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三人目の「ゆきのの」26歳。―文化

「もう20日、か………………」

私は、カレンダーにバツをつけながらつぶやく。………………今年も、あと10日かぁ。

カレンダーの日付を追っていくと、24日には〇が付けてある。………………そう、雪乃が帰ってくる日。………………待ち遠しいな。

………………雪乃が向こうに行ってから、もう7年かぁ。長いなぁ。………………ちょくちょく帰ってくるし、………………結婚式の時に会ったばっかりだからそんなに離れてる気もしないけど………………。

薬指の指輪を、しげしげと眺める。

(………………ボク、ほんとに雪乃のお嫁さんになっちゃったんだ………………。)

薬科の卒業式の日、突然雪乃は帰ってきた。そして、感傷に浸る私を無理やり引っ張ってって………………あれよあれよという間に段取りまで決められて、気がついたらタキシードでヴァージンロードを歩かされてた。………………隣にいる雪乃がウェディングドレスを着てたから、ぼくもそっちにしたかったんだけど……

(………………こういう時は行動早いんだから………………)

…………私のお嫁さんって、ほんとにせっかち。

(…………そうだ、どうせ雪乃帰ってくるんだったら………………知らせとこうかな。)

私は、カバンを取ってある場所へと向かった。


電車を乗り継ぐと、見えていた景色がコンクリートから野山に移り変わる。何個目かの駅で降りると、記憶と地図アプリを頼りにトコトコと歩き出す。……………………なお、少し待てばバスが来るってことを知ったのは、目的地に着いてからだった。


田んぼの間を抜けていくと、目的地はすぐに見つかる。………………それにしても大きな家だなぁ。

一応門柱の表札を確かめた後で、玄関に半身を突っ込んで声をかける。

「すみませーん、」

「はいはーい…………………………えと、お姉さん、だれ?」

どことなく見覚えのある顔の子がひょこっと顔を出す。

「ごめんねチビちゃん。お母さんいる?」

「いらない。………………あとチビちゃんじゃないもん。雪文(ゆきふみ)だもん。」

「誰が要らないって?………………って、すみも………………じゃなかった、望乃夏じゃん。久しぶりー。」

奥から出てきたのは、私の元:恋敵にして親友の………………安栗 文化ちゃん。

「久しぶり。ごめんね、いきなり押しかけて。」

「いいのいいの、どうせこいつらのお守りぐらいしかすることないしさ。小汚いとこだけど上がってよ。」

と、群がるチビちゃんを追い立てながら手招きする。

案内された居間で待つと、襖が微かに開いてこっちをのぞき込んでいる目が見えた。

「………………おいで。そんなとこで何してるの?」

………………あ、逃げた。

「………………すいませんね先輩、こいつ臆病で。」

「あ、明梨ちゃん。」

…………確か、文化ちゃんのすぐ下の妹。

「………………先輩、もう24なんで流石に『ちゃん』付けはどうかと。」

「………………相変わらず硬いなぁお前は。」

襖が開いて文化ちゃんがお茶を持ってくる。…………ついでに、子供たちも全員連れて。

「そこに居たから連れてきた。ほら、お客さんに自己紹介。」

「…………め、芽衣子です。」

「…………ちびちゃんじゃないやい、雪文………………」

「んでここに背負ってるのは墨代。」

と、背中のおんぶ紐を見せる。

「………………で、実は『ここ』にもう一人いるんだけどね。」

と、ちょっと膨らんだお腹をぺしぺし叩く。

「ちょっ、そんなことして大丈夫なの!?」

「大丈夫大丈夫。子供ってそんなヤワじゃないんだよ?現にこいつらは勝手に遊ばしてるから。」

………………お、恐るべし、安栗家…………。

「まぁそれはいいんだけどさ、子供の相手って疲れるんだよなぁ。ねぇ望乃夏ちゃん、薬剤師なとこでなんか疲れがぶっ飛ぶような薬ない?」

「そ、そういうのは危ない薬だからね?………………それに、お腹に子供いる上におっぱいあげてる今の状況で薬使うと、何があるか分かんないよ?」

「うっ………………そ、それもそうか。」

「………………まぁ、お母さんの側もよく寝てよく動いてよく食べてれば大丈夫だよ。」

と、高校の時よりも広くなった横幅を見ながら言う。

「………………むぅ、ひどいなぁ。これでもガキ連れてトラクター乗り回してるんだぞ?」

「………………お腹の子には優しく、ね?」

「まぁな…………そうだ、この子が女の子だったら『雪乃』って付けようと思うんだけど」

「却下。………………そんなの雪乃にバレたら怒られるよ?」

「………………むぅ………………いいと思ったんだけどなぁ。」

ふと視線が、付けっぱなしのテレビに向く。

「………………あ、雪乃出てる。」

「ホントだ、この前のバラエティーの再放送じゃん。」

「…………ガッチガチだねぇ。」

「雪乃ってこういうの苦手そうだもんな。」

画面の中では、ぎこちない受け答えをして周りに突っ込まれる雪乃が苦笑いしてる。

「………………実はさ、このイブに雪乃がこっちに帰ってくるらしいの。」

「………………マジ?」

「うん………………だから、何か伝えることでもあればって。」

「あー………………いいや、遠慮しとくよ。雪乃と望乃夏ちゃんの楽しい時間を邪魔するのも悪いし………………それに今は、望乃夏ちゃんのお嫁さんじゃん?」

「う、うん………………」

自然と赤くなる。

「………………うちら三人それぞれ道は別れちゃったけどさ、それぞれの道を楽しもうって伝えといて。」

そう語る文化ちゃんの顔は、満足そうで。まるでそれが、天職であるかのよう。

「………………そっか。…………わかった、伝えとくね。今日は忙しいとこに押しかけてごめん。」

「いいのいいの、どうせ暇だったから。」

立ち上がって安栗家を後にすると、途端に北風が吹き付ける。

(………………今年も、もう終わりだね。)

空の田んぼを眺めながら、トコトコと駅へと向かった。

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