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映画は、ハルと見た映画とは打って変わって、なんとも大人な雰囲気の映画であった。
働く女性が主人公だった。
彼氏とうまくいったり、うまくいかなかったり。
仕事でうまくいったり、うまくいかなかったり。
やたら、キスシーンが多かったり。
いわゆる、サクセスストーリー系のお話だ。
僕にとってあまり馴染みの得るジャンルではなかったのだけれど、どこか胸を打つような映画であった。
終わってからも、シネコンの赤い絨毯を見ながら歩いている時に、映画のワンシーンを何度も思い浮かべたし、なんだったら、エンドロールの最中も思い浮かべていた。
高校生の僕が思うほど、仕事というのは楽ではないのだろうけれど、悩み葛藤する主人公の姿は、共感する部分が多かったのだ。悩み葛藤する人に性別など関係ないのである。
僕らは、溢れ出る人の波に乗りながら、劇場の外へと出た。
帰る頃には、僕を不審がっていたアルバイトの人とは違う人が、チケットの確認を行っていた。
「ふぅ……。楽しかったわ。あなたまだ暇でしょ。ちょっとお茶でもしましょうか」
僕は、口から『いや、もうそろそろ18時台のアニメが始めるので、モウ帰リタイデス』とは口が裂けても言える雰囲気ではなかった。まぁ、アニメは僕の趣味ではないのだけれど。
僕が断れなかったのにはわけがある。
彼女は、泣いていたような気がしたからだ。
劇場から出て、呼び止められた時に一瞬だけ目が赤くなっていた。(彼女は泣いてるのが悟られないためか、すぐに前を向いてしまった)
僕が、手の甲を触ったあとの数時間の間に、この人に何があったのかはわからない。
どうして、あんなデートにぴったりの映画を僕と見たのだろうか。
僕もバカではない。
きっと、見る人がいたのだ。でも、なんらかの理由で、シネコンには現れなかった。
映画を観ようか観ないか考えている時に、僕が現れた。
そんなところだろう。
僕は、寂しげな女性に連れられて喫茶店に入った。
だいぶレトロな喫茶店である。僕は、こんな喫茶店一度も入ったことがなかった。
いつも行くのは、ハンバーガーショップくらいだし、たまに入っても駅前のコーヒーチェーンである(ここのココアがとても旨い)。
ドアを開けると、からんからんとドアについている鈴が鳴った。
店内には、お洒落な音楽がレトロなスピーカーから流れている(それが、クラシックなのかジャズなのかは僕にはわからなかった。
僕は、店員さんに案内されるまま、無言の女性と一緒についていった。
「ご注文がお決まりの頃にお伺いいたします」
僕は、驚いた。
『お決まりの頃』とは何事か。
この人は、マジシャンかなにかなんだろうか。僕は、なるべく自分の行動が悟られないように注文するドリンクを選んだ。
「すいませーん」
僕の密かな企みとは裏腹に、女性は大きな声を出して、店員さんを呼んでしまった。畜生。
「キャラメルマキアートを一つください」
女性は、メニューを指差しながら注文する品を声に出して言った。
「あなたは、ホットミルクで良いの?」
舐められたものである。ホットミルクなどという、小学生が飲むような飲みモノを僕は頼まない。
僕ならば……
「じゃあ、えすぷれっそを一つください」
僕は、ドヤ顔で女性の顔を見る。
しかし、女性は、小さくため息をつく。
「アイスカフェラテにしてください。彼、あんまりコーヒーとかよくわからないんで」
「ちょっ……」
僕の声が口から出る前に、店員さんが『かしこまりました』と言って、そそくさとメニューを持ってカウンターへと戻っていった。
女性は、スマホを持っていた小さめのハンドバックから取り出し、液晶を数回タップして、またハンドバックへとしまった。
僕は、少しだけ怒っていた。
もちろん、子供ではあるし、偶然ここに居合わせているということもわかる。
恋愛サクセスストーリー系の映画を見たあとということもあったのだけれど、子供扱いされるのは少々、癪にさわる。あなたから見たら、僕なんて近所の悪ガキ程度にしか見えないであろう。
しかし、僕が注文した品を変えるとは、なんと無礼なことか!
僕は、足を貧乏ゆすりさせながら、女性の方を向いた。しかし、女性はぼくのことなどお構いなしに、カウンターでコーヒーをハンドドリップするマスターの方をずっと見ていた。
「エスプレッソお待たせしました」
僕らの席の隣のテーブル席に座っているご老人が注文したようだった。
【えすぷれっそ】というのは実はよくわかっていない。適当に頼もうとしたのは事実であった。
僕は、ちらっと隣の席を見ると、テーブルの上にはとても小さいカップが一つ置かれていた。(あれなら、一気に飲み干して終わりである)
そして、おじいさんの座っている反対側の席には黒い影が座って、口を塞いで足をジタバタさせて僕の方を見ている。今にも、笑い出しそうな雰囲気であった。