第3幕'復讐'
「リクエスト。家族のことを教えてよ。」
「ほぇ?」
勉強の合間に水を飲んでいたらホープから飛んできたリクエストに僕はすっとんきょうな声をあげた。
「えぇ・・・なんでまたいきなり…」
ペットボトルのふたを閉めて聞き返した。ホープは、「知りたかったから。」当たり前だろと言わんばかりの顔で返してきた。いや。実際そう言うのがいちばん困るんだよ。会話の流れ的に。
「断る。」
特に教える義理もないので、リクエストの取り消しを求めたが、
ホープの「やだ。」という、これまた一言であっさり拒否された。そもそもこの取り消しのルールそのものに意味がないような気もするが。まぁ、断れないので僕はしぶしぶ話しだす。
「僕の父さんはと母さんは、同じ大学で出会ったらしいんだ。結構有名で、学歴もいいとこだったらしいよ。そのまま恋に落ちて、結婚したんだって。」
ホープはまるで初めて遊園地に行ったような子供みたいな目で僕の話を聞いていた。
「大学を卒業して、すぐに結婚したみたい。僕が生まれたのはその2年後。父さんは一流の営業マンだったから、結構収入もよかったんだ。それなりに裕福で、幸せな家庭だったよ。でもそれも二年前までのこと。僕が中一の夏の頃、父さんと二人で花火を見に行ったんだ。一通り見終わって、あまりにも人が多かったから裏路地を使って帰ろうって話になったんだけど、入ってしばらく行ったところで、父さんが倒れちゃったんだ。間もなく息もしなくなっちゃった。僕は何をすればいいかはすぐにわかった。表に出て、助けを呼びに行ったよ。でも、夏祭りの中、僕の声が届くはずもなかった。だから戻って父さんのケータイを使って救急車を呼んだんだ。番号はすぐにかかったし、ちゃんと話も通じてた。でも、その日は熱中症で運ばれる人が多くて、あまり手が空いてなかったんだ。それでも何とかここまで来てくださいってお願いしたら、責任者が出てきて、何て言ったと思う?『子供のいたずらに付き合ってる暇はない。大人は忙しいんだから、いくら憧れてるからって、むやみに電話をかけないように。』だってさ。そのまま一方的に切られてしまった。僕はしばらく何が何だか分からなくて、もう一度かけなおして、今度はしっかりと来てくれるよう手配してもらった。でも、救急車が来た頃にはもう、手遅れだった。そのまま父さんは死んじゃったんだ。」ホープは黙って聞いていた。こいつが僕の話の途中で首を突っ込まないのは珍しいなと思いながら、話を続けた。
「流石にその時は母さんも僕のそばにいてくれたよ。でも、そのことを境に母さんはおかしくなっていった。仕事と家事を両立させなきゃいけなかったから。それに、ときどき父さんのことを思い出しては錯乱して、精神安定剤が手放せなくなったんだ。中毒にはなってないけどね。だから母さんが僕に対してあんな態度を取るのは仕方ないと思ってたけど、君が来てから、あれは変だとわかったよ。」
再びペットボトルを口につけ、一口飲んだ。
「これで満足かい?これが僕の家族の話。」
一通り話し終えると、ホープが重い口を開いた。
「じゃあさ、今の話の中で一番君を苦しめたのは誰なんだい?」
人差し指を僕に向け、問いかけてきた。
「そりゃあ、電話の対応をした責任者だろ。・・・・お前もしかして、母さんの時と同じようなことをさせようとしてないか?」
ホープをにらむ。もっとも、長時間文字と向き合って疲れ切った眼で睨まれたって、何の威圧感もないだろうけど。
「そりゃそうだよ。君を苦しめたのに、そいつが何も感じないで生きていていいわけないだろ。」
確かに正論だ。ぼくだってできることなら復讐したい。でもそれができない決定的な理由がある。
「あいつは赤の他人だ。声はしっかり覚えてる。忘れるはずがない。でも、名前も住所も、そもそも今生きてるかすらわからないような奴に復讐なんて出来るわけないよ。」
「だったら、その救急センター丸ごとに復讐すればいい。どちらにせよ、その責任者の行動を見ていたところで止めなかった奴らも同罪だ。」
ホープの言っていることは筋が通っているし、それなら復讐もできそうだ。でも、やり方をそうすればいいだろうか?公に火を放ったりしたら、それこそもうアウトだ。かといって、何とかする方法も思いつくもんじゃない。と、そこで、目の前にいるのが天使だと言うことを思い出した。
「ホープ。おまえ、人間がいい方向に向かうリクエストなら、答えられるって言ってたよな。」
うなずいた天使を見て、心の中で笑った。これならうまく行けそうだ。
「じゃ、リクエスト・・・・」
………
ホープが来てから三週間後。話をした翌日のニュースには、こう流れていた。
『○○救急センターがその日にあった14件の救急車の要求に受け答えせず、その影響で、4人が死亡しました。』間もなく、その記者会見が始まった。副所長の役柄をつけた男が、質問に応じている。間違いない。あの日の責任者だ。僕らにこんな思いをさせておいて、自分は出世してるなんて、あっていいはずがない。この復讐は正解だったのだろう。間もなくこの救急センターはつぶれた。裁判が終わった後、被害者たちは遺影を持って詰め寄った。
「しかしよく考えたもんだよな。」
自分の部屋のテレビを消して、リモコンを置いた僕に、ホープが話しかけてきた。
あの日ホープにしたリクエスト。それは、
(リクエスト。あの救急センターの人たちも疲れてるだろうから、全員一日中ねむらせてあげなよ。)というものだった
続く