嘘吐きのマーガレット
大学生が住むにはちょっとリッチなアパートの、ゆったりしたソファ。
「先輩。私のこと好きですか?」
「あぁ。好きだよ、実花。」
そう言って満足げに笑う先輩と、はにかんで甘えて見せる私。
一般的に言えば恋人関係にある若い二人の何気ない幸福な光景。
でも、私は知っている。
先輩が愛しているのは私ではないということを。
◇◆◇◆◇
「おはよ!」
急な衝撃についうめき声がもれる。
「涼子………。」
私の恨めし気な様子を物ともせず、彼女は私の隣に来て笑った。お昼だからか、すごく元気ね。
「ね、あんた昨日藤堂さんち行ったんでしょ?
どうだった!?」
「どうだったって…何にもないわよ。」
「何にもないわけないじゃない。
だって、いつも交際期間を噂されるような二人がもう半年も続いているのよ?」
「本当だって。映画見て、夕飯食べて終わり。」
「えー」
「と言うか、私そもそも噂されるほど彼氏作ってないけど。」
「そうは言ってもしょっちゅう告られてんじゃないの。」
全部、断ってるけどね。
そう心の中で呟きながらテラスの空いた席に着く。
涼子も向かいの席で頬杖をつきながら、水筒を取り出した。
「…で、実際のところどうなの?」
「何が。」
「藤堂さん。
ほら、あんた言ってたでしょ?たぶん一番じゃないって。」
あぁ、と涼子がしつこい理由に納得した。
彼女にはこぼしていたのだっけ。
「どうって、たぶん変わってないと思うよ。
時々私越しに誰かを見てるんだろうなっていう目のまま。」
そう答えると、今度は一気に顔が曇った。
「あんた、そのままでいいわけ?」
「別に。」
「別にって。よくないでしょ。
そもそも告白に応えて、半年も付き合っていながら他の女見てるってどうなの。」
「私は気にしてないから大丈夫よ。」
でも、と言い募る涼子に私ははっきりと言った。
「だって、私も一番好きなの先輩じゃないから。」
「え」
私を思って言ってくれる彼女には悪いのだけど、これが事実だ。
つまり私と先輩は恋人同士という関係ながらその相手を一番に想っているわけではない。
フリーズしたままの彼女を横目に、話を続けた。
「だから全く気にしてないし、気にする予定もないのよ。
まぁ、だからこそ先輩の目に気づいたんだとも思うしね。」
そう言って笑っていると、やっと飲み下せたのか神妙そうな顔で聞いてきた。
「それ、藤堂さん知ってるの?」
「どうかな。
でもたぶん、なんとなくは感づいてると思うわよ。」
そう言うと、涼子は無言で紅茶を飲みほした。
それから「あんた、なんで告白したの?」と聞かれ、ちょっとだけ考えてから口を開く。
「誰よりも”あのひと”に似ているから、かな。」
そう。先輩といると、ふとした瞬間にどこかあの人の影を見るのだ。
軽く何かをつまんでる時とか、汗をぬぐう姿とか。本当に一瞬だけあの人と錯覚してしまう。
ーーーどうしてかは、分からないけれど。
そう話すと、涼子は呆れたような、何とも言えない顔で「そっか」と言ったまま水筒のふたを閉めて鞄に入れた。
チャイムが鳴り、席を立ったところでラインが来た。
今日は早上がりのバイトだから夕飯を作って欲しいらしい。
「ねぇ。夕飯のご指名来たんだけど、何作ればいいと思う?」
「知らない。適当に肉でも焼けば。」
「なら南蛮漬けにするわ。」
「私の意見は?」とむくれる涼子に、ふふ、と笑みがこぼれた。
さて。授業が終わったら買い物に行かなければ。
美味しそうに、そしてすごい量を食べてくれるだろう彼を想像したらもっと頬が緩んだ。
今日は何を強請ろうかしら。やっぱり、いつも通りがいいのかしらね。
こうして、今日も私は愛を乞う。
マーガレットの花言葉:心に秘めた愛




