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片袖の天使。【茉莉花×汐音・里帰り企画】

今回は4期で提供したうちのこ、獅子倉茉莉花をお相手の子共々借り受けて書いてみました。

だんだんと寒さが厳しくなり、街には年末売りつくしセールののぼりがちらほらと立ち始める頃。

「うぅぅ、さっみ」

隣でぶるぶると震える茉莉花をちょっとだけ蹴っ飛ばす。

「いって、しおーん、何すんだよっ」

「ふんっ、あんたのどこが寒いのよ? そんなもこもこした、あったかそーなコート着て」

「寒いもんは寒いんだっつーの! それにこれ見た目より薄いんだからな?」

へんっ、テキトーなこと言っちゃって。

「あんたが寒いんならこっちはもっと寒いわよっ、私なんかこの寒いのにお姉ちゃんのお下がりのボロコート1枚なんだから」

「いいじゃんかコートあるならよー」

「全然あったかくないから言ってんのよっ」

あーもう、あったま来るわ。茉莉花はあんな暖かそうなの着てるのに。

「ほらしおーん、何やってんだ置いてくぞ? 」

1人だけとっとこ先に歩いていく茉莉花にムッとして、さっきの恨みも乗せて仕返し。

「うっさいわね、あんたが早すぎんのよ」

袖口を持って強めにぐいぐい。

「あと寒いからそれよこしなさいっ」

「だぁぁっ!? 袖引っ張んなぁっ、ちぎれるっ、もげるっ」

「ほら早く脱ぎなさいよっ」

「脱がないっ! ってか、離せって!!」

茉莉花と私で引っ張りあい。ぐいぐい、ぐいぐい…………ぶちっ

「あっ」

「わぁっ!?」

突然力が抜けて、私は派手にひっくり返る。

「イテテ…………って、あぁぁぁぁぁぁ!?」

「何よそんな声出して…………あっ」

右手に掴みっぱなしだったものをよく見れば、それは茉莉花のコートの片袖で、

「しーおーんー!?」

「あ、あはは、いやー、取れちゃったわね」

なんて誤魔化してみるけど、

「……袖、返して」

目の前で片袖をひったくられると、そのまんま私のことを見もせずにすたすたと行ってしまった。

…………な、何よあいつ…………私が悪いってこと?



「…………おはよー、」

昨日のテンションを引きずったまんま教室へと向かい、自分の机に鞄をそっと置く。

「んぁ、相葉っち、どーしたのー」

後ろの机でぐでーんとノビてる明梨ちゃんが、数センチ顔を上げてこっちを見たかと思えば、またぺしゃんこになる。

「相変わらずだるそうだねー明梨ちゃん」

「まあねー………………昨日は尊っちが張り切っちゃって……」

「へぇ、新崎ちゃんが張り切る、ねぇ? 」

ニヤリと笑えば、途端にぴょこんと跳ね起きる明梨ちゃん。

「ち、違っ、そーいうのじゃなくてっ」

「仲良いねーほんとに。なにせ明梨ちゃんのことをダメにしちゃうぐらいだもんねー」

「違うったらぁ!? 」

「そうだよっ、明梨ちゃんとはまだ」

「だー!? みことっちのバカー!? 」

「はいはいわかってるってー」

夫婦漫才(?)をサラリと流しつつ、あたしもあいつとこんだけ仲良ければなぁ、なんてふと思って、慌ててその考えをかき消す。

「あれー? 相葉っちもなんか悩んでるっぽい? 」

「や、違っ」

「ふふん、これはきっとあれだよ、獅子倉ちゃんとまたケンカしたんだよきっと〜」

「ぎくっ」

こ、ここぞとばかりに2人が反撃してくるし…………

「あー、尊っち、あいつの名前は出さない方がいいかも……」

確かにそうね、このクラスにもあいつのとりま…………コホン、『子猫ちゃん達』が何人か居るし、現に今も様子を遠巻きにうかがってる。

「ま、細かい話はそのうち」

ひとまず話を打ち切って席を立つと、

「相葉っちどこ行くの? 」

「手ぇ洗いに行くの」

「あっ、私もっ」

「あたしも行くぅ〜」

てなわけで3人で洗面所に歩いていくと、

「あっ」

「げっ」

ちょうど出てきたところの茉莉花と鉢合わせる。

「げっ、ってなんだよ、げって。人を毛虫みたいに」

「何よ、悪い? 」

「ひどいなぁもう、そんなんだから力任せに解決するようになるんだよ」

かちーん。まだ昨日のこと根に持ってるのね?

「あら、あんたのコートも片袖落ちてさぞ涼しくていいでしょうね? もう片方も落としてあげようか? 」

「遠慮しとくよっ、今度は腕ごともぎ取られそうだからね」

「あっそう、それじゃあせいぜい袖のストックをたくさん作っとくのねっ」

そう言い捨てると、2人に「行こ」と軽く声をかけてすれ違う。横を通る瞬間、茉莉花の冷ややかな目と、お連れの子の物珍しげな目つきを感じたけど、無視して通り過ぎた。



うぁぁぁぁっ、またやっちまった…………

「おーまえ、ほんと不器用だよな」

「うっせ」

横で凉ちゃんがニヤニヤしながらこっちを見てる。あぁ、これが自分の部屋なら床を転げ回りたい。

「んで? あの凶暴娘とはこの後どうすんだ? 」

「汐音とは…………仲直りしたい」

そう、ぼくだってあんなこと言っちゃったけど、汐音のことはもう怒ってない。一応服飾科だから、袖だって自分で縫い付けられたし、意地悪せずに汐音に貸してあげれば良かった。それなのにぼくは、汐音の反応が面白いからって取り合わず、挙句にこんな形に…………

「なぁ凉ちゃん、なにか仲直りする方法無いかなぁ? 」

「なんでそこでぼくに振るんだよ…………お前の問題だろ」

「頼むよぉ、ぼくと凉ちゃんの仲だろっ」

「いや知らねぇよっ、これお前の問題だろ」

「そっか、凉ちゃんは冷たいんだな」

ちぇっ、自分ひとりで考えるか。

「………………ああもうっ、めんどくさい奴らだなぁほんとお前らはっ」

頭を抱えて凉ちゃんが叫ぶ。

「上手くいくとは限らないぞ? それでいいなら手を貸さないことも無いが…………」

「ほんとかっ、流石は凉ちゃんだ、今度何かお礼するよっ」

「うるせぇなっ。 …………あー、メシ屋の優待券とかあったら、何枚かくれ……」

「へぇ、普段ろくすっぽ食べない凉ちゃんにしては珍しいね」

「そ、そっちこそうっせーな!! んな事言うと、協力してやんねーぞ……」

なぜか凉ちゃんまで真っ赤になってそっぽ向いてる。ふーん、まぁその辺の事情も後でたっぷり聞こうかな。でも今は、

「それでそれで? 一体どんな方法なんだい? 」

「そいつは後で話す。今日の帰り時間あるか? 」

「あるある、たくさんあるっ」

「そうか、なら好都合だ」

ニヤリと笑う凉ちゃん。

「その代わり途中で投げたくなっても知らねーからな? 」

え、一体何をするんだい…………?



放課後、群がる仔猫ちゃん達をかき分けて下駄箱に向かうと、

「遅いぞ」

凉ちゃんはとっくに靴を履き替えて待っていた。

「凉ちゃんが早いんだって」

そう軽口を叩いて、歩きだした凉ちゃんの後を追いかける。

「で? どこ行くの? 」

「いつものモール。今日のとこは買い出しだけで終わるかな」

「はーん? 買い出しだけってことは、既製品じゃない、と」

「お前な」

ハァとため息をひとつ。

「そーゆーとこがダメなんだお前は。今まで贈り物はみーんな買ってきた既製品だったんだろ? そんなんじゃすぐ飽きられるぞ? 」

「うぐっ…………な、ならそーゆー凉ちゃんはどうなんだよっ!? 」

「ぼくか? ぼくはちゃんと手作りのものあげたもん」

「へぇ、そいつは仲がよろしいようで」

ちょっとしたからかいも込めて答えれば、

「やっぱ協力すんのやめた」

くるりと背を向けてすたすた去っていく凉ちゃんの襟首を思わず掴むと、

「ぐえっ」

「あ、ご、ごめんっ」

「お前……次やったら本気で断るぞ? 」

「それだけは勘弁してください凉ちゃん様」

「分かればよし」

なんて会話をしながら、バスに乗っていつものショッピングモールに降り立つ。

「さて、こっちだな」

降りた途端に、案内板も見ずにすたすたと歩いていく凉ちゃんの後を必死に追いかけると、課題の材料調達でよく使っている洋裁店の前で凉ちゃんが足を止める。

「どしたの? 課題のこと思い出した? 」

「いや、ここでいいんだ」

そう言うと、凉ちゃんは店の中に一歩踏み込んでからキョロキョロと周りを見渡したかと思えば、何かに目を止めて歩き出す。

「凉ちゃん、何見つけたの? 」

「ん、こいつ」

そう言って掲げて見せたのは、

「毛糸? 凉ちゃん編み物できんの? 」

「…………まぁね、こないだ教わったばっかだけど」

と、何個か毛糸を見繕ったかと思えば、

「おい茉莉花、なにぼさっとしてんだよ。時間無いんだからな、お前も早く選べって」

「えっ、なんでぼくが? 」

「決まってんだろ、これでお前がプレゼントをつくんだよ」

え、えぇぇぇぇっ!?

「ちょ、ぼく編み物なんて出来ないよ!? 」

「教えてやるよ、教本も持ってるし。それにいざとなったら、頼る人もいるし」

「ほえー…………凉ちゃんいつのまにそんな人脈を……」

「いや、まぁ、ちょっと…………な」

照れくさそうに頬をかく凉ちゃん。

「そ、それより早く選べよ、時間ねーんだからっ」

「そ、そう言われても、どれを選べばいいのか……」

「……とりあえず色だけ選べ、そしたら見つけてやるから」

「わ、分かったよ…………」

つっても、汐音に似合いそうな色と言うと…………ピンクはなんか違うな、青はなんか寒そうだし、うーん……無難に黒か? でもなぁ…………

と、ゴソゴソ漁っていて手についたのが、薄めのブラウンの毛糸。なんだか汐音の髪の色みたい、だけど汐音自身は髪の色嫌がってたよなぁ………散々「綺麗だ」って言ってるのに。

…………うん、これにしよう。

「おーい、決まったかー? 」

「あ、おう、決まった」

手の上で転がしてみせると、

「おい、ひと玉じゃ足らねえよ。あと2玉ぐらい見つけろ」

「えっこれだけじゃ編めないの?」

「当たり前だろ? 編むんだぞ?」

「うーん、そう考えると確かに足らないよなぁ…………」

縦糸と横糸がクロスして、あーなってだから、確かに糸はたくさん必要だ。

「さ、見つけたらさっさと買って帰るぞ。明日から早速編み始めるからな? 」

「えっ、針は」

「何本か余分に持ってるから買わなくてもいい」

すげぇな凉ちゃん…………


※※※※※※


「で、どうすればいいと思う? 」

「いきなりねぇ……」

茉莉花とケンカ別れしたあと、あたしはアーちゃん――ほんとの名前は凛ちゃん――のとこに相談しに行く。

「そうね、シオンちゃんはその子のこと、どう思ってるのかしら? 」

「あいつのこと? んなもん決まってるでしょ、いつだって誰かナンパしてなきゃ気が済まないよーな浮気者よ」

「そ、それは思ってる事じゃなくて印象でしょ。私が言ってるのは、」

「分かってる。好きかどうかってことでしょ? 」

それぐらいのこと、ガサツなあたしだって気づいてる。でもなんか……あー、言葉にするのが難しい。

「…………正直言うと今でも分かんないわ、あいつのこと。黙ってればかっこいいのに、口を開くとほんとヘタレだし。…………案外、私に見せてない顔が3つ4つあっても驚かないと思うわ」

あたしはあいつのこと読みきれてないのに、あいつはあたしのこと何でも知ってるみたいに話してきて。その度になんか、全部見せてるあたしの方がまだ子供なのかなって感じさせられて。

「あいつ、ほんとに私の事見てくれてるのかしらね? 」

ついポツリと出たそんな言葉。

「シオンちゃん」

「ん、なーに? 」

「明日、私の部屋に来てくれない? よければ、2人も一緒に」


「来たよ、アーちゃん」

「おじゃましまーす」

「おじゃましにきたー」

「あらいらっしゃい、材料揃ってるわよ」

「「「ざいりょう?」」」

「あら、言ってなかったっけ? 仲直りの印として何か手作りのものあげたらって」

「いや言われてないよっ!? 」

もしかしたら、ぼんやりしてたあたしがきき逃したのかもしれないけど。

「シオンちゃん、争いってなんで起きるか知ってる? 」

「え、突然どうしたの」

「他のふたりも考えてみて」

「うーん……尊っちわかる? 」

「ううん、お手上げ。相葉ちゃんは?」

「分かるわけないでしょ。……それでアーちゃん、答えは? 」

「ふふっ、それはね。みんなお腹が空いてるからよ」

「……ほへ? 」

「ほんとよ? その証拠にお腹がいっぱいだと、ケンカしようって気にならないじゃない? 国と国もそう、みんなお腹をいっぱいにしたいって思って戦ってるの」

「うーん、なんだかよく分かんないけど……ご飯のことで戦ってるってのはなんだか分かるなぁ。雪乃先輩だっていつもご飯のお代わりのことで揉めてるし」

いや、それはなんか違うと思うよ?

「そういうことよ。だからね、シオンちゃんがお菓子を作ってその子にあげればきっと仲直り出来るんじゃないかなって」

なるほど、そういうことね。

「分かった、それであたしは何をすればいいの? 」

「うん、今からシオンちゃん達にはクッキーを作ってもらいます」

クッキーね。それならあたしにも作れそう。

「と、言うわけで材料は昨日のうちに揃えておきました」

もったいぶった調子でテーブルの上を指さすアーちゃん。そこにはきちんと4人分のボウルが用意されてて。

「まずバターをボウルの中でなめらかにして、そしたらお砂糖を入れて。混ざってきたら次は卵と薄力粉ね」

こねこね、ねりねり。まぜまぜ、ねりねり。アーちゃんも一緒にこねこねねりねり。

「うん、みんな混ざったわね。それじゃあここからが本題」

と、取り出したのは、

「お花と、粉と、バニラエッセンス? 」

「そう、色々あるから好きなの選んで」

「ならあたしはバニラかな」

と明梨ちゃんが選び、

「あ、なら私はこれ」

と尊ちゃんはカモミールの花。そして私が取ったのは、

「これにする」

「あら、ラベンダーの花とはいいセンスしてるわね」

あいつといったら、なんてったってラベンダー色。思えばあいつのヘタレっぷりを知ったのも、このラベンダーの色がきっかけだったわね。

「じゃあ私はこれね。それじゃあ選んだのを生地に混ぜ込んで〜」

と、アーちゃんは何かの粉をボウルに入れ始める。あれ、これって、

「アーちゃん、それショウガ? 」

「よく分かったわね〜。ちょうどこの時期だし、ジンジャーマンを作ろうと思って」

じ、じんじゃー、まん?

「ジンジャーマンって、クリスマスの時に食べるあの人の形の? 」

「そう、これも作り方ほぼ同じだからね〜」

とシャカシャカかき混ぜるアーちゃん。へぇ、あの人形クッキーってジンジャーマンって言うのね。

「よく混ざったら、そこにバットがあるからその上に拡げてね。なるべくスキマを空けてー、くっつかないように」

む、難しいわね…………あっ、くっついちゃった……ぐむむ……

「はーい、それじゃあ冷蔵庫に入れておいて。生地を寝かしてから焼くわよ〜」

うわっ、冷蔵庫もあたしの部屋のよりおっきいし、オーブンもある……ほんとにアーちゃんのとこなんでもあるな……

「ねぇ、生地ってどれぐらい寝かすの? 」

「そうね、20分ぐらいかしら」

うーん、そうなるとその間暇だなぁ……という私の視線を感じたのか、

「シオンちゃん、暇ならジンジャーマンの方も作ってみる? 」

「え、いいの? 」

「いいわよ、材料もまだたくさんあるし」

そそくさと空のボウルを差し出すアーちゃん。さっきと同じように材料を混ぜて、最後にショウガの粉をふりふり。その横からアーちゃんがニッキも入れる。

「最初の分はもうオーブン入れてもいいわよ」

弾かれたように尊ちゃんと明梨ちゃんが冷蔵庫に走る。2人とも出来上がりが楽しみなんだね。

「シオンちゃんの方も寝かせてから型抜きしてオーブン入れましょ」

ふぅん、ここから型抜きか……

「ねぇ、アーちゃんってなんでそんな料理好きなの? 」

「んー? どうしたのいきなり」

「いや、なんとなく」

「そうねぇ…………特に理由はないわ。ただ、みんなが楽しくなれればいいな、って」

「そっか」

いいなぁ、夢中になれるものがあって。

「あ、もうそろそろ焼き上がるんじゃないかしら? 」

「おっ? 」

オーブンに目を向ければ、2人でおっかなびっくりプレートを取り出してるところで、

「どーお? いい感じに焼きあがってる?」

「うん、めっちゃいい感じ」

この香りは……尊ちゃんのかな。綺麗に焼けてる。

「あっ明梨ちゃんつまみ食いしてるっ」

「げっバレた」

「もー! それわたしのっ」

あはは、この2人はほんと仲いいんだから。

「はいはい、じゃれるのは後々。どんどん焼いてきましょ? 」

追いかけっこする2人を後目に、次はあたしのプレートを入れる。さて、この茉莉花色(ラベンダー)はどんなふうになるのかな?


「ふぅ、これで全部ね 」

「焼けたねぇ」

焼きあがったクッキーをみんなでつまみながら反省会。

「カモミールはいい感じだね。逆にバニラは入れすぎた……甘ったるい」

「そーお? 私はこれぐらいの方が好きかな」

両手で大きめのクッキーを持ってはむはむする尊ちゃんが、なんだか小動物みたいでかわいい。

「はい、ちゃんと包んでおいたわよ」

「ありがと、アーちゃん。……それにしてもいいの? 2つも包んでもらって……」

「いいのいいの、何があるか分からないし」

うーん……いいのかな?

「あ、もうこんな時間じゃん、もうそろ帰んないと」

「あ、もう晩御飯の時間……」

鈴芽ちゃんも待ってるし、もうそろそろ私も帰らないと。

「じゃーねアーちゃん、今日はありがとっ」

「ふふっ、うまく仲直りできるといいわね」

アーちゃんの笑顔が眩しい。

明日の部活で茉莉花のこととっ捕まえて、仲直り。よし……がんばらなくちゃ。


アーちゃんの部屋でクッキーを焼いてから、もう1週間。クッキーは未だに私のカバンの中に居る。なぜかって? そんなことは聞かなくてもいいでしょ。

……あいつが、全然私の前に現れないからよ。

「あれー、またマリッカはサボり?」

栗橋先輩は相変わらずのーてんき。

「さぁ? ここ1週間あいつのこと見てないんで」

「ふーん」

そう言うとひょこひょこ離れていく先輩。でも途中でお腹がぐーと鳴って、

「先輩、お腹空いてます? 」

「あははー、おかしーなー、お昼ご飯ちゃんとひじりちゃんと食べたんだけど」

首をかしげると、またお腹の虫がぐーと鳴く。

いいや、あいつ来ないしここで出しちゃおう。

「先輩、クッキー持ってるんですけど、良かったら食べますか? 」

「わーいっ、いいのっ!? 」

やけにキラキラしたおめめで手のひらを差し出す先輩。あれ、なんか今しっぽが見えた気が。

「はい、これです」

しまいっぱなしでちょっと薄汚れたクッキーの包みを開けると、これまた粉々になりかけたクッキー達。あ、このジンジャーマン生き延びてる。

「あらあら、また珍しいクッキーね」

「あ、ゆかりちゃん」

頭の上から声が降ってきたかと思えば、ひょいと一欠片つまんで口に入れるゆかりちゃん。

「うん、シナモンが効いてておいしいわ」

「うわーっ、あまーい! 」

こっちではラベンダーの方をつまんだ栗橋先輩が、2個3個とつまんでは口の中に放り込んでいく。

「ねーねーこれどこに売ってたの? 」

「あ、それは」

自分で、と言いかけた時に、バタンと音楽室の扉が開いて、

「あっ」

「先輩、休んだ分の楽譜…………あっ、」

茉莉花…………

って、あっ、逃げたっ!?

「ちょっ、待ちなさいよっ!? 」

ぽかーんとする周りをよそに、あたしは全速力で茉莉花のことを追いかける。何人も追い抜いて、すれ違って、廊下を走るなという先生の注意も後ろに置いてきて、ただ茉莉花のことを追っかける。曲がり角でスピードを緩めた茉莉花に手を伸ばして、やっとのことで捕まえて、

「はぁっ、はぁっ、茉莉花、なんであんたっ、にげ、るのよっ、」

「そ、そっちが追いかけて来るからっ、」

「うそよっ、あんた私の事見て、すぐ背中向けたじゃないっ」

「それは…………その、」

息ができない、頭がくらくらする、脳みそがぐらぐら煮立って、出てくる言葉も湯気が出る。

「茉莉花、あたしのこと見て」

肩を掴んで押さえつけると、まっすぐ茉莉花の顔を睨む。

「あんた、あたしの事嫌いなんでしょ? 」

「なっ」

「だから、あたしの事見て逃げたのね? 」

「汐音、落ち着いて」

「これが落ち着いてられる!? こっちはねぇっ、あんたにどう謝ろうかずっと考えてっ、手土産も用意してっ、それでこの1週間ずっと待ち構えてたのにっ、……なのにあんたはっ!! 」

「汐音……」

1歩踏み出す音がして、伸ばされた手を反射的に払い除ける。

「触んないでよっ! どうせあんたは、『ごめんよ汐音』とか言って髪撫でてチャラにしようと思ってんでしょーけどねっ、あたしはそんな安く無いからっ」

「汐音…………その、ごめん」

「ほらやっぱり。あんたはなんだって謝ればいいと思ってる。そんなんで、……そんなんで済むほど世の中甘くないのよっ!!」

「汐音…………っ、ごめん、今は汐音とは話せないんだ…………ごめんっ」

そう言うと、茉莉花は私に背を向けて走り去る。

…………ほらやっぱり。所詮あたしなんて、茉莉花のキープした女の子リストの中の1個だったんだわ。

「大丈夫、汐音ちゃん…………? 」

いつの間に追いついたのか、ゆかりちゃんがそばにいて、

「ゆかりちゃん…………そのクッキー、ゴミ箱に捨てといて」

「えっ、そんな」

「いいから捨てといてっ!! 」

と、ゆかりちゃんから奪い取ってゴミ箱に投げ込もうとして、腕を掴まれる。

「ダメっ。そんなことしたら、せっかく汐音ちゃんが作ったクッキーが可哀想」

あたしの手のひらから取り上げた包みを、私の制服のポケットに入れたゆかりちゃんは、

「茉莉花ちゃんに渡すつもりだったんでしょ? それがダメになったからって捨てたりしちゃダメ。もし要らないならヤケ食いしちゃいなさい。そうすれば気も晴れるわ」

ゆかりちゃん…………

「…………ありがと、ゆかりちゃん」

口ではそう言ったけど、心の方はまだまだ整理できそうにない。


※※※※※※


「………………ただいま」

「おう、遅かったな」

後ろ手にドアを閉めて、ベッドの上に腹ばいでクッキーをつまんでいた凉ちゃんの横に座る。

「…………やっちまった」

頭を抱えてすっごく凹む。

「おいおい何やらかしたんだ? 」

「…………汐音とばったり出くわして、めっちゃ怒られて、その…………振り切って逃げてきた」

「おう色々と待てやおい」

寝っ転がったまんまツッコミを入れてくる。

「どうすんだよ、最悪のパターンじゃねぇか」

「そうなんだよぉ……」

頭を抱えてさらにしょんぼり。…………汐音の前ではいつもかっこよくいようと思ったのに……

「お前らほんと、仲いいんだか悪いんだか分かんねーよなぁ……なんで好きになったん? 」

「うるせっ、秘密だ」

言えるか、あんなコト……

「まぁ見当はついてるけどな。どうせお前がナンパしてたら、逆に噛みつかれてシリに敷かれたんだろ。どうだ図星か? 」

むかっ。図星なだけに腹が立つ。

「うっせーな」

仕返しに凉ちゃんのスカートをめくる。

「きゃっ!? 」

おっ、凉ちゃんそんな声も出せるのか。

「見やがったなお前……」

プルプル震える凉ちゃん。

「黒パンに白のフリル付きなんてオシャレ、どこで覚えたのさ? 」

マセたねぇ凉ちゃんも。

「…………あいつが選んでくれたんだよ」

ボソリと呟いた凉ちゃん。そのほっぺは完全に真っ赤で、

「…………そっか、いい奴なんだな」

「…………ああ。自慢の彼女だよ」

からかっといてなんだけど、ぼくもほっとする。同じクラスになった時はほんとに余裕無いやつだと思ってたけど、最近は表情だって柔らかくなってきたし、手のひらだって女の子のそれに近づいてきた。

「…………さて、そろそろ始めっか」

「そうだな」

机の下から編みかけの毛糸玉を取り出すと、昨日の続きから編み始める。

「あとは親指の編み出しだよね」

「そう、そこの縦糸をひっかけて、引き出して」

これが難しいんだよね。先に片方作り終えたけど、失敗してやり直しになるとこだったし。

「これをこうして……こう」

ひっかけて、抜いて…………できたっ。

「これでOK? 」

最後に凉ちゃんのファイナルチェック。

「うん、これで問題ないと思う」

「よっしゃ」

ふぃー、やっと終わった…………合唱部の練習を休んでちょこちょこやってたけど、こんなに編み物が大変だとは…………

「で、どうですかご感想は? 」

「あー、うん、もう1回やれって言われても無理だわこれ」

指の関節が痛い…………

「しかし凉ちゃん、よくこんなの覚えられたね」

「まーね。あそこで毛糸玉買い込んで練習しまくったんだけど、これがまたお金かかるんだ……」

「ふーん、100均の毛糸玉だとダメなの? 」

「えっ」

凉ちゃんの表情が凍りつく。

「………………あるの? 」

「あるよ。ってか知らなかったんだ? 」

「最近、行ってないから……」

どよよんとした空気をまとう凉ちゃん。

「と、とにかくありがとな、凉ちゃん。助かったよ」

ひとまずお礼だけ言うと、部屋を後にする。後ろ手にドアを閉めると、

「暗いなっ」

外はもう真っ暗で、時間を見ればそろそろ晩御飯の頃。

…………汐音、部屋にいるかな。


※※※※※※


…………だるい。

部屋にかけこんで、自分のベッドに顔を伏せて寝っ転がってからどれほどの時間が経ったんだろう?

「大丈夫ですか、汐音さん」

いつの間に帰ってきたのか、鈴芽ちゃんの声がする。

「うん、大丈夫……」

「嘘はダメですよ、泣きはらして目が赤いです。ほら、これ使ってください」

いつの間に用意したのか、濡れタオルを差し出してくる。ほんと鈴芽ちゃんって準備がいいと言うか、察しがいい。

「ありがと。…………あれ、今何時? 」

「ちょうど晩御飯時です」

「ん」

顔にタオルを乗っけたまま起き上がると、

「あー、気持ちいい」

「それはよかったです。それで、一体なにがあったのです? 」

「うん……またいつもの茉莉花との喧嘩」

「やはりそうでしたか」

ぽすん、とベッドが沈む音がして、鈴芽ちゃんが横に座る。

「先程、獅子倉さんがお見えになりました」

どきり。まさか、あたしのこと、

「ですが、居ないと言ってお帰りいただきました。汐音さんもそんな顔では会いづらいだろうと思いまして」

「ありがと、鈴芽ちゃん」

…………うん、なんだかあたし、バカみたい。自分から揉め事起こして、周りのみんなに迷惑かけて。そんなんだから茉莉花にも愛想尽かされるんだ。

「汐音さん、もしかして私に迷惑かけたと思ってますか?」

どき。なんで分かったんだろ。

「良いのですよ。人は誰にも迷惑をかけずに生きることはできませんから」

「……そーお? 鈴芽ちゃんなんか、誰にも迷惑かけて無さそうだけど」

「そんな事ありませんよ。現に汐音さんには、週末は部屋を空けてしまい迷惑をかけてますし、それに龍一さんにも色々と。この前は、」

「あーストップストップ。ノロケ話はいいから」

そっか、自分で迷惑だと思ってても、相手からしたらそうでも無いんだ。

「それに、私は時々汐音さんと獅子倉さんのことが羨ましくなります。あのように時々ケンカができるというのは羨ましいです」

「え、なんで?」

突然のことに思わず聞き返す。

「私は龍一さんとケンカはしませんし、龍一さんの方も気を使って私に良くしてくれます。だからこそ、何かあった時に大きな揉め事になるのではという不安がありまして。その点、おふたりは小さなケンカはされても大きなケンカになることは少ないですからね。うまくガス抜きができている証拠です」

「そ、そうかなぁ…………」

うーん、よくわかんないや。

「とはいえ、ケンカはケンカです。早めに仲直りしたほうがいいですよ。ひび割れは小さいうちに埋めた方が良いかと」

「うん…………そうだね。分かった、行ってくる」

今度こそ、茉莉花にごめんって言わなくちゃ。


※※※※※※


はぁ…………汐音、居なかったなぁ。

ラッピングするのももどかしく、そのまんま汐音の部屋に持ってったけど、「居ない」と言われちゃって。戻ってくるのを自分の部屋でじっと待っている。

「茉莉花ー、どうしたのー? そんなにそわそわぷるんぷるんしてー」

「千歳ぇー、ぷるんぷるんしてるのはお前の方だろ」

ん? と振り向く千歳。お風呂上がりだからか、ボタンの開いたパジャマから覗くたゆーんとした胸が火照ってる。

「どーしたの茉莉花ぁ〜、またしーちゃんとケンカした? 」

「……その通りだよ」

「そっかー、だから元気無かったんだー。よーしそれならわたしがよしよししてあげりゅ〜」

「のわぁっ!? 」

いきなり千歳の胸が迫ってきて、顔に押し付けられる。顔はもにゅもにゅ、頭はなでなで、不思議な気分。

「やーめーろー!? 」

「うりうりっ」

その時ドアがバタンと開けられて、

「茉莉花、居るっ!?」

「のぎゃー!? 」

千歳の胸から脱出しつつ振り向くと、

「し、おん……」

「あらお取り込み中だった? なら出直すわ」

そのまま扉を閉めてすたすたと行ってしまう汐音。

「あ、ちょっ、待ってっ、」

慌ててぼくも追いかけると、

「茉莉花頑張ってね〜」

「千歳はちょっと黙ってて!? 」


「おーい、しおーん」

「…………なによ」

何度声をかけても、気にせずすたすたと歩いていく汐音のことをなんとか呼び止める。

「そっちこそなんだよ、ぼくの部屋来たってことは、何かあるんじゃないの? 」

うん? ダメだなこんな調子じゃ。

「別に。あんたがあたしにフラれてめそめそしてるんじゃないかなーってからかいに行っただけよ。そしたら千歳のおっぱい飲んでなでなでされてんだもの、呆れちゃったわ」

「いやあれは違うからな!?」

「…………分かってるわよ、そんなことぐらい」

いつの間にか廊下を越して、ぼくたちは玄関に立っていた。

「…………茉莉花、少し歩かない? 」

「同感。というより、ぼくもそれ言い出そうと思ってた」

ひんやりとした外の空気を受けて、1歩踏み出すのをためらう。でも、お構い無しに歩いていく汐音のことを慌てて追いかけて、

「しおーん、よく寒くないな、この風で」

「おあいにくさま。誰かさんと違って、もこもこなんか着なくたってこれぐらいの寒さ、どうってことないのよ」

「そりゃよかったね」

いや皮肉に皮肉で返してどうすんだよ。

「……それに、ちょうどいいんじゃない? また熱くなったら冷ましてくれそうで」

なるほど、そんな考え方もありか。

…………さて、なにか話すきっかけでもないものか……

「お、自動販売機」

ちょうどいいや、何か飲みながら話して、キリのいいところで「これ」を渡して仲直り。これだ。

お金を入れて、さて何を買おうかと選んでいると、横から手が伸びてきてミルクココアのボタンを押す。

「なにすんだよ汐音」

「うっさいわね、仕方ないでしょ、お財布置いてきちゃったんだから」

だからって、ぼくの金で……まぁいっか、汐音だし。

「その辺ベンチあったよね」

お、ここここ。先に汐音に座らせて、ぼくはその隣。どっちからともなく開けた缶のフタの音以外、しぃんとして何も聞こえない。

「…………あ、あのさ、」

「ん? 」

静寂を先に破ったのは汐音の方で、

「…………これ、作ったんだけど……食べない? 」

ポケットから取り出したのは、少しくたびれたオーガンジーの袋。紐を解くと、

「中身は、クッキー? これを、汐音が? 」

「な、なによ、あたしがこんなの作れるってそんなにおかしい!? 」

「いや、そうじゃなくてさ」

一旦腰を浮かせて座り直す。

「…………もしかして、待ってた? これを渡すの」

「……………………うん、1週間前から」

「そっか…………」

砕けた欠片をひとつつまむと口の中に放り込む。うん、サクサクしてて美味しい。後からくるシナモンの香りと、最初からいるジンジャーがちょうどよく混ざってる。

「そっか、もうすぐクリスマスだもんね。だからジンジャーマンかぁ」

ぼくの家のクリスマスパーティーでも何度か出たことあるけれど、汐音の作ったやつの方がなんだか美味しくてあったかい。

「汐音も食べなよ、おいしいから」

「ううん、大丈夫。あたしは作る時に食べたから」

「汐音」

その手のひらにひと欠片、クッキーを置く。

「こういうのは1人で食べるより、2人で食べる方が美味しいって教えてくれたの、汐音だよ」

自分の部屋に閉じこもって、出されたご飯をただ食べるだけの日々からすくい上げてくれた汐音。今度はぼくから教えてあげたい。

「……そうね、一緒に食べましょ」

2人の間に袋を置いて、かわりばんこにつまんでいく。粉々になって小さくなった欠片だって、つまんでみればちゃんと自己主張して。汐音かが頑張って作ったんだって分かる。

「…………ねぇ、さっきからジンジャーマンしか当たってないよね? 」

「ん? ジンジャーマン以外にも入ってるの? 」

「えっ、まさか」

ガサガサと袋の中を漁る汐音。上から携帯のライトで照らしてやると、

「良かった、残ってた」

つまみ上げたそれは、ジンジャーマンとは違う丸い姿。

「へぇ、色々入ってんだ。これは何クッキー?」

「……自分で食べて当ててみなさい」

ふーん、そういうからには当ててみせようじゃないの。あむっ、もぐもぐ。……うん? これは、

「…………ラベンダー? 」

「なによ、もう分かっちゃったの? 」

つまんなそうな汐音の横顔。

「うん、前に貰い物で食べたことあってさ。おいしいよね」

「流石はお嬢様。なーんだ、茉莉花のことびっくりさせようと思って選んだのに」

ふふん、残念でした。てか、それにしたってラベンダーは…………

「汐音、一応聞くよ。なんでラベンダー? 」

「あらそんなの決まってるじゃない、ラベンダー色と言えば茉莉花だもん」

「やっぱり…………」

ガックリ肩を落とす。…………ぼくだって毎日ラベンダーなショーツ履いてるわけじゃ無いんだけど…………

「ちょっぴし酷くない? 」

残った欠片をまとめてつまむと、風に吹かれて袋が飛ばされそうになるのを汐音が慌てて回収する。ぱくぱくとヤケ食いのように口に放り込むと、

「ありがと汐音、美味しかった」

「どういたしまして。それじゃあたしは用が済んだから帰るわね」

「あ、待って、」

立ち上がった汐音の手首を掴んで引き止める。

「なによ、クッキーならあんたの食べたので最後よ? 」

「ううん、そうじゃ無くて。 1週間待たせたお詫び」

とにかく座ってよ、と促して、汐音の腕をこっちに引き寄せる。

「え、ちょっと、茉莉花、あ、あんたまさか、」

汐音がじたばたと暴れる。

「ちょ、やめろよ、じっとしてろっ、やりにくいからっ」

「や、やややややヤるって、あんた正気なの!? こんなとこで!? 」

「だー!? 誤解を招くようなこと言うなー!! と、とにかく大人しくして、いいって言うまで目つぶってろっ」

「わ、分かったわよ……」

とりあえず大人しく腕を差し出す汐音。手の甲を裏返して手のひらを向けさせると、その手をそっとミトンで包んでいく。

「ま、茉莉花、」

「っと、まだ目はつぶったまま」

片方はめ終わると、もう片方の手を取って同じように包んでいく。

「もういいよ」

「な、なにしたのよ、って」

汐音が固まる。

「1週間待たせてごめん、汐音」

「こ、こここここここ、これ、」

汐音、ニワトリじゃないんだから。

「手のひらのサイズ、ほんとは計ってからやるらしいんだけど……ぼくと同じぐらいだった気がしたから、ぼくのサイズで作っちゃった」

「じゃあ、部活に来なかったのって、」

「…………うん、教えてもらいながらこれ編んでた。でもまさか、汐音もなにか作ってて、しかもずっと待たせてたなんて知らなかったよ」

しきりにグーパーして感触を確かめる汐音。ってあれ、汐音…………?

「何よこれ、縫い目も揃ってないし、左右で大きさ違わない? 」

「ひどいな汐音っ」

要らないなら返せ、と手から引っこ抜こうとすると逃げられて、

「だから没収。あたしが預かるわ。こんなの普段使いでみんなに見せらんないわよ。……だから、あんたと出かける時だけ。その時だけ使うわ」

「汐音…………」

思わず汐音を抱きしめたくなって、寸前で思いとどまる。

「なによ、抱きしめなさいよこのヘタレ」

「へ、ヘタレ言うなっ」

「ヘタレはヘタレじゃないのっ、こういう時ぐらいねぇ、男らしくちゃんと抱きしめなさいよっ」

「ぼくは女だって言ってるだろっ!? 」

「あらそーだったっけ? 」

「しおーん? 」

なんだよ、こっちは散々悩んでたのに……

「茉莉花」

「あん? 」

なんだよ、とやさぐれ気味に答えようとして、その言葉を奪われる。

「…………ありがと、大切に使うから」

しっとりとした汐音の唇と、さっきのシナモンの香りが僅かに伝わってきて、

「…………さ、そろそろ戻りましょ。なんだか寒くなってきたわ」

「…………ああ、そうだな」

2人同時に立ち上がって、元来た道を歩いていく。

「芯まで冷えちゃったし、一緒にお風呂入らない? 」

「そ、それだけはヤダっ」

「なによヘタレね」

「ヘタレ言うなっ」

ぼくの右手の手のひらは、ちくちくした毛糸の感触をただずっと感じてて。

澄んだ黒の空を見上げて、一際明るい星に、いつまでもこの時間が続けばいいなってお願いした。

本来の書き手である芝井流歌様に事前の相談なく書いてしまい、事後承諾の形となってしまったことをこの場を借りてお詫び致します。


………最初の方は12月から書いてました実は

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