マリモ軍団との邂逅
昼休み前、俺は昨日間宮に言われた通り生徒会室前に着いた。
何をしてほしいんだか分からないままノックして、ささやかな反抗として返事を待たずに扉を開けて……絶句した。
そこには、昨日と同じレベルで荒れた生徒会室の姿と、机に向かう間宮の姿があった。
「なんだ、これ……」
「神山、来たのか」
「っ、間宮!! どういうつも…ッ」
「待て、誤解すんな。汚したのは俺じゃねぇ」
「じゃあ、誰が…」
「それを今から見せてやる。行くぞ」
「何処に」
眉を潜めて問うと、間宮はチャイムと同時に。
「学食」
そう告げた。
学食に着いた途端、キャァァァァアアッ!! という耳障りな黄色い声。
それは俺の横の間宮に注がれていた。
流石抱かれたい男ナンバーワンだ。その黄色いというか黄土色の声を受けて平然としてやがる。
その内俺に気付いたのか、ざわざわとした音に変わってきた。
鬱陶しいけど、わざわざ睨むほどのことでもない。
害はないしな。
違う注目のされ方をしている俺たちは食堂の入り口から中へと足を踏み出す。
「で? 仲良く飯食おうってんじゃねーんだろ?」
「まぁな。仲良くなりたいなら他に手っ取り早い方法もあるし」
「死ね」
ふっと不敵に笑う間宮に絶対零度の目を向ける俺。
どんだけヤりてぇんだ、コイツは。
そこら辺の可愛い顔したチワワにでも頼め。
で、結局何なんだと尋ねようとした時。
食堂が、異様な雰囲気に包まれた。
黄色い声もなく、周りを見れば生徒たちは皆一点を睨んでいる。
その先には食堂に入ってきた、五人の姿。
「あいつらは……」
「あーっ!! 裕貴も来てたのかっ!」
俺の声が馬鹿デカイ声に掻き消された。
裕貴? と首を傾げ掛けて、生徒会長、つまり間宮の名前だということに気付く。
コイツを呼び捨てなんてどんな猛者だと目を向けると、此方に向かって突進してくる…マリモが目に入った。
マリモ。一言で、マリモ。
もっさもっさの髪に瓶底眼鏡着用。
すっげぇダサい。
でもプラチナに近い色の髪と翠の瞳が一瞬見えた。
変装…してんのか?
ソイツは間宮に走り寄って満面の笑みを浮かべる。
「来るんなら言ってくれよ! 俺も裕貴と一緒に来たかったのに!」
「そりゃ悪かったな。でもお前には慎也たちがいるだろ?」
「そうですよ、優馬」
「会長なんかいなくてもっ」
「僕らがいるじゃんっ」
「…………」
遅れて来たのは、王子副会長に双子書記に無口会計。
会計に至ってはこの場でも頷くだけ。
「裕貴ともっと仲良くなりたいんだ、俺っ!!」
顔を赤らめて言うマリモに、副会長たちは間宮を睨む。
つまり…昨日言ってた井川優馬ってのがこのマリモで、マリモにお熱らしいのが会長以外の役員、そんでマリモは間宮に好意的、と……だから何だって話だが。
ホモ展開なら余所でやれ、巻き込むな、と黙っていると、マリモの目がこちらに向いた。
「お前、カッコいいな!! 名前何て言うんだっ?」
「……神山」
「下の名前!」
「……司」
「司、一緒に食べよう!!」
「気安く呼ぶな」
「俺たち友だちだろ! 俺のことは優馬って呼んでくれ!」
にかっ、と笑うマリモに眉根を寄せた。
友だちって…なった覚えねーよ。
しかしあれよあれよと生徒会専用スペースに連れていかれた。
ここは生徒会以外立ち入り禁止じゃなかったか…?
「…俺はお前と食うつもりはねぇ」
「何でだよ!! 親友だろっ!」
親友? 会って五分で親友呼ばわりか、図々しい。
間宮は面白そうに上がった口元を片手で覆っていた。何とかしろよテメェ。
「優馬、彼は危険なんですよ」
「そうだよっ」
「僕らの優馬にっ」
「「近付かないでっ」」
「……あ、ぶ…な、い」
敵意剥き出しで俺を睨み付けてくる役員共。
ここまであからさまだと怒り通り越して呆れるな。バカにしか見えねぇよ。
俺が内心そう思っていることを知らず、マリモはむっとする。
「友だちのこと悪く言っちゃダメだろっ!」
「彼は…神山君は、不良なんです。皆恐れているんですよ」
「優馬は優しいから、すぐカモにされちゃうよっ」
「病院送りにされちゃうよっ」
「……ちか、づかな…い、で…」
言われたい放題だな、俺。
まぁ、別に構いはしねぇけど。
言われ慣れてるしな。
また笑ってんだろうなと間宮を見ると、意外にも不機嫌そうに腕を組んでた。
イキナリ何だ…情緒不安定か。
「司、暴力はダメなんだぞっ! こんな風に言ってくれる友だちがいなかったんだな! これからは俺が司をまともな人間にしてやるから、安心して良いぞ!」
そこで俺は間宮の言葉を理解した。
宇宙人、確かにこいつは宇宙人だ。
言葉が通じる気配がない。
友だちだとか言いながら、これっぽっちも俺を信じてる言葉がないし。
面倒だ…とてつもなく。
中学の時なら相手してやったが、今はそんな気力ないぞ。
ガタリと俺は席を立つ。
「余計なお世話だ」
「あっ、司、どこ行くんだよっ!」
「生徒会室の掃除に行くんだよ」
「あっ、昨日綺麗にしてくれたの司だったのか、ありがとなっ!」
マリモの言葉に引っ掛かって足を止める。
「何で綺麗になってたのをテメェが知ってる」
「生徒会室に行ったからなっ!」
「何でテメェが生徒会室に行ったんだ」
「お菓子すげー美味しいんだ! 司も来いよ!」
無邪気に笑うマリモに、殺意が湧いた。
今日の午前中で昨日と同じレベルに汚くした犯人はこいつか。
俺が間宮からの命令っつー屈辱を味わいながら掃除をした生徒会室を汚くしたのは。
バンッ、とテーブルを叩いた。
「生徒会室は部外者立ち入り禁止だろーが」
「何怒ってんだよっ! 慎也たちが良いって言ったんだぞ!」
「優馬は俺たちの友だちだからっ」
「優馬は特別なのっ」
「それに部外者というなら貴方でしょう、神山君」
副会長の冷淡な視線に言葉を濁す。
命令だとか言うと変な誤解をされてしまう…。
「お、れは…暇だから間宮の手伝いしてやってんだよ」
「何言ってんだよ司! 裕貴はセフレと遊んでばっかで仕事全然してないんだぞ!」
「……は?」
セフレ? セフレって…恋愛感情の伴わない性欲を吐き出すためだけの行為をする友人のことだよな。
間宮が、セフレと遊ぶ…?
「何言ってんだお前。間宮は真面目に仕事してんだろうが」
「でも慎也たちが言ってるんだ! 裕貴が仕事しないから、部屋にまで仕事持ち帰らなきゃいけないから大変だって!」
俺は座っている副会長たちを見下ろした。
皆気まずそうに視線を逸らしている。
それで俺は、全てを察した。
あの汚い生徒会室はこいつらのせい。
間宮の席にだけ異常なまでに積み重なった書類も、生徒会全部の仕事を請け負っているせい。
そして昨日間宮が俺を撮った時にいた場所───保健室。
それも、頑張りすぎて休みたいけど生徒会室にはいられなかったせい。
ほんと、噂ってのはアテになんねーな。
どこが有能だ。
「ただの色ボケたガキじゃねーか」
「っ、神山君、貴方は…っ!」
「間宮、行くぞ」
「逆だな立場」
「黙れ。俺は今機嫌が悪い」
肩をすくめて間宮は立ち上がる。
「待てよっ! 俺と一緒に……っ!」
「神山君、貴方優馬に失れ……」
「───人の話や噂だけでしか人を判断しない野郎どもは黙ってろ」
静かに言い放った俺の言葉にマリモや役員共も黙った。
他の食堂に来ていた生徒たちも何も言わない。
そうして俺と間宮は食堂をあとにした。