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10話

今回から夜の皆さんです。



 とある週末。

俺は、土日にしか出来そうも無い夜間に出ている。

とは言っても、今は夏休みだからあまり関係はないんだがな!


 閑話休題それはさておいて


 ――何と言うか。この所目が回る忙しさが続いている。

先のバイト希望者と同時に、俺への興味を持って見物に来た客の数も鬼の様に増えていて。

今までは、21時オーダーストップだったのだが……明らかに多すぎる客数にじわじわと時間がズレ込んで、今ではオーダーストップが22時半にまでなっている。


 だが、一見さんもほぼ確定で常連化している辺り、俺への興味から多分飯の魅力の方に流れたな。

実際にどこぞの神族らしいのが料理長を呼べ! 的な事を叫んだ事もあったし。

邪魔だったからとりあえず排除してから事務室の方で事情聴取したが、某バアル=ゼブル様だったのは酷いオチでもあり。

恐るべし、セリカさんの手料理。つうかなにしてるんだ暴食の王とか豊穣神とかしてるお方。


 まあ、そんなこんなもあって……店内に入りきらない連中からの抗議にどうしようと頭を悩ませる日々である。

――しかし、フロアやキッチンスタッフの負担が増大しているし、新たに従業員を雇わないといけないか……はぁ。

少々前のブリュンヒルデを含んだバイト希望を断ったのが悔やまれるが、まさか此処まで一気に業績が鰻上りになるとは思わんかったし。

……この辺りは、俺の認識の甘さか。猛省。


 「ねーちゃんビールくれぇぇっ!」

 「はいよー」

 「こっちにも熱燗いっちょー!!」

 「ちょっと待ってなっ!! お客様、レヴィアたん印の煮物上がりましたー」


 うららさんが、椎馬さんが、アザレアさんが忙しそうに動き回っている。

……夜間になると酒精も出すので、余計に客達がおかしい反応も見えるようになっているが。


 ――因みに、この時間帯に居る連中は、ほぼ全てが所謂“物の怪”、だ。

偶に人間も居るが、そういった連中は、掃除屋と呼ばれる裏側での何でも屋が中心で、一般人はほぼ居ない。

……此処の店員は俺を除くと、全員が人間ではないから、表から外れた……外れざるを得ない事情がある連中の溜まり場になるのはある意味仕方が無いのかも知れん。


 ――そんな所だからこそ、外界そとで燻るモノを持て余し――


 「んだとテメェゴルァッ!!」

 「食っちまうぞアァッ!!?」


 ……はぁ。もう少しこういった手合いには、語彙を考えて欲しいものである。

なんというか、毎度毎度似たり寄ったりの台詞しか聞いた記憶が無いのだが。

その喧嘩腰の言い合いのする方へと目を向けると――


 ――はい。余りの怒りの所為か顔が虎化している大男と、興奮で牙やら尻尾やら翼やらがハミ出ている小柄な男が睨み合ってますよ。


 「今日は虎人とインキュバスかぁ。前回ほどの無茶にはならないだろうねぇ」


 唐突に俺の背後から苦笑の声音が聞える。

俺は一つ溜息を吐くと、軽く睨むように俺を盾にして観戦モードになっている女性に突っ込みを入れた。


 「椎馬さん。何時の間に此処に来てるんですか貴女は」

 「気にしたら負けだよ?」

 「……何気なく俺を盾にするのは止めてくれやがりませんか?」

 「嫌」


 ……まあ、椎馬さんというのはこーいう人なので、何を言っても無駄なのは分かりきっているのだが。

とりあえず、あの連中の暴発を防がねば。


 「それで、麗さんは?」

 「もう鎮圧に行ってるよ」


 そんな椎馬さんの答えと同時、恐ろしく鈍い音が店内に響く。


 「――お客様。此処でのイザコザはご遠慮願います。――ってーか、それ以上やるってんならあたいが相手になるよ。おーけー?」

 『りょ、了解でありますっ、マムッ!!』


 お盆を縦にめり込ませた虎人とインキュバスの目の前で見えない炎を煌かせ仁王立ちしてるは、

このレストラン最強の戦闘力を誇る“ちっちゃなウェイトスさん(だが着流し姿)”、雑賀 麗さんであり。因みに、今回の獣耳はトラミミとトラ尻尾

らしい。


 いや確かに鬼ってのは丑寅だからトラ装備ってのもいいんですけどね。

――まあそれは兎も角として、あまり接客に向かない性格をしている麗さんが夜間のフロアスタッフのチーフをやっているのは、

こういう荒事が起こった時のためのセーフティ、と言う事を父さんから聞いた。


 ……確かに、男とはいえ人間でしかない俺ではあんな芸当は出来ん。


 「あたいだって暴れたいの我慢してるんだ。アンタ等だって出来ない事は無いんじゃないかい?」

 「む、むぅ……」「すいやせん、姐さん……」


 睨みつけながら説教をしている麗さんの前で小さくなっている男二人。

――しかも頭にお盆をめり込ませており、満席状態の店内で正座をさせていた。完全無欠に晒し者である。


 「お前等本気で人間社会に適応したくて東京に来たんだろ? あたいもそう考えてここまで来た。

昔ッから四半鬼クォーターオーガって事で色々と手加減が利かなくて――。

それでずっと迷惑掛けてた皆に、大丈夫だ、もう心配ないって胸張れるように頑張って行こうって」


 そんな麗さんの言葉に、しん……と静まり返る店内。


 「まあそれは兎も角として、壊したものは体で払って貰うからね?」


 先ほどの言葉はなんだったのだろうか、というぐらいの豹変振りにずっこけてしまう。

麗さん、先ほどまでの真面目な話はなんだったんですか?


 と、思ったら、自分でもガラじゃない、とでも思ったのか、表情を微妙に赤らませてる姿が。

でもそれを見れたのは俺だけだったようで、直ぐに何時もの姉御肌を全面に出した表情に戻っていたが。

いや、その表情はギャップが酷すぎてヤバいですって。


 「ぅ…」

 「社会勉強の一環だ。あたいがきっちりかっちり矯正してやるから覚悟しときなよ?」


 壮絶な笑みを浮かべつつ二人の襟首を握りこむと、キッチンのある方へとずるずると引きずっていくのをただただ見送る事しか出来なかった俺。


 「……相変わらず最強だよね、あのちびっ娘は」


 そんな椎馬さんの呟きを背中に受けながら、俺は……跳ねまくっている己が心臓を鎮める為にも、大きく溜息を吐くのである。





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