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 気がつくと僕は眠っていた。

 特に寝るつもりはなかったのだけれど、休日のせいだろうか。二度寝をするのが習慣付いてしまっていた。

 

 起き上がって、時計を見る。

 12時。ぴったり。

 ちょうど良いタイミングで目を覚ましたなぁ、と思う。

 

 寝巻きを抜いで、いつも着ている黒いパンツと、白い無地のTシャツを着た。カーテンを開けて外を見ると、ポツポツと雨が降っている。自転車で行くつもりだったけれど、これはバスで行かないといけないなと思った。


 僕はふだんカバンは持ち歩かない。財布とスマホをポケットに突っ込んで歩くのが好きだ。

 まわりの同級生は、いつもお気に入りのカバンを持ち歩いて歩いているのだけれど、僕は持ち歩かない。

 このスタイルは周りの友達から結構不思議がられていた。僕からすれば、なんの目的もなくカバンを持ち歩くほうが不思議な気がしてならない。


 玄関で靴を履こうとしていると、リビングから母さんがやってきて、『今日は何時に帰ってくるの?』と聞いてきた。

「多分、19時くらいには帰ってくると思うよ」


 玄関を開けて外に出ると、パラパラと小粒の雨が降っていた。

 雨は、コンクリートの上に落ち、水たまりとなっていた。

(僕の家の前はあまり水捌けが良い方ではないと、雨が降るたびに母さんはいつも愚痴を言っている)


 水たまりの上に、さらに雨粒が落ち、小刻みに『ぽつぽつ』と落ち、可愛らしい雨の音色を奏でいた。

 僕はその音楽の中を、ビニール傘を差し歩いた。


 バス停に着くと、バスを待っている人の列ができていた。

 バス停には、雨避けは設置されていなかったから、各々の傘が綺麗に開いて、なんだか花びらのようになっていた。

 自分の傘は無地の透明であるから、華やかさの一因になれないなと少し残念に思った。



 しばらく待っていると、バスが来た。

 僕は電子マネーをタッチして、バスに乗り込む。

 バスの中は、おじいちゃんやおばあちゃんたちでいっぱいであった。自分の近所のバスに乗るたびに、高齢者の人たちが乗っているので、少子高齢化社会というものを、僕は身近に感じていた。

 

「ちょっと、そこの君。そうそう、あなたよ」

 近くのおばあちゃんが声を出し、誰かを呼んでいると思ったので、あたりを見回した。しかし、その直後におばあちゃんを見ると、どうやら呼んでいるのは、僕であることに気がついた。


「財布落ちてるわよ」

 僕は、お尻のポケットにさしていた長財布が落ちていることに気がついた。

 椅子の背もたれについている、取っ手を掴みながら僕は、落ちていた自分の長財布を拾い上げた。


「ありがとうございます」

 僕は、おばちゃんに軽く会釈をしてお礼を述べた。おばあちゃんは、その姿を見てにっこり微笑み、窓の外の景色に目をやった。


 バスが目的の駅前の停留所に着いたので、僕は降りた。

 

 駅前には、ハルが立っていた。

 高身長、茶髪。ジーンズに、薄いカーディガンとTシャツ。

 立っているだけで、周りの女性の視線が彼に注がれていた。僕は、その光景を見て舌打ちをする。


「よぉ、田井中。少し遅刻だぞ」

「バスが遅れてたんだよ。別に映画は間に合うだろう?」

「まぁね」


 ハルは、黙ってそのまま歩き出した。そして僕は、ハルに無言で付いていった。



 駅の近くにあるショッピングセンターの中にあるシネコンは、雨の日でもたくさんの人で賑わっていた。

 手をつなぐカップル。

 仲の良い老夫婦。

 はしゃぐ子供達。

 多くの人間模様が垣間見えた。


「ちょっと、買ってくるから待ってて」


 そういうと、ハルは小走りでチケット売り場のほうへと行ってしまった。

 最近の映画のチケットは、売り子さんのような人たちから買うシステムではない。券売機が、シネコンのそばに申し訳なさそうに置いてあり、綺麗なおねいさんたちの売り子として仕事を完全に奪ったようだった。僕が、小さい頃、映画館でチケットを買うときはよく緊張していた出来事は、今となっては良い思い出となってしまっていた。


 僕は、ハルがチケットを買ってくる間、シネコンの中を見回した。座れる場所が無いかどうか調べるためである。


 背もたれの無い四角いソファーが空いているのを発見した僕は、他の人に奪われないように、小走りでスタスタと向かい、座ることに成功した。


 僕は、ソファーに座り一息をついた。

 足元を見ると、シネコンの綺麗な絨毯が、僕の持っていたビニール傘の水滴で少しだけ黒く滲んでいた。


 黒いシミを眺めていると、僕の真反対側に誰かが座ったようであった。

 その時、どうしてそう思ったのかは知らないが『ハル』が座ったと思った。彼がたまにやる、いたずらである。知らない人のふりをしてすわり、何分も無言で居座り、気がつくかどうかを試すという小学生のようないたずらだ。


 その手には乗ってたまるものか、と思った僕は、背中のほうに手を付いて、後ろを振り返った。


「きゃぁ」

 綺麗で、華奢な声が僕の耳元で響いた。

 ハルではなかった。

 僕の後ろに座ったのは、薄い紺色のジャケットを着て、ベージュのワンピースを着た綺麗な女性であった。


 目と目があった瞬間、僕とその人は無言になり、僕は開いた口が塞がらなかった。

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