アカイイト
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美男美女だと羨望の的だった
学校イチのカップルも
「結婚する」やら「愛してる」やら
歯の浮くようなセリフを言い合っていたカップルも
長い間、両片思いして
やっと結ばれたカップルも
私が人差し指を振り下ろすと
みんな別れていった。
簡単に愛は壊れていった。
まぁ、こんなの“愛”とも言わないか。
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「あ、見て見て!」
退屈な古典の授業が終わり
ぐっと伸びをしたときに
耳に響く、やけに弾んだ友達の声。
彼女が指差した先を見て
周りの子も騒ぎ始めた。
そこには、廊下を歩く男女の姿。
「煌さんと咲さんだ!」
「あのカップルは見てて幸せな気持ちになるよね。」
「わかる!林先輩たちみたいに、すごい美男美女ってわけじゃないけど、なんか可愛くていいよね。」
「それに、林先輩たちは別れちゃったし。」
キャッキャ騒ぐ彼女たちの会話を聞きながら
私が別れさせちゃったんだけどね
そう心の中で嘲笑っていると
「苑もそう思わない?」と飛んできた言葉。
そうだね、とヘラヘラ愛想笑いを浮べれば
満足そうに笑って話を続けた。
つまんない。
誰にも気づかれないように
ため息をひとつついて
静かに教室を出た。
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授業開始のチャイムが鳴った。
サボリ確定。
まぁ、日頃の行いはいいし
成績も悪いわけじゃないし
大したお咎めはないだろう。
中庭の奥の隅にある
木々の集まった小さな場所。
死角だし、木に囲われているから
誰にも見られることのない
私の秘密の場所。
芝生の上にゴロンと寝転がると
太陽の光が眩しくて
思わず目を閉じた。
体育でもしてるのかな。
遠くではしゃぐ声がぼんやり聞こえる。
体もポカポカ暖かい。
ちょっと、寝ちゃおうかな。
「なぁ。」
パチリ、重たかったまぶたがすぐに開く。
いつからいたんだろう。
見下すような瞳も
バカにしたように上がった口角も
そしてなにより私の睡眠を妨害したことに
無性にイラついた。
「…………なに?」
「お前、“運命”って信じるか?」
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静かな空間に響いたのは
私の笑い声。
ああ、お腹が痛い。
笑わせないでよ。
本当、どいつもこいつも
「バッカみたい。」
「じゃあ、信じないってことだよな?」
「当たり前でしょ。」
もう一度目を閉じるけど
上から降ってくる愉快そうな笑い声に
再び目を開けて起き上がる。
早くどこかに行ってくれないかな
せっかくサボったのに、これじゃあ時間の無駄だ。
「もういい?用がないならさっさと____」
「林真琴と永池そうあの美男美女カップル。みんなの憧れだった二人が別れたのはなぜだと思う?」
「は?知らないよ、そんなこと。」
「んなわけねぇだろ。」
彼の纏っていた雰囲気がガラリと変わる。
ピリッとした空気が頬をかすめた。
「お前がやったんだろ?」
「意味わからないんだけど。」
「俺、見ちゃったんだよね~。」
至極冷静に淡々と言葉を並べる私は
彼の目にどう映っているだろう。
“訳がわからなくて困惑している子”なはず。
悟られるわけない。
バレるはずない。
何もかも見透かしたような瞳に
私だけが映った。
「お前が二人の糸を切るところ。」
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たった一言ですべて理解した。
“あぁ、この人も私と同じか”
ひどく冷静に頭が働いたけど
内心驚いていた。
“見える人”には初めて会ったから。
「アンタも見えるんだ、“糸”。」
「まぁな。でもお前みたいに切ることはできない。」
「へー。」
「んな興味なさそうに言うなよ。」
「興味ないもの。」
いつからなんて忘れた。
物心ついた時には
糸は風景の一部のように当たり前に見えた。
人の小指に結ばれて伸びる赤い糸。
俗に言う“運命の赤い糸”。
笑わせるよね、運命だって。
私が切れば
その運命の二人は簡単に離れていくのに。
「お前に切ってほしい糸がある。」
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さっきとはまるで別人のように
真っ直ぐな声が響く。
顔は、真剣そのもの。
私が鋭く睨んだって
その瞳は揺らがない。
「依頼なんて受け付けてませんけど。」
「いいだろ別に。お前は手を振り下ろすだけでいいんだし。」
「だけって、アンタねぇ…。」
「頼む。」
こういう目、嫌いだ。
だって、こんな縋るような瞳を向けられたら
嫌だなんて言えないじゃん。
わかったよ、とつぶやくと
嬉しそうにくしゃり、
綺麗な顔が崩れる。
「俺、木葉螢。」
「………成宮苑。で、誰の糸を切って欲しいの?」
切って欲しいってことは
二口はその人のことが好きなんだろう。
顔はいいし、
好きな人も美人さんとか?
ふっと、妖しく微笑んだ彼は
ゆっくり口を開いた。
「煌さんと咲さんの糸。」
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