その頃のゆきのの事情。
秋も更けて、もうすぐ冬が来ようという頃。
私の方はといえば、もう既に大筋のところで話はまとまって後は詰めの部分というところ。でも物事は、そうとんとん拍子にばかり進むものばかりじゃなくて。
「ただいま…………」
「おかえり望乃夏。…………何よ、暗い顔ね」
「うん…………こないだの模試のね、結果帰ってきたんだ」
「ああ、そういえばそんなのあったわね」
私の方は相変わらず大きな変化なし。この話が破談になったら必要になってくると思うけど、まだまだ楽観視モード。
「…………合格ランクにはまだまだ全然、足りてないんだって」
「そうなの……」
面倒くさがりで長続きしない望乃夏にしては、珍しく熱心に勉強してると思ったのに…………
「でもまだまだこれからよ、あと3ヶ月ぐらいあるじゃない」
「うん…………」
そう慰めてみても、望乃夏の表情は冴えなくて。
「ほら、早く制服着替えちゃいなさいよ。じきにご飯とお風呂よ」
「うん…………」
生返事のまま、望乃夏は制服を脱ぎ始める。
ここの所、望乃夏はずっとこんな感じ。心ここに在らず、といったようにフラフラとしてて、なんだか見てて心配になってくる。 ご飯に誘ってもろくに手をつけてないし、お風呂を促してもカラスの行水で帰って来たかと思えば、今度は逆上せる寸前まで入ってたり。
ほんとに大丈夫かしらね…………?
「望乃夏、先ご飯行くわね」
「うん、分かった」
自分の勉強机でひたすらにテキストを繰る望乃夏に向けてひと声かけて、私はご飯に行く。…………心配だけど、望乃夏が自分で「大丈夫」って言ったんだし、大丈夫よね?
ひとまず食堂に降りて、いつものようにご飯を受け取って席を探していると、見慣れた影を見つけて足を止める。
「あら、文化」
「おっ、雪乃じゃーん。どしたの? 望乃夏はいないのー? 」
「ええ、まぁね」
文化の横がちょうど空いてたのでそこに座る。
「そっちこそ、明梨ちゃんは? 」
「あいつなら部屋でくんずほぐれつヤってるよ」
「えっ」
「ウソだよ、またいつもの腹痛。まったく、いつになったらあたしから『卒業』してくれるのかねぇ?」
なんてため息をつくけれど、
「あら、その割には楽しそうね? 」
「んなわけないだろ」
なんて軽口をたたきあう。…………そうだ、文化なら知ってるかもしれないわね。
「ねぇ文化、最近の望乃夏について何か知らないかしら? 」
「んー、望乃夏? …………そうだなぁ、時々何か考え込んだり年がら年中ぼーっとしてんのは変わんないけどさ、なんかこう、思い詰めてるみたいなんだよなぁ」
「思い詰めてる…………」
やっぱり気にしてるのね……こないだの模試のこと。でも、なんでそんなにまで…………
「お、雪乃もう食べ終わったのかー、相変わらず早いなぁ」
「悪いわね文化、これもついでに片しといて」
と押し付けると、なんだか気になって望乃夏のところへ。
「望乃夏? 」
自室のドアを開けると、望乃夏は出た時の格好のまんま机に突っ伏してて、
「望乃夏、起きて」
ゆさゆさと揺すろうと近づいてみて、開かれた問題集に目が止まる。何が書いてあるのか私にはさっぱりだけど、その見開きには望乃夏の字でこう書きなぐってあった。
「もうダメだ、おしまいだ」
「の、望乃夏っ、起きてっ!? 」
いつもより激しく揺さぶると、望乃夏が面倒くさそうに起き上がる。
「なんだよもう…………雪乃、乱暴」
「雪乃、乱暴、じゃないわよ…………なんでそこまで追い詰められてるの、模試ならまだ先もあるじゃないの」
「違う、違うよ…………ダメなんだよ、こんなんじゃ…………」
「な、なによ…………」
急に変なスイッチが入ったかのように望乃夏の声色が変わる。
「こんなんじゃ、薬科届かないんだよっ!! これじゃ、雪乃の光に、なれない…………」
その言葉でハッと気がつく。…………なんで忘れてたの、望乃夏は…………望乃夏は、私の為に薬剤師になるって宣言してたのに…………
「…………どれもこれも成績が足りない、このままじゃどこもダメ、そしたら。そしたら、ボクはなんの為に雪乃のとこにいるのか分からない…………」
「望乃夏………………」
そっと胸に望乃夏を抱きかかえて、思いっきり撫でる。
「いいのよ望乃夏、望乃夏は望乃夏の道を、私は私の道をそれぞれ歩けばいいの。無理して私に合わせる必要も」
「雪乃…………ボクを見捨てるの?」
しまった、失敗した。
「そうじゃないわよ、望乃夏には望乃夏らしく生きて欲しいだけで…………」
「…………ばか。ボクは雪乃にずっとついて行くって言ったのに」
「…………ごめんなさい……」
「………………罰として、今夜はボクのこと、楽しませてよね」
「え、ええ…………そう言えば、なんだか久しぶりね…………」
2人して耳の先まで真っ赤になる。で、でも、
「と、とりあえず望乃夏、ご飯食べてお風呂入ってからにしましょ? ね? …………望乃夏、ここんとこサッとしかお風呂入ってないじゃないの。キレイになってから、……ね?」
「むぅ…………」
不満げな望乃夏のことを引きずって、とりあえずごはんとお風呂に連れていく。
ちなみにその夜は、最初は望乃夏が私のことを組み伏せて楽しんでたのに先に望乃夏がガス欠でダメになって、私は自分のベッドに入ったけど…………くすぶり続けた残り火を持て余して、結局最後は自分で『消火』した。




