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第4話 手ぇ貸してやろうか、兄ちゃん?

 俺は追い詰められていた。

 土地鑑のない人間が、こんな入り組んだ地形の路地裏に逃げ込んだところで上手くいくわけがない。


 文字通りの袋小路。

 隠れ場所の一つもない行き止まりで、すぐそこまで迫っている衛兵の気配に戦々恐々とする。


 ネネィ……爺様……村のみんな……。

 すまない、もう帰れないかもしれない。

 衛兵に捕まれば俺は牢に入れられる。

 そして二度と出ることは叶わないだろう。

 俺はそこで力尽きる。

 何一つ成し遂げられないまま、名も無き犯罪者としてその一生を終えることに……。


 ネガティブな未来予想図が頭の中を埋め尽くす。

 衛兵に捕まった者の末路なんて想像もつかない。

 それ故に、悪い方悪い方へと考えが働いていく。


 一体俺はどうすれば……!

 たまらず頭を抱え込む。

 するとその時、頭上から知らない声が降ってきた。


「手ぇ貸してやろうか、兄ちゃん?」


 顔を上げる。

 狭い路地を形作っている密集した建物。

 その屋根の上から、こちらを見下ろしている小さな影がある。


 そいつと目が合った。

 真っ赤な目だ。

 俺はその目に見覚えがあった。


「お前、さっきの……?」


 そこにいたのは、先ほどイゾルテに対してスリを働こうとしていた子供だった。

 相変わらずフードと覆面を被ったままだが、その特徴的な目の色は見間違えようがない。

 声の感じからいって男の子のようだ。


 そいつは俺に向かって縄ばしごを下ろしながら、


「急いで上がってきな。登ってるとこ見られちまったら何かとマズい」


 そう言って手招きをした。


「…………」


 俺は逡巡する。

 赤目の少年が何故俺の手助けをするのかが分からなかった。

 あの時の状況をこいつの視点から見てみれば、俺はどちらかというと仕事の邪魔をした厄介者のはずだ。


 都においては、人を信用し過ぎると損をするとも聞いたし……うーん。


「――おい、こっちは見たか?」

「――いや、まだだ」


 俺はハッとする。

 この行き止まりに至る曲がり角の向こうから、衛兵らしき声が聞こえてきた。


「あ、あれこれ考えてる余裕はないか……!」


 俺は慌てて思考を放棄すると、目の前に垂れ下がっている縄ばしごを乱暴に引っ掴んだ。




「ったく、間一髪だぜ」


 俺が元いた場所を確認し終えた衛兵たちが、何事もなく去っていく。

 それを高所から見送ると、少年は俺に振り返りながら言った。


「助けてやるっつってんだから、モタモタしてねぇでさっさと登ってこいってんだ」

「……どうして助けた?」

「ん?」


 俺の疑問に、少年は愉快そうな笑みを浮かべる。


「そりゃお前、あのクソ能面女に一泡吹かせてくれたからに決まってんじゃねぇか」


 クソ能面女?

 もしかして、イゾルテのことか?


「あの女と知り合いだったのか?」

「知り合いなんてもんじゃねぇ、敵だ、敵!」


 愉快そうな顔から一転して膨れっ面になる。

 コロコロと表情豊かな奴だな。

 イゾルテとは正反対だ。

 そんなことを考えていると、少年は俺に向き直り、


「つーか、お前すげぇな! あのクソ女とあそこまでやり合える奴なんて滅多にいねぇ! 見ねぇ顔だけど、よそから来た冒険者か何かか?」


 そんなとんでもないことを言い出した。


「ぼ、冒険者なわけないだろ! あんな野蛮な連中と一緒にされちゃ困る!」


 それは本当に困る。

 これからスマートな紳士を目指そうというのに、おかしなレッテル貼りをされてはたまらない。


「違うのか? 俺はてっきり……いや、そんなことはどうでも良い。なぁ兄ちゃん、あんたが腰に下げてるその剣って、もしかして魔法具か何かなんじゃねぇか?」

「魔法具……?」


 聞き覚えのない単語に俺は疑問符を浮かべる。


「おいおい、とぼけんなよ。あのクソ女の”透過剣”を弾いたんだ。魔法剣の奇跡を相殺できるのは同じ魔法具だけ……常識だろ?」


 常識なのか。

 俺の知識に偏りがあるのは自覚しているが、常識とされるものにピンとこないのはちょっとショックだ。


 剣に関することなら爺様から徹底的に仕込まれてきたが、魔法剣なんていう単語を聞いた覚えはない。

 もっと幅広く教えてくれるよう乞うべきだったかもしれないな……。


「あのイゾルテが持ってたのは魔法剣なのか?」

「ああ、そうだ、分かりやすいから透過剣って呼ばれてる。使用者の意思に応じて物質を自由にすり抜けることができるんだ」

「なるほど……」


 ようやく得心がいった。

 あの時のイゾルテの不可解な様子はそれが原因だったのか。

 理由さえ分かれば何てことないな。

 だがそうなると、


「俺の剣も、その魔法剣とやらになるのか?」

「なんだよ、それ。もしかして知らずに振ってたのか?」

「知らずにというかなんというか……どこからどう見てもただの鉄の剣だぞ」

「魔法剣ってのはそういうもんなんだよ。魔術加工品と違って材質そのものに特性が備わってるからな」


 魔術加工品。

 また知らない単語が出てきたな。


「なぁ、お前の剣……ちょっと見せてくれねぇか?」

「ダメだ」


 おずおずといった調子で少年が言ったが、俺はそれを一蹴する。

 相手は愕然とした表情を向けてきた。


「即答かよ! 少しくらい考えろよな!」

「考えるまでもない。剣は俺の命だ。家族以外には触らせない」


 俺の数少ないポリシーだった。

 自分を守るための刃。

 それを預けることができるのは、自分が守るべき対象にのみ限られる。


「恩知らずな野郎だな、てめーは! 誰のおかげで衛兵どもから逃げ仰せられたと思ってんだ!?」

「う……」


 それを言われるとつらい。

 でも恩だの仇だので考えたら、さっきイゾルテの凶刃からこいつを助けたのは俺のほうでもあるわけで。

 だがこの少年の様子からうかがうに、きっとそのことには気付いていないのだろう。

 だとしたら、恩に報いていない恥知らずは俺だけということになる。


「……少しだけだ。サッと見たら返せ」

「おっ! そうこなくちゃな!」


 不機嫌だった顔が途端にホクホクだ。

 少し笑ってしまいそうになる。

 窃盗を働こうとしてはいたが、根は悪い奴ではないように思えた。


 俺は、腰に差していた鉄剣を鞘ごと引き抜く。


「気を付けて扱えよ」


 少年はそれを受け取ると、興味深げに眺め回し始めた。

 鞘から少しだけ抜いて、その剣身の反射に目を細めている。

 この歳で鑑定眼があるとも思えないが、その手つきは妙にこなれていた。


「……うーん、やっぱり分かんねぇな。魔力を見る目がないと判別は難しいぜ」

「なぁ、もう良いだろ? そろそろ返してくれ」

「そうだな……なぁ、兄ちゃん。ちょっと下の様子見てくれねぇか? いつまでも同じ場所にジッとしてるのも上手くねぇ。移動しようぜ」

「そうなのか? ……分かった。ちょっと待て」


 屋根伝いに逃げるんじゃダメなのか。

 そんなことを思いながら、俺は言われた通りに袋小路の様子をうかがう。


 誰もいない。

 声も、気配もない。

 日当たりの悪い、ジメジメとした路地の光景がそこにあった。


「大丈夫だ、今なら――あれ?」


 振り返ると、そこにあの少年の姿はなかった。

 キョロキョロとあたりを見渡してみるが、屋根の上という限られたエリア。見逃しようがない。


 消えた。

 消えてしまった。

 俺の剣を持ったまま。


「……ええ?」


 頭が、真っ白になった。




――――――




 ここまでくれば大丈夫だろう。

 赤目の少年は、荒くなった息を整えるために物陰に入った。

 追跡を避けるためにわざわざ人通りの多い道を選んで移動したが、それも杞憂だろう。

 あの青年、剣の腕は立つようだが、てんで田舎者だ。


「にひひ……!」


 少年は、脇に抱えていた魔法具と思しき剣を撫でながら、イヤらしい笑みをたたえた。

 思わぬところで思わぬ出会いがあるものだ。

 最初こそ仕事の邪魔をした、いけ好かない野郎だと思った。

 イゾルテの味方をする奴はみんな敵だ。

 しかし遠目に観察していると、どうにも様子がおかしい。

 イゾルテが剣を抜き、穏やかでない雰囲気が漂い始めた。

 間もなく繰り広げられた攻防。

 少年は目を見張った。

 あの強さだけが取り柄のイゾルテの猛攻を捌ききり、あまつさえ透過剣の一撃を退けた男の存在。

 ただ者ではないと思った。

 それと同時に、あの男が持つ剣の価値は如何ほどかとも考えた。

 状況から見て、魔法剣であることは疑いようもない。

 この大都市リディーガルでさえ魔法具は数えるほどしか存在しないが、そのいずれにも目が飛び出るような価値が付けられている。

 見過ごすには、あまりに惜しい獲物だった。


 まだ十二歳を過ぎて少ししか経たないが、これでも盗賊ギルドの末端に名を連ねる者。

 この大物を仕留めれば、上層部からの覚えもめでたくなるに違いない。

 そう考えた赤目の少年は、一芝居をうつことに決めた。

 我ながら単純な手であったが、騙しやすい相手だったことが幸いした。

 まさかこんなに上手くいくとは……!


 後はギルドの縄張りまで安全に持ち帰るだけ。

 それだけで、自分の将来は約束される。

 赤目の少年は込み上げてくる笑いを押し殺しながらふと――自身を見下ろしている何者かの存在に気付いた。


 まさか追いつかれた!?


 慌てて立ち上がり距離を離す。

 しかし、少年の予想は外れていた。

 そこにいたのは、


「……それ、ラースの剣」


 腰ほどまである、流れるような水色の髪。

 若葉を思わせる翠緑の双眸。

 透き通るような肌。


 眼が覚めるような、絶世の美少女だった。

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