風紀委員長の追及
しかし…机に突っ伏して寝ても疲れ取れにくいよな。
生徒会室には仮眠室があるっぽいが、入るためにはカードが必要らしい。
俺たち一般生徒用のカードじゃなくて、生徒会専用とか多分そんなやつ。
間宮の服をまさぐるわけにもいかねぇしな。
睡眠薬飲ませてまさぐるとか、怪しすぎて犯罪臭がする。
さてどうしたものか、と眠る間宮を見て思案していると。
「間宮、例の件について話が…、…神山?」
「よぉ、山下。良いところに」
突然開かれた扉から入ってきたのは、風紀委員長の山下純一だった。
眼鏡の奥で目を瞬かせた山下は、眠っている間宮を見て目を見開いた。
「寝てる…のか? あの間宮が?」
「ぶっ倒れそうだったから、睡眠薬盛った」
「睡眠薬…君は本当に面白いことをしてくれる」
「山下、仮眠室って生徒会専用カードとかないと入れないんだよな?」
「風紀委員長が持ってるカードでも入れるぞ」
「本当か。じゃあ運ぶの手伝えよ」
風紀委員長のカードを見せてきた山下に、間宮の腕を肩に掛けるように促す。
山下は左側を、俺は右側を肩に回した。
間宮は俺より少し身長高いから若干引き摺る形になってるが、こればかりはどうしようもない。
山下が扉の機械にカードを通すと、ピッという音と共に解錠された。
仮眠室に入り、ベッドに間宮を横たえる。
移動させても起きなかった所を見ると、睡眠薬抜きにしても相当疲れてたんだろうな。
俺は間宮の目の下に浮かぶ、うっすらとした隈を指でなぞる。
曾根崎も、親衛対象がこんな状態だったら不良にだろうが頼りたくなるか。
「なんつーか…間宮は怖ぇな」
「君がそんなことを言うとは…。間宮の何が怖いんだ?」
「…一人でやり遂げようとする所とか、役員どもを信じ通しそうな所とか…」
あぁ、確かにな、とリコールを再三促してきた山下は頷く。
あと、と俺は目を伏せた。
「…睡眠薬で意識朦朧としかけてたクセに、真実突いてくる所とか…だな」
「……そうか」
きっとよく分からなかっただろうに、山下は俺の言葉を否定しなかった。
俺は初めて、間宮を怖いと思った。
まさか髪の話をしただけで、親にも弟にも…友達だった奴らにも、誰にも言わなかった真実を暴かれそうになるとは思わなかった。
男の寝顔を長々と観察する趣味はない俺は、踵を返してさっさと仮眠室から出る。
同じように出てきた山下は、何か考え込むように扉を閉めた。
そう言えば、山下は間宮と例の件とやらについて話に来たんだったな。
間宮を寝かせたことで困ってんのか。
「山下、例の件って…」
「神山」
「あ? …何だ」
振り返ればそこには射抜くような山下の目。
風紀委員長たる所以の一端を垣間見た気がする。
「…悪いとは思ってる。だが、生徒会に…今唯一学園を機能させている生徒会長に近付いた君が気になった故の行動だと理解してほしい」
「要領を得ねぇな。ハッキリ言え」
「君のことを少し調べさせてもらった」
飾ることなく述べた山下に、俺は目を細めた。
成る程、だから前置きにあんな言い訳じみたことをタラタラ言ってやがったのか。
「君は中学三年の冬…三月上旬に、暴力事件を起こしているな」
「唯一、学園での噂と一致してる事実だな」
「そのせいで君は、有名な公立高校の推薦を取り消されて、霞桜学園の外部入学試験を受けている」
「よく調べてんじゃねーか」
俺は、ふっと笑って山下を見る。
そこまで調べたなら、きっと分かってんだろ。
山下は俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「その公立高校の推薦……君は、生徒会長枠で、決まっていた」
「へぇ。…それで? 何を確認してぇんだ、お前」
「──君は間宮が憧れているという、鷹宮中学の生徒会長だったのか」
その確信を含む声に。
俺は口の端を上げただけだった。
でもそれが、肯定の意だと気付かないような風紀委員長でも、なかった。
そんな俺の反応に、やはりと山下は呟く。
お坊っちゃま学校の生徒だから、一人の生徒の情報なんざ調べることは簡単ってわけだ。
調べるなんて真似は家同士の関係を悪化させる可能性があるから普通しないんだが、俺の親は医者ってだけだし、学園の危機だってんで山下も必死なんだろう。
しかし、確信めいていた山下もそれが事実だと肯定されて困惑しているようだ。
「君が、間宮の…」
「信じらんねぇなら信じねぇでも構わねーけど」
「いや、疑っているわけではない。ただ…風紀に世話になったことすらない君が何故暴力事件を、と疑問を抱いているだけだ」
「それも調べてんじゃねぇの?」
「…それは、そうなんだが」
眉根を寄せる山下に内心苦笑する。
どいつもこいつもお人好しだな、マジで。
俺は中学の時と同じことを、口にする。
「俺は不良どもが絡んできたからボッコボコにした。それが過剰防衛だってんなら、そうなんだろうよ。実際病院送りにしたし、その怪我の具合もヤバかったらしいしな」
その怪我の具合も調査済みなのか、山下は更に眉間にシワを寄せる。
今の俺の言葉は、ほとんど正しい。
ただ、一つだけ真実じゃない。
でもそれが嘘だと知っているのは、俺にボコられた不良どもと、俺だけだ。
そしてその不良どもは絶対に口を割らない。
それだけは、断言出来る。
だから山下も、誰も、どれだけ調べようが真実を知ることはない。
「安心しろ。俺は手を出されなきゃ何もしねぇ」
「手を出されたら直ぐ風紀に連絡してくれると尚良い」
「ンなことしてる間に俺がボコられるだろーが。つか、この学園で俺に喧嘩吹っ掛けるバカはいねぇだろ」
「しかし、万が一ということも…」
生真面目にぶつぶつと考え込む山下に内心安堵する。
間宮のように、深く探られなかった。
そして暴力事件を肯定されたにも関わらず、態度が変わらなかった。
まぁ、井川と生徒会の対応に忙しくて、今の時点では俺は一応無害認定されてるんだろう。
すると考え込んでいた山下が、何かを思い付いたように突然ハッと顔を上げて、俺をガン見してきた。
「…何だよ」
「神山…神山か…しかし…、いや、問題は…ない、のか。むしろ…」
「おい、何ブツブツ言ってやがる。ハッキリしねぇのが俺は一番嫌いなんだよ」
「あぁ、すまない。…君に一つ、提案がある」
「あ?」
山下はキラリと眼鏡に光を反射させ、口を開いた。
そして山下が口にしたその『提案』に、俺は思わずポカンとしてしまう。
山下は眼鏡のブリッジを上げた。
「俺が間宮にしに来た例の件の話というのが、この話だったんだ。受けてくれないか、神山。これなら君も動きやすくなるだろう?」
「いや…有り得ねぇだろ、それ。第一、学園が納得するはずがねぇ」
「そんなもの俺が何とかする。学園は今切羽詰まってるからな。頷かせるのは容易い」
言い切りやがった…。
台詞が悪役チックに聞こえるのは俺だけか?
それでも渋る俺に、得意顔だった山下が真剣な表情になる。
「…真面目な話、適任者が少ない上に、あの転校生のせいでこれを受けてくれる者がいない。だから更に会長の負担が大きくなっている」
間宮の負担。
さっきの目の下に浮かぶ隈が思い出された。
間宮がいくら有能だからと言っても、まだ高二。
一人で何でもやるのにも限界がある。
…別に、間宮が心配ってわけじゃねーけど。
俺はふいっと顔を逸らして口を開く。
「…分かった。やれば良いんだろ、やれば」
「本当か!!」
会長の負担、とか言いながら、風紀委員長の負担も大きくなってるっぽいな。
でも自分のことを引き合いに出さなかったのには好感が持てる。
でも受けるには、条件を出させてもらうぜ?
「ただし、俺がソレを受けたことを知る人間を最小限にしろ」
「了解した。こちらとしても、そちらの方がやりやすい」
「あと…俺が間宮の憧れてる生徒会長だってのは絶対に誰にも言うな」
そう言うと、山下は目を瞬かせた。
「間宮はやはり、知らないのか」
「憧れの生徒会長が俺だと分かってみろよ。やる気無くして、霞桜は更に荒れるぞ」
「言うつもりは元から無かったが…きっと君がそうだと知っても、間宮は受け入れてくれると思うぞ」
「何を根拠に」
バカも休み休み言えとの視線を受けたにも関わらず、山下は言った。
「君は間宮の、特別のようだから」
では『提案』については俺に任せてくれ、と言い置いて山下は生徒会室から出ていった。
そして残された俺は思うのだ。
間宮の特別って何のことだ、と。