生徒会親衛隊の願い
昼休み、俺は屋上にいた。
屋上には俺を怖がって誰も来ないから一人悠々とこの場を独占している。
梯子を登って倉庫の上にごろん、と寝転がって空を仰いだ。
ゆっくりと、雲が青い世界を泳いでいる。
「はぁ…」
人知れず溜め息が出る。
間宮に憧れの人がいるのにも驚いたが、それが俺だったことにも衝撃を受けた。
鷹宮中学。
霞桜学園とは別方向で有名な不良学校。
ヤンキーが八割というとんでもない学校に行きたくないのは当然で、鷹宮中学への進学区域の生徒はわざわざ他の中学を受験して鷹宮以外の所に通う。
だから鷹宮に進学するのは不良か中学受験で失敗した奴か、……俺のように特に何も考えなかった奴だ。
不良が居ようが荒れていようがバカ中学だろうが、自分を高める場所はどこでも良いと思っていた。
小さい頃の俺は向上心というものが半端なく、周囲は気にせず自分を高めるために色々やった。
武術系もやりまくったし、勉強も学校の進度そっちのけでガリガリやった。
ただそうしていくうちに、周りの奴らからは敬遠されて友達なんてものには縁がなくなっていた。
でもそれもどうでも良くて、俺はそのまま鷹宮に進学。
そこでも自分高めに勤しむつもり…だったのだが。
鷹宮中学に入学してからは、そりゃあもう不良に絡まれる絡まれる。
外見はまだ真面目ちゃんだった俺は二割の一般人に属していたわけで。
いちいち下っ端を避けるのも面倒になった俺は思い付いた。
よし、鷹宮中学を改革してやろう、と。
コンビニ行くか、みたいな軽いノリで決めたそれを達成するためにまず俺がやったことと言えば、仲間集めだ。
友達はいなかった俺だが、それはわざわざ作る必要がなかったからで、必要があればどれだけだって作れる。
そして俺は一般人二割を仲間にした。
そして次にやったことは、鷹宮中学の不良のトップ潰し。
イキナリ頂点を潰して、納得いかなくて歯向かってくる下っ端不良は一人一人潰してやった。
そしたら鷹宮中学生徒は皆俺に従うようになっていて。
ただ、不良と俺、一般人と俺、という関係は概ね良好だったのだが、不良と一般人の関係がまだギスギスしていた。
だから俺はあってなかったも同然の生徒会を立ち上げて、教師も巻き込んでの学校改革を行った。
そしたら予想以上に上手く行って、鷹宮中学は立ち直ったわけだ。
それの功績を発表したら、合同集会で間宮に憧れてしまわれたらしい。
俺自身、それこそ周りはどうでも良かったから間宮のことは覚えていなかったのたが。
生徒会室で誇らしげに俺の…憧れの生徒会長のことを語る間宮を思い出して、俺は寝返りを打って身体を縮ませる。
「何でよりにもよって、俺なんだよ…」
今の不良街道を突っ走ってる俺がその生徒会長と知ったら間宮はどうするのか。
『おまえが…そんな奴だとは思わなかった』
『ご、ごめん…もう俺らに、近付かないでくれるかな…っ』
二人の仲間の顔が…初めて出来た友達の顔が浮かんできた。
きっと間宮も、幻滅するんだろうな、あいつらみたいに。
まぁ、別に良いけどな。
考えてみろ、間宮は俺の写真で俺を脅すような奴だぞ?
そんな奴に幻滅されたからって俺には関係ないだろ。
うん、と心の中で何度も頷いていると、カチャッ、という音が耳に入った。
身体を起こしてそちらを見ると、屋上のドアノブが動いていた。
…俺がいる屋上に、誰かが来た?
赤髪に始終不機嫌そうな表情、授業はサボりまくるという態度で最恐不良と噂される俺のもとに来るなんて、明らかに良い用事…ってことはねぇな。
俺は梯子を降りて座り、然り気無く戦闘態勢に入って、屋上の扉を見詰めた。
そして開かれた扉の先にいた奴らの顔を見て…目を、瞬かせてしまった。
入って来て迷わず俺の前に立ったのが、女みてぇな顔した五人の生徒だったからだ。
いや、その中の二人は少しは男らしい顔だったが、間宮や俺寄りの顔ではないのは確か。
喧嘩を売りに来た…とか言い出したら聞き間違いとして処理したくなるような顔立ち。
その中の一人が、座ったままの俺を見て口を開いた。
「神山司君…ですよね」
「…あぁ。テメェらは?」
「私は生徒会長親衛隊隊長、曾根崎です」
「僕は副会長親衛隊隊長、真崎です」
「ボクは会計親衛隊隊長、羽川です」
「俺は書記の兄の方の親衛隊隊長、寒川」
「オレは書記弟の方の親衛隊隊長、坂木だ」
親衛隊隊長。
その単語に、内心舌打ちした。
食堂で生徒会役員に相当生意気なクチきいちまったからな…制裁、とまではいかないにしても忠告にでも来たか。
まぁ、簡単にやられるような俺でないのはこの場にいる俺を含める全員が分かっているはずだけどな。
俺は片膝を立ててフェンスに寄り掛かった。
「親衛隊隊長が、俺に何の用だ?」
すると親衛隊隊長たちは顔を見合わせて俺の前に座った。
立ち上がったらビビると思って俺は座っていたのたが、逃げるつもりもビビるつもりも危害を加えるつもりもない、と示されたような気がした。
「…突然、すみません。私たちは神山君に言いたいことがあって、ここに来ました」
「言いたいこと…?」
「僕たち、食堂にいたんです、あの時。全部、見てました」
「色ボケたガキじゃねぇか、とかもバッチリ聞いたぜ、俺たちはな」
「だったらどうした? 俺は思ったことを言っただけだ。親衛対象が馬鹿にされて頭に来たのか」
「オレらは、神山君にお礼を言いに来た」
「は?」
予想外の言葉に、つい眉を上げる。
お礼…御礼参り? …なわけねーよな、こんな坊っちゃんたちが。
ってことは、本気で礼を…?
「…生徒会の皆様は素晴らしい方々だったんです。…転校生が、来るまでは」
「あー…井川優馬、だったか? あんな宇宙人に惚れる理由が分からねぇな」
「副会長の戸高慎也様は、嘘臭い作り笑いは気持ち悪い、と言われて」
「会計の大塚尚輝様は、喋らなくてもお前の言いたいこと分かるから、と言われて」
「書記の双子の兄、樋口空様と、弟の樋口海様は」
「どっちがどっちか見分けてもらえて、らしい」
「…はぁ?」
口々に告げられたその理由に、声を上げてしまった。
何だ、その理由…バカじゃねぇのか。
副会長親衛隊隊長はうつ向く。
「僕たちは、生徒会の皆様が誰を好きになろうと、応援…は出来ないけれど、見守る覚悟は出来ているんです。隊長になったその瞬間から」
「でもそれは、あの方たちがあの方たちらしくあることが出来る相手に限ってのこと。ボクが見る限り、それは井川君じゃない」
必死に考えを言葉にしようとしている様子の五人を見て、黙って先を促す。
「俺たちは勿論、間宮様以外の皆様が仕事をしてないのは知ってる」
「だからオレたちは各々、仕事に戻るよう言った。何度もだ」
「でも…戸高様も大塚様も、樋口様たちも聞く耳を持ってくださらなかった」
「優馬は外見しか見ない君たちとは違う、と…」
ぐ、と泣きそうになるのを堪えるように唇を噛み締めている。
「僕は…戸高様が無理に笑っているのも分かってた。でも、心から笑っている瞬間もあったんです。僕はその笑顔に惹かれて、ずっとそうして笑っていただきたくて、親衛隊隊長になりました」
「ボクは、喋るのが苦手な大塚様が気兼ねなく話していただけるような友人を作ろうと、親衛隊を立ち上げました」
「俺は何だかんだ言って兄貴な空様をサポートするために、作った」
「オレは、イタズラ好きな海様に存分に楽しく過ごしてもらえるように」
なのに、外見しか見てないお前らは相手にしたくない、って言われたのか。
話を聞いて分かった。
あいつらは井川に逃げてんだ。
屈託なくストレートにぶつかってくる井川の傍が居心地が良くて。
見守ってくれていたコイツらにも気付かずに。
「…でも食堂で、神山君が皆様に言った言葉は僕たちは勿論、生徒会の皆様にも少なからず響いたようでした」
「神山君と間宮様が立ち去った後、あの方たちも出て行ったんです。いつもは周りがどうしようと気にもしなかったのに」
「だから、お礼を言いたくてな」
「そんで、お願いしに来た」
お願い、なぁ…大体想像ついてるんだけどな。
言ってみろ、と言うと、五人は姿勢を正した。
「どうか、皆様の目を覚まさせて下さい」
「その上で井川君が好きなら、もう何も言わない」
「見守り隊になる覚悟もある」
「生徒会に戻るように、してくれ」
そして私からは、と今まで黙っていた会長親衛隊隊長の曾根崎が頭を下げた。
「間宮様を、支え下さい。間宮様は私たちには迷惑を掛けられない、と一人で全てやってしまわれる。神山君だけなんです、今、間宮様を支えられるのは」
…いや、まぁ、俺は間宮に脅されてんだけどな。
生徒会室綺麗にしたのも、間宮の命令だし。
若干目を泳がせていると、曾根崎は顔を上げて苦し気に呟いた。
「もう私たちは信じて…待つことしか、出来ないんです」
それを聞いて、目を見開いた。
信じて、待つ。
カシャン、とフェンスに頭をもたれ掛からせた。
その音に、ビクッと肩を震わせる五人。
やっぱ怖いんじゃねーか。
でも自分たちの好きな奴らのために、頭を下げに来たのか。
「……それで、充分なんだよ」
「…神山、くん…?」
「信じて待ってくれるだけで、充分なんだよ。何かをしようとしてくれなくても」
俺は空を見上げたまま目を閉じた。
あぁ、クソ、羨ましいとか思っちまったじゃねぇか。
ふざけんな、役員共が。
『おまえが…そんな奴だとは思わなかった』
『ご、ごめん…もう俺らに、近付かないでくれるかな…っ』
拒絶された俺からしてみればテメェらは。
「幸せモンだよ、ほんと……」
そう呟いて、俺は立ち上がってスタスタと歩いて扉のドアノブに手を掛ける。
それに慌てたように声が発せられた。
「か、神山君っ」
「あー、絶対どうにかしてやる…とは言わねぇけど、気に入らないから説教ぐらいはしてやる。間宮も、倒れそうだったら殴ってでも寝かせてやるよ」
「な、殴っ…」
俺は首だけ振り返って、口の端を上げた。
それだけで冗談を言ったのだと気付いた様子の五人を置いて校内に入った。
まぁ、少しくらいはどうにかしてやるさ。
なんせ間宮に憧れられてるらしいしな、俺。
どいつから文句言ってやろうかと考えながら、俺は人目に付かないように階段を下りていった。
屋上に残された五人は赤髪の男を見送って、息を吐いた。
緊張していたのだ、やはり。
なにせ最恐と噂される生徒なのだから。
でも、食堂でのやり取りを見聞きして会いに行こうと思った。
噂や人の話でしか判断しない人間にはならないように。
「僕、神山君のこと誤解してたかもしれない…」
「ボクも。だって彼、一度もボクらのこと否定しなかったし、手を出す動きなんて微塵もなかった」
「誰だよ、目が合っただけで病院送りとか噂流した人」
「……信じて待つだけで充分、か。ならオレは、神山君も信じて待っておこうかな」
信じて待つだけで充分と、どこか寂しげに呟いた彼を。
曾根崎は神山と同じように、空をも見上げた。
「彼は間宮様とは違うカリスマ性を持った方ですね──……」
間宮はどこまでもついて行こうという気にさせられる。
でも神山は……隣にいよう、と。
隣にいなくてはならないという雰囲気を持っていた。
あの神山司には似つかわしくないかもしれないけれど、どこか──儚いと、思わせた。
曾根崎の言葉に、他の四人の親衛隊隊長も静かに頷いた。