2話
俺がこの“ケモノミミレストラン もんすたぁ”の店長として赴任してから早二ヶ月。
店員さんとの顔合わせとか(色々な種族のオンパレードだった)、何故か居ない男手を一手に引き受けるとかと色々と大変だったが、
亜摩さん達ベテランスタッフに色々と教わりながら何と運営が出来ている。本当にあの人達には頭が上がらないな。
そして、丸々一月働いたその恩恵が今、此処にある。
――給料明細と言う形で。
俺も父さんの肉親とは言え、雇用その他諸々の契約をしているので(昔から父さんは公私の分け方は尋常じゃなかった)、
こういうものも律儀に作ってくれたみたいなのだが――その明細を確認した時、目を疑った。
「一桁、多いんじゃないのか?」
そう、呟いてしまった俺は多分悪くないと思われる。
まだ高校にも入ってないお陰で、バイトとかまともにやった事がないから平均的なバイトの給料とか分からないが、
それでも二桁の枚数の諭吉様は多いんじゃなかろうか。
……流石ン兆円産業、としみじみと思ってしまう小市民である。
まあそれは兎も角、会えた従業員には一緒に託された従業員明細を手渡ししつつ業務をこなしていく俺で。
渡した従業員さん達に礼を言われるのに恐縮しつつも時間はゆっくりと過ぎて行き。
まだ慣れていない所も大量で、微細なミスも多いのだが、まあ何とかせねばなるまい。
――結局、父さんの思惑通りに動いている自分が恨めしくも感じるが。
それはさておいて、それから暫し。
そろそろ休憩するか、と思った折に唐突に事務所の扉を開く音と共にやたら軽い声音で声を掛けてくる人がおり。
「瑠伊耶~。こんちー」
――その女性は、何時もの事ながら、Gジャンとジーンズとの組み合わせの出で立ちで、
顔にはカラカラとした明るい満面の笑み。
ああ、また何時もの事か、と若干凹みながらも応対をせざるを得ず。
「……姉さん、一体何の用だ?」
そう俺は口にして、女性の方を睨み付けてみるが、全く答えた風もなく更に笑みを深める女性であり。
――そう。彼女の名は、御柱 綾(19)。……俺の実姉である。
「給料出たんでしょー? たかりに来たよー♪」
「それは口に出すべきではないと思うんだが?」
「気にしない、気にしない」
この頭痛を催しながらも言葉を返すのだが、父さんばりのスルースキルで、受け流し。
昔っから刹那的な人であったが、この数年の間に更に磨きが掛かった節がある。
本気でもうやめてくれ。精神的に死にそうだ。
「ねー、ねー。いいじゃないー。と言うかオゴれ」
「命令ッ!? いや姉さん貴女も父さんから店舗貰って稼いでるんだろうに、何でそこまでッ!!」
「いや、やっぱり自分の懐が痛まないって、最高じゃない?」
「俺は最悪ですよ!」
そんな姉さんの理不尽に憤慨しているその時、事務室をノックしてから声を掛けてて来る人がおり。
入ってくるように促しの言葉を掛けると、入ってきたのは亜摩さんで、どうやら休憩に入ったらしい。
「お邪魔しま……あれ、綾ちゃんですか~?」
「を? 亜摩ちゃんだー。お久し振りー」
「お久し振りなのですよ~」
……どうやら、姉さんは亜摩さんと知り合いだったようだ。
俺を置いてけぼりにしての和気藹々とした雰囲気に、ちょっとばかり疎外感を感じてしまう。
――いやそんな事を考えてどうする俺。
そんな内心を、俺の表情から何かを読み取ったのか、姉さんはちょっとばかり不思議そうな表情で声を掛けてきた。
「……おろ? どしたの、瑠伊耶?」
「いや、亜摩さんとかなり親しい様な印象を受けたからな」
「そりゃそうだよ。ここ、瑠伊耶が務める前は私が引き受けてたんだし」
それってマジですか。
そんな顔をしているのに気付いたか、姉さんは至極尤もそうに言い放った。
「私、今年で19だよ? 4年前、『あの』お父さんに……」
「いや姉さん。それで十分分かったから」
……昔からやってたのか、あのクソ親父。
とりあえず、あの人が顔出した時に一発殴っとこう。
……無駄な足掻きであるのは分かっているんだがな。
等と諦めに似たため息を吐く俺に、やたらと爽やかな表情を浮かべている姉さんである。
逆に亜摩さんの方は、苦笑で彩られており。
「でも~、綾ちゃんが~、別の店舗に行く時~、ウチに居た男手全員引き抜いて行くから~……。大変だったんですよ~?」
「ぁー……、それはごめん。でも、皆手放したくなかったし~。イイ男は全部私のモノなんだよ?」
「それでも~、キッチンスタッフと雑務さんが居なくなったのは~かなりきつかったのですけど~?
特に力仕事出来る方が、麗ちゃんだけになったと言うのは本気で辛かったです~」
かなり自分本位な言葉を言い放つ姉さんに、亜摩さんも微妙に問い詰める様――というか、詰問だなこれは――な物言いになって行き。
……因みに先に亜摩さんの口から出た麗という方は、深夜帯のフロアチーフで、自己紹介の折に四半鬼だと名乗っていたヒトである。
(そのためか、このケモノミミレストランという特性上、日替わりでケモノ耳付きカチューシャを交換しているみたいだ)
仕事の見学をしてた時に、如何見ても100kg近くはあるんじゃないか、と云った荷物を軽々と持ち運んで行った所を目撃した時は変な悟りでも開くかと思ったが。
「亜摩ちゃん。私の野望の為にも、彼等は必要だったの。そう、私の……“スーパーホストクラブ『ヘヴン』”の仲間としてッ!」
「おいこら待てやそこの姉者」
きっぱりきっちりとほざく姉に取り合えず突っ込みを入れる俺。
……やはり、あの親父殿にしてこの姉様あり、か。
俺もあれらと同類なんだろうと再確認してかなり凹んだのはここだけの話で。
と言うか、まだ成人してないってのにホストクラブ経営とか良いのかと突っ込みたい。
「……何よ、瑠伊耶」
「そんなものの為に男手全部掻っ攫って行ったのか、姉さんは……」
「そんなものッ!? イイ男をはべらす事がそんなもの、程度で括れる訳が無いじゃないのッ!」
「と言うかホストクラブって姉さんまだ未成年だよな!? それでそんなの経営してたら拙いんじゃないのか!?」
「そんなモン、とうに色々握らせて黙らせたわよッ!!」
「買収ッ!? 本気で何を考えてるんだ姉さんッ!!!」
「野望の為なら何だって!」
「どういう字にルビ振った!?」
「ちっ、流石瑠伊耶っ! 余計な事は察しが良いっ!」
「ああもぅ黙れこの姉さんッ!!」
喧々囂々。
あまりにも末恐ろしい姉さんの発言に更に頭痛が増してくるぞ、本気で。
エキサイトしまくっていた俺と姉さんを、まあまあ、と云った体で亜摩さんが仲裁に入ってやっとこの騒ぎは収まり、
一息を吐くと同時、俺は恨みがましく呟きを漏らす。
「――とりあえず、分かりたくはないが、分かった。
だがな、あまりに酷い引き抜きとかするな、本気で。その所為でこっちに残った皆の苦労の分ぐらいは反省してくれまいか」
「……ま、まあその辺りはちょーっとばかり悪かったと思うから、それは……うん。――ゴメンね、亜摩ちゃん」
「次からは~、ちゃんと代わりのヒトを連れてきて下さいね~?」
「りょーかい」
俺や亜摩さんの言葉に、負けました、負けました、と軽くおどけてみせる姉さん。
あまり反省してるような気がしないが、気にしたら負けなのだろうか……。
「でもね、イイ男にかしずかれるのって楽しいし、最高なんだよ?
瑠伊耶もこのレストラン、女の子比率ほぼ100%なんだから、楽しいでしょ?」
「それにしても酷すぎると思うぞ、姉さん。後、かしずかれたいって言うなら普通のホストクラブの客になれば良いんじゃないのか?」
「だって魔の眷属や神の眷属の魔性の美しさを見せられちゃったら、並みの連中、楽しくないもの」
――確かに、人外の美しさと言うのは、このレストランの状況を鑑みて納得は出来る話ではあるが、あまりハメをはずしすぎるな、姉上。
「ま、代わりにお父さんが瑠伊耶を連れてきたんだし、のーぷろぐれーむ」
「……父さん、その辺りまで計算していたのか?」
「さぁ? ま、それは兎も角。本日のスペシャルディナー、瑠伊耶の奢りでお願いねー」
「反省の色が凄く少ない気がするが」
「あ、あはは……。瑠伊耶さん~、気を確かに~……」
本気でどうしてくれようか、この姉上、と深く深く溜息を吐く俺の姿に、励ましてくれる亜摩さんの心意気がとても嬉しく感じてしまった。
……その後、結局姉さんにスペシャルディナー以外にも色々と奢らされる羽目になったのはまあ、いつものことである。