表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の上の駅  作者: 名瀬薫
4/4

第4話

山に入ると日差しが和らぎじりじりとした感覚から解放される。


違う世界に入ったように一瞬頭がくらっと揺れる。


風が通るたびに緑と土の匂いが沸き立ち熱をどこかに連れていく。


山の中は道と言えるような道はなく木と木の間に通れそうな空間を探して進んでいく。


ずっと海の上で過ごしてきた私には初めての山だ。


土を踏み体を登らせていくのは思っていたより疲れる。


山の中腹あたりまで登ってくると男がこちらをちらりと振り返った


「ちょっと開けた所あるし休憩しようかー」


一人、前を歩く男からの提案はありがたかった。


男が言ったとおり少し歩くと森のなかにぽっかりと開けた空間が現れた。


葉や枝の間からは下の海が見える。


少女は「荷物」とだけ男にいってスケッチブックを強引に奪う。


男は残された水筒を私に差しだしながら話しかけてきた。


「少し急いだほうがいいかもしれない」


「暗くなったら大変だから?」


「日はまだしばらく大丈夫だけどそろそろ雨が降りそうだからな」


「こんなに晴れてるのに?」


「僕が来る前は鳥がよく鳴いてたでしょ?雨が降る前は海鳥が鳴くって言われてるんだ」


知らなかった。


空を見上げると葉に遮られてはいるが強い日差しを吐き続ける太陽はまだそこにいる。


本当に雨が降るのだろうか?


「それに彼女も限界が近いだろうし……」


一生懸命絵を描く少女を見ながら男はつぶやいた。


限界……?元気そうにしか私には見えなかったが。


しかし聞いたところで教えてはくれなさそうな雰囲気を察して適当な話題を切り出す。


しばらくして息も整い、汗も引いてきた頃少女の「できた」という号令により私たちは山登りを再開した。


男の言葉が気になりチラチラと少女の様子を伺いながら登る。


少女と目が合う。


目が合うと不思議と何も聞けなくなってしまう。


男に頭の中を覗くなといった時から進歩がない。


会話もなく三人で黙々と登っていると不意に強い風が体の横をすり抜けた。


いつの間にか登ることに必死で下を見ていた私の頭に強い日がさす。


強い日差しに反抗するように細めながら上を向くと頂上はすぐそこだった。


何かに押されるように足が動き重かった体を頂上に押し上げる。


頂上は風が少し強いが眺めは最高だった。


隣に立つ少女は眩しいのにもかかわらず目を見開いて驚いている。


そんなに大きな山ではなかったはずだが初めての登山だったからか私も心に鳥肌がたった。


感動する少女に男がスケッチブックを差し出すと少女は首を振った。


「この景色は私が絵にできるものじゃない」


たしかにそうだ。


どこまでも広がる世界が私たちの目の前に広がっているのだ。


無限に広がる空を追いかけるように海も広がり水平線で触れ合っているように見えるがその先までもこの空と海は続くのだろう。


「記憶に残す。今度は私が話して聞かせる番だよ」


「そっか。スケッチブックは持っていくかい?」


男と少女の会話からようやく少女は本当に限界なのだと悟る。


そして少女が自覚していたことも。


「やっぱり貸して」


そういって少女は男から奪ったスケッチブックの紙を何枚か破る。


「このスケッチブックはお姉さんにあげる」


私がスケッチブックを受け取ると少女はいつもの笑顔を見せる。


一瞬少女に戻った雰囲気はいつの間にか発達していた入道雲によって太陽が隠されると消え去ってしまう。


「この世界は本当に敏感ね」


「急ぐよ」


言いながら男は少女の頭に手を置いた。


それだけで大丈夫?と聞かれた少女は胸に抱いたスケッチブックの紙を一度強く抱きしめると小さくうなずいた。


「お幸せに」


男の言葉とともに少女の姿は暗くなり始めた空に溶けていく。


消えていく少女を見ながら私は生まれて初めて涙を流した。


唐突に始まった私を蚊帳の外に置いたような少女との別れにただ涙を流すしかなかった。


たった数日一緒に過ごしただけの他人であったはずなのに私の心は泣くのをやめてはくれない。


少女が消えてしまう寸前になってようやく私は涙による情報処理の合間から言葉を紡ぎだす。


「私がこの先を見てきますっ!だから二人で仲好く待っていてくださいっ!」


私の誓いの叫びは届いたのだろうか、少女は何度も見せた笑顔とともに空に海に溶けた。


同時に私の頬に涙とは違う水滴が流れる。


気づくとすっかり空は雲に覆われていた。


「ギリギリ間に合ったよ」


降り始めた雨に打たれながら男は笑う。


「間に合った?少女はいなくなっちゃったじゃないっ!」


追い打ちのように降る雨は男への言葉を尖らせる。


「これが少女の臨んだ結末だよ」


頭に手を置かれる。


消されるかもしれないと感じた体は緊張により固まってしまう。


「大丈夫、消されたりしないよ」


男はまた笑っている。


どこからか出した傘で私を雨から守りながら話始めた。


少女の言っていた男の人はね歯車じゃなく人として亡くなったんだ。


この世界で人として生きるというのはバグ。


この世界の不具合になってしまう。


だから彼は亡くなった後どこへ行ってしまったのか僕もわからなくてね。


そして少女もまた彼と触れ合ったことで人に近づいて行った。


手を置かれたからなのか男の言葉がすんなりと頭に入ってくる。


僕に会う前から彼女の覚悟は決まっていた。


それは彼女が君に話したとおりだ。


僕は彼女が死んだあと彼に再び会うことはできないことを知っていた。


だから彼女と彼を合わせてあげることにしたんだ。


それから僕は彼を探しに世界を超えて探し回っていた。


たまたまこちらに帰って来た時君に会って君も人にしてしまったけどね。


人になった彼女には亡くなった彼同様時間はあまり残されていなかった。


僕は急いだ、その結果君との別れはああなってしまったけどなんとか彼を見つけ出した。


そして話は今日につながるんだよ。


少女にはもう時間がなかった。


彼のようにこの世界に呑まれたら二人は散り散りになってしまう。


だからこの雨が降る前に彼女を送れたことは最善だったんだよ。


すべてがうまくいったんだ。


その証に少女は笑って行っただろう。


さあこの話はこれですべてだよ。


ここからはこれからの話だ。


少女は君にこの先を見ることを託した、君は託されたものを受け取り誓った。


「君がすることはここで涙を流し雨に打たれることかい?」


男は最初に会ったときのように私に尋ねる。


「君がしたいことはなんだい?君自身が選ぶんだ」


私は少女に誓った、約束したのだ。


顔を上げて空を見渡すと雲は黒く分厚いが黒い雲の先には青い空が見えた。


私は何も言わずに山を小走りに降り始める。


男は何も言わずついてきた。


やがて列車が見えてくる。


列車は明りを灯し今にも発車するところだ。


一気に駆けながらようやく私は男に答える。


「決めたよ!」


「行くよ、どこまでも。行けるところまで行ってたくさんのお土産話を持って二人に会いに行く!」


言い終わると同時に私たちはドアの閉まり始めた列車に駆け込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ