父娘
部屋のドアを開けたら、中に居たのは幼い少女だった。
「せ、先生、ま、まさかこの子、ゆ、誘拐したんですか…!?」
「そんな訳あるか!」
オーバーなリアクションを取っていると、頭を軽く叩かれた。
「学校でも話しただろ?娘が遊びに来てるって。」
「え?あ、はいはい。言ってましたねそんな事。」
「寝てたな、お前。」
「な、何言ってるんですか。こうしてテストがヤバいから教えて貰ってるのに寝てるなんて、ありえないっすよ〜あはは〜。」
「じゃあ毎放課お前のデコが赤くなってるのは何故だ?」
「え?嫌だなー、さすがに頭を机にくっ付けて寝たりはしてませんよ。だからデコが赤くなるわけ無いじゃないですか。」
「本当か?どの先生に聞いても、みんな口を揃えて『え?ああ、確か起きてましたよ。はい、たぶん。』て答えてたがな。」
「それタダ俺が印象薄いってだけの話じゃないですか!学校以外でその話題はNGなんですよ、抉らないで下さい!」
「悪かった悪かった。まあ落ち着け落ち着け。」
話に夢中で気づかなったが、先生は用意したお茶をお盆に乗せて運んできた。
「ほら、どうどう。そこに座ってお茶でも飲め。今電源入れるから。」
「あ。ありがとうざいます。」
とりあえず、先生の娘と対面になるように座った。
正面から向き合うのは何だか気恥ずかしかったが、間に先生が座れば少しは緩和されるだろうし、ここには勉強を教わりに来たのだからその方がいいだろう。別に子供が苦手な訳ではない。
「ほい、ほい、ほい。あ、ちょっとそれ取って。」
コト、コト、コトと湯のみを全員分配り終えると俺の後ろに指を指した。
指示されたのはどうやら茶菓子を取ってくれという事らしい。
体を捻って近くの棚からお菓子を取り出した。
「これでいいですか?」
「ああ、ありがとう。」
先生に手渡すと、娘の方に差し出して、娘が中から幾らか取り出すと机の真ん中に置いた。
「ほれ、ただのチョコだぞ。お前も食っていいから。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
チョコを1つ取って包装を剥がし食べる。
普通に普通のチョコだ。
だが、何故このおっさんは俺を見詰めているのか。
「あの、何か?」
「いんや、なんでも。」
そう言って湯のみを口につけお茶を飲む。
飲みつつも横目に見てくる。
あー、はいはい。そういう事ですか。
そのまま何も無かったようにチョコを溶かしきり、何も無かったようにお茶を飲んだ。
それを見て先生の目が期待に満ちる。
湯のみを置いて感想を述べる。
「お菓子とあって中々美味しいです。」
チョコ食べててよかった。なんかちょっと苦い。
「おぉ、そうか。うむ、よかった。まだあるから気にせずじゃんじゃん飲め。」
「あ、はい。分かりました、はい。」
マジかよ…
まだチョコもあるし多くて2杯が限界か。
チョコに手を伸ばすと、柔らかい感触に触れた。
「あ。」
「あ、ごめん。」
素早く手を引っ込め、紛らせるためお茶を飲む。
「うぇ」
苦っ!
「ん?どうした?」
「いえ、ちょっと舌を軽く火傷しちゃったかなーって。」
「そうか、気をつけて飲めよ。それにまだあるからな。」
これは墓穴を掘ってしまったのか。
怪しいところだが、苦さを紛らわせるためにチョコに手を伸ばす。
またも柔らかい感触を感じた。
「あ」
「あ。ああ、ごめん。またやっちゃった。」
素早く手を引っ込め、紛らわせるためお茶を飲む。
「うぇ」
苦げぇ!
「ん?どうした?」
「いえ、ちょっと火傷したところに沁みたんで。」
「そうか、焦らずともまだあるからゆっくりのめ。」
穴を広げてしまったか。または深くしてしまったか。
どっちにしろ苦さを紛らわせるのが先。
今度はちゃんとチョコの袋を確認してから手を伸ばす。
大丈夫、他の手は伸びてない。
だが、袋の中のチョコもない。
チェックメイトだ。
「ん?もう無くなったのか?」
「あ、はい。そうみたいです。」
詰んだのは俺だった。
「じゃあ、悪いが、またそこからお菓子を取ってくれ。」
「あ、いいよ。ほとんど私が食べちゃったから私が取るよ。」
「いいよ、蕨は座ってなさい。そいつに取らせるから。」
「でも「いや、いいよ。俺が近いし俺が取るよ。」
先生の俺への扱いは元から知ってたし、小さい子を炬燵から出すのも悪いから。
「はい。」
「あ、ありがとうございます。」
棚から取り出したビスケットを渡した。
「そんな奴に礼は要らんよ。存分にこき使ってくれ。」
ここまで扱いが酷かったとは。
まあ家に上げさせて貰って、勉強も教えて貰う現状では文句が言えない。
言えないので内心の文句だけで勘弁してやるよ、クソジジイ。
「あ、そういえば。」
と、急に少女が立ち上がった。
「はじめまして。蕨です。」
ペコッと礼までして。
「あ、こちらこそよろしく。」
「おいおい、こいつには挨拶しなくていいって言っただろ?」
「でもしないとお客さんに失礼だよー。」
「まあお前が良い子なのは知ってるけどよ。んなははは。あと、こいつは客じゃない。」
「そうなの?でも失礼だよ。いつもは礼儀は大事だって言うくせに。」
「うん、礼儀は大事だぞ。でも世の中には礼儀を払わなくてもいい奴も居るんだぞ。こいつとか。今日はいい勉強になったな。」
「もー、お父さんはー。」
あはは、なんて笑う事も出来ずただ電球を見上げ話を聞き流してると、
「で、お前はここに勉強しに来たんだろうが。お茶が美味いのは分かるがささっとやらないとあっちゅう間に試験だぞ。」
「ソウデシタネ。」
生返事で返し、鞄から勉強用具を取り出す。
「それよりも、お兄さんの名前は何?」
蕨ちゃんが抗議するように問いかけてきた。
「ああ、えっと「こいつは馬鹿とかそこの人とでも呼んどけ。」
このジジイ。
「もー、お父さんは!さっきっからお兄さんに失礼だよ!」
「まあまあ。どうせ短い縁だ。気にすんな。」
「でも良く『人生は一期一会だ。』なんてかっこつけて言ってるじゃん!」
「べ、別にかっこつけてなんては。う〜ん。」
どうしてこのおっさんはこんなにも必死に悩んでいるのだろうか俺には分からない。
とりあえず、テスト課題の分かるところだけやっておこう。
「ほら、別にいいでしょ?」
「いや、でもなぁ〜。」
何をそんなに渋ってんだこの中年は。
しかし、なんだこの問題は。全く解けないぞ。
これを解いたらテストバッチリとか言ったやつ出てこいよ!
あ、目の前に居たわ。
そんな事よりも、とりあえずは
「あの、先生、分かんないんところが有るんですけど。」
中年と少女の下らない問答を止める為、手を挙げ存在を主張する。
「あ、お前居たの?」
「なら今まで誰の事で揉めてたんですか。」
つい、我慢し切れずに声に出ちゃった。
「あっははは、そうだった。いんやぁ、でも、お前、これは別に揉めてた訳じゃないからな。」
「なーに言ってんですか。良くある家庭風景じゃないですか。こういう小さないざこざが積み重なって父と娘がだんだんすれ違っていくんです。そしていずれは娘に「止めろぉ!それ以上は言うんじゃない!言っちゃいけねぇ!」
「それでそれで?そのあとどうなっちゃうの?」
「うん?知りたいかい?その後はね、「おいぃ、娘に何を教えようとしてるぅ!止めてくれ、悪かったから。」
「だってさ、いずれ分かるよ。」
「うーん。絶対?」
腑に落ちない様子で訊いてくる蕨ちゃんに満面の笑みで答えた。
「もっちろん。絶対だよ。」
「うぉおおおお!ちくしょぉおおお!」
お茶を零さない様に上手く机に突っ伏して、近所迷惑を省みず泣き喚く中年、哀れ。
フッと口から笑みが溢れた。
「いやぁ、いい勉強になりましたよ。」
「分かってんだよそんな事はぁああ!うわぁあああん!」
大の大人が腕に顔を埋めて言い訳なんて。
とってもいい絵になるじゃないか。
ああ、心が満たされる。
くいくい、と袖を引っ張られた。
振り返るとさっきまで対面に居た蕨ちゃんがすぐ横まで来てた。
そして耳打ちをしてきた。
「あの、お父さんとは仲が良いんですね。」
「いや、そこまでだけど。よく面倒は見てもらってるよ、あはは。」
「お父さんはこう見えても意外と寂しがり屋だからこれからもよろしくね。」
そういっていい匂いとともに離れて、対面に戻るのではなくそのまま横に座った。
「うん。まあ、よろしくされるのはこっちの方だけど。」
「あははは。」
ビスケットに手を伸ばすと半分以上が無くなってることに気付いた。
「蕨ちゃんはお菓子が好きなの?」
「あはは、うん!」
ちょっと恥ずかしがりながら元気に頷いた。
「じゃあ、お父さんとどっちが好きかな?」
ここで俺はこの天使を使ってこのジジイにトドメをさす事にした。
「んーと、お父さん?かな。だってよくお菓子買ってくれるもん。」
地味にリアルな返事をありがとう。
「そうか、じゃあこれからもお父さんを好きでいてやってくれよ。別にお菓子よりじゃなくていいからさ。」
「もちろん!」
ほれ、どうだおっさん。
「あれ?」
返事がない屍かな?
「あー、お父さん寝ちゃったのかー。」
「マジで?」
うわ、泣き疲れて寝るって何歳だよあんた。
「でも昨日から私のために色々用意とかして頑張ってくれてたからね。だからたぶん疲れちゃったんだとおもう。」
うわ、親バカかと思ったらガチで良い子じゃないか。
こりゃあ俺と関わらせたくないのも頷ける。
「へー、そうなのか。」
「学校じゃ大丈夫だった?」
「え、いや。ごめん、実は本当に寝てたから分かんないんだ。」
「ふふふ、やっぱり仲良いんだね。」
「んー、もうそういうことでいいよ。君もお父さんと似て頑固そうだもんね。」
「うん!女にも譲れない物ってもんがあるんだよ!」
本当にこの子はこのおっさんの娘なのか。
「とりあえず風邪ひかない様に運ぶか。寝室はどこかな?」
「あ、うん。ちょっと待ってね。」
先行する蕨ちゃんを追っておっさんを炬燵から引き剥がし、引きずりつつ寝室まで運んだ。
蕨ちゃんの誘導と応援のおかげでなんとかおっさんを起こさず運べた。
頭を枕に乗せて布団を被せて、とりあえずそれで寝室を後にした。
再び部屋に戻った俺は帰り支度を始めると、蕨ちゃんが申し訳ないような視線を向けてるのに気付いた。
「どうかしたかい?」
「いや、お夕飯どうしようって思って。お父さん寝ちゃったし。」
「あー、そうだね。困ったねぇ。」
確かに困ったな。
「料理は一応教わってるんだけど、1人の時はダメだって言われてるからぁ。」
「そうなんだ。」
かと言って俺は別に料理が出来る訳じゃないし、どうしたものか。
こんな時にも中年のイビキは鳴り響くのだった。
そんな訳で名前、決まりました。
主人公は「鈴木 修也」
先生の娘の名前は「蕨」です。
完全にパッとした思いつきです。
不定期ですが、今回はすらすら書けました。
いつかはですが、また次回にお会いしましょう。
それでは