君と綴る物語
MMORPG。正式な言い方をすると大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム。
やる人も居ればやらない人も居るだろう。少なくとも俺――星白瑞樹はやる側の人間だったというだけだ。
よく『ミズキって女みたいな名前だ』とからかわれるが、長年言われ続ければいちいち目くじらを立てることも無くなる。
軽く自己紹介をすると、自分で言うのもなんだが星白瑞樹という人間は平凡な人間だった。ちょっと運動神経が悪くて、代わりにちょっとだけ頭は回る。そのどちらも秀才だとか落ちこぼれだとか言われない程度。
人誰しも恋をするように、俺だって思春期真っ只中の男子学生だ。高校生にもなれば自然と彼女くらい出来る。――そう思っていた頃が僕にもありました。
平均ってのは、皆が思っている程いいものではない。突出したところが無いので何事も目立たない。記憶に残らない。
漫画やゲームで自分は平均だとか言っている主人公が居るが、そんな奴等は大体平均とは掛け離れている。容姿が良かったり、何故か異性の知り合いが周りに沢山居たり、絶対的に信頼のおける親友が居たり。
あえて言おう。そんなものは幻想である!平均的な男子ってのは近所に女性の知り合いなんか居ないし、クラスで仲の良い女子だって居ないし、まぁ精々ゆるっとふわっと馬鹿出来る男友達が数人居るくらいだ。で、その友達に彼女が出来たとか言う話を聞く側の人間が平均っていうんだ。
……ここまで聞いてくれれば分かると思うんだが、俺というやつは身体的特徴は平均的であっても、人間的に非常に小さい。
そんな人間に彼女が出来るはずが無かったんだ。
ここで自分の逃げ道として選んだのが冒頭で言ったMMORPGだ。
それなりに古株な俺は、いつも俺TUEEEして荒んだ心を癒している。具体的には最高レベルデータで最高クラス武器を使い、緑色の最弱Mobたるスライムのスラ子さん(あくまで所属ギルド内で呼んでいるだけ)を狩る単純な作業だったりする。……最低だな俺。
逃げ道にしたところで現実に女の子が現れる訳も無い。
古今東西小説やゲームではMMORPGに取り込まれたりして、なんだかんだで女の子とイチャコラする作品が多数ある。
だが考えてほしい。ネットゲームをしている廃人プレーヤーなんか大抵男。女性キャラも居るが、大体ネカマ(ネット内で男性が女性になりすます事)である。女性装備の魅力に取りつかれ、男性を自称したまま女性キャラを使う人も居る。
数少ない女性プレイヤーはトラブルが多発するのでネナベ(ネカマの逆)をする人も多い。
それに俺がやっている作品は、サービス開始から五年程経つ、人気も落ちぶれたマイナーなMMORPG。出会いを求めるなんて間違っている。
ぶっちゃけ気心の知れたギルドのネカマ連中とゲスな話をしている方が、リアルで友人と話しているよりも楽しかったりする。
とある春の日。――四月二十九日――
学校からの帰り道、コンビニでゲーム雑誌を手に取り、ギルドメンバーの連中と話した新作MMORPGの情報を立ち読みする。そろそろサービスが終了する程落ち目のゲームをやっているので、皆自然と次はどのゲームやってみるかという話をするのだ。
なんだったら近いうちに発売するゲームでまた集まってギルド作るかーとかいう話だってある。となればどのゲームがいいかの情報は仕入れた方がいいだろう。
コンビニで立ち読みしている人は他にも居るわけで、俺のほかにも数人の男女が横に連なって立ち読みをしていた。
その集団をチラリと見た時、その中の一人に俺は目を奪われていた。
あ、言っておきますけど一目惚れとかそんな甘い話は全くありません。その人は何と言うか……
寝癖を直そうともしていないボサボサの髪を掻き、眠そうに欠伸をしながら右足のサンダルで左足をボリボリと掻き、その服は鼠色のジャージを上下に着て、ほんの少し気を付けました程度に同系色のアウターを羽織った女性だった。
いや、そんなんだったら上着なんて意味無いだろ!とか突っ込みたくなる程度には女を捨てていた。
だが、俺には分かる。あの女の見ているのはゲーム雑誌。そして見ているページは……
「(こいつ……俺と同類だ!?)」
臭うぜ。腐った臭いがプンプンするぜ!
まぁあまり話したいと思わないような人種であることは確かである。そうなると俺もそう言う風に思われていることになる。そりゃあ彼女なんか出来る訳がない。
ある意味では衝撃的な出会いがあったわけだが、そんな事は関係無く、俺はいつものようにMMORPGを開始した。
画面内では『snjr』という男キャラがギルドホームを走り回っている。
ギルドの名前は『今、SAN値がヤヴァイ』というなんとも言えない名前。ギルド開設当初は中級プレイヤーの集まりを自称していたこのギルドも今ではかなりの古参となっている。
このsnjrというのは俺の事だ。星白の白からjrを持ってきて、残りのsnは好きな字である真から取った。これを合体させると真白になり、普通にましろと読むのでは面白くないのでシンジローと読み、snjrになった。我が事ながら、なんてPNだろう。
そうして五分程ボーッとしていると、一人ギルドメンバーがやってきた。
女性キャラだ。茶色のウェーブが掛かった長髪。実際に目の前にしたらグラマラスな体系をしているであろうキャラだ。PNは『[壁]ω・`)』になっており、俺も含めたギルメンはしょぼんさんと呼んでいる。彼女は弓使いの後方援護型で、中々絶妙なタイミングでタゲを取ってくれるので重宝している。ちなみに戦闘時はPNよろしく壁に隠れてチマチマ攻撃をするチキン戦法をとっているネカマちゃんである。
そんな彼――いや、仮にも女性キャラなので彼女と言う事にするが、そんな彼女が現れると同時に俺は
snjr:wwwwww
草を生やした。
何故そんな事をしたのかは単純明快。しょぼんさんは何も装備をしていなかったのだ。要は裸装備である。いつもは見栄え優先の装備(とは言っても上級装備)を着けているのだが、何故か今は下着一丁。ガンナーから変態にジョブチェンジしたのかもしれない。
ピコンという軽快な音と共に窓(チャット画面)が開かれ、返信コメントが書きこまれた事を確認する。
[壁]ω・`):snjr氏、聞いてくれ。
snjr:どしたwww
何やら絶望感すら漂っている。見れば彼女のHPは危険領域(10%以下)にまで迫っていた。後方支援型とはいえ高レベルキャラであるしょぼんさんのHPはそれなりに高いはずなのに、である。後少ししたらデスペナルティで経験値が下がっていただろうことは想像に容易い。彼女をそこまで追い詰めた存在とはどんな存在なのだろう。
[壁]ω・`):いつものようにスラ子ちゃんに装備を見せびらかしていた。
snjr:いつもながら何してんだwww
なんと件の最弱Mobスラ子さんだった。
[壁]ω・`):途中でトイレに行きたくなったので、ピコピコしてトイレに行った。
ここで言うピコピコとは、ゲームの最中にスタートを押して中断をするというもの……ではなく、エリア移動をして敵の居ない地域に移動する事を指す。MMORPGは基本的にリアルタイムで進行しているので、時間を止める事は出来ないのだ。俺が知っている中でピコピコと言っているのはしょぼんさんだけ。なんとも年代の分かれそうな言い方をしたものである。
なおもしょぼんさんは続ける。
[壁]ω・`):ついでだからコンビニに行って飲み物を買ってきた。まぁ帰ってきたら数時間経過していたわけだが。
snjr:何してたんだそんなにwww
[壁]ω・`):まぁまずは聞いてくれ。
snjr:おk
[壁]ω・`):帰れ
snjr:(; ゜Д゜)!?
[壁]ω・`):すまん。誤爆した。
[壁]ω・`):帰ってきたらスラ子ちゃんに裸にひんむかれて犯されてた(´;ω;`)
snjr:なんとなくは予想してたんだが、移動場所を間違えたのか。
[壁]ω・`):うむ。およめにいけない。
たとえ最弱たるスラ子さんでも、裸で攻撃を受ければ最低でも一以上のダメージは喰らってしまう。装備品が強ければ喰らうダメージはゼロになるのだが、装備品の耐久値はどんなに弱い攻撃でも一(勿論強力な攻撃であれば一以上)減っていく。そして設定された耐久値を上回るダメージが蓄積すると、装備が破壊されてしまうのだ。
耐久値はギルドホームで鍛冶アクションを起こせば一定量回復するので、滅多なことでは破壊されない。しかし今回の場合は回復する事も出来ず、装備が破壊されてしまったのだろう。当然破壊された装備は再度作製するかドロップするしかない。
snjr:どんまい。まぁそろそろサービスも終わるし、そんなに気に病むことでは……
[壁]ω・`):お気に入りだったのに……。
snjr:まぁなんだ。それはともかく……見抜きさせていただいても宜しいでしょうか。
隣に立ってチャットしていたしょぼんさんが後ろにジリジリと下がった(正確には後ろを向いて歩いた)。
[壁]ω・`):裸装備にひんむかれて緑色でろでろスラ子ちゃんに犯されて消沈してる女子を目の前に見抜きとは…この外道!
snjr:うるせぇネカマ!だが褒め言葉として受け取っておこう。
俺もジリジリと追いかけ、やがてしょぼんさんは壁にぶち当たった。
[壁]ω・`):いやー、snjrちゃんに犯されるー。
後ろ向きに歩く機能があればそれなりに見えたのだろうが、そんな機能は無い。なのでパッと見、裸装備のしょぼんさんが壁に向かって全力疾走をし、俺がそのケツを見ている構図になる。
snjr:手なんか出すか!
[壁]ω・`):なんだヘタレか。だが断る!
snjr:裸装備でスラ子ちゃんにとか、これは右手が捗り……ふぅ。で、回復いる?
ちなみにこの程度のゲスな会話は内容こそ違えど過去何度も行っているので、相手の反応も慣れたものだ。
[壁]ω・`):なっ、賢者モード……だと!?(ザワッ) では、よろしく頼もう。
snjr:偉そうだな。ではこのぶっとい回復薬をだな。
アイテム欄からハイポーションGを選択してしょぼんさんに使う。
[壁]ω・`):アッー♂
[壁]ω・`):snjrちゃんは座薬プレイがお好きなのな。
何故か変態認定された。みなまで言うな。理由は分かっている。だが今更である。
snjr:なにか勘違いをしていないか?
[壁]ω・`):ひょ?(; ゜Д゜)
snjr:まだ俺のターンは終わってないぜ!
[壁]ω・`):やめて!私のライフはもう……回復してますがゼロよ!
snjr:回復薬をぶっかける!
某有名カードゲームのBGMが脳内再生される中、俺は再びハイポーションGをしょぼんさん相手に使った。キラキラしたエフェクトが彼女の身体を覆う。
[壁]ω・`):いやぁ!ヌルヌルして気持ち悪い……でもなにこの気持ち///
snjr:あれだな。中の人がそう言ってるのを想像すると気持ち悪いな。
[壁]ω・`):美少女がンギモヂイイィィィ!って言ってるんだぜ?
snjr:30過ぎの脂ぎったおっさんがなんか言ってるよ。
例え美少女でもそんな声をあげられるのは嫌だ。
[壁]ω・`):おい、俺は女だ。
snjr:俺て。今認めたな。ネカマだと。
[壁]ω・`):ネカマじゃねーし!女だし!
snjr:必死すぎワロタwww
[壁]ω・`):おまいにはいつかリアルで文句を言いたい。
snjr:奇遇だな。俺もお前にアッー!
ちなみにこの『いつかリアルでぶっ潰す』的な会話もしょっちゅう行われているが、未だにぶっ潰した事もぶっ潰された事も無い。
[壁]ω・`):あたし女だけど、氏には惚れないわ。
snjr:あたし女だけどって言ってる奴は大体男。これ豆な。
[壁]ω・`):むしろsnjrちゃんが女の子だと見た(´∀`)
snjr:その発想は無かったwww
[壁]ω・`):よし、オフ会しようぜ。
snjr:え、しょぼんぬは出会い厨だったのか。
[壁]ω・`):いや、あたし女、snjrちゃんも女、これでイケルっ!
snjr:俺男、お前おっさん。これでいけぬっ!
[壁]ω・`):もうなんでもいいよ。まぁsnjrちゃんと会ってもなんの問題にもならなそうだと思ってね。
snjr:え、何?ガチでオフ会する流れ?俺オフとか初めてなんだけど。
[壁]ω・`):snjrちゃんの初めては私が貰う(キリッ
snjr:まぁオフは別にいいんだけどさ、他のギルメンどうするよ。
[壁]ω・`):……とりあえず別窓開いていい?
snjr:オープンじゃ駄目なん?
[壁]ω・`):ほら、近場がどことか個人情報じゃん?だからね。
snjr:おk
確かにオープンチャットでする話でもないかもしれない。が、まだオフのメンバーをどうするかという話しかしていないのに別窓にするとは、しょぼんさんにしてはらしくない行動だと思う。
そう思っていると、さして時間も置かずに対象を俺としょぼんさん限定に絞ったチャット窓が出てきた。そして一番最初に書かれた想像もしていない言葉に俺はただただ呆然としてしまう。
[壁]ω・`):まず別窓にしてゴメン。でもオープンじゃ言いにくいこと書くからちょいと待って。
[壁]ω・`):昔snjrちゃんが居ない時にオフをしたことがある。今のギルドとは違うとこ。
[壁]ω・`):その時にちょっとアレなことがあって、大人数で集まる場が怖いのだ[壁]ω・`)コソーリ
[壁]ω・`):他のギルメンを信用してないわけじゃないんだけど、時間が合わなくてあんまし話せてないからやっぱ会うのは怖い。
[壁]ω・`):対人恐怖症とはちょっと違うけど、大体同じだからそう思ってくれて構わない。だから信用出来る相手だけの方がいい。
…………え?なにこれ。結構ガチな話ですか?今までオフ会とかしたこと無かったので、こんな展開になるとは思っていなかった。なに?オフってこんな風になるもんなの?これが普通なの?
そんなに無理をするなら会わなくても良いような気がするんだが。
[壁]ω・`):こんな話すると引かれると思う。snjrちゃんごめんね。
snjr:ちょっと待て。だったらなんでオフしようとか言ったんだよ。わけわかめ。
[壁]ω・`):理由は二つ。一つはsnjrちゃんが話しやすくて一番仲がいいから。
[壁]ω・`):もう一つは……慣らしの目的もあります。
どうやらしょぼんさんもこのままではいけないと思っているらしく、打算的考えもあるようだ。
snjr:っていうかさ、こんなガチの話してるとよく分からなくなるんだけど、おっさん鏡見ろよ。
[壁]ω・`):それだ!m9(・∀・)その女を相手にするとは思えない態度だから会っても大丈夫かもと思ったのだよ。
snjr:何女みたいなこと言ってるんだと。
[壁]ω・`):何度も言ってるけど女ですー。
snjr:まぁいいや。それだったら、しょぼんさんの信頼してる友達連れてくればいいんじゃない?味方居れば安心っしょ。
[壁]ω・`):おいおい、真昼間からネトゲに張り付いてる底辺女に友達が居ると思うか?
snjr:すまん、俺が悪かった。で、どうするん?そうなるとタイマンになるけど。
[壁]ω・`):……会うお。
snjr:俺信頼されてるんだな。おっさんに信頼向けられても嬉しくない。
[壁]ω・`):まだ言いますのん?
正直、何故そこまで信頼してくれるのか疑問だ。長い事ネットで付き合いはあるが、自分の心情を吐露出来る程の仲では無いと思っている。
snjr:っていうかおっさんそんなんで会社はどうしてんだよ。
[壁]ω・`):学生ですしおすし。
snjr:学生なら学校どうしてるんだよ。
[壁]ω・`):日本には定時制という制度があってだな。
snjr:もう何も言うな。しかしまさかおっさんでも無かったとは。
[壁]ω・`):定時制はねー人が少なくていいものだよー。
snjr:もう黙れよおっさん。
[壁]ω・`):(# ゜Д゜)オッサンジャネーシ!
snjr:じゃ、日時とか場所とかのすり合わせすっかー。
[壁]ω・`):snjrちゃんsnjrちゃん。
snjr:まだ何か?
[壁]ω・`):[壁]ω・`){ありがと) [壁]彡サッ
やめろい。
お礼を言われるような事は何もしていないだろ。ただチャットして会うってだけなんだから。
そんなこんなで日程やら会う場所やら色々決めた。正直あのチャットだけ見ると女性なんじゃないかと錯覚してしまうが、ネカマだ。ネカマに決まっている。だって男女比率考えろよ。女性なんか来るわけねぇだろ。
実際に会うと決まって凄く緊張してきた。これだけ実は女性フラグが乱立している中、美少年が来たらそれはそれで驚くが。
……言ってると美少年登場フラグ回収してしまいそうだな。恐ろしいからこれ以上言うのは止める。おっさんフラグはよ来い。
オフ会当日。――五月三日――
俺は自分の家の最寄り駅にきていた。
どうやらしょぼんさんは同じ市に住んでいるらしく、集合場所が駅になったのだ。……世間というのは恐ろしく狭いものですね。決めてから会うまでが非常に短かったのは近所だからというのがデカイ。流石に新幹線で三時間とかだと気軽に会えない。
集合時間五分前。少し足が震えている。
こ、これは緊張とかじゃねぇよ!もしかしたら女性が来るかもとかそういう緊張じゃなくて、ネットで話してるとは言え、知らないおっさんと話さなきゃいけないって言う恐怖の震えだかんな!
……どっちにしても俺の小ささを吐露する形になってしまった。
集合時間になって携帯が派手な音を鳴らす。某有名RPGのファンファーレだ。
しょぼんさんからメールが届いたらしい。メッセージを確認する。
『着いた[壁]ω・`)コソーリ』
まさか本当に壁に隠れてるとか言わないよな。
『俺はもう居ます。おっさん観念して出てこい』
と返信する。自分の格好やらなにやらは前日に確認済みだ。
これで多分相手は俺を探すだろう。俺も周囲を見回して確認をする。
「あの……すみません」
キョロキョロとしていると後ろから声を掛けられた。このタイミングで話かけてくるということはしょぼんさんか、或いは職質か。後者じゃないことを願う。
「はい?」
「シンジロさん……ですか?」
俺のPNを聞いてきた相手は紛れもなく男性だった。そしてPNを聞いてきたという事は……
「しょぼんさん……?やっぱりネカマじゃねぇか!」
「あ~……あの、いやまぁ、ね」
なにやら口ごもっているが間違えようがない。低い声にスラッとした高身長。ぐぬぬ、俺よりも身長が高い。数多くの実は女フラグをぶち壊して、しっかりとネカマフラグ回収してきました。おっさんじゃなかったけどすっげぇ安心感。
「あっと、すみません、やっぱ敬語使うべきですよね」
「いや、それは別にいいんですけど。寧ろいつも通りでお願いします」
「いつも通りというならしょぼんさんだっていつも通りでいいじゃないですか」
「いや、私はその」
「あっ、察し」
そうだよね。この人ネカマだもんね。いつも通りも何もないわ。いつも通りにしてたら通報されるわ。
「察してくれたのなら助かるけど」
「しかし良かった~。あんなノリだったから、一瞬本当に女性なんじゃないかって思っちゃいました」
「いやそれ……うん、でもなんだ。とりあえずシンジロさんがいつも通り、想像通りの人で安心しました」
「いつも通り以外にどう向き合えっていうんですか。あんだけボロクソ言い合ってる相手に繕っても無駄ってもんでしょう」
そう言うとしょぼんさん――ちくしょう、よく見てみれば年上のイケメンじゃねぇか――がカラカラと笑った。
「そうだね、そうなるね。ではシンジロさん。ちょっと付いてきて下さい」
「ん、どっか移動しないことには何も始まりませんからね」
「いや~、シンジロさんがシンジロさんで本当に良かったです。っと言うわけで」
ほんの少し移動したのは覚えている。でもその後しょぼんさんが言った言葉がなんだったか覚えてない。
多分混乱したんだろう。人間許容量を超えると何も考えられなくなるものだ。
「ひょ?」
「いや、ひょ?じゃなくて」
今この状況はなんだろう。何かが間違っている。何が間違っている?分かりません。自分が理解できるまでトライ&エラー。
「ひょ?てリアルで使う人初めて見ました」
吐き出される文字列はエラーエラーエラー。
「どういうこと?」
「ですから」
目の前のネカマしょぼんさんが発言する。
「こちらが、しょぼんさんです」
指を指したその先に居るのは……
ややウェーブの掛かった髪は肩口に届くかどうかの長さで切りそろえられ、緊張しているのか俺の事をチラチラと見たり目を逸らしたりして、頬は高揚と緊張からか赤くなるんだか青くなるんだかよく分からない程度に色が変わり、足首まである長さの色の薄いワンピースとその上から灰色のアウターを引っ掛けたその姿は女性そのもので。
エラー。エラー。エラー。
「え?だって、え?あれ?しょぼんさんはネカマで、あれ?」
「申し遅れました。私は斑鳩。しょぼんの兄です」
改めて自己紹介した男性。その名前は斑鳩。ギルドマスターだった。
「…………詐欺だぁぁぁぁ!」
だってネカマじゃないと可笑しいだろ!都合がつかないだろ!
「詐欺じゃありません」
「初めまして、シンジロ氏。しょぼーんです」
他称しょぼんさんの女性が口を開いた。
「あぁちくしょう!第一声で氏付けするとか、しっかりとしょぼんさんじゃねぇか!」
どうしてこうなった。何故目の前に女性が居るのだ。こんなはずでは無かったのに。
「というか斑鳩さんって!どういうことぞ!?友達居ないって」
「シンジロさんシンジロさん、こいつに友達は確かに居ないよ。俺、兄貴。おk?」
少しだけ前に出た斑鳩さんが親指で自分を指しながら言う。
「確かに友達は居ないって言ってたけど兄貴居ないとか言ってないねっ!詐欺だって!俺の信じたネカマしょぼんさんを返せ!」
なんかもうエラー起こし過ぎて緊張とかどっかいってしまった。実は女フラグの回収も早かったですね!
「シンジロちゃんゴメン。でも……ありがとう」
「なにがですか!?騙されてありがとう!?プププ!」
「いつも通りで居てくれて」
ニコリと、ほんの少しだけ彼女は微笑んだ。
「はぁ!?何当たり前なこと」
「その当たり前が出来ない人が沢山居るんだよ」
斑鳩さんが言う事は俺には良く分からない。なんでそんな事を言えるのか。
「チャットでも言ったと思いますけど、私は以前」
真・しょぼんさん(♀)に言われて先日のチャットの内容を思い出した。確か違うギルメンとオフしたときにちょっとアレだったって。……アレってなんだ。いやまぁなんとなく想像はつくけどね。
「……そうっすか。しょぼんさん、なんでネカマの振りなんかしてるんですか。いっそネナベしてた方が平穏なんじゃないですか?」
実際そうだろう。ネナベの方が分かりにくいしリスクもない。
「ネナベは一度やってみたんですけど、兄――斑鳩に下手くそだって言われて」
「で、ネカマ方面を試してみたら誰にも気づかれなくなったと。可笑しくね?可笑しくね?」
「よく言われます」
思わずハァーーっと深いため息を吐く。
改めて斑鳩さん(ギルマス)としょぼんさん(詐欺)を見る。
「結局、斑鳩さんはしょぼんさんの実情を知ってて、それで俺がどんな人間か確認しにきたって事でおk?」
「その認識でダイジョーブ」
「で、俺みたいなヘタレだったら大丈夫だと思ったわけだ」
「リアルとネットだと人って全然違うからね。それに対してシンジロさんは全然いつも通りだったから、安心したのさ」
「……たった数分で何が分かるんですか。俺がしょぼんさんに変な目的で近付いてたらどうするんですか!」
「そういうのは俺が対応するし、それにそんな事を堂々と言うシンジロさんだから大丈夫なんだよ」
「……なんだかなぁ……」
「それに、ここに居るのはギルド創設当時から居る初期メンバーだからね。他のギルメンは入ったり抜けたりとかあったけど、シンジロさんだけはずっと居るし」
信頼されているんだなぁ。まぁとりあえずこちらから言う事はある。
「しょぼんさん」
「はい?」
「ごめんなさい」
「なんで謝るんです?」
「だってほら、しょぼんさんは女性だったのにネカマだとかおっさんだとか失礼な事を」
「そう言う風に誘導してたのは私ですから、別に構いませんよ」
「そんなもんですか」
「はい。それに、斑鳩ともシンジロさんとは会ってみたいねって話していたこともありますし」
「そっすか。あー、なんか緊張しちゃうんでもう気は使わないようにしますよっ!ってことで斑鳩さんっ!」
「「にゃんだい?」」
斑鳩さんとしょぼんさんは同時ににゃんこの手を作って、うにゃーんとやった。俺は思わずいい笑顔で、
「にゃんでもないです…って、そうじゃなくて!」
「シンジロちゃんならやってくれると思った」
俺は斑鳩さんに近付き、小声で話しかけた。
「斑鳩さん、俺ん家の近くに住んでません?」
斑鳩さんは無駄に溜めを作って答えた。
「何故、そう思う?」
声がダンディーです。
「きゅん。や、多分ですけど、俺しょぼんさんを近所のコンビニで見たかも知れない」
「ほほぅ。詳しく聞こうか」
「間違いだったら別にいいんですけど、この前見た人と凄く似ていて……その人はそうですね、髪がボサボサなショートカットで、鼠色のジャージを上下着てて、サンダルで、……そう、しょぼんさんが今着てるアウターを着てました」
俺は先日コンビニで見かけた同類たる底辺女の特徴を伝えた。
「アハハハハハハハハっ!」
斑鳩さん爆笑。
「ど、どうしたよ斑鳩!?」
「ふひ、ふひひ、しょぼんさんやしょぼんさんや。君の努力は無駄だったようだ、ふへへへへ」
笑い方が怪しすぎる。しかしそう言うってことはつまり……
「へ?」
「シンジロさんは普段のお前を見たことがあるみたいだ」
そういう事らしい。
やや時間を置いて理解が追い付いたのか、しょぼんさんの顔がボッと赤くなった。
「んな、な、なななぁぁ!?」
その顔を少し可愛いと思ったのは多分気のせいじゃないと思う。
その後のまさにショボーンな顔もまた、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、可愛かった。
某RPGのファンファーレが鳴った。メールのようだ。
件名には何も書いてない。本文は……
『[壁]ω・`){恥ずかしい)』
……なんのこっちゃ。そうやって返事をした後にまさかと思った。
あまり時間も置かずに再びファンファーレが流れる。
件名には、久しく目にしていない文字列。そして本文は……
件名:
『snjr氏』
本文:
『瑞樹ちゃん瑞樹ちゃん。
[壁]ω・`){ありがと) [壁]彡サッ』
お、おぉぉぉぅ。
「マジか……」
どうやら先に読まれてしまったらしい。
――五月二日――
俺が彼女と出会って九年と三百六十四日目のことだった。
.
瑞樹君からのプレゼント。