4話
紹介回です。
形としては前後編ですが、後編はまた神話に喧嘩を売る話になりますねぇ(苦笑
まあそれは兎も角として、どうぞ。
七月も終わりに近づいた頃。
俺、瑠伊耶と“ケモノミミレストラン もんすたぁ”の一同は海に来ている。
――少々前、父さんとの死闘を演じ、勝ち取った三日間の完全休養日を利用して、社員旅行を決行したんだ。
何時も迷惑を掛けているスタッフの皆にもゆっくりして貰いたいからな。
因みに、参加したのは総勢11人で、男は俺とウリエルだけという傍目オイシイ立場である。
……本気で傍目だけというのが何とも物悲しいが。
「ん~……っ。良い、お天気ですね~」
亜摩さんがそんな呟きを漏らしながら、大きく伸びをする。
何時もの制服とは違った彼女の私服姿に新鮮味を感じてしまう。
「……? どうしましたか~、瑠伊耶さん~?」
そんな俺の(邪な)視線に気付いたのか、彼女はきょとん、とした表情で小首を傾げながら問い掛けてくる。
純朴なその視線に晒され、途方もなく居心地の悪い気分になってしまった俺は、逃げるかのように言葉を紡ぎ。
「や、何でもないですよ?」
「……そう、ですか~?」
更に不思議そうにする亜摩さんに少々うろたえてしまう。
落ち着け俺。こんなシチュエーション、恋愛漫画のお約束だ、気にするな俺!
そんな俺の内心の葛藤を見透かし、声を掛けてくる奴も居て。
「中々青春してますね~」
「煩いウリエル」
ニヤニヤした表情でそう突っ込んで来るは、一番の新人であるウリエル。
だがしかし。背中から両手からやたらどでかい荷物を背負っているのは笑い話にもならない。
と言うかコイツを見てると、ウリエル像がまた崩れて来るんだが。
あ、また胃がしくしくとして来たぞ。胃薬は、胃薬は何処置いたんだっけか。
「で、この荷物は何処置けばいいんだい?」
「あ、すいません、麗さん。こちらの方に置いて貰えれば、後は俺が何とかしますよ」
「了解~」
ウリエルとほぼ同等ぐらいの荷物を背負っている小柄な女性――名は雑賀 麗さんと言う――
何ともちぐはぐであるが、膂力だけで言ったら彼女がウチのレストラン内で最高だと言うんだから侮れない。
「ぅ~……。眠い眠い……」
「――まあ、夜間業務な吾等には、のぅ……」
「ま、オーナーさんが社長に交渉してくれたお陰で確りと羽が伸ばせるんだから、ありがたく思わなくっちゃ、ね」
次に現れたのは、先の麗さんと共に夜間スタッフをしている、アザレア=ディパージィスさん、秦簾さん、張龍さんの三名。
それぞれが、ヴァンパイア・ハーフ、仏教で言う緊那羅族と龍族という東西入り混じった一同である。
因みに、アザレアさんがフロアスタッフ、簾さんと龍さんがキッチンスタッフとなっている。
……しかし、仮にも魔を調伏するような八部衆の一族の神が魔そのものと仲良くするな、と言いたくなって来る。
まあちょっと前にウリエルとライアさんが普通に会話していたのを思い出し、もう何でもありなのか、と思い直し。
もう平々凡々な日常には戻れないんだな……と思わず溜息。
「ぉーし、遊ぶよ遊ぶよ!」
「ライアちゃん、あまりぶっ飛んじゃダメだよ?」
「ぢゃあセリカ。キミで遊んでいいの?」
「それは果てしなく遠慮させてもらうから」
そして、相変わらずの二人が俺の隣をすり抜けて行く。
ライアさんが少々百合の人だ、と言うのを抜きにすれば、仲のいい二人である。
しかし、後の二人は一体どうしたのだろうか?
ウリエルやセリカさんとライアさんと同じ車に乗ってたはずなのだが?
「――わっ!」
「うをっ!?!」
そんな思考を遮るように、背中に暖かさと柔らかさを感じた上、
美麗な声が俺の耳元で掛かり、思わず驚きの声を上げてしまう。
慌てて首だけを後方に向けると、にんまりとした笑みを浮かべた美人さんの姿が。
「あ、アリエルさんっ! 何をしてるですかっ!」
「あはは、後ろが隙だらけだよ~♪」
「気配を完全に断ってそんな事しないで下さいよ……」
息遣いすら感じなかったぞ。
……いや、天使である彼女に呼吸というものが必要なのかと言うのは兎も角としてもだ。
――俺の背中に抱きつくようにからかって来る彼女の名は、アリエル=パリティーズさん。
天使らしいのだが、偽名を名乗っているのでどれ程の階位の存在なのかはよく知らない。
……ま、此方も余り気にする必要も無かったからなんだが。
彼女は日勤のフロアスタッフである。
「瑠伊耶君のほっぺすべすべ~のむにむに~」
「ちょっ、お願いですから止めてください……っ!」
何イチャついてんだテメェ、的に周りに居る野郎達の視線が痛い痛い痛い。
「……全く。天使の割りにスキンシップが大好きな娘っ子よねー、貴女」
「だって、瑠伊耶君の頬っぺた凄く柔らかいんだよ!? 男の子なのにっ!!」
「それ全く説明になって―――るのか、貴女の場合」
「椎馬さん……。頼みますから本気で納得しないで下さいよ」
「そうは言っても、アリエルが一旦そうなったら、私達じゃ止められないし。本気で止めたいならセリカか麗を連れて来なさい」
「今の状況でどう連れて来いと?」
「それはまぁ……念波?」
「や、俺そんな特異能力持ってませんから」
「じゃあ神通力」
「それは亜摩さんに言って下さい」
「それじゃ…「もう止めて下さいというか助けて下さい」
「い・や・よ♪ だって見てて楽しいもの。元気な男どもの嫉妬のオーラが全部瑠伊耶君に注がれてるのも、
見ててゾクゾクするし」
「止めて下さい生きた心地しないです……」
アリエルさんに遊ばれている俺を生暖かい目で見ながらもそんな漫才じみたやり取りをしているのは、
この小旅行で参加した最後の一人である、瀬禅 椎馬さん。
九十九神の化身だそうだが、ここに居る誰もがその本来の姿を知らないらしい。
……彼女自身が隠し通そうとしているようなので、暗黙の了解として何も言わなくなったそうだ。
この人は夜間のフロアスタッフである。
……しかし、こうも見事に神話級の人々(?)が一堂に遊びに来ているとは、
はっきり言って周りから想像もつかないだろうな。
うん、コレを事実と知ったら、世界中の宗教家が泡吹いて倒れそうだ。
「あ」
――と、そんな短い声を上げるアリエルさんは、突然俺への抱擁(?)を止めると、ある一点を睨み付けた。
それに釣られ、俺も彼女の視線の先を追うと、そこに居たのは、ウリエルが年の頃三十路前ぐらいの綺麗な女性と親しげに会話している様子。
「……はぁ。全く」
アリエルさんは思い切り良く溜息を吐くと、ウリエルの居る方へと歩んで行き、無言で彼のドタマに拳を落とした!
あ、あれは痛そうだ……。
そんな俺の戦慄も関係なしにアリエルさんは冷め切った声音でウリエルに言い放って。
「ウリエル様。女性に声を掛けるのは別に良いのですが、
人妻とか親子連れとか彼氏有りな女性をナンパするんじゃありません。
余りに相手が可愛そうです」
「……ぇ、あ、えっと、その……ご、ごめんアリエル」
こちらからは見えないのだが、ウリエルの表情が完全無欠に青くなっているのが見える。
……あ、女性の方も逃げ出して行ったぞ。
「とりあえず、そんな節操なしのナンパな貴方には、地獄の制裁をば」
「天使が地獄なんて言っちゃいけない……よ?」
「じゃあ、冥府に行ってらっしゃいませ♪」
……その後、ウリエルを見たものは誰も居ないとか言いたいのだが、
多分アレの事だから一時間もしないうちにひょっこりと現れるだろうなあ。
それから、暫し。
アリエルさんは何事かを成し遂げたかのような爽やかな笑みを浮かべている。
そんな彼女の後方には、頭から下が砂の中へ埋まっているウリエルが微苦笑を漏らしていた。
……案外余裕あるのな、お前。
「ウリエル様はこのまま放置プレイで良いと思う。……瑠伊耶君、あの人の監視、お願いね?」
「え、ええ。了解しました。――しかしウリエルって、ナンパ野郎だったんだな……」
しみじみと呟いた俺の言葉に、苦笑しつつ頷くアリエルさんで。
「そだよ。本人は博愛主義だって言ってるけどね」
「ですか。――そういえばアリエルさんって……意外とウリエルと親しいんですね?」
なんとなく終わってるような空気を振り払うように俺はそんな疑問を投げかけてみる。
「あぁ。私、千年程前まであの人と付き合ってたから、行動パターンやその他諸々は完全に把握してるのよ」
「すっ、すいません! 何か変なこと聞いてしまって」
悪い事を聞いてしまったと思い、謝るんだが…アリエルさんの方は全く気にした風もなく。
「瑠伊耶君はそんな事気にしなくて良いから。とっくの昔に終わった事だし、ね」
そんな俺の反応に微苦笑を漏らすアリエルさん。
本気で何とも思ってないような雰囲気である。
「……あーっと、そろそろ私も水着に着替えてくるかな~。瑠伊耶君、覗いちゃだめだからね?」
「流石にそんな命知らずになれる気はしませんよ」
「それはそれでつまんないわね~……」
ならばどうしろと?
「ま、いっか。それじゃ、キミも早く着替えて……って、下に着てる?」
「あ、はい。面倒だったので」
「そう。それじゃ失礼するわね~」
軽い感じで更衣室のある方へと歩いていくアリエルさんだ。
――と、彼女の代わり、と言うかのように、亜摩さん達が戻ってきたようである。
全員の水着姿が眩しく感じ、少々顔が赤くなってるかも知れない。
「荷物番有難う御座います~。瑠伊耶さん、大変じゃなかったですか~?」
「いぇ、別に何ともなかったですよ」
「ウリエルさんも、有難うございま…? ウリエルさん、何で埋まってるのですか~??」
「あはは、気にしなくて良いよ、亜摩さん」
「ならいいのですけど~」
爽やかな笑顔で受け答えているウリエル。
生首と美女の何気ないやり取り。何ともシュールな絵だな。
――そういえばすっかり忘れていたが、亜摩さんやアリエルさん達の様な目立つ部位(狐耳、尻尾とか天使の輪、翼等)を持つヒト達は、術で隠して貰っている。
天使達はそういう物は出し入れが自由らしいが、亜摩さんの方は神通力全般が不得手であるが為、
龍さんに光の屈折を応用した術を掛けて貰っていた(だが無くなっている訳ではないので、触れば感触はあるのだが)。
「全く。またイラん事でもしたんじゃないの?」
「そんな事言っちゃ~、いけないんですよ~?」
「そうは言っても、ウリエルだし」
「見た目真面目そうな好青年の癖に内面、爛れてるし」
「……酷い言われ様ですね」
女性が三人集まれば姦しい、とは言うが……。
8人もの女性が集まると喧しい事この上ない。
……まあ、俺もウリエルも人の事は言えないのかも知れないが。
「うーん、流石にコレだけの粒揃いな美女・美少女が居たら、視線が凄いわね」
「冷静にそんな事言わんで下さい、椎馬さん。
ウリエルはあんな状態なのであまり関係無いのかも知れないけど、俺は視線で針のムシロ状態ですよ……」
「ま、それは私達みたいなのと一緒に居れるだけ幸福と思っておきなさいな」
「……気苦労で胃痛起こす確率の方が高いような気もしますが?」
胃痛が酷くなってきたので、親父殿に頼み少々強めの胃薬を調達してきたんだが。
そんな俺の完全に本気な台詞を全く取り合わず、椎馬さんは続ける。
「ま、気にしちゃ負けよ」
「さいですか」
「あまり瑠伊耶君をからかっちゃダメですよ、椎馬さん」
「はいはい。龍は固いんだから…」
嗜めるように龍さん。
……真面目に俺を心配してくれるのは貴女と亜摩さん、廉さんにセリカさんの四名だけですよ。
他の人達は……いや、最早何も言うまい。
皆さんと別れた後、そんな感で諦めの境地に入りつつ、日頃の疲れをボーっとした状況で癒していると、
なんとものほほんとした声が耳朶に響き。
「さてさて、準備運動も終わったし、泳ごうか~」
「――一寸待つのじゃ、麗」
「……何よ?」
「流石にその格好で泳ぐのは許さぬぞ?」
「何故に?」
視線をその会話のした方へと向けると、廉さんが麗さんに文句を言っている様である。
その近くに龍さんもいる様だが、廉さんと同じような微妙な表情を浮かべていて。
――って、麗さん。何故に上サラシの、下が赤い褌ナノデスカ?
頭の中が真っ白になったぞ、本気で。
あまりにあんまりな件に、流石に俺も彼女達に近付き突っ込みを入れる。
「う、麗さん。流石にそれは拙すぎると思いますが……」
「瑠伊耶君までダメって言うんだ。何で?」
「そ、それは……」
ウチで一番身長低い割りにプロポーションがトップな貴女のそんな姿見せられたら、
健全な男には拙いと何故気付かないですか。
「――ふぅ。御主はつくづく容姿に無頓着だのう」
「全くですね……」
苦笑するしかない廉さんに溜息を全開で龍さんも同意し。
俺も真面目な顔で頷くしかないと。
「あたいのこの格好がそんなに変かい?」
「や、貴女にとても良く似合ってはいるんですが、流石に周囲の目が」
「むぅ。周囲の目なんでどーでもいいじゃないかー。こっちの方が楽だしー」
そう言いながら胸元のサラシを引っ張らないで下さいよ。
目の保養にはなるけど、もしも俺の邪な視線とかに気付かれたりしたら片手で首をねじ切られる……。
怖い怖い怖い怖い
「――赤くなったり青くなったりどしたの、瑠伊耶君?」
上目遣いしないで下さい純朴そうな目で俺を見ないで下さい狙ってるんですか貴女は。
……そんな俺の心の叫びに察してくれたのだろうか廉さんが麗さんの首根っこを掴み、引きずる様にして引っ張っていく。
「ふぅ。健全な青少年を無意識に誘惑するでないわ。
吾が資金を出してやるから早くちゃんとした水着を買いに行くぞ?」
「ぇ、ちょっ……? な、何するんだよー! あたいはコレでいいってー」
じたばた暴れる麗さんに全く動じず、そのまま引きずっていく廉さん。
思った以上に力あるんだな、と思ってしまう。
――夜間のしかもキッチンスタッフである廉さんなのだが、
余裕があるときはフロアにも出ていると言った状況の割りに、
夜間従業員の中で人気No.1だと言うレストラン内屈指の美女さんなのだが、ギャップが激しすぎる。
「――あの子、変な方向で真面目ですから」
そんな二人の行動を見ていた龍さんは、やれやれと云った体でそんな言葉を漏らす。
――そういえば、以前、龍さんと廉さんは数百年来の親友だと聞いたな。
気安いと言うかあの雰囲気は納得できる話である。
「? ……瑠伊耶君、あの子の暴走を止めなきゃいけませんので、あたしも一緒に行く事にしますね」
「あ、はい。お願いします、龍さん」
俺の思考してる風に少々疑問を持ったようだが、先の二人を追いかけるのが先決だと思ったのか龍さんも俺にそう声を掛け、
彼女達について行くと言うことにしたようだ。
「あ、そうだ。きっと麗さん、色々とストレス溜まってるでしょうから…」
「了解です。海の家で買い込んできます」
何かを思い付いたかのように、龍さんは俺に言葉を掛けて来て。
俺も彼女が何を言いたいのか理解できたので、軽い言葉で承る。
麗さん、ストレス溜まると食べる方にトコトンまで突き進むからなあ……。
その俺の台詞に、満足そうな微笑を浮かべお願いしますね、と言葉を残すと、去って行く龍さんで。
――そういえば龍さんの笑顔、見るの初めてだったかも知れないな――
多分真っ赤になってるであろう顔を冷やすように何度か頭を振ると、
俺は食料を買い込みに海の家へとその足を向けるのであった。