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その後のお話。―白峰雪乃誕記念第二部

「おーいおふたりさんっ、式場着いたぜっ」

「………………あら、いつの間にか寝ちゃってたのね」

雪乃さんが身体を起こすと、寄りかかる望乃夏さんもつられてずり落ちる。

「………………ん、あさ………………?」

「残念でした、まだ夕方にもなってないわよ」

「ん………………」

シワになったタキシードを雪乃さんに伸ばしてもらいながら、望乃夏さんが視線を宙に彷徨(さまよ)わせる。

「もうっ、望乃夏、しっかりしなさいよ………………」

「はっはっは、墨森ちゃん目の周り赤いよ? どんだけ雪乃のまな板胸で泣いたのさぁ?」

「失礼ねっ!?これでも少しぐらいは」

「ゆきの」

望乃夏さんがそっと、雪乃さんの手をとる。

「………………ごめん、さっきは取り乱して。………………………………もう、大丈夫。」

「望乃夏………………落ち着いた?」

「うん………………………………文化、まずはありがと。みんなのこと、呼び集めてくれて」

「いいっていいって、あれぐらいお安い御用よ。………………だけどなぁ、メディアにバレないようにしろって通達したのにどっから漏れたんだよ、くそっ」

「文姉、確か文姉のクラスに新聞社の人がいるんじゃなかったっけ?」

初めて口を開いた私に文姉が毒づく。

「あいつかくそっ!? せっかくのムードをぶち壊しやがったのは」

「あー、そう言えばこの前のクラス会でそんなこと言ってた人居たねぇ………………」

望乃夏さんも渋い顔。そして雪乃さんはと言えば、今にでもその人を叩きのめしそうなオーラを振りまいている。

「おっとっと、まーだ式場の前にメディア共が張ってやがんな」

フロントガラスの向こうに目を向けると、やっぱり式場の入口をカメラが固めていて、

「この分だときっと裏口も固めてやがんな。どうすっかなぁ………………」

「あら、強行突破すればいいじゃない」

雪乃さんがぽきぽきと指を鳴らす。

「雪乃ストップっ、そんな事したらマズイよっ!?」

すかさず望乃夏さんが止めに入るけれど、雪乃さんの鼻息は相変わらず荒いし、

「いっそこのまま突っ込んじまうか!!」

文姉なんかはアクセルを吹かし始めるし、………………

「み、みんな落ち着いて………………」

望乃夏さんは相変わらずそわそわしてる。………………こりゃあ私が出てくしかないかな?

「文姉、望乃夏さん、雪乃さん。………………私がメディアを引きつける、と言うか蹴散らして道作るんでその後ろを駆け抜けてください」

「………………へ? 道を作る? 明梨ちゃんが?」

きょとんとするお二人を前に、文姉は私が何をするのか察したようで、

「おー行ってこい行ってこい。久々に見せてこいよ、お前の本性っ」

「ふ、文姉………………」

覚悟を決めて髪を解くと、元から細い目を更に細めて威圧感のボルテージをMAXにする。

車のドアをバーンと開け放つと、カメラがこちらを向く。その後ろから雪乃さん達が降りてくるのを見つけると、一斉にカメラのフラッシュが焚かれていく。私は一つ息を吸うと、

「オラッ!! どけやお前らっ!!」

お腹に力を入れて威圧する。思わず一歩下がったメディアに詰め寄ってスペースを作ると、それ今だとばかりに文姉達が駆け抜けていく。そこに追いすがろうとするメディアを威圧して追い散らそうとするも、数が多すぎて全部には手が回らない。ああくそっ、

「はいはい、そこまで」

「………………って、みことっち?」

「あ、明梨ちゃんっ、やっと見つけたっ」

相変わらずちっこい尊っちが、後ろから背の高い人を伴って私の前に来る。

「先輩達が防ぐの手伝ってくれるって! だから明梨ちゃんも早く中入っちゃって!!」

「え、でも………………」

「こういう時の親切はちゃんと受け取っといた方がいいよ〜? ほら新崎、そっちから来るよ?」

「あわわっ、ありがとうございます由輝先輩っ」

慌てて尊っちがバリアを張りに行く。と、後ろからいきなり頭をわしゃわしゃとかき回される。

「よおっ、おめーが文化の妹かっ。はっはっはー、アネキと違ってどこもかしこもちっちぇーなーおいっ」

「わっ、ちょっ、まっ、」

「ちょっと果歩っ、ちゃんと人防いでよー。さっきから料理ばっか食べてて何もしてないんだからぁ」

「へいへい………………ったく、由輝はいつになってもこえーんだから………………」

「あんたの秘密カメラの前で洗いざらい話してあげよっか?」

「わ、わかりましたよっ!? ………………ちっ、オラッそこのカメラはこの俺を写せっ! あの伝説の黒木果歩様のお出ましだぞっ」

す、すごい………………人が押し返されていく………………この隙に私も式場に入ろっと。


新婦の控え室まで走ると、そこには既に私服に着替えた雪乃さんと望乃夏さんが居た。そして文姉はと言えば、

「えへへっ、これが雪乃の脱ぎたて」

「ちょっと、気持ち悪いことしないでよっ」

文姉が、雪乃さんのドレスを着てニヤケていた。

「腰と腹は余ってんのに胸がきついぞこれ」

「ぶっ飛ばすわよ?」

「す、ストップストップ、とりあえず今は作戦をっ」

「………………それもそうね、じゃあ文化、明梨ちゃん………………後は任せたわよ」

そう言ってお二人は、こっそりと廊下を歩いて適当な部屋に隠れた。

「………………さて、と。おい明梨、なにボサッとしてんだ、早く着替えろ」

「う、うん………………」

新婦控え室の中でいそいそと着替えるけれど、いちいち文姉が視線を送ってきて落ち着かない。

「あ、あの、文姉………………?」

「ほんっとにちっぱいなまんまだなお前」

「ふ、文姉がデカすぎるだけでしょーが!?」

「そうか? 風だっておめーよかおっきいぞ?」

「あ、あれは寝てばっかいるから………………ああもうっ、着替え終わったよ!」

流石に望乃夏さん程の身長は無いから丈が余るけど………………って、文姉っ!?

「よっ、と」

「な、なんでお姫様抱っこすんのさっ!?」

「いやぁ、雪乃が墨森ちゃん抱っこしてただろ? だからさっきと同じようにしとかなきゃ不自然だろ」

「そ、それはそうだけど………………なんで私が雪乃さんじゃないの?」

「私が雪乃のほっかほかな脱ぎたてを着たいからに決まってんだろ!!」

いや、ドヤ顔で言い切らないでよ………………

「………………ってのはホントだけどさ。お前の方がイメージ的には墨森ちゃんに似てるし、それに………………まぁ、久しぶりにお前のこと抱っこしてみたくなったってのがホンネだな。」

「ふみ、ねぇ………………」

「………………さぁて、扉を開けたら突っ走るぞ、明梨っ、舌噛むなよ」

返答を待たずに扉をばこーんと押し開ける。案の定待ち構えていたカメラのフラッシュが襲いかかるけれど、文姉はものともせずに走り抜ける。

「はっはっはー!! 雪乃さまのお通りだぞっ、みんなどけどけっ」

いや、雪乃さんそんなキャラじゃないと思うんだけど………………あとさっきからなんか当たってるんだけどぉ………………

「明梨、顔埋めとけ」

ぎゅむっと文姉の柔らかい胸が押し付けられる。って、ぐ、ぐるしっ、息がっ!?

「ふ、文姉………………また大きくなってない?」

「さぁな、最近測ってねーし」

あ、そう………………

それにしても、文姉に最後に抱っこしてもらったのっていつだったっけ………………文姉が卒業する前に、私の介護で何回か抱っこはされた事あるけど………………私がしっかりしてる中で最後に抱っこしてもらったのは、多分小三とかそんなもん。もちろんその頃はまだ文姉のばいーんも無く………………いや、微妙にあった気がする。悔しい。

「………………文姉、やっぱし温かい」

更に深く顔を埋めると、文姉から土の匂いがする。………………私達の為に自分の想いを諦めて、卒業から程なくして『義兄さん』と身を固めて学費の援助をしてくれた文姉。今までのチャラい感じは捨てて、少しでも稼げるように真面目を演じるようになって、………………そんな文姉のことを一番近くで見てきただけに、私の文姉への思いは強い。

(………………えへへ、文姉のお嫁さんになった気分。)

タイムカプセルに埋めた卒業文集の中にこっそりと書いた、「文姉のお嫁さん」という将来の夢。それが今、ホントになったような気がして、

(………………しあわせ。)

そっと文姉のウェディングドレスを握りしめた。


「………………さーて、ここまで撹乱すりゃ、二人共逃げられただろ………………」

息も絶え絶えになりながら文姉がへたりこむ。

「あー疲れたっ! ったく、雪乃のやつ、こんな走りづらいの着やがって」

「いや、ウェディングドレスって走るためのものじゃないでしょ………………」

そう反論する私も息が上がってて。

「あーしんどっ。………………つーわけであたしは着替えて車取ってくる。お前もそれ早く着替えろよっ」

文姉が大股で歩いていく。………………うわぁ、花嫁姿台無し。

さて、私も着替えに行こ………………と、廊下を歩いて曲がり角を曲がると、

「あっ………………」

「尊っち………………」

人混みからなんとか逃げ出せたのか、ちょっとボロボロな尊っちとばったり会う。

「た、タキシード………………似合ってる、ね」

尊っちの顔がほんのり赤く染まる。

「あ、ありがと………………」

………………な、なんだか照れるな………………そ、そうだ、どうせタキシードだし………………

「あ、尊っち、向こうで先輩達が呼んでるよ?」

「え、どこどこ?」

振り向いた尊っちの膝に手を当ててすかさずお姫様抱っこする。ぐっ、尊っちってこんな重かったっけ……

「あ、明梨ちゃっ、なに、するのっ」

「………………いや、なんとなく………………」

「お、下ろしてよぉ………………」

じたばたと暴れる尊っちのスカートを慌てて押さえる。

「大人しくして? ………………正直言うと、私も今恥ずかしい………………」

「な、なら早くっ」

「でも………………私はいつか、尊っちとホントに結婚式やりたいな、って………………」

「あぅぅ………………あかり、ちゃん………………」

一瞬で二人共熱くなる。

「………………あ、明梨ちゃんが新郎なの?」

上目遣いな尊っち。

「………………うん、多分、そうなるかも」

………………私にドレスは似合わなそうだしね、うん。

「………………そ、その時は………………ちゃんと、しっかり抱っこ、してね?」

「り、了解………………」

そっと尊っちのことを下ろすと、いたたまれなくなってお互い別の方向に走っていく。

……………………………私も、頑張らなくちゃ、ね。

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