第1話 俺は都に行こうと思う。
序盤は主人公最強要素は薄めです。
田舎育ちの主人公が、都会での生活に一喜一憂するのがメインとなります。
※一騒動ごとに書きためてから連続投稿。
※基本的に一話につき三千字〜四千字。
俺の人生は、常に剣と共にあった。
物心ついた時からだ。
それ以外に覚えがない。
暇があれば素振りをしていた。
日常の動作にすら鍛錬を見出した。
師である爺様から課せられる試練を乗り越えるためには、そうした日々の弛まぬ努力が必要不可欠だったのだ。
初めて魔物を切り裂いたのは七歳の時。
俺と爺様が暮らす僻地の村。そこを襲撃してきた群れのリーダーの首をはねて他を追い払った。
爺様からは、あと一年遅ければ俺の才能に見切りをつけるところだったと言われた。
子供心にスパルタ過ぎて咽び泣いた。
その時負った脇腹の傷は、まだ痕が残っている。
俺の育ての親でもある爺様は、世に名高い剣聖と呼ばれる人物だった。
裏は取れていない。
なにせ俺にとっての世界とは、山と森と村の中にしか存在しなかった。
爺様と村人、そして森の中で知り合った精霊――彼女からもたらされる情報のみが、俺の知り得る全てだった。
十六歳にもなると俺の剣はさらなる冴えを見せるようになった。
村を脅かす魔物なんて物の数じゃない。
精霊から助けを乞われて討ち取った竜種も、魔物の上位格にあたる魔獣も、いざ立ち合ってみれば大したことはなかった。
特別なことなど必要ない。
どんな相手だろうと、鉄の剣が一本あればそれで事足りた。
そしてその年の末、ついに爺様は剣聖の称号を俺に継承することを決めた。
築数十年が経過しているであろうオンボロ民家。
その屋根の下で、向かい合いながら慎ましい朝食をとっていた時のことだった。
「ラース、お前、今日から剣聖ね」
「は?」
「剣聖のわしより強いんじゃから問題なかろう」
「はぁ……」
「はい、決まり。伝統に則って、これよりオールドウィンの姓を名乗るが良い。初代剣聖より受け継がれてきた由緒あるものだから汚さぬようにな」
「はい……えぇと……気を付けます……」
すごい軽かった。
感動もクソもない。
確かに最近は、爺様と打ち合っても負けることは稀になっていたけれど……。
だからって、あんなヨボヨボ爺さんに打ち勝ってるからって、そんなことで良いんだろうか。
薄々勘付いてはいたけれど、剣聖ってもしかして……ショボい?
「ま、いいか」
俺は元々捨て子で、孤児院にいたところを爺様に引き取られたと聞いている。
そんな出だしからつまずいていた俺の人生。
名ばかりの称号とはいえ、何かを成し得たということは、そう悪い話ではないように思えた。
――――――
それからしばらくが経ったある日。
日課の鍛錬を終えた後、俺は幼馴染みの精霊の住処を訪れていた。
彼女の名前はネイネイ・ルゥ・ティ。
深い森の中にある小さな湖。
そのほとりを領域としている女性体の精霊だ。
腰ほどまである、流れるような水色の髪。
若葉を思わせる翠緑の双眸。
透き通るような肌。
彼女は精霊らしく、人を惑わすほどの美しさを備えていた。
服装なんかも奔放で際どいが、小さい頃から見てきたせいか特に気になることもない。
ちなみに俺は、彼女のことを”ネネィ”という愛称で呼んでいる。
「――ラース、今いくつ?」
湖畔に寝そべりながら無駄話に興じていると、ネネィは思い出したようにそう切り出した。
実体と霊体を切り替えられる彼女は、その中間の半霊体の状態でフワフワと浮かんでいる。
その身体は透けて見え、向こう側がボヤけていた。
「十七だ」
「もう、大人?」
「どうだろな。年齢的には十六歳から成人扱いらしいから、一応は大人かな」
「ラース、恋人作るの?」
んん?
「……何をいきなり言い出すんだ、こいつ」
「だって、ラースは大人。大人は子を成す。成すには番が必要。つまり、恋人が必要」
「恋人……」
今まで考えたこともなかった。
否、封じられていたと言うべきか。
来る日も来る日も剣に明け暮れ、年頃らしい青春とは無縁な生活を送ってきた。
脇目も振らず真っ直ぐに、ただ己の技量を研ぎ澄ませることだけに時間を費やしてきた。
俺の人生にあったのは斬れ味のみ。
そこに”色”は一つもなく、鋼の反射があるだけだ。
「なぁ、ネネィ。恋人ってのはどうやって作るんだ?」
「知らない。でも、ラースが望むなら、ネネィ、恋人になるよ?」
「はぁ?」
まったく、こいつという奴は……。
思いついたままに発言するのはネネィの悪い癖だ。
「人間と精霊が恋人になれるわけないだろう」
「そんなことない。ネネィ、恋人になってる人たち、知ってる」
え。そうなのか。
いや、だがしかし……。
「恋人ってものは、一度なってしまえばそう簡単にやめられるものじゃないんだろう? それに、ネネィは俺にとって妹……いや、姉みたいなものだからな」
「そう……じゃあ、どうするの? ラース、たぶんモテない」
「モテない?」
「うん、ラース、剣しか知らない。ダサい。女の子の気持ちも分からない」
最後の部分にやたらと力を入れてネネが言う。
心なしか気が立っているようにも見えた。
俺、なにか余計なことでも言ったか……?
「そ、そうか。じゃあ聞くが、モテるためにはどうしたら良いと思う?」
「…………」
ネネィはそっぽを向いて黙り込んでしまった。
彼女もその辺りに詳しいわけではないのだろう。
俺と似通った生活環境なのだから無理もないか。
だが困ったことに、俺はモテるための方法というものに強い興味を抱き始めていた。
それまで閉じ込められていた年相応の好奇心が、グイグイと首をもたげて自己主張をしているのが分かった。
――――――
その日を境に、俺はどうすればモテるようになるかを可能な限り調べ始めた。
村の人々からはもちろん、時折訪れる行商人たちからも話を聞いた。
その結果、俺がたどり着いた結論。
それは、
「聞いてくれ、ネネィ。俺は都に行こうと思う」
「都に? どうして?」
数日が経ち、考えをまとめた俺は、話を聞いてもらうためにネネィの元へと訪れた。
「ネネィが前に言った通り、俺はダサい男だ。だけど都で様々なものを見聞きして人生経験を積めば、少なくとも洗練された男になれるだろう」
「そうかな……」
「だから都に行く。爺様にはすでに話をつけてある。武者修行という建前でな」
「ウソつき。悪い子」
「そう言うなよ。さすがに本当のことを言えば反対されかねない」
「……ネネィも、一緒に、行って良い?」
「それは、ダメだ」
俺が即答すると、ネネィは驚いたように目を瞬かせた。
「ネネィが一緒にいたら、俺はきっと甘えてしまう。それじゃダメなんだ。厳しい環境に置かれなければ、人も剣も研がれない」
毅然とした態度で言う。
それは本心だった。
俺にとっての家族とはネネィと爺様。
二人がいる前では、心のどこかに隙が生まれる。
それではいけない。
ダサいラースが変わるには、一から始めることしかない。
「でも、ラースがいなきゃ、ネネィは寂しい……」
俯く彼女の頬に手を当てる。
血は流れていないはずなのに、実体化している彼女の肌は暖かい。
「大丈夫、必ず帰ってくる。その時には今よりもずっと良い男になってるはずだ。もしかしたら、新しい家族を連れてこれるかもしれないな」
「…………」
汚物を見るような目で見られた。
この間のことといい、ネネィはこの手の話題になると分かりやすく不機嫌になる。
意外と嫁いびりをする小姑タイプなのかもしれない……不安だ……。
――――――
それから一月が経過した。
旅立ちの日だ。
都への道順はすでに頭に叩き込んでいた。
地図もある。
ある程度の場所までは、行商の馬車に乗せてもらえるよう話もついていた。
俺は慣れない旅装に身を包み、使い古した鉄剣を佩いた。
極力無駄を省いた荷物をひょいと背負う。
その懐には少なくないお金があった。
今日この日のために、村のみんながカンパをしてくれた結果だ。
剣聖様の門出のためなら安いもの――そう言うみんなの目はとても澄んでいた。
モテるために都へ行くなんて言えない。絶対に言えない。
「ではな、ラース。精進するんじゃぞ」
「はい、爺様もお達者で」
別れの言葉を告げる爺様の目尻には光るものがあった。
思わず込み上げるものがあるが、それを強引に押しとどめて馬車に乗り込む。
爺様、嘘をついてすまない。
でも俺は、どこに出しても恥ずかしくない男になって戻ってくる。必ず。
みんなに見送られながら、故郷の村を後にする。
悪路を馬車に揺られながら、俺はネネィのことを考えていた。
あれ以来、何度か彼女の元を訪れたが、結局会えずじまいでこの日を迎えてしまった。
今生の別れのつもりはない。
だけど、胸に引っかかる。
これからしばらくの間、ネネィの顔を見ることができないとなると、もう今の瞬間にもホームシックにかかってしまいそうだった。
「……やっぱりダサいな……俺は」
苦笑しつつ、俺は先へと伸びる道の先を見据えた。
この道程の向こうにあるもの。
まだ見ぬ都に想いを馳せた。
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