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第2話 紳士ですか?


 村を発ってから二週間。


 いくつかの町を過ぎ、いくつかの馬車を乗り継いだ。

 俺にとって、それは初めて尽くしのオンパレードだった。


 立ち寄った町の活気。

 味の濃い食事。

 綺麗に着飾った町娘たち。


 そのどれもが魅力的で、思わず旅の目的を忘れそうになる。

 だが、その度に俺はネネィや爺様、そして村のみんなの顔を思い浮かべた。


 武者修行などという俺の嘘を信じて送り出してくれたことを思うと、今でも後悔の念が募る。

 でも、だからこそだ。

 だからこそ、俺には本懐を遂げる義務がある。

 都へ行き、洗練されたスマートな男になるまで、立ち止まることは許されない。


 その後も、旅は順調に進んだ。


 大きな街道を選んで通っているせいか、盗賊や魔物の類とも滅多に会わずに済んでいる。

 それでも絶対というわけにはいかず、道中幾度かの戦闘が発生した。


 その度に剣を振るったのは、同乗していた冒険者と呼ばれる人たちだ。

 相応の報酬と引き換えに、多岐にわたる依頼を遂行することで生計を立てている人々。

 俺と旅を共にしていた彼らは、その中でも行商や乗り合い馬車の警護を専門に請け負っているタイプの冒険者だった。


 仕事柄、様々な街や地域へ足を運ぶことが多いという彼ら。

 せっかくなので、俺としてはもはや定番ともいえる話題を振ってみた。


「え、モテる男になる方法?」

「はい。なにかご存知でしょうか」

「うーん、そうだな……そんなことを聞かれるのは初めてだし……」


 三人組の冒険者の内、物静かで優しそうなリーダー格の男性は、そう言ってしばらく思案した後、


「――うん、紳士になることかな」


 これだ、という風に顔を上げた。


「紳士ですか?」

「はっ、こりゃ良いや、紳士ときたか。俺たち冒険者とは正反対の存在だな」


 口を挟んできたのは、いささか粗野な言動が目立つ男の冒険者だった。


「確かに、俺たちのような野蛮な職業の人間にとって最も縁遠いものだけど……でも、女性に好かれたいと考えるなら、やはり女性を尊重した紳士的な振る舞いを身に付けるのが一番じゃないかな」


 リーダー格の男がそう話すと、


「そうね、全ての女性がそうとは限らないけど、優しい男に好印象を抱かない女は稀なんじゃない? 何でもかんでも剣にものを言わせて解決する暴力的な男より、そっちのほうがよっぽど魅力的だと思うわ」


 三人組の紅一点。

 きらめくような金髪が目を引く女冒険者が、粗野な男に嘲るような視線を送った。

 途端、馬車の中は二人の男女が言い争う声と、それをなだめる男の声とで埋め尽くされた。


 そんな中、俺は今しがた手に入れた情報を頭の中で簡単にまとめる。


 女に好まれるのは紳士。優しい男。

 逆に疎まれるのは冒険者。野蛮な男。


 人の好みはそれぞれだろうが、とりあえずの指針としては分かりやすい。

 彼らに話を聞いたのは正解だったようだ。




――――――




 旅立ちの日から数えておよそ一ヶ月。


 三人組の冒険者と別れてから、幾日が過ぎた頃。

 俺はついに、この辺りで最も栄えている都――商業都市リディーガルへとたどり着いた。


 荷物を担ぎ、乗り合い馬車を降りて地に足をつける。


 同乗していた他の客がさっさと門の方へと歩いていってしまう中、俺は一人、その街の規模の大きさに圧倒されていた。

 これまでに見てきた町も、俺がいた村に比べれば随分と文明的で繁栄したものであった。


 しかし、これは……。

 月並みな言い方になってしまうが、まるで雲泥の差だ。


 街を囲むように高くそびえる外壁。

 さらにその周りには、見渡す限りの農地が広がっている。

 開け放たれた大きな門には、ひっきりなしに馬車と大勢の人が行き交っているのが見えた。


 また、大きな河川に隣接しているこの街には、かなりの規模の港があるとのこと。

 その証拠に、先ほどからいくつもの大きな船が、出たり入ったりを繰り返している。

 もちろん、こんなに大きな河もたくさんの船も、全てが初めての光景だった。


 噂に違わぬ大都市リディーガル。

 期待が膨らむ。




 聞いた話によれば、この街のピーク時の人口は二十万人を超えるらしい。

 ピーク時とは今のような時間帯――街全体が商いごとに沸いている、早朝から午後三時ほどまでをいうそうだ。

 この時間を過ぎると、しだいに人の波は引いていき、地元の住民や商売人だけが残った、落ち着いた街の様子が顔をのぞかせるのだそう。


 それにしても、目が回りそうな人の量だ……。

 なんだか具合も悪くなってきた。

 これが俗にいう、人混みに酔うというやつなのだろうか。


 街の往来のただ中に巻き込まれていた俺は、その流れに流されるまま、あてどもなく歩き続けていた。

 この程度のことで根を上げていては、スマートな紳士など夢のまた夢。

 しかし、身体は言うことを聞いてくれない。


 ついにギブアップした俺は、道の隅に寄って休憩をとることにした。


 立ち並んでいる店舗。

 その軒先に置かれているベンチに適当に座る。

 一息つくと、店員らしき女が声をかけてきた。


 注文を聞かれる。

 客と思われたらしい。

 仕方ない。

 勝手に座ったのは俺だしな。


 飲食店とのことなのだが、食欲がない。

 後味の良さそうな柑橘系の飲み物を頼んだ。

 一杯飲んで落ち着こう……。


 代金を渡し、出された注文の品に口をつける。

 思わずそのまま飲み干してしまった。


 爽やかな香りが実に心地良い。

 ただ果物を搾っただけじゃなく、そこからさらに精製して味を整えてあるのが分かる。

 こんな一杯の飲み物にそこまで手間暇をかけるとは……やはり、都は違うな。


 俺は忙しそうに店内を走り回る店員を呼び止めると、同じものをもう一杯注文した。




 だいぶ調子が戻ってきた。

 小一時間ベンチで休んでいたおかげだろう。


 俺の前には、依然途絶えることを知らない人の波が流れている。

 それをボーッと眺めていると、やたらと目を引くグループがそこを横切っていくのに気付いた。


 数は五人。

 一般市民とは違う、物騒な装いをしている。


 ある者は動きやすそうな革の鎧。

 またある者は全身を鋼で固めた重装。

 さらに各々が得物を帯び、周囲の人々も若干の距離を置いているように見える。


 その格好は、例の三人組の冒険者たちを彷彿とさせた。


 あれがこの街の冒険者だろうか。

 そんなことを思いながら目で追っていると、連中の後を付かず離れず尾行している小さな人影に気付いた。


 身の丈から見て子供だ。

 フードをスッポリと被っているから顔は見えない。

 見るからに怪しいが、もしや……。


 子供は、グループの最後尾にいる女冒険者に狙いを定めているようだ。

 その距離をジワジワと、あくまで自然に詰めていく。


 右手を伸ばす。

 その先では、女冒険者のウェストポーチが揺れていた。


 まずい……!


 俺は立ち上がり、瞬時に駆け出す。

 突然の行動に周りの人たちが動揺し、その動きが止まった。

 好都合だ。

 俺は難なくその場にたどり着き、そして、


「よせっ!」


 女冒険者の肩を掴んで、グイと引っ張った。

 子供が驚いたように顔を上げる。

 フードだけでなく覆面までしている。


 目が合った。

 真っ赤な目だ。


「ちっ……!」


 赤い目の子供は忌々しげに舌打ちすると、すぐさま反対方向へと駆け出していってしまった。

 その様子にホッと胸をなで下ろす。


 やれやれ、危ないところだった……。


「ねぇ、あなた」


 俺が一人安堵していると、すぐ側から、まるで氷のように冷たい響きの声が聞こえてきた。


 そちらに目をやる。

 案の定、俺が肩を掴んだ女冒険者だ。

 冷たいのは声だけじゃない。

 その目――まったくと言って良いほど感情の揺れが感じられない冷徹な黒い瞳。

 肩口あたりで切り揃えられた黒髪と、生気の感じられない真っ白な肌。


 この距離でまじまじと見ると、その端正な作りの顔つきと相まって、まるで人形のような印象すら受けた。


「余計な真似をして……どういうつもりなの?」


 彼女が口を開く。


 余計な真似……か。

 なるほど、やはり話に聞いた通り冒険者って連中は、血気盛んで野蛮な連中の集まりのようだ。


「どうもこうもないだろう。相手は子供だった。何も、()()()()()を抜く必要はないんじゃないか?」


 俺は、その人形じみた女の左手を顎で指す。


 彼女はナイフを握っていた。

 調理や食事で使うような可愛らしいものじゃない。

 十分な斬れ味と刃渡りを兼ね備えた、殺傷用の戦闘ナイフだ。


「フッ……おかしなことを言うのね、見知らぬ誰かさん。さっきの子供は私の金品を狙っていた。このリディーガルにおいて、お金と信用は何よりも尊重されるものよ。それを脅かす者は誰であっても容赦しない……腕の一本くらいは覚悟して然るべきでしょう?」

「知らないな。あいにくと、ついさっきこの街に着いたばかりの身だ」

「なにそれ……言い訳のつもり?」


 彼女の身体から湧き上がる害意を察知する。


 刹那、一閃が走った。

 俺はそれを上体反らしで回避すると、追撃を警戒して間合いを取る。


 相手はその間に、腰に差していた本命を抜いていた。

 直剣だが、驚くほど剣身が薄い。

 打ち合っただけで容易く欠けてしまいそうな儚さだ。


 彼女はその薄刃とナイフを同時に構え、二本の間から俺を見据えた。


「あなたのせいで斬り損ねた。なら、あなたが責任を負うべきよね?」


 彼女はそう言うと、初めてその顔に、凍えるような笑みを貼り付けた。


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