べていく。

 直ぐ手前の牢は、隅に誰かが佇んでいる。次の牢も、その次の牢も、幾ら見ても牢には誰かが入っていて、恐怖に怯えながら震えている。そして、誰一人としてこちらを見ようとはしない。声を掛けても無反応。

 空いている牢を探し求めていると、背後でガシャンと鉄の通路に何かが降り立つ音。

「な、何だ…?」

 恐る恐る背後に視線を移す。

 そこに居たのは、巨大な体躯の獣。

 背中から生えた漆黒の翼に、全身を覆う黒い体毛。鋭い爪煌めく腕は丸太のように太く、大きな口にはユダレ滴る牙が所狭しと並んでいる。それは、まるで…。

「あ、悪魔!」

 話しには聞いていた。

 子供の頃から大人達は口々に話していた。悪魔は実在する。悪魔は罪を犯す人間を喰らいに来る。清く正しく、それ以外は悪魔の餌食。

 近づいてくる悪魔に、男の恐怖は絶頂。

「助けてくれ―――――――――!」

 走りながら空いている牢を探す。

 だが、全く空いている牢が見当たらない。

 仕方なく、人が佇んでいる牢にしがみ付き懇願。

「お願いだ、開けてくれ! このままでは殺される! 頼む、頼む!」

 必死に牢の格子を引っ張っても、中の住人は微動だにしない。

 その時、背後に生ぬるい吐息を感じる。

「ニゲルナ」

 振り返ると、悪魔が男を覗き込んでいる。

「ひぃ――――!」

 腰を抜かし、動けなくなる。

 だが、悪魔が手を伸ばしたのは、牢の奥に潜んでいた者。

「ぎゃあああああ!」

 悪魔は、響く叫びを笑顔で聞きながら、引っ張り出した者を引き千切る。

 血のシャワーで真っ赤に染まる男は、恐怖に負けそうになりながら命乞い。

「お願いします、お願いします! どうか、どうか…命だけは、命だけは…」

 悪魔は男の足を掴み、逆さにする。

「ヒサシブリ、キイタ。イノチゴイ。オマエ、キニイッタ」

 悪魔は、男を空室になった牢の中に放り投げる。

「オマエ、ジカンカケテ、コロス」

 悪魔の雄叫び。

 それに呼応して、地下から3体の悪魔が飛んでくる。

「何事だ」

「美味いものでも見つけたか?」

「エサカ、エサカ?」

 集まった悪魔達は、男を囲み何やら嬉しそう。

「拷問の時間か、楽しみだ」

 一際大きな悪魔が、男の腕を握る。

「先ずは、腕から」

 悪魔は、男の腕に力を込めていく。

 腕が徐々に伸び、ミシミシと変な音を立て始める。

「がああああっ! やめろ、止めろ――――!」

 このままでは引き千切れる。

 男は、痛みと絶望で泣きじゃくりながら大声で叫び続ける。

 悪魔達は絶叫を愉悦に浸りながら聞き、ついに最大限の力を入れる。


 男の腕は千切れる筈…だった…。


 腕を掴んでいた悪魔は、男を解放。

 訳の分からない男は、助かった喜びと不可解な解放に戸惑う。

 すると、腕を掴んでいた悪魔が目の前で。

「グギャアアアアアアアアアア―――――――!」

 断末魔の叫びを上げ、真っ二つに。

 男は、人間に続き、悪魔の返り血を浴びる。

 血で見えずらくなった視界の中に、悪魔と対峙する人の姿が見える。

「人間を殺す事に快感を覚えたか…」

 目を凝らしてみると、対峙しているのは15、6歳の青年。黒い長髪を風にたなびかせ、引き締まった体には治りかけの無数の傷。腕や背中には、刺青のような黒い紋章が幾つも刻まれている。

 そして、その先に見えるのは悪魔達の怯える様。

「な、何で、お前がここに…?」

「モット地下ニ、イルハズ…」

 悪魔達は、男を避けるように左右に散っていく。

 現れた青年は、男を牢の奥に誘導。

「大丈夫か? 直ぐに片づけるから、ここで待っていてくれ」

「き、君は…?」

「話は後だ」

 青年は、牢の外で怯えている悪魔達の下へ。

「…分かっているよな?」

「た、ただでは死なん!」

 一斉に襲い掛かる悪魔達。

 青年は、人とは思えない身の熟しで悪魔の攻撃をいとも容易く回避。隙を付いて、悪魔の爪を引き抜き、胸に突き刺す。

「グオオオオオオオ!」

 倒れる悪魔の背中に回り、翼をもぎ取る。

 迫りくる別の悪魔には、正面から突進し、固めた右拳を腹部に叩きこむ。

「グアアアアッ! ク、クルシイ…」

 苦悶の表情を浮かべる悪魔に、何度も何度も拳を叩きこむ。

 最後には、悪魔の腹を拳が貫く。

「やっぱり無理だ。俺達には到底敵わん!」

 残りの二体の鬼は、翼を羽ばたかせ逃げる。

 青年は、飛び立つ悪魔を見て。

「罪を犯したなら、償わないと」

 胸に手を当て、瞼を閉じる。

 周囲に響く心音と共に、胸に黒い光が集まる。

 そして、一振りの黒い剣が現れる。

「お前達に人間を殺す権利を与えられているなら、俺には…」

 青年は、手にした黒い剣を逃げる悪魔に向かって振るう。

 放たれる鎖は、悪魔を拘束し、青年の前に引っ張り落とす。

「悪魔を断罪する(けんり)がある!」

 恐怖に慄く悪魔達に向かい、青年は一歩ずつ近づいていく。カツンカツンと響く足音は、死までのカウントダウン。強靭な精神を持っている筈の悪魔が、死の恐怖に発狂。

 そして遂に、青年の足音は止まる。

「苦しみを知れ!」

 黒い剣は、悪魔を両断。

 叫びも残さず、塵となって消える。

 圧倒的な戦闘力に、牢でたたずむ男は呆然自失。恐れていた悪魔より青年に怯える始末。戦い終えた青年が近づいても固まったまま動かない。

「大丈夫…じゃなさそうだな。仕方ない」

 青年は、男をヒョイと背負い何処かに連れていく。



 青年が男を運んだのは、地下1階。

 奈落の光景とはかけ離れた平和な雰囲気。牢は綺麗に塗装され、改造して作られた台に商品が並んでいる。商品は色々で、パンや肉などを扱っていたり、服を扱っていたり、ちょっとした商店街の様な場所。にこやかな人の姿も在り、絶望の色は薄い。

「長老、大丈夫か?」

 男は青年の声に冷静を取り戻し、周囲に視線を移す。

 医薬品が並べられた病院を思わせる牢で、ベッドの上に寝かせられ、腕には治療の跡。ベッドの横には、白衣風の服を着た白鬚スキンヘッドの老人と、助けてくれた青年。

「あ、あの…」

 男は体を起こし、二人に頭を下げる。

「助けてくれて、ありがとうございます」

「気にしないで良いって。悪魔から守るのは俺の役目だ」

 青年は、笑顔で男の手を握る。

 悪魔達を屠ったとは思えない普通の感覚。

「お前さん、かなり運が良いな。もし、王が居なかったら…想像しただけでも恐ろしいぞ」

 白衣の老人は、笑いながら蓄えた髭を扱く。

「お名前を聞いても良いですか?」

 男の問いに、老人が先に答える。

「儂は、この奈落の長老。長生きと医術が取り柄の老人じゃ。このお方は…」

 長老は、自信満々に青年の紹介も始める。

「悪魔達怯える恐怖の象徴。その名も、奈落の断罪王!」

 仰々しい名前に、男は思わず平伏す。

 青年は、慌てて訂正。

「なんて事言うんだよ! 本当の名前は、天埼煌太(あまさきこうた)。一応、15歳…らしい」

「らしい?」

 長老は、笑いながら「らしい」に関わる話を始める。

「煌太は真面に勉強をしていない。だから、算数が苦手なんじゃ。1から10まで数えるのが精一杯。10を超えたら、もう幾つだか分からんのじゃ」

 煌太は、触れて欲しくなかったのか、長老を何度も睨む。

「その話はやめろよ! 新人が来る度その話をされて、俺は皆に馬鹿呼ばわり」

「だってしかたないじゃろ、馬鹿なんじゃから」

 大声で笑う長老にたじたじの煌太。

 もはや、悪魔を倒した面影はない。

「ところで、お前の名前は?」

 煌太の質問に答えようとする男だが、何故か名前が思い出せない。

「あれ…? 名前が出てこない…」

「こりゃ、名前を奪われておるな…。たまにあるんじゃよ。奈落に堕とす際に名前を奪うパターン。かなり珍しいがの」

 男は、何度も思い出そうとするが、記憶の中の名前の部分だけが黒く塗りつぶされている。

「無理せん事じゃ。思い出せんなら、代わりの名を用意せんとな…。う~む…」

 長老は、何かを思いついたのか煌太に耳打ち。

「名無しさん、ちょっとついて来てくれ。名づけ親を紹介するよ」

 煌太は、男の手を引いて何処かに向かう。



 煌太が連れて来たのは、同じく地下1階にある可愛らしい人形が飾られた牢。

 中には、年端も行かない子どもが5人、女の子が2人、男の子が3人。ボロボロな服を着ているが、体は綺麗。風呂には入っているが、服を着替えていない状態。

「ここに名付け親が…」

 男は、煌太に誘われるまま中に入る。

 すると…。

「わあー、煌太兄ちゃんだ!」

「兄ちゃん、兄ちゃん!」

 子ども達は、一斉に煌太に集まる。

「ただいま。皆元気だったか? 怪我や病気はないか?」

 煌太は、まるで親のように子ども達の様子をしっかり確認。

 異変が無い確証を得ると、ようやく安心。

「その人は?」

 小学生くらいの男の子が、男に興味津々。

「ケンジ、その人は新人だ。しかも、名無しさんだ」

 中学生くらいの女の子が、男を上から下まで凝視。

 真似する様に、小学生くらいの女の子も凝視。

「ひょろひょろかな」

 中学生くらいの女の子の意見。

「にょろにょろ」

 小学生くらいの女の子は、真似しているのに呂律が回っていない。

 中学生くらいの男の子の双子は。

「ひょろ兄だな」

 と、声を揃えて発言。

 男は、ようやく名付け親の存在に気付く。

「もしかして、この子ども達が…?」

「そうだ。この奈落で唯一の名付け親」

 子どもが名付け親では、これ以上の良い名前は出て来ない。

 煌太は、中学生くらいの女の子に。

「ユキネ、流石にそれは無いだろ」

 小学生くらいの女の子に。

「カオリ、自分が嫌な名前はダメだぞ」

 双子にも。

「ソウタ、ソウシ、思いつく最高の名前を頼む」

 子ども達は集まり、一斉に声を合わせて。

「ひょろ!」

 結局、あまり変わり映えのしない名前を大合唱。

 煌太は、冷や汗を流しながら男の様子を確認。

 男は、何とも言えない表情をしながら頷く。

「分かった。俺はこれから、ひょろだ! 皆よろしく」

 男の納得に、煌太は驚く。

「本当に良いのか? 決定しちゃうぞ」

「ああ、自分の子どもと思えば、嬉しいぐらいだ」

 ひょろの「自分の子どもと思えば」発言は、子ども達を激しく喜ばせる。

「ひょろ、お父さんだ!」

 ケンジは、嬉しそうにひょろの周りを跳ね回る。

「お父さん、お父さん」

 ソウタとソウシは、ひょろの腕をブンブン振り回す。

「お父さん、抱っこ」

 カオリは、ひょろに抱っこを要求。

 ひょろは、カオリを要望通り抱っこする。

「…お父さん」

 ユキネは、恥ずかしそうにひょろの腕を掴む。

 煌太は、呆然とするひょろに事情を説明。

「ここに居る子ども達は、皆、親を知らない。神が作った法律のせいで…。だから、親を連想させる言葉を言えば、こんな感じに…」

 煌太は拳を握り締め、怒りを押し殺す。

 ひょろは、頷きながら胸を叩く。

「だったら、本当の親と思ってくれて良い!」

 ひょろの男気に、煌太は嬉しそうに微笑む。

 そして、ひょろに提案。

「だったら、もし良ければ子ども達の面倒を見てくれないか? 俺は結構忙しくて、面倒を見ている暇がそんなに無い。来たばかりの新人に頼むのは気が引けるが、良い人そうだからな…」

 ひょろは、二つ返事で。

「勿論だ!」

 地獄のような光景の中で出会った子ども達が、ひょろには天使のように見えていた。自分の力で守れるなら、何としてでも守りたい。それは、もう会えない自分の家族への懺悔の意味も込めて。

 煌太は、ひょろの頼もしい言葉に甘え、牢から出て行く。

「何処に行くんだ?」

「ここはひょろに任せて、俺はそろそろ帰るよ」

 煌太は子ども達に手を振り、通路の手摺を掴み飛び降りる。

 ひょろは、驚いて手摺から身を乗り出す。

 煌太は手摺に掴まりながら器用に下りている。片手を手摺に引っ掛け、各階の様子を窺いながら落下するように。

「全く規格が違いすぎる…。人間…だよな…」

 ひょろは、もしかしたら悪魔の一員などと考える。

 隣に来ていたユキネは、ひょろの言葉に直ぐに反応。

「今、煌太を人間じゃないと思ったでしょ?」

 あまりに図星だった為、ひょろは分かり易く動揺。

「仕方ない、煌太の力を見たら…。でも、煌太は人間よ。ここに来てから強くなったの。何度も何度も死にそうになりながら、やっとの事で今の力を手に入れたの…。煌太は、本当はここに来る筈じゃなかったのに、私達の為にずっと戦っている…」

 意味深な事を呟き、ユキネは子ども達の下に帰っていく。

 ひょろは、奈落で人が殺される現場を見た。その犯人も。その上で思ってしまうのは、何で神はこんな残酷な場所を作ったのか。今までの歴史を見れば、他に方法はいくらでもあった筈。なのに、想像出来ないぐらい残酷な方法に頼ってしまう理由は…。

 こんがらがった頭には、ある疑念が過る。

「なんじゃ、断罪王は居ないのか?」

 長老が、子ども達の前にひょっこり顔を出す。

「今、帰ると言って下に…」

 ひょろは、思わず浮かんだ疑念を長老に話す。

「あの…一つ聞いても良いですか?」

「何じゃ?」

「奈落って…もしかして、たった一人の為に作られたって事…無いですよね?」

「何でそう思うんじゃ?」

「人間を懲らしめる為に、ここまでする必要が無いような気がして…。かつては刑務所があって、そこに犯罪者を隔離していたらしいし…。罪の重さに応じて、罰を変える柔軟性もあったのに…」

 長老は、大声で笑い質問を両断。

「神がたった一人の為に、奈落を用意する訳がない。もしそうなら、奈落はもっと悲惨な事になっていた筈じゃ。だって、可能性がある一人はまだ生きているからの」

 長老は笑いながら去って行く。

 完全に疑念を払拭できていないが、答えの出ない問は一旦止め、子ども達の面倒に集中する事にした。それが、奈落で生きていく為の唯一の頼りだから。



 その頃、煌太は地下87階に居た。

 ここまで下りると、もはや人の世ではない。辺り一面に赤い瘴気が漂い、牢に隠れる人間は半ば発狂し、牢の格子をガタガタ動かしている。中には冷静さを辛うじて保っている者も居るが、終止震え続けていて心が休まる暇がない。そして、悪魔の数が格段に多い。地下60、70階には、二体から三体の悪魔しか居なかったが、地下80階を過ぎた辺りから10体以上の悪魔が飛び回っている。

「いつ来ても悪魔だらけだな…」

 煌太が悪魔を牽制すると、悪魔は一か所に集まりガタガタ震える。煌太の恐怖を知っている悪魔は、自ずと最善の回避を試みる。

「断罪王…今日はまだ、人を喰っていない」

 悪魔の申告に、煌太は少し睨む。

「本当か? 昨日だってそう言いながら、二人喰っていただろ! 嘘だったら…」

 煌太が拳を振り上げると、悪魔は平伏しながら無実を訴える。

「本当です! ですから…」

「分かった。殺していないなら、俺も殺す必要が無い。悪魔は何も喰わなくても良いんだろ? 神の言い成りじゃなくて、たまには正しい行動に出ろよな」

 煌太が来た時は、悪魔は小さな子猫のような可愛らしさがある。余程の恐怖を味わってきたのか、従順で頭が上がらない。

 煌太は、階下に移動する前に悪魔達に小さな干し肉を振る舞う。

「少ないが、これで満足しろ。また持ってきてやるから」

 階下に消える煌太に、悪魔達は大袈裟なぐらい手を振る。

 子猫と言うより、言いつけを守る子ども。



 そうこうしていると、煌太は奈落の最下層に辿り着く。

 地下108階。

 犯罪因子者の為に用意された牢は、たった一つ。牢と言うより、個室の部屋。入り口には花(?)が飾られ、一体の悪魔が扉の見張り(?)をしている。そこら中に存在する悪魔達は、悪魔同士で暴れているが、決して牢には近づかない。

「ただいま」

 煌太が上から降りてくると、悪魔達は全員整列。

「お帰りなさいませ!」

 の大合唱。

 最下層の悪魔達は、煌太に対する恐怖から戦う事を放棄。こうやって、煌太の機嫌を窺いながら利口に生きている。勿論、嫌悪感を示す者も居た。が、それは最初だけ。今では、煌太の機嫌を窺って生きている方が楽と、案外受け入れている。

 一体の小さな悪魔が、煌太の傍に寄ってくる。

「煌太様、あの…」

「肉か?」

「はい♪」

 煌太は、小さな干し肉を差し出す。

「ありがとうございます♪」

 干し肉を手にした悪魔は、嬉しそうに仲間の所に戻る。

 奈落の悪魔達は、食欲と言うものに対して貪欲ではない。だが、肉と言うものに対してただならぬ喜びを覚える。それは、小さくても見ているだけで癒される程。悪魔の(さが)なのか、仕方なくそうなったのか、今となっては悪魔達にも分からない。

 煌太は、見張り(?)をしている悪魔に。

「少しの間、考え事をしている」

 と告げ、牢の中に入っていく。

 牢の中は、何にも無い。ただ、冷たいコンクリートの床があるだけ。

 煌太は、床の上に胡座(あぐら)をかき、瞼を閉じて腕を組む。

「今日は…」

 煌太の日課。

 それは、助けられなかった人を頭を中で思い浮かべるというもの。死んでいった者達の亡骸を思い浮かべながら、悔しさと、悲しさ、そして…神に対する怒りを再確認する。そしていつも、死んだいった者達の為に何が出来るのか考える。

 日課の様子を、大きな目の悪魔が覗く。

「煌太様は何をしているのだ?」

 見張り(?)は、不思議そうな顔で。

「知らないのか? ああやって死んだ人間に懺悔しているんだ。「助けられなくてごめん」ってな。ここの悪魔なら誰でも知っている筈だが…。お前、上層の悪魔か?」

「あ、ああ…。噂の断罪王に興味があって見に来た。本当に強いのか?」

 見張り(?)は、怪訝な顔で眺める。

「無知すぎる。煌太様の力は神に匹敵すると言われている。何を今更…。お前…」

 動揺する巨眼の悪魔。

 だが。

「生まれたばかりか!」

 見張り(?)の的外れな言葉に安堵。

「そ、そうなんだ。生まれたばかりで、何も知らない…」

「そうだろうな。あの強さを知らないとすれば、それぐらいしか考えられない」

 笑って納得する見張り(?)に同調し、巨眼の悪魔も苦笑い。

 中を窺うのを止め、何処かに去って行く。



 綺麗に整備された美しい街並み。

 行き交う人々は、皆、穏やかな笑顔。時間に追われる者、日々に疲れた者、悩みを抱える者、そう言った負の感情を心に抱く者はただの一人も居ない。

 そこは、神によって新しく生まれ変わった日本。

 一切の不幸が起きない場所。

「今日も平和な一日になりそうだ」

 街の全てを見渡せる巨大なビルの屋上。

 長い金髪を風にたなびかせ、朝日に照らされる街を見下ろす男の姿。纏った白いスーツ越しに伝わるのは、深い優しさと威厳。


「報告に参りました」


 白スーツの男の背後に、白い法衣を纏った女性が現れる。

 法衣の女性は跪いた状態で現れ、白スーツの男に顔を見せないように頭を垂れている。

「どうだった?」

「はい、(あなた)の仰る通りです。彼の者は、奈落を掌握し、悪魔達をほぼ無力化しています」

 白スーツの男は、神。

 この美しい世界も、奈落と言う地獄も、彼が作ったモノ。

「神よ。このまま放置すれば、奈落の本来の意味は損なわれます。今の内に、天埼煌太を抹殺…」

「ダメです! それだけは承認できない…」

 声を荒らげる神。

 背中越しの雰囲気が険しくなる。

「宜しいのですか? 神にも匹敵すると悪魔達は噂していました。もしそれが本当なら…」

「…殺されるまでです」

「なんて事を!」

 法衣の女性は、思わず顔を上げる。

 すると、目の前に神の美しい顔が。

「彼には私を殺す資格がある。身勝手な私は、それを受け入れるしかない」

 法衣の女性は、唇を噛みしめ言葉を抑制。

「ですが、安心してください。彼はここには来ない」

「どうして言い切れるのですか?」

「彼は優しすぎる。大義の為に犠牲を強いる事が出来ない」

 神は、法衣の女性をちらりと横目で見る。

「それより、私は今も許していません。あなたが悪魔を放った事を」

 法衣の女性は、深く平伏す。

 神は、溜息を漏らす。

「罪を犯した者には、相応の仕打ちが必要。よって、あなたの神官長の職を解く」

 いきなりの決定に、法衣の女性は激しく動揺。

「それはあまりに!」

「これは決定事項です。猶予は一週間。それまでに引き継ぎを終わらせてください」

 神は、吹き抜ける風と共に消える。

「…一週間」

 法衣の女性は、立ち上がり歯ぎしり。

「それまでに…天埼煌太を…殺す!」

 法衣の女性の背後に、巨眼の悪魔の姿。



 奈落の地下一階。

 煌太が、手当たり次第に牢を壊している。 

 突如始まった暴挙だが、眺める人達は誰もが笑顔。

「本当に実現させるなんて…」

 ひょろは、手で口で押さえ唖然。

 肩を叩く長老は、髭を扱きながら笑う。

「煌太は、良いと思ったら何でもする。ひょろの冗談交じりの提案でもじゃ」

「外と同じように…。ちょっと言っただけなんだけど…」

 ひょろは、来たばかりの新人。

 それ故に、外の世界への執着は強く。外の世界と同じ光景に癒しを求めていた。そこで、煌太に軽い気持ちで提案してしまった。煌太は、その話を聞くと直ぐに行動。

「儂には思いつかん。他の者もそうじゃろ。長い間ここに居ると、希望を忘れ、恐怖しか見えなくなる。ひょろ、皆感謝しておるよ」

 二人が話している間に、地下一階の牢は全部破壊完了。

 煌太は、ひょろを手招き。

「ひょろ、外の保育園…は、どんな感じなんだ?」

「あ、それは…」

 ひょろは、煌太に説明に向かう。

 煌太とひょろが話していると、子ども達が集まってくる。

 それは、奈落とは思えない和やかな光景。

「生きている間に、もう一度見れるとは…」

 長老の瞳から、涙が零れる。

 忘れていた平穏な日常を思い出して胸が熱くなる。



 ひょろが来た事で、奈落に小さな光が射した。

 小さく儚いその光は、絶望の世界を明るく照らす。

 だが、天埼煌太という大きな光は、絶望の世界に新たな巨影を生み出す。

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