序
今日、俺――御柱 瑠伊耶は、15の誕生日を迎えた。
御柱家の『謎』そのものとも言える父さんが、話したい事がある、と言う事なので、
面倒臭いながらも、学校が終わったら直ぐに自宅へと帰って来た訳なんだが。
「……よく聞こえなかったんだが、何と言ったまいふぁーざー?」
「……耄碌する年でもあるまいに、まいさん」
帰宅してリビングに顔を出したら、どうやら俺よりも先に帰って来ていたらしい父さん―御柱 崔真(43)――に促され、
向かいのソファに腰掛けたはいいのだが……余りに唐突に、突拍子も無い事を言われ、先の言葉となっている。
――ずっと秘密にしていたが、私はとあるマフィアのボスなんだ。……てへっ――
……とりあえず、今一度その言葉を聞いた俺が無言でこの親父殿に真空飛び膝蹴りをぶちかました気持ちを分かって貰えるだろうか?
「……言いたい事はそれだけか、クソ親父」
「ふっ、取り合えずパパと呼びなさい、まいさん」
かなりの怒りと理不尽への憤りを膝に託して顔面を強襲した筈なのだが。
何食わぬ顔でそんな言葉を返してくる彼の人に再度無言にて諸手打ちで腹に一撃かますが、
またもや全く効いた風もなく立ち上がってくる親父殿。
……つくづく不死身だな、この人。
「まあそれは兎も角。前ボスであった人の娘であるママに婿入りしてこの地位を手に入れたのだがね。
義父さんが残した『世界と人に優しいマフィア』と言う遺言を守り、色々と事業を進めていたんだよ」
「寧ろ辞めてしまえそんなマフィア」
普通にそう言ってしまう俺の感覚は正常だと思いたい。
だが、俺の言葉にこの親父殿は全くスルー。……と言うか、聞く耳を持っていないと言うのが本音か。
「世界と人に優しい、と言うのは難しい。ラブ&ピースを実践する為に、何ヶ月も考えに考え抜いて導き出した結果――
答えに辿り着いたんだ。……それは、“萌え産業に参入する事”だとッ!!」
「ちょっとまていッ!? 何処を如何捉えればそんなボケた話が導き出されるんだっ!??」
誰もが俺の突っ込みを分かってくれる……だろうと期待する。
そんな俺の受け答えに、クソ親父は少々不満げに言葉を返して来て。
「何を言ってるんだ、まいさん!? 現に私は今、都心で50店舗ほど萌え系の店舗などをプロデュースしているんだよ!?」
「本気で何を考えているクソ親父ぃっ!!!」
そんな叫びと共に俺は親父殿の顔面に体重移動からの震脚(モドキ)で威力を倍加した正拳突きを叩き込んだのだが、
またもやコイツは何事もなく立ち上がってくる。
「痛いじゃないか、まいさん」
「ならもう少し考えて物を言えこのボケ親父っ!!」
…俺はそれから小一時間程、この馬鹿に殴る蹴るの暴行を加えたのだが、
己の拳と脚を痛めつけただけ、と言う事をここに記しておこう。
――本気でこの父さんは何者なんだろうか?
「ぜぇぜぇ……。で、そんな事で……今でも納得出来んが、
とりあえずそんな馬鹿な話をする為だけに俺を呼んだ訳じゃないんだろう?」
荒い息を吐き、心底脱力しながらも、俺はそう問い掛けると父さんは鷹揚に頷きながら返してくる。
「それは当然さ。……まいさんも今日で15歳。一昔前ならば大人の仲間入りをする年だ。
と、言う事で、パパの作った店舗の一つをお前に任せようと思っているんだよ」
立志式、ってやつだね、と朗らかに言い放つ父さんの表情はとても晴れやかで。
……とりあえず、その顔、妙に腹立たしく見えるんだが、どうしてくれようか。
まあそれはさておいて。話が進まないのは面倒なので、続きを促す事にする。
「頼むからまいさん、ってのは止めてくれないか、親父殿」
「メイドレストランからシスターカフェ、ツンデレマッサージ店など色々取り揃えているよ?」
俺の抗議の声も相変わらず無視するクソ親父殿は、次々に自分が手掛けて作った店を挙げていく。
……一体どれ程までのディープさなのだ、と突っ込みを入れたいが。
と云うかツンデレマッサージ店ってナンだ。
まあ、先の状況からしてどうせ聞いてもはぐらかされるだけだろうし、俺はそのまま断りを入れようとする。
「だから俺は……」
「何!? まさか……まいさんは、私が新たに企画しているムキムキマッチョレストランに行きたいのかい!?」
「―――ってそんな萌えからかけ離れているレストランってなんだっ!?!」
いやまさかそんな、と云った風体で慄く父さんに、超反応で突っ込みを返してしまう。
同時に脳内で、小麦色の肌をしたムキムキマッチョメーンどもがやたらと爽やかな笑みを浮かべて接客している姿が頭を過ぎってしまい、
思わず吐き気を催したのも仕方ない事だと思う。
「何を言っているだい!? まず間違いなくおば様方に大人気間違いなしだよ!?」
「そんなおば様考えただけでゾッとするわっ!!!」
頼むからそんな物騒なモン、脳内そのものから抹消してくれと。
それから暫し口論は続いたが、その口論中にある程度頭も冷えたのだろうか。
ぽん、と手を打つ父さんであり。
「では間を取って、ケモノミミレストランとかはどうだい?」
「――っ、何を間に取ったのかが全く持って不明なんだが、何故にケモノミミ?」
ニヤリ、と言った笑みを浮かべつつ吐き出したその単語に、一瞬だが動転してしまい、反応が遅くなってしまう。
そんな俺に、親父殿は分かっている、とばかりにイイエガオで2、3度頷きながら呟きを漏らして。
「そうかそうか、まいさんはケモノミミ娘が好きなんだね。
ベッドの裏側に隠していたアレでソレな物も、やたらケモミミが多かったって聞いてるよ?」
「って何でアンタは微妙に一般的な母親がやりそうな事をしてるんだ!?」
「いやー、ママが以前まいさんの部屋を掃除した時に見つけたようでね。
じっくりねっとりと熟読してから私に告げ口して来たんだよ」
「ぐはッ!!」
……色々と燃え尽きそうになりつつも何とか踏み止ま――らなくてもいいのかも知れんが、兎に角踏み止まる。
母さん、流石に息子のソレな本を熟読は辞めてくれ頼むから。色々と死ねるし。
そんな俺の内心の葛藤とは無縁に父さんはまあソレはさておき、と口を改めて。
「とりあえずお前にはまだ早いと思うんだけどどうかな、まいさん」
「何で爽やかな笑顔でどうかなまいさん、じゃないわっ!!」
って、全く改めてなかった事にいらん怒りが沸いて来たので、あの辺りの本は完全証拠隠滅する事を心に決めながら、
近場にあった椅子を引っつかんでこの親父の記憶を消そうと思い、それを実行するために椅子を振りかぶった俺であった。