プロローグ
いつから、こうなったのだろう。
どこから、こうなったのだろう。
どうして、こうなったのだろう。
目の前の光景は、誰も予想などしていなかった。
わからない。私たちは今何を見ているのだろう。
「きゃあああああ!」
「助けてくれぇえ!!」
人々の悲鳴が四方八方からつんざく。
人々が逃げ惑うのは、あるものに追われるからだ。
「怪、物……」
口からこぼれた言葉が、その存在をしっかりと確認させた。
心臓がばくばくしているのがわかる。足が震えて止まらない。
怪物はドロドロとした泥の様な図体。人を飲み込むたびにその体は大きくなっていく。
一体であればまだこれほどに人々が四方八方駆け回らないだろう。まだ何とか打つ手があったのかもしれない。しかし、それは一体どころではなく、何体も現れたのだ。
「うわああああ!」
近くで断末魔が上がり、私はとっさにそれを見る。
怪物の手なのだろうか、それに捕まった男性が、ドロドロと怪物と同じように泥と化す。
呼吸が早くなる。
何が起きている。何が起きているんだ。
私はその怪物を背に走り出す。
どこに行けば良いのだろう。安全な場所など思いつかなかった。
ただ怪物を見つけては反対側へと走る。
怪物はドロドロとしたその手のようなものを何本も伸ばしてくる。それを見ると襲う意思があると取れた。
勢いは早い。襲われる人間がほとんどだ。地に足を取られながらも、駆ける足は止めない。
はっと目の前に移った光景に思わず足を止めてしまった。
赤子が怪物に捕まって、父親らしき男性が怪物に登っている。
駄目だ、怪物には触れられただけで、泥と化してしまうのに。
早くなる呼吸。それでも目はしっかりとその光景を見てしまう。
「こんなの、夢だ。そうだ夢なんだ!」
男性は叫んだ。
そうか、夢ならこの光景に頷くことができる。夢。これは、
「ああああああ!」
男性の悲鳴に再びそのほうを見る。
赤子が泥に変わっていく。目が口が泥でドロドロと崩れていく。これは夢、夢なんだ。覚めろ!
「夢なら覚めてくれえええ!!」
赤子であった塊に手を伸ばす男性の口がドロリと崩れていく。ボトリと音を立てて、怪物と同化していく。
夢、なら、覚めて……っ。
怪物の顔なんてどこにあるのか、そもそもあるのかすらわからないが、向きを変えたことはわかる。
ゾクリと背筋に寒気が走る。
私はまた息を飲んで走り出した。
行き場はどこに、誰に助けを求めれば。
走っても走っても光景はみな同じ。
あの化け物はどこまで、何体いるんだ。
たどり着いたのは自宅だった。安全だとは思わないが一番安心できるとしたらここしかない。
荒くなった息を整え、寝室に入る。
外はどうなっているのだろうか。家の中はどうもなかったけれど。
恐る恐る閉じたカーテンを小さく開ける。目だけ出してきょろきょろと見渡すも何も見えない。ここまでは来ていないのか。
いきなりの爆発音。驚いてカーテンを大きく開け、その方向を見る。
瞬間、強い光が視界を奪い、瞼を閉じた瞬間に爆風がガラスを割り、私の体を浮かせた。抵抗することはできない。私は強く壁に体をぶつけて、意識を失った。