第4幕'変革'
数学の参考書を閉じ、うーんと背伸びをする。今日は十一月の半ば。そろそろ皆ピリピリしてくるころだ。今度は英語。ちょっと苦手なところがあったので、今日明日でしっかりと克服するつもりだ。立ち上がり、ぎっしりと参考書が詰め込まれた本棚へ向かう。ふと足を止め、いつもホープが寝転んでいるベットを見る。今日あいつはいない。というのも、僕の学校を見に行きたいと言うことで、僕の許可も取らず、透明になって出ていった。
「全くなんだってんだあいつは。勝手にも程があるだろ。」
「勝手で悪かったなあ。」
いきなり窓から入ってきたホープに驚き、参考書を手に持ったまま、漫画のようにすっ転んだ。
「あぁ。お帰り…。で、どうだった?なんか収穫はあったのか?」
こいつが学校へ行った理由。それは僕の学校で補習があると教えたところ、『これも君について知るため!』とかぬかしていった。
「うーんと、君から聞いた話では加藤兄弟は十点取れていい方というくらいの脳筋だろ?来てなかったぞ。その『ホシュウ』とかいうやつ。」
さして驚かなかった。膨大な寄付金で通っているような奴らだ。学校側の目的は点より金。
親にも学校にもいいように扱われている彼らに、少し同情するくらいだ。
「問題はそこじゃねぇんじゃないか?お前が見に行ったのは拓也だろ。俺の幼なじみで親友の。」
「あぁそうだった。うーんと、まず君は彼についてどう思っている?親友?気のいいクラスメイト?おそらくどっちもだろ?でもそれは彼は君にとって必要のない存在だ。空から見てた。加藤たちの目の敵にされているのはあっちだ。君は火の粉をかぶっているだけ。頭脳も金もないやつが、頭脳のある奴に絡み、金のある奴に歯向かう。それが気にくわないんだよ。だったらいっそのこと、あいつらと手を組めばいいじゃないか。それが最善策。」
……今までこいつの指示を聞いてきて、失敗したことは一度もない。だったら素直に聞こうじゃないか。
……
「なぁ。拓也。俺そろそろストレス溜まってきたんだけど、お前どうだ?」
いつも通りの屋上で、購買のパンをほおばりながら聞いた。
「うーん。あんまりかな。ほら、うちそんなに成績に関与しないし。親は自由な進路に進めってい言われてるんだよねー。それに比べたら賢人のとこはストレス溜まるんだろうなー。」
彼の両親のことはあまり知らないが、恐らくどこにでもいるような平凡な一家なのだろう。いつも通りヘラヘラしながら答えているこいつに、少しイラッと来た。いや。たぶん今に始まったことじゃない。昔からだ。母さんの時と同じで、一人になるのが怖かった。でも、今は違う。加藤とは話をつけた。これからは味方になってくれるそうだ。なら、こいつはもう必要ない。
「そうだよな―だからよ、俺のサンドバックになってくれよ。」
「えっ―――」
言わせるまでもなく、腹に蹴りを入れた。拓也がよろめき、驚いた顔でこちら見ている。
「お前は俺を励ますつもりで言ってるんだろうけどさぁ、正直ムカつくんだよな。お前のヘラヘラした顔とか、そう言うの。」
腹を押さえながらうずくまる拓也に、更に蹴りを入れる。
「お前はっ!いつもそうやってっ!笑っていれば済むと思ってんだろ?ふざけんじゃねぇよ。」
最後に一発殴ってから、屋上を去った。後ろで拓也が何か言っていた気がするが、無視した。
それからは、なにかムカつくことがあれば、加藤たちと一緒に拓也を傷つけた。学校は何も言ってこなかった。そりゃそうだろ。こっちには金づるがいるんだから。はっきりいって、楽しかった。申し訳ないとか、同情とかは、あまり感じなかった。ただ、拓也が毎回「後悔するのは君の方だ」と言っていたのが、少し気になっていた。