大塚尚輝の家族とは
(会計side)
夜、俺は寮の部屋に居た。
生徒会役員は一人部屋が宛がわれているから同室者は居ない。
…たとえ役員としての役目を全うしていなくても。
今日、初めて親衛隊会に参加した。
親衛隊が出来てから放っていたけど、多分それじゃいけないと思ったから。
親衛隊の子たちが少し怖くもあったから神山を連れて行ったらあまり緊張しなかった。
安心、した。
親衛隊会では通訳をしてくれることはあったけど、基本ただ黙って俺たちを見守ってくれていた。
羽川とちゃんと話してみると、親衛隊は俺の友達を作るために、そして俺の友達になるために作ったらしい。
俺は容姿に惹かれて下心があるから作ったと思っていたから、これにはびっくりした。
その考えは神山にバレていて、思い上がるな、ばぁか、と言われてしまった。
馬鹿とかいう言い回しも少し怖いけど、どこか温かみがあるのが分かる。
結局、親衛隊はまた変わらず俺を見守ってくれるらしい。
でも前とは違う、見守り見守られることをお互い認識しているから。
神山のことは俺の友達第一号として公認された。
それに関して神山は最後まで反論していて、あまりにも頷かないから何故かと羽川が尋ねた。
──…俺に友達はいらない
そう答えた神山の表情が、兄と分かたれて苦しんでいた昔の俺と一瞬重なって。
一匹狼と呟いた俺の誤魔化しの言葉に、あぁ成る程一匹狼か、と親衛隊隊員たちは素直に納得した。
少し生温かい視線に晒された神山は複雑な顔をしながらも、それで良いかと折り合いを付けたようだった。
神山を苦しめるくらいなら友達と思ってもらわなくて良い、俺が勝手に思うから。
言葉が足りない、話をもっと聞け。
優馬と違って神山は俺に厳しく言うけれど、俺の為に言っていると今では理解出来る。
俺は、あまりにも話さなさ過ぎた──伝えなさ過ぎた。
だから俺は今までの分を清算しなければならない、どのような結果でも。
俺は携帯電話の電話帳を開いて目当ての名前を見付ける。
震える指、蘇える記憶。
それらを振り払って通話ボタンを押して、耳に当てる。
スリーコールした後、繋がった。
『はいもしもし、どちら様でしょうか』
「…大塚…大塚、尚輝」
『っ、…どのような、ご用件でしょうか』
「…父に、繋いで、…くれ」
電話の先は大塚本家、俺の実家。
電話応対の任に就く人間が俺の言葉に少し黙って、少々お待ち下さいと口にした。
使用人の態度で、大塚家での俺の立場がまだ変わっていないことが明らかだった。
『──代わった、私だ』
「…久し、振り。父、さん」
言葉を口にし慣れてないからたどたどしいけど一生懸命喋る。
大塚家に居た時は一切話さなかったからこれだけでも大きな進歩だと自分で思う。
電話の向こうで息を呑むような音が聞こえた。
もしかして父さんも同じようなことを思ってくれているのだろうか。
『…要件は何だ?』
「尋ねたい…ことが、あって。…何故父さんは、俺を…霞桜学園に行かせた、の…?」
これだけ俺の中で大きく引っ掛かっていた。
霞桜学園は中高一貫の実力主義の学校だからここで実力を見せろということなのか。
それとも予想通りただの厄介払いだったのか。
どちらでも構わない、ただ答えが知りたかった。
すると父さんは暫く黙った。
この人でも言いにくい答えがあるのだろうか、俺の予想は甘かったのか。
すると声が再び耳に届く。
『輝彦が、頼んできたからだ。お前を霞桜学園に行かせてほしいと』
「え…?」
ザーッと血の気が下りる音が聞こえた気がした。
輝彦、大塚輝彦、俺の大好きな兄。
何で、兄さんが…兄さんが、俺を厄介払いしたのか…?
兄さんも俺が疎ましかったのか? 本当は、ずっと。
バクバクと心臓が鳴っててうるさい。
父さんや他の人が俺を厄介払いしたのなら予想通り、いつも通り。
だけど、兄さんが俺を…。
『輝彦は私にこう言った。霞桜学園は社長子息が多く通い、実力主義の学校。そこで尚輝を鍛えたい』
「え…鍛え…?」
『自分と共に大塚家を発展させて行く為に』
「……っ!!」
父さんの答えに俺は目を見開いた。
そんなことを兄さんが言っていたのか。
俺は兄さんの隣に立つ存在になることを期待されて、この霞桜学園に行かされていたのか。
「や、…厄介払い、じゃ、ない…?」
『厄介払い? …そうか、そう思っていたのか。輝彦はお前が自分の隣に居ることを当然のように言っていたぞ』
「と…父さん、は…」
『…正直お前は昔から引っ込み思案で碌に喋らず大塚家を任せるのには不安を抱いていた』
それは、そうだろう。
喋らないトップなんて俺でもついて行きたくない。
だけどな、と父さんは続けた。
『私もお前に大塚家を支える存在になってほしいと思っていた。だから輝彦の頼みを聞きいれたんだ』
「……っ」
『確かに私はお前がここに居た時何も言わなかった。当然周囲の者たちのお前への態度は知っていた。だが私が言った所でどうなる? あの態度は、お前自身への評価だ』
「評、価…」
『当主の言葉で人間の評価を変えることなど不可能。お前自身に乗り越えてほしかった』
そんな父さんの願いを俺は裏切った。
突き刺さる視線が怖くて俺は一切喋らなかったのだから。
『だが現状は変わらず。だから霞桜学園に行けば何かが変わってくれると思ったんだ。お前、生徒会に選ばれたんだろう?』
「でも、俺…失敗、沢山、した…」
『しかし変わった、お前は』
「変わった…?」
すると電話口で控えめな笑い声が聞こえた。
父さんの笑い声なんて初めて聞いたかもしれない。
『会話が成立している時点で私は驚きなんだが?』
「…それは、俺を、引っ張り上げて、くれた…」
『友人が出来たのか? 大切にしろ、背中を押してくれる友人などそう現れない』
背中を押してくれる、友人。
神山は確かにそんな存在だ。
俺はぎゅっと電話を握りしめる。
「俺、失敗した。でも…進む、から。俺、頑張る…から」
『あぁ。…今から言うことは輝彦にも、誰にも言うなよ?』
「? 何で…?」
『当主としての言葉じゃないからだ。──ちゃんとお前のこと大切に思ってるからな、尚輝』
「あ…、っ」
『大塚家次男としてではなく、私の息子の一人として。…お前、喋ることを避けていたからな、言う機会がなかった』
「っ…」
『今度帰って来い、堂々と。輝彦も待ってるから』
「は、い…っ!!」
またな、という言葉の後に通話が切れる。
俺は震える手で電話を置いて枕に顔を付けた。
嫌われていなかった、厄介払いでもなかった。
期待されていた、大切に、思われていた。
俺が喋ろうとしなかったから、誰も俺に伝えられなかったんだ。
俺が聞こうとしないから、言えなかったんだ。
ちゃんと想ってくれていたのに。
「ふ…っうぅ…っ、っく…ぅ」
この日俺は泣き続けた。
高校二年にもなって、ようやく全ての想いを昇華出来た気がする。




