寄稿作品『朝の二人、置いてかれたものサイド。』
寄稿者:芝井 流花様
雪乃ってば酷いや。自分は朝練だからってとっとと行っちゃうなんて……ボクの分の目覚ましかけといてくれてもよかったじゃんか……。
私は寮を飛び出して息切れしながら校門を潜った。誰かさんと違って体力のない私は、走るくらいなら遅刻した方がましじゃないかと思ってしまう。まぁそんな訳にもいかないので急いでる訳だけど……。
おかげで進級早々遅刻ギリギリだよ、もうっ……。
「あら、墨森さん。ずいぶん急いでるじゃない。今日は白峰さんと一緒に登校ではないの? 珍しいわね」
「あ……砂塚さん、おはよ……。その雪乃は朝練だったらしくて置いてかれちゃったんだよ……」
校舎に入ってすぐ声を掛けてきたのはキツネ目の砂塚さんだった。私とは特に仲いい訳じゃないのになんで話しかけてきたんだろ……そんな疑問が顔に出てしまったらしく、砂塚さんは小首を傾げながら問いかけてきた。
「そう、それはご愁傷様。……ところで、寮で栗橋さんを見かけなかったかしら? まだ教室に来ていなかったみたいなの」
「うーん、急いでたから分かんないや。栗橋ちゃんなら城谷さんと同室でしょ? んなら城谷さんに引きずられて来てるんじゃないの? 砂塚さんは城谷さんの同級生なんだし、城谷さんに聞いてみたら?」
上履きのつま先を廊下にトントンとして『急いでますアピール』をしてみる。三組の砂塚さんは手前の教室だから余裕なのかもしれないけど、五組の私としては一分も早く通してもらいたい。
「……城谷さんが同級生だったのは一年の時よ。今日からは私と栗橋さんが同級生。城谷さんは今年も白峰さんと同級生よ」
言われて思い出す、今日から教室が違うんだった事を。
危ない危ない……。砂塚さんに悟られないようにそろりと進行方向を二年の教室へ移す。
「あー……そっか。あの二人、プライド高いからケンカしなきゃいいけど……」
「そうね。……ところで墨森さん、そっちは一年生の教室だけれど……」
「えっ、や、やだなぁ! 栗橋ちゃんじゃあるまいし、教室間違える訳ないでしょー? あ、あはははは……」
「……そうよね、栗橋さんじゃあるまいし……。やっぱり一年生の時の教室も探してみるわ。それじゃあ」
「う、うん。それじゃ……」
見透かされてるんだか構掛けられてるんだか……砂塚さんはやっぱりクール過ぎて掴めない……。雪乃ってばよくこんなクラスメイトとやり合ってたな、と改めて関心した。
一年の教室へ向かう砂塚さんの背を見送ってから、私もくるりと回れ右して二年の教室へ向かう。商業科は三年間同じクラスだから普通科のような『クラス替えドキドキだねー』という楽しみこそないものの、あまり人付き合いが上手くない私としては同じメンバーなのが有り難かったりもする。
案の定、一組から四組までの教室の前では数人の生徒たちがキャッキャと楽しそうに屯していた。そういえば私は雪乃が何組になったのか知らないんだった。特に用事がある訳でもないし寮に戻ってから聞けばいい事だけど……ちょっと気になる……。
「白峰……白峰……っと」
クラス分け表を見つけた私は雪乃の名を口にしながら一組から順に目でなぞっていった。少なくとも二年一組の『す』まで見た限りはいない。ちなみに『す』は砂塚さんだったので少しホッとした自分がいた。……いや、別に私がクラスメイトになる訳じゃないから関係ないんだけど、もし雪乃を探しに教室を覗いて目が合ってしまったらと思うと……やっぱりホッとする。
「白峰……あった!」
やっと見つけたのは二年三組。四組だったら隣だったのにな、と少ししょんぼり。部屋ではずっと一緒だけど、出来るなら学校でも近くに感じていたいと思ったんだけど……まぁしょうがないか。
「どうしたのよ、望乃夏。さっきから私の名前をぶつぶつ呼んで」
「わ、わっ! ゆ、雪乃……驚かさないでよぉ……もうっ」
「変な望乃夏ね。さっきから後ろにいたんだけど? ……それより寝癖どうにかしなさいよ。ギリギリまで寝てたんじゃないでしょうね? 人が朝練で早起きしてるというのに……」
雪乃の冷やかな視線が突き刺さる……。いや、確かにそうなんだけど、おっしゃる通りなんだけど、私の寝ぼすけも雪乃の朝練も今に始まった事じゃないのに……。
それでもごもっともなお言葉と視線に居たたまれなくて目が泳いでしまう。砂塚さんのキツネ目も苦手だけど、雪乃の釣り目も相当破壊力があるからつい……。
「ふぅ、しょうがないわね。始業まで時間ないからさっさといらっしゃい」
「へ? どこへ? ……うわっ」
半ば引きずるように私の肩を掴んで歩き出す雪乃。腕力はさすがバレーで鍛えてるだけあって、ヤサな私なんてへっちゃらで体勢を崩してしまう。ベッドじゃこんな強引な事しないくせに……そう思いながらおとなしくついて行く。
「良かった、誰もいないからさっさとやるわよ」
雪乃が足を止めたのはトイレ前。扉を少しだけ開いて中を覗いた雪乃が再び私を引きずる。連れ込まれたトイレには確かに人っ子一人いないけど……。
ま、まさか雪乃……!
「へ、へ? こ、ここでっ? だだだだだダメだよっ! い、いくら誰もいないからってこんなとこで……や、ヤるなんて……」
「な、何言ってんのよ! そ、その『ヤる』じゃないわよ! 髪よ、髪! 寝癖直してあげるって意味よ! ば、バカ望乃夏……」
とんだ勘違いに恥ずかしくなって真っ赤になった私と、私の勘違いによって何かを妄想した雪乃が真っ赤になる。ちょっとだけ気まずくなってお互いに目を逸らした。
「ね、寝癖くらいいいよ……ボクはオシャレとか苦手だし、別にこれくらい……」
結び目まで撫で下ろすと、確かにところどころ太陽のプロミネンスのように膨らんでいる。毛先はあっちこっち向いてるし、これじゃあ雪乃もため息をつく訳だ……と少し反省。
「す、好きな人にはいつでもかわいくしてて欲しいのよ……悪い?」
「わ、悪くない……です……。お、お願いします、雪乃様……」
「しょ、しょうがないわね……ほら、こっち来て」
照れ隠しなのかまたも強引に引っ張られたのは鏡の前。そこには真っ赤な顔の私たちが映っている。鏡越しに目が合って、雪乃が「な、何見てるのよ……」と頬を膨らませた。
洗面台で両手を濡らして髪ゴムを解く雪乃。決して女子力が高いという訳ではないけど、毎日バレーに明け暮れている雪乃にとってはコームは必需品なのだろう。ブレザーの裏ポケットから取り出すとてきぱきと手際よく結び直してくれた。
「……はい、いいわよ」
「ありがと、雪乃……。ごめんね、面倒かけちゃって」
「大した事じゃないからお礼も謝罪もいらないわよ。さっきも言ったけど、す……好きな人にはかわいくいて欲しいもの……。で、でも、そのままの望乃夏だって……」
言いかけたところで始業前の鐘が鳴り響いた。鏡越しに見る雪乃の口はまだ動いてて……。
「え? ボクが何だって?」
「な、何でもないわよ! ほ、ほら、新学期早々遅刻しちゃうから戻るわよ!」
何て言ったんだろうと首を傾げる私をそっちのけで、雪乃はギイッと扉を開いた。夜中一人でトイレ行けない雪乃には天敵とも言える場所。早く出たくて言い直したくないんなら学校終わってから聞けばいいか、と私も後を追った。
かわいくいて欲しい、か……。私も雪乃にはかわいくいて欲しいけど、そのままの雪乃も……。
ん? そのままの……?
「そ、そういう事かぁ……」
聞き逃した言葉が分かった気がして顔が熱くなった……。
入学した一年前とは全く違う雪乃。ツンケンしてて強情っパリなところは変わってないけど、出会ってからの一年間を考えるなら、この二年目はどんな風に変わってくれるのだろう。
でも、どんな雪乃でも私は……。
もし望乃夏が置いていかれていたら、というサイドストーリーです。
………………もしかしたら、これは望乃夏の願望だったのかも?




