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第三話 主婦、猫と語る。

 三人で初めて出会った日の事を思い返しながら楽しい夕食を食べていると、私と一緒にこの世界へ来た猫の片割れである白猫ミーが喋った。

 普通に人間の言葉を喋っている姿はまるで映画の吹き替えのようで、いきなり過ぎて現実味を感じない。だけれどその声は確かにミーの口から聞こえており、私たちは料理を食べるのも忘れてポカンと口を開けていた。

 数秒の沈黙を経てミーが喋ったという事実を読み込み、今度は私から話し掛けてみる事にする。返事が来なければ空耳だったという事にしてしまおう。


「えっと、ミー?」

「……どうしたの、ご主人様?」


 あ、普通に返ってきた。前の世界で使われていたヴィスペル語と名前は違えど同じ言語であった日本語。話しているから当たり前かもしれないけど、どうやらミーは私の言葉を理解しているらしい。


「あの、その、もしかしてミーは猫の獣人(けものびと)だったの?」

「……ううん、違うよ。……私は普通の人間」


 普通の人間は猫の姿をしていないよと三人の心が一つになりつつも、私は抱っこしていたミーを自分の顔の高さまで持ち上げた。私の目に映るのはどう見ても猫で、上から見えも下から見ても人間には見えない。

 ……こっちの世界では猫の姿をした人間のいるの?


「猫って喋るものだっけ?」

「ソフィさん、気をしっかり!? 猫は猫だよ!」

「……だから猫じゃない。……姿を変える」

「姿を? って、ぎゃあ!?」


 私が両手で持っていたミーが突然光り輝き、私の目は焼かれるような痛みが走りました。

 目がー! 目がー!? と叫んではみるものの、ミーを落とす訳にはいかないので両腕を上げたまま目の回復を待つ事にしたのですが……。


「ん!? ミーが大きくなった!?」


 まだ視界が回復していないので分かるのは手の感触と耳くらい。そのミーを持っていた手が突然大きな物を持ったように左右に広がり、先程までの軽い重みからズッシリとした重みへと変わりました。そして優しい毛触りからモチモチな肌のような感触に変わり、思わぬ変化に力を入れそうになりましたがミーが痛くなってはいけないと思い直して。

 そんな考えは働いているのに現状の理解は全く出来ていなかったのだけれど。


「え? どうなってるの? 今どうなってるのこれ!?」


 何も見えない私がそう叫んでも香と翠ちゃんは何の反応もしてくれません。まさか襲撃か!? と思い気配を探りますが、私たちの他には誰も居ないようです。

 どうして気配が探れるのかって? 潜入捜査官の秘密ですよ!


「あ、ちょっと見えるようになってきた……ってなんじゃこりゃ!?」


 ゆっくりと目が光りを取り戻していき、私は自分が幼稚園児くらいの幼い女の子を持ち上げている事に気が付きました。真っ白な髪と寝惚けているような顔、そして柔らかな素肌がとても愛らしい……ってどうして裸なの!?


「み、ミーなの?」

「……ご主人様、煩い。……下して」

「あ、ごめんなさい」


 ミーらしき少女を床に下すとそのまま彼女は私の膝へと飛び乗った。うん、この動作は確かにミーなんだけど裸のままなのは気にならないのかな。


「あの、ミー? 貴女は一体」

「……私は向こうの世界を見てきた……ご主人様を見て、付いて行きたいと思ったから……猫になってた」

「うん、分からん」


 私が首を傾げるとミーもそれを真似して首を傾げた。何この子めっちゃ可愛いんですけど。

 先程までと同じように人になったミーの頭を撫でると、嬉しそうにミーの方から頭を押し付けてくる。六年見ていない息子の幼い頃を思い出して思わず笑みが零れる。

 私がミーを撫でていると香と翠ちゃんが復活し、二人は食事の途中ながらもテーブルを叩くようにして立ち上がった。


「そんな事よりも! ミーちゃん服着なきゃ!」

「そうですね。翠の小さい頃の服が押し入れにありますので、取って来ます!」

「お母さん、私も手伝う!」

「そんな事って……」


 何故この二人は易々と状況を受け入れているんだろう。……あ、私との出会いの時点で映画のようなものだから慣れてるのかもしれない。それか考える事を放棄したのか。


「……ご主人様」


 私が考え事をしていると私に背中を預けているミーが振り返った。


「どうしたの?」

「……私の戸籍も、よろしく」


 あ、はい。

 ――香と翠ちゃんが服を探している間にミーから話を聞きました。どうやらミーは猫の時から意思があり私の六年間を見守っていて、この世界の常識を密かに学んでいたそうです。

 猫から人へと変身するには前の世界では常識だった魔力を使う必要があるらしく、その魔力は身体の奥底に意識を集中させる、通称魔力を練る事で徐々に増やす事が出来る。今回は猫の姿という事もあり魔力を練るのに時間が掛かったようで、六年掛けて漸く人間の姿に戻れたという訳だった。――


「――それで、ミーは私の娘って事でいいのかな?」


 翠ちゃんがミーにレースの付いた可愛い洋服を着せた結果、あまりの可愛さに皆で写真を撮ってしまった。ジト目で見てくるミーが顔を(しか)めた所で写真撮影を止め、今度はミーも含めて食事をとった。

 これまでキャットフードだった為かは分からないけどミーは香の料理を無我夢中で食べた。三人でミーの様子を眺めていた為に食事中の会話は少なく、ミーが食べ終わってから話を再開する事に。


「……うん……学校にも行きたい」

「そうですね。ミーちゃんもお友達も沢山欲しいでしょうし、中学校……には少し幼すぎますね。ミーちゃんのお歳はどれくらいなんですか?」

「……分からない」


食事も終えた現在、香はダイニング傍のキッチンで洗い物をしながらこちらの会話に参加している。ミーは普通の人間じゃないみたいだし見た目的には小学生くらいだけど……。そう提案すると、小学校に行きたいとミーも乗り気になりました。


「それじゃあ小学校にしとこうか。翠ちゃんって何処に通ってたの?」

「私は近くの第一小学校だよ。でもソフィさんは凄いよね、戸籍ってそう簡単に作れない物なんじゃないの?」

「大丈夫よ。見つかってないから」


 私の悪い笑みに翠ちゃんは若干引いていますが、私だって悪い事だって分かってるよ? でもね翠ちゃん、バレなきゃ犯罪じゃないんだよっ!


「……あんまり深く聞くと藪蛇になりそうだから止めとくね」


 という事で来年の春からミーは第一小学校に通う事が決定、それまでに用意を整える事にしました。とりあえず今度戸籍を作りに行こう、ミーの苗字は私と同じでいいよね。息子が大きくなって全然甘えてくれなくなってたから、娘が出来て少し嬉しい。

 話が一段落して、私は今日中にしておかなければならない仕事があった事を思い出しました。リビングに置いてある共用のノートパソコンの元へと行く為に、食事を終えてから再び私の膝へと乗っていたミーを下ろして立ち上がります。


「あ、私明日の課題プリントを作らないといけないんだった。パソコン使うね」

「はーい。翠はミーちゃんと一緒にお風呂入ってください。ミーちゃんに洗い方を教えるのですよ!」

「あいあいさー!」

「……お風呂、嫌」


 嫌がるミーを引っ張っていった翠ちゃんを横目にリビングのパソコンを立ち上げる。大事な情報が入ったデータは学校外に持ち出し禁止なので、課題プリントを作るくらいなら皆で使っているパソコンで問題無いだろう。

 因みに私が担当している科目は科学で前の世界で培った知識も応用して学んだ結果、通っていた大学の教授から助教授にならないかと誘われた事があります。態々他の学科の生徒に目を光らせるなんて面白い教授だなとは思いましたが、私は教授で無く先生になりたかったのでお断りしました。


 香の淹れてくれた食後のお茶を飲みながら完成したプリントのデータをUSBに入れ、お風呂から出て来たミーが猫のように身体をブルブル震わせて水気を取ろうとしていたので慌てて止めタオルで拭いてあげて、新しい家族が増えた慌ただしい一日はあっという間に過ぎていきます。

 三人でミーとお話をして、歯磨きの仕方を翠ちゃんが甲斐甲斐しく教えてあげて、今は布団の中で一緒に寝ているミーを撫でているとあの子を思い出します。六年も会えていないから、心配しているだろうな。

 元気にしてるかな? 私の息子は。




「――うわあああああ!? 危ねぇな馬鹿野郎ッ!? 鉄骨を投げてくる奴がいるかッ!?」

「居たぞ! 殺せ!」

「巫山戯た事抜かしてんじゃねえぞ! 俺らの獲物取りやがって!」

「ちょこまかと逃げるんじゃねぇ!」


 その青年は路地裏を駆け抜けていた。学校指定の制服をラフに着こなし、ビルの壁を蹴り上げては塀を手に掛け上っていく。それは向こうの世界で言うパルクールのようなアクション映画さながらの動きを見せて、追いかけてくる十人程の男たちを振り切ろうとしていた。


「全くッ、通りすがりの女の子を助けただけじゃねぇか!」


 彼は先程ガラの悪い連中に絡まれていた女の子を助け、逆ギレされて街を逃げ回っていた。助けた女の子は先程交番に居た警察に預けたので問題無いが、未だにガラの悪い不良たちは彼を追い回していた。

 警察に事情を聞かれれば今は何処にいるかも分からない母に連絡がいって、拳骨で怒られる事間違い無しと思った彼はお礼を言う女の子を放置して再び逃走劇へと舞い戻った。


「あーッ! お袋は居なくなるし、変な連中には付き纏われるし! やってられるかッ!」


 そうは言いつつも止まれば何をされるか分からない、いやされても無傷で反撃出来る自信はあるのだが。幼い頃誓った母親との約束を律儀に守っている彼は安易に手を出さず、逃げに徹する事を選び続ける。


「何処行ったんだよお袋はよッ! って、おっ、おおおおおおおッ!?」


 まるでその願いを叶えるかのように彼は地面を踏み外した。そこにある筈の地面をすり抜け、彼の身体は自由落下を始める。六年前の彼女のように。


「なんっ、じゃこりゃああああああ!? ぐえっ」


 大きな音と共に固い床へと落ちた彼は、落ちた割には小さい痛みを堪えながら立ち上がる。そこは先程駆け抜けていた薄汚い路地や手入れされていない屋上などでは無く、大きいクローゼットに男性アイドルらしき人が写ったポスター、そして可愛い縫いぐるみが置いてある女の子の部屋。

 そして顔を上げるとそこには部屋の主と思われる女の子が、下着姿で立っていた。高校二年生にしては小柄ながらも母親によく似た大きな胸と右の目尻にある泣き黒子がチャーミングな女の子は、可愛いピンク色のブラジャーを着けようと手に持った所。つまり、その二つの可愛いピンク色が彼の前にお目見えしていたのだ。


「あ、え? ちょ」


 彼は彼女が次に起こす行動を咄嗟に理解し、何とか弁明をしようとしたが間に合わず。


「き、きゃあああああああああああああああああああ!?」


 この部屋に住む高校二年生の女の子、立花(たちばな)(みどり)は胸を腕で隠し、全力の大声で叫んだ。そしてこの家に居候している荒事に慣れた教師、元潜入捜査官のソフィは一瞬で翠の部屋の扉を開けて入ってくる。


「どうしたの翠ちゃん!? ってあら」


 彼女が見たのは下着姿で胸を隠した翠と、両手を上に上げて反省の意を表している愚息の姿。


「翠! 大丈夫!?」


 遅れてやってきた香は知らない男が翠の部屋にいるのを見て携帯を取り出した。その手をソフィが抑え、そのままソフィは男の元へと歩いて行く。香は思わずソフィを止めようとしたが、ソフィが邪悪な笑みを浮かべているのを見て止めた。

 あの顔になったソフィは誰にも止められないと知っていたから。


「――お、お袋?」

「アンタ、とりあえず一回」


 何年振りかの再会に時が止まったかのような感覚を彼は感じた。ずっと会いたかった、どうして消えたのか知りたかった人、母親が目の前に居る事に漸く理解が追い付き言葉を発しようとした瞬間。自分の母親が悪魔の形相を浮かべている事に気付き、冷や汗を垂らす時間すら無く。


「翠ちゃんに謝らんかぁッ! なにしとんじゃこの馬鹿息子がーッ!」


 親子の感動の再会はラッキースケベにより怒りの再会へと発展していく。香は語る。あの時の後ろ回し蹴りは芸術のようだった、と。翠は語る。もうお嫁に行けない、と。

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