確かめたもの。ー白峰 雪乃
ゆきのんの誕生日、改稿しました。
(………………………………落ち着かないわね………………)
そわそわと、狭い部屋の中を何度も行ったり来たりする。
「………………あのぉ」
(………………………………なんだか動きづらいし、窮屈だし………………)
「あのっ………………」
(歩きづらいわね、これ………………)
「あのっ!!」
「っ!?」
耳元で響いた声に飛び上がると、メイクさんが腰に手を当てて睨んでいた。
「………………そんなに動き回ると、せっかくセットしたのが全部台無しになりますよ?」
「だ、だって………………落ち着かないんだもの。」
「そ・れ・で・もっ」
ずいっと顔を近づけられる。
「じっとしててくださいよ、こっちまで焦っちゃうじゃないですか………………」
「あ、焦るって………………なんであなたが焦るのよ?」
「そりゃ焦りますよっ!?」
ずいっと詰め寄られる。
「国内でも有数のチームの主砲にして、国際大会選抜チームのメインアタッカーである白峰選手の結婚式ですよっ!? 『破壊神』ですよ、『血を見なきゃ始まらない』白峰選手ですよっ!? ………………そんな選手のメイク担当に充てられた私の気持ちわかります!? トチったら国内のファンに何されるか分かったもんじゃないですよ………………」
メイクさんは身振り手振りで熱演する。………………もう、大袈裟すぎよ………………
「大袈裟ねぇ。別に私がどんな格好でも望乃夏は怒らないわよ。それに、この式は公式には内緒でやってるもの。あなたの事も外には出ないわ。」
「あのですねぇ………………………………ほんとに秘密に出来てると思ってるんですか? 絶対マスコミが嗅ぎつけてきてますって。」
「大丈夫よ。………………きっと」
「きっとって………………」
その時、扉がコンコンとノックされる。
「どうぞ。」
「お待たせしました、しんぷ………………新郎側の準備ができましたので、そちらも準備の方お願いします。」
「そう、わかったわ」
私の方も扉を開けようとして、メイクさんに遮られる。
「ごめんなさい、こっちはもうちょっと時間くださーい」
「ちょっと、私はもう出れるわよ?」
「ダメですよ、うろちょろしたせいで色々崩れてるじゃないですか」
「そうかしら?」
色々と見渡してみるけれど、特におかしい所はない。扉を開けようとする。
「あっ、まだダメですって!?」
返事を待たずに扉を開けると、そこには上下をタキシードでかっちり固めた望乃夏が居心地悪そうに待っていた。
「や、やぁ………………」
ハッと息を呑む。
「の、望乃夏………………似合うわ。」
「あ、ありがと………………」
少し照れくさそうな望乃夏を、真正面から上から下まで眺める。私なんかよりずっと細身な望乃夏には、スリムなスーツがとても似合っていて、
「………………あ、雪乃。メイク崩れてる」
「え、どこどこ?」
「ここ。………………………………そうだメイクさん、ちょっとこの道具借りますね。」
私の手を引いて部屋に入ってきた望乃夏は、私を鏡台の前に座らせると、メイクをさっさっと整えていく。
「上手になったわね、望乃夏。」
「………………むぅ、ボクと雪乃が『出会って』からもう何年経ったと思ってるの? ………………お出かけの度に練習してきたし、雪乃が向こう行ってからもこの練習は続けてたし。」
「ふふっ、練習、ね………………」
当時のことを思い出して懐かしむ。
「逆になっちゃったわね、初めは私が望乃夏にしてあげてたのに。」
「そうだね。………………いつか雪乃の隣に並びたくて必死に練習したんだよねぇ。………………はい、できたよ」
そっと目を開くと、望乃夏の言葉が嘘じゃないことがわかった。流石にメイクさんには劣るけれど、それでも望乃夏の思いが伝わってきて。
「さ、行こっか。」
「うん。………………望乃夏。………………いや、『私の旦那様』」
差し出された望乃夏の手を、ぎゅっと握り返す。もう何十回、何百回、何千回と握ってきた手だから感触は慣れてるけれど、今日だけは特別で。
係の人が開けてくれた扉の向こうに、私たちは足を踏み入れた。
「なんだか、疲れた………………」
式場から退場する時、望乃夏がぼそりとそんなことをつぶやく。
「もうちょっとだから我慢して。………………ほら、外に出るわよ。」
扉の外に足を踏み出すと、そこに居たのは、
「………………な、なんでこんなに………………」
「………………これは、なんと言うか………………」
昔のクラスメイトや、バレー部の仲間達。それに、所属してるチームの人もちらほらと見える。
「いよっ、雪乃と墨森ちゃーん!! 結婚おめでとっ!!」
「こういうことを企むのは、大体文化だよね………………」
望乃夏が頭を抱える。………………全く、友達だったから教えたけど、まさかここまで広めるだなんて………………
「あ、あそこにいるの栗橋さんだよね。………………隣は砂塚さんだ」
「向こうに居るのは犬飼さんと長木屋さんね。けっこう手広く集めたものねぇ………………」
「………………なんだか、羨ましいな。」
ちょっと寂しそうな望乃夏の手をそっと握る。………………望乃夏側の参列者は、誰一人居なかったものね。あの個性的なお義母さんも呼びたかったけれど、居場所がバレちゃうからって取りやめたし。
「………………望乃夏。」
ん? と振り向いた望乃夏のほっぺたに軽くキスする。そして、
「よっ、と」
「うわっ!? ゆ、ゆきのっ、なにするのっ!?」
望乃夏の膝に手を当てて、お姫様抱っこ。周りから黄色い歓声が上がる。
「ゆ、ゆきのっ、恥ずかしいから下ろしてよっ!!」
「ダーメ。結婚式でこれをやるのは定番だもの。」
「ぎゃ、逆でしょ普通っ!? ………………あーもうっ、ほんと、恥ずかしいよっ………………下ろしてよぉ………………バカぁ………………」
望乃夏が、真っ赤な顔を腕で隠して私の胸に顔を埋める。………………そうね、普通なら逆。でも、望乃夏に私が持ち上がるとは思えないし、それに………………これからもずっと、望乃夏を支えていきたいもの。
「………………これからもよろしくね、『白峰』望乃夏さんっ」
「………………フルネームはやめてよぉ、まだ、なんか、くすぐったいし………………」
「あら、そのうち嫌でも名乗らなきゃいけないようになるから、今のうちから練習しておきなさい」
「えぇ………………」
その時、文化が慌てて駆け寄ってくる。
「マズい、マスコミにバレちゃった」
「はぁっ!? 何してるのよバカ文化っ………………ああもうっ、逃げるわよ望乃夏っ」
望乃夏を抱いたまま通路を駆け抜ける。ほんとは下ろした方が走りやすいけど、そうすると望乃夏をおいてけぼりにしちゃいそうだし。
「2人ともこっち!!」
エンジンをかけて手招きする文化の車の後部座席に2人で乗り込む。一瞬で式場を振り切って、追いすがるカメラマン達をおいてけぼりにした。
「………………やれやれ、リアルで『卒業』やるとは思わなかった………………」
文化がため息を吐く中、私は望乃夏の手をそっと握りしめた。
「ごめんね、もうちょっと静かに出来ると思ったんだけど………………」
「………………別にいいよ、分かってたことだし。」
むすっとしたまんまの望乃夏の目尻をそっと拭う。こういう時は強情なんだから、望乃夏はもう………………
「んで、どうする? どこまで逃げる?」
運転席の文化がミラー越しに聞く。
「そうね、ほとぼりが冷めたら式場に戻りたいのだけど………………」
「そりゃ諦めた方がいいな。その服装は目立つし………………でも、案外それが役立つかもな」
文化がニッと笑う。
「二人共式場に着いたらその服よこせ。明梨とあたしで着てメディア達引っ掻き回してやる。………………その間に、二人でゆっくりエッチでもしな?」
「「しないからっ!?」」
………………あぁもうっ、文化ったらいつになっても変わらないんだから………………
「ん、雪乃………………」
望乃夏がそっと身を寄せてくる。
「なんだか疲れちゃったから、このまま少し寝ていい?」
「いいわよ」
望乃夏の温もりを感じながら、私もついウトウトする。
これで良かったのかなんて、誰にも分からない。けれど、確かに分かるのは………………私と望乃夏が、本当の一つになれたってこと。
踏み出した一歩を確かめると同時に、私はそっと目を閉じた。




