赤髪不良と生徒会会計
「……めんどくせぇな」
ぼそりと呟きが漏れた。
いつも通り絶賛サボり中な俺は今、霞桜学園内を彷徨いている。
先日、生徒会親衛隊隊長たちに宇宙人…もとい転校生の井川に盲目的に惚れ込んだ役員どもを何とかして、更に会長の間宮を支えてくれ、と頼まれたんだが……。
ぶっちゃけ、めんどくさくなってきた。
間宮を支えてくれっつーのはまだ良い。
いや別に、一人で頑張ってる間宮を支えたいんだとか気色悪いこと思ってるわけじゃなく。
そもそも、間宮に写真で脅されてる身だから現状変化はないしな。
でもよ…他の役員に関しては、俺に関係なくないか?
今のところ間宮の脅し以外はそれなりに自由だし、役員どもに言われた暴言の数々は言われ慣れたモンだから怒ってはないし。
鷹宮中学の生徒会長だった時は小さな障害でも見逃さずに潰してきたし、やる気もあった。
でも今は、そのやる気が起きない。
と言うか、どうやって目を覚まさせようか考えてたら萎えてきた。
似非笑顔潔癖王子に、無口無愛想に、やんちゃ双子。
萎えるなという方が無理だ。
「そもそも俺じゃなくて親衛隊が自分で…いや、やったけど無理だったんだったな…」
あー、くそっ。
俺は赤い髪をわしゃわしゃと掻く。
ここで、じゃあ役員は放置で良いか、という結論を出せない自分の性格に腹が立つ。
一度引き受けたからには、やり遂げないと気が済まない。
もう考えるのは止めだ。
行き当たりばったり、流れに身を任せりゃ良いんだよ。
中学の時だって、ノリで学校改革したじゃねーか。
よし、と頷いていると、授業終了のチャイムが聞こえた。
授業間の休み時間に校舎から出てくる生徒はあんまいねぇけど、一応俺のテリトリーだと噂されてるらしい裏庭にでも行くか。
裏庭はスズメとか結構集まるんだよな。
…俺には近付いてくんねーけど。
足を進めていると、裏庭が見えてきた。
それと共にチュンチュンとの鳴き声も微かに聞こえる。
俺はスズメとか猫とか動物系は嫌いじゃねぇ。
嫌いじゃないってだけで、好きなわけでもない。
逃げられないように足音を立てないように近付いてるのも、別に好きだからってわけじゃない、勘違いすんなよ。
くそ、裏庭には木の枝が落ちまくってるから音立てないようにすんの難し…いや、飛び立っても俺は構わねぇんだけどな。
誰に言うわけでもなく言い訳がましいことを心で呟きながら、小さいスズメに近付く。
おい、この距離新記録なんじゃ……。
「……って下さい!!」
「お願い…ます、……様っ!!」
バササッ。
どこからか突然響いた声に、俺のほぼ目の前という新記録を達成しようとしていたスズメが。
羽を広げて飛び立っていった。
「……ハッ」
俺は鼻で笑った。
いやいや、別に気にしてねぇよ。
最恐と噂されるこの俺が、スズメとの戯れを邪魔されたからって怒るわけないだろうが。
内心悔しさにうちひしがれていると、邪魔をした声が少しずつ近付いてきた。
「僕らは近付かないで下さいとは言ってません!」
「ただ、親衛隊の統制が…っ」
「……おい、テメェら」
俺の声で俺の存在に気付いて、此方に顔を向けたのは三人の生徒。
そして顔を青ざめさせたのは、その中の二人の平均より小さな生徒。
せっかくスルーしてやろうとしてたのに、テメェらは…。
「喧嘩やんなら他所でや…」
「ひっ…!」
「か、神や…っごめんなさぁぁいぃぃッ!!」
「あ、おいっ!?」
逃げられた…。
俺ってやっぱ怖がられてんだな。
堂々と会いに来た生徒会親衛隊隊長たちが珍しかったってわけだ。
ンなビビらねぇでも、目ぇ合わせただけで病院送りとかはしねぇっつの。
わしゃりと頭を掻くと、その場に残っていた長身の生徒に気付く。
そしてソイツの顔を見て、俺は目を瞬かせた。
確かコイツは…。
「あー…会計、だったか?」
俺の言葉にビクリと肩を震わせたのは。
無口無愛想な、生徒会会計だった。
顔は生徒会に選ばれるだけあって整ってはいるが、いかんせんうつ向き気味なんだよな。
それにしても身長高ぇな、コイツ…俺より高いとか相当だろ。
何となく一歩足を踏み出した。
すると会計は一歩足を引いた。
少しの沈黙が降り注ぐ。
「……逃げてんじゃねーよ」
「………」
無言を返す会計に、俺はもう一歩歩み寄る。
するとまた、会計は一歩足を引く。
…何なんだ、この食うか食われるかみたいな雰囲気は。
はぁ、と息を吐くと、会計は再び肩を震わせた。
俺が怖くないから逃げなかったのかと思いきや、逆にビビりすぎて逃げ遅れただけだな、コイツ…。
野生の動物界だったら真っ先に食われるタイプだ。
俺はヒラリと手を軽く挙げて敵意が無いことを示す。
「テメェに手を出す気はねーから、そんなにビビんな」
「……お、まえ、おこ…って、る」
会計はまだ若干警戒しながらも、喋りかけてきた。
ビビってんのに俺を『お前』呼びとは…肝据わってんのか据わってねぇのか分からない奴だな。
にしても、俺が怒ってるっつーのは…、あ。
「あ~…、さっきのはスズメが…」
「さっき、…違う。…食堂、で、お…まえ怒っ、た…」
食堂? と首を傾げかけて思い出した。
あぁ、そう言えば色ボケたガキじゃねぇか、とか言ったな。
まだ気にしてやがったのか。
「怒っちゃいねぇよ。つーか、何日も怒るほどお前らに興味ねーし」
「………」
正直にそう言うと、会計は俺をじっと見てうつ向いた。
何か、食堂で会った時より覇気がなくねぇか…?
あん時は、優馬に近付くなって睨んできやがったクセによ。
「おい会計。どうかしたのか?」
「…おまえに、は…関、係な…い」
「まぁ…、確かにな」
さっきまで、関係ないからめんどくさくなったとか考えてた俺が、会計の言葉に頷くのは道理だろう。
気にならないわけじゃないんだけどな。
何で裏庭なんかに居るのかとか、いつも一緒にいるらしい井川はどうしたのかとか。
でも明らかに拒絶されてるし、俺もそんな奴いちいち構いたくない。
お互い黙ったが、その内、会計はうつ向いたまま踵を返そうとした。
流れ的にその背を見送る形になった俺…だったのだが。
「……っ、待て会計ッ!!」
「え…っ」
声を上げた俺に、思わずといったように足を止めて振り返った会計。
俺は親衛隊隊長から頼まれたことを思い出して呼び止めた、…わけではなく。
「お前…肩の、それ…」
「え、……スズ、メ…?」
くりっ、と困惑したような表情で首を傾げた会計の肩には。
スズメが一羽、乗っていた。
当たり前のように振る舞う会計の周りには、いつの間にかスズメや小動物系が集まってきていて。
「何でそんな集まってんだ…」
「…かって、に…集まっ、て…くる…」
「はぁ? 何だそれ、羨まし…、っ」
ばっ、と慌てて自分の口を塞いだ俺と肩のスズメを交互に見た会計は。
指に乗せ換えたスズメを、おずおずと無言のまま、俺に差し出してきた。
最恐赤髪不良と無口無愛想会計の間に。
奇しくも妙な関係が形成された瞬間だった。
「…で? さっきのチビたちは何だったんだ?」
「………」
裏庭の木の側に座って幹に寄り掛かる、赤髪不良と無口無愛想会計…なんつー奇妙な組み合わせだと我ながら思う。
しかも俺は会計に寄ってきた小動物に触りまくってるからな。
もう、小動物好きなことを隠すのは止めた。
コイツなら言い触らすこともねぇだろうしな、…写真で脅してきた間宮と違って。
授業開始のチャイムが聞こえたから、教室に戻らないのか訊いたら、行かなくて良い、との答えがボソボソと返ってきた。
あぁ、そう言えば生徒会はそこら辺優遇されてるんだったな、と言えばまた黙り。
そして小動物に癒されてきた所で、俺は再び尋ねたわけだ。
さっきのチビたちは何だったんだ、と。
すると俺と同じように小動物の頭を撫でていた会計の手が止まって、顔を更にうつ向かせた。
それを横目で見ながら、内心そりゃそうかと思う。
敵対心とまでは行かなくとも、良い印象がない俺に訊かれたところで答える気はしないだろう。
さっきまで、俺の一挙一動にビビってたしな。
それにしても……。
「お前、マジで動物に好かれてんな…」
俺は何でか逃げられまくるからな…。
話が逸れたことに肩の力を抜いた会計は、俺の言葉にこっちを見ずに小さく口を開く。
「…動物、警戒、心…つよ、い」
「警戒心…やっぱ赤い髪のせいか」
「……あか」
「あ?」
俺の短い聞き返しの声に、会計はビクッと肩を震わせる。
あー…こういう言い方も怖がられる要素なのかよ、めんどくせぇ。
と思いつつも会計の言葉を黙って待ってやると、チラリと躊躇いがちに俺の頭に目線を向けた。
「あか、…なん、で…?」
「……、赤い髪にしてんのは何でかってことか?」
コイツ特有の単語喋りを文にしてやると、会計は目を少し見開いてコクリと頷いた。
言葉は少ないけど、言いたいことは何となく分かる。
でもやっぱり、ちゃんと喋れるようになった方が良いな。
ま、俺の言うことは聞きやしねぇんだろうが。
俺は自分の髪を触る。
この髪を赤く染めたのは、中三の冬だった。
「赤だったら、不良に見えると思ったからだ」
「…ふりょ…う…」
「どう見ても、不良だろ?」
くっ、と喉を鳴らして笑うと、会計は何とも言えない表情で黙った。
何でこんな奴に質問なんかしてるんだろ、なんてこと思ってそうな表情だ。
無口無愛想かと思ってたが、結構分かりやすいなコイツ。
それに小動物ホイホイでもあるし。
そうこうしてる内に、チャイムの音が聞こえてきた。
あ、やべ、放課後生徒会室に来いって間宮に言われてたな。
俺は立ち上がって、スボンに付いた葉っぱを払い落とす。
「俺はもう行く。テメェはどっか行くなり井川んとこ行くなりしろ」
「…、……おれ…」
眉を下げて言い澱んだ会計を見下ろした。
そして心の中で仕方ねぇなと呟いて、俺は腰を伸ばした。
「ちなみに、この裏庭にはほとんど誰も来ねぇ」
「え……」
「最恐不良、神山司のテリトリーとか言われてるらしいからな」
だから、と俺は続ける。
「俺に小動物提供すんなら、いつでも来て良い。許可してやるよ」
目を見開いた会計にヒラリと手を振って、生徒会室へと向かう。
あの様子からして、井川と何かあったっぽいな。
これからどうなるか分かんねーけど、俺は俺らしく。
流れに身を任せようじゃねぇか。