逃走劇
突如現れた「怪物」。それに襲われる人々。
何が起こっているのか、夢か現実か、人々はただ怯え、混乱し、恐怖した。
主人公は何とか自宅へと逃げ帰ったが、その時爆音と共に爆風で意識を失った。
「うっ……」
ゆっくりと目を覚ます。頭を強く打ったのかも知れない。視界がぼやけている。何度かまばたきすると、徐々にピントが合ってきた。
ポロポロと頭から破片が落ち、それがガラスであることに気付く。窓が割れている。部屋の中もグチャグチャだ。壁もボコボコ。
確か、音がして、眩しい光とともに爆風が来た。その爆風で飛ばされてしまい壁に頭を強く打ち付けた。
今は何時だろう。時計は止まっていた。携帯を探し出し、電源を入れると午後1時43分を表示していた。
携帯の電波は入っているようだ。
電話帳を開き、ある人物に電話をかける。
呼び出し音が鳴る。一回、二回、三回。コールが一回鳴り終わるごとに緊張が喉に込み上げてくる。
「プッ……はい」
聴き馴染んだ声に、ほっと安堵のため息が漏れる。
「よかった。生きてた」
「とりあえずは。さっき爆弾が落ちたみたいだ。軍のやつかわからないけど、もう人間の保護は二の次かもしれない」
やはりそうかと思った。音に光に爆風、近くで爆弾が落とされたのだ。あの怪物を駆除するために。
「避難は?」
そういうと携帯がわずかに震えた。スピーカーに切り替えて画面を確認すると、避難命令が出されている。
今の爆弾で死んだ人間には関係ないだろう。
なぜ避難命令を先に出さなかったのか。
たどり着いた答えは、
パニックになって順を誤った。
避難する人間の数を減らしたかった。
後者であれば、恨まれものだ。あの衝撃で死んだ人間がいないとは考えられない。
とにかく今は指示された避難場所へ行くのが妥当だろう。
彼と待合を決めて、家を出た。
車で行こうと思ったが、移動している人や瓦礫が多くて、徒歩で向かうことになった。
あの怪物がいないかと恐怖したが今のところアレはいなかった。
待ち合わせ場所にはすでに小さな小袋を抱えた彼が来ていた。
「何持って来た?」
彼はその声でこちらに気づき、小袋を開ける。
「スマホ、太陽光発電式の蓄電器、モバイルバッテリー、あとは家にあった缶詰」
さすがだ。この状況できちんといるものを持って来ている。自分も同じようなものだ。
「それじゃあ行こうか」
道なりに避難所まで進む。避難所まではだいたい5km程ある。なぜそこまで離れた場所なのか。
「鋼鉄のシェルターがあるんだ」
彼がそう言った。確かにそのくらいの防御力のある建物でなければ、どこにいても一緒だろう。
「あれは、なんなんだろう」
彼は答えなかった。彼にもわからないからだ。
「ぎゃあああああ!!!」
突然の悲鳴に振り返る。周囲も困惑する。そして一瞬遅れて恐怖が足から這い上がってくる。
一瞬の沈黙。
建物の陰からそれが姿を現わすと、周囲が一気に騒ぎ立てた。
悲鳴が奇声が四方八方飛び交って、皆一様に畏怖の表情を浮かべて、怪物の反対方向へ走り出す。
私たちも例外なく。
シェルターに避難する前に死ぬかもしれない。
二人で人並みに流されるように走る。
助けて、助けて、助けて。
後ろから悲鳴がやまない。振り返れば終わり、足を止めれば終わり。
人並みから脇道へ走り、二人きりで走る。背後を振り返ると怪物はこちらへ曲がることなく、真っ直ぐに進んで行った。
荒れた息を整える。
怖い怖い怖い。一瞬でも見えた飲まれる直前の人が、頭から離れない。
ポンと背中を叩かれ、ハッとした。
「とにかく避難所まで行こう」
私は頷いて体制を整える。
しばらく歩くとざわめきが聞こえてきた。私たちはそこを避けるように曲がり角を曲がって歩く。
そうやって遠回りしていると、とっくに着くはずの時間になってもまだ半分ほどしか近づけていない。
ため息をつくとともに曲がり角を曲がると、思わず息を飲んだ。
目の前にあの化け物がいた。目と鼻の先だ。
向こうは気づいていないようで襲ってくる気配がない。
私たちはゆっくりと後退りする。
気づかれないように慎重に、慎重に、一歩、一歩と後ろへ下がる。
恐怖でうまく足が動かない。それでも音を立てないようにゆっくりと下がっていく。
その時、ガシャンと何かが倒れる音がした。私たちは思わず振り向く。
「う、うわあああああ!!!」
知らない男性が悲鳴をあげて走り去る。
ハッと怪物を見ると体がうごうごと波打ち始める。
まずい!
体はすぐに走り出していた。脳が危険信号を出している。
早く、早く、早く。
ゴポッと水のような音がして後ろを向くと、それは物凄いスピードで迫り来る。
やばいやばいやばいっ!
あれだけの距離がどんどん縮まっていく。
走ってたんじゃ追いつかれる!
ふと目の前に軽のスポーツカーがあるのが目に留まる。
「あれに!」
彼はちらりと見て頷いた。
オープンカーなので飛び乗った。鍵が奇跡的に付いている。
私は迷わずに鍵を回し、ギアを入れ、アクセルを力一杯踏んだ。
急発進した車に重力で押させつけられる。
サイドミラー越しに背後を確認すると、怪物はもたもたと追いかけてくる。しかし距離は明らかに開きつつある。
助かった。
そう思ったのもつかの間、奴は触手を伸ばしてきた。それは車よりも早い。
サイドミラー、バックミラーを見ながらハンドルを切り、ギリギリで避ける。
曲がり角をドラフトして曲がる。方法は知っていたが、実際やったことなんてない。壁にクラッシュしながらも体制を立て直し、再びアクセルを踏んだ。
ミラーで背後を確認。あれの姿はない。
「前!」
その声に前に視線を戻して、全回でハンドルを切る。
スリップして回転した車が止まり、前を見るとあの怪物がいた。
まさかさっきのが、いや、流石にあのスピードで先回りなんて無理だ。
別の個体。
今のでタイヤがパンクしたようだ。アクセルを踏んでも空回りする音がする。
「降りよう!」
私たちは車から降りて再び走り出す。
怪物は車を踏み潰し、乗り越えて私たちを追いかけてくる。
早すぎる。今までは別の人が犠牲になった間に逃げて来れた。だが二人しかいない今、撒くのは奇跡に近い。
一瞬の気配で背後を向く。怪物の触手が彼を狙っている。
私は彼に体当たりする形で押し退けると、触手に飲み込まれる。
いざとなったら恐怖よりも意識がはっきりするようだ。
目の前で尻餅をついた彼が畏怖の表情でこちらを見て固まっていた。
「行け!」
いつ自分の体が崩れるのかわからない。まだ意識があるなら、彼を逃さなければ。
「いけぇええええ!!」
今まで出したことのない大声を出す。徐々に体が飲まれていく。身動きは全く取れない。
小さくなっていく視界に、立ち上がり走っていく彼の後ろ姿を見た。
ああ、よかった。
そう思えば、視界が暗転した。
飲み込まれた主人公と最後に逃げ出した彼。2人の運命は……?