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思いやりある人

作者: 月見ココア

俺の書く短編にありがちな微妙な話。

気分が落ちている時に読むのはおすすめしません。





あるところに一組の夫婦がいました。


彼らは普通の夫婦です。


優しい人たちに囲まれて育ったどこにでもいる普通の人たちです。


そんなふたりの間に待望の赤ちゃんが産まれました。


男の子です。


ふたりはすっごく喜んでいっぱい、いっぱい愛を注ぎます。


“可愛いなぁ”


“大好きよ”


“早く大きくなってね”


たくさん、たくさん愛してもらって、


男の子はすくすくと大きくなっていきます。


そして夫婦は初めての我が子をきちんと育てようと頑張ります。


“乱暴してはいけないよ、痛いのは嫌だろう?”


ケンカをしたらそういって優しくさとします。


“悪口はだめよ、あなたが悪い人になってしまうわ”


汚い言葉を使えばそれはいけないことだと教えます。


“わがままいわないの、お父さん困ってるわよ”


駄々をこねたら、人を困らせてはいけないといいます。


“どうやったら困った人は助かるかな?”


そして困っている人がいたら助けてあげてとお願いします。


“うん、わかったよ!”


素直な男の子はお父さんとお母さんの教えをきちんと守ります。


誰ともケンカはしません。誰にも暴力をふるいません。


誰かの悪口をいいません。陰口もいいません。


我が儘なこともいいません。しません。


ただ困ってる人は、周りにいませんでした。


けれどちょっとした事でも手助けをすれば、ふたりは褒めてくれました。


“いい子ね、お母さん嬉しいわ”


“このまま大きくなって人の役に立つ人になってくれよ”


いい子でいれば、嬉しい。


役に立つ人になって、ほしい。


お父さんとお母さんが大好きな男の子はそうなろうと思いました。


その気持ちは家族が増えて、男の子がお兄ちゃんになると強くなります。


“お前の妹だぞ、守ってあげるんだぞ”


“今日からお兄ちゃんよ、頑張って”


男の子ははりきります。


一緒に遊んで、一緒に寝て、過ごしていきます。


その様子を見て誰もがいいました。


“優しいお兄ちゃんね”


褒められてお母さんが嬉しそうなので男の子も嬉しくなります。


“思いやりのある子に育ってくれて、うれしい”


“お前は僕たちの自慢の息子だよ”


嬉しくて、嬉しくて、男の子はそうなのだと思いました。


けれど大きくなるにつれて男の子は何か変だと思います。


“あれ、おかしいな”


ふたりの教えをきちんと守っているのに誰も何もいってくれません。


ケンカなどしていません。


誰かにひどいこともいってません。


困らせてもいないのに、どうして?


また昔のように褒めてほしいけれどそれもわがままです。


男の子は誰にもいいません。


誰ともケンカせず、ひどい言葉を使わず、誰かを困らせない。


ずっとずっとそうしていました。


すると男の子が少年になった頃には



ひとりぼっちになっていました。



なんででしょうか?


少年はよくわからなかったけれど友達が誰もいませんでした。


これを知ればお父さんとお母さんを困らせます。悲しませます。


だからいいませんでした。


それに友達がいないのはきっと自分となりたい人がいないのだと思いました。


自分と一緒にいたくない人と友達になろうとするのは迷惑です。


きっと友達を作ろうとすればみんな困ってしまうでしょう


“なら、いなくてもいいや”


少年はそれからもずっと家以外では独りで過ごします。


誰も困らせず、誰も迷惑だとも思っていません。


少年はそれを誇らしく思います。


そして彼がまた少し大きくなる頃には、家でも独りになりました。


両親は共働きに戻りました。


妹は友達と遊ぶのに夢中です。


そして一生懸命部活や趣味に打ち込んでいます。


“みんなすごいなぁ”


少年は家族を誇ります。


自分はそんなにたくさん色んな事ができないと。


誰にも迷惑はかけていないけれど、それしかできない。


“あれ?”


少年はまた何かおかしいと思います。


何がおかしいかわかりません。


でも、どうしても違和感が消えません。


その理由は、意外なことでわかりました。


気付いた切っ掛けは些細なこと。


“なんだと、もういっぺん言ってみろ!”


ケンカです。


クラスメイトがケンカを始めました。


昔は、少年が男の子だった時はすぐに止めに入っていました。


けど、その時少年は見ているだけで止めに入れませんでした。


“敵いそうにないから、ケガしそう”


何もしていない少年に力はありません。


乱暴者のケンカに入ればケガをします。


それを恐れて何もしない自分に、少年はびっくりしました。


“あれ、あれぇ?”


それから何度も似たようなことがありました。


困ってる人を助けてあげられません。


どこまでなら助けていいのか。


何までなら、相手は困らないのか。


ひとりぼっちの少年はわからなくなっていたのです。


相談なんてできません。


だってそれは迷惑です。


自分がされて嫌なことはしてはいけないのです。


“あれ?”


相談や頼られるのが嫌なのだと少年は初めて気づきます。


それはいいことのはずなのに。


少年はそれを迷惑だと思っていました。


されたら嫌だと思っていました。


よくわかりません。


だってそれはいけないことです。


悪いことです。


そんな風に考えてはいけないと言われてきたのに。


“もしかして”


思いやりがある。優しい。自慢だ。


そういわれたくて、そうしていただけで、本当はそんな子じゃない?


本当は自分だけが大事で、自分が一番で、思いやりも優しさもない自分。


“困った、困った、どうしよう、どうしよう!”


それではだめだ。


それだと家族に迷惑をかけてしまう。


自分をそういう子だと思ってくれてるのに。


本当はそうじゃないのにここまで育ててくれたのに。


どうしていいか解らなくて、けれど彼には頼れる人がいません。


だってこんなことをいわれても誰もが困ってしまいます。


それは少年にはできません。


だからこれまで通り振る舞います。


何も変わりません。


でもそれでいいのです。それが一番誰も困らないのですから。


少年がやがて青年になっても、彼はずっとそうしています。


“そろそろ真剣に考えてみないか?”


いつしか両親や親戚からいわれるようになります。


家族を作らないのか、と。


でも青年は困ってしまいます。


こんな本性を持つ自分と付き合ってくれる人はいない。


できたとしても迷惑だろう。困るだろう。


青年はそんなことできません。


そしてそれをみんなにいうこともできません。


遠回しにお前たちの息子は人に好かれない男だという気がしたのです。


そんな言われたら嫌な事は言ってはいけないのです。


曖昧な言葉で誤魔化し続けます。ずっと、ずっと。


どんどん時間だけが過ぎていきます。


春がきて夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春に。


それをいったい何回繰り返したでしょうか。


彼は誰にも迷惑をかけませんでした。


妹は無事結婚して家を出ました。


精一杯祝福しました。


家はとっくに出て一人暮らしです。


両親に迷惑をかけられません。


そして仕事を頑張ります。


怠ければ迷惑です。


でも色んなお誘いは断ります。


だって自分といるとつまらなくなって困るだろうと。


気付けば職場でも独りぼっちでした。


“良かった”


これなら誰も困らないとホッと一息です。


それからの日々はとくに何もおこりません。


だって彼は誰にも迷惑をかけず、困らせないのです。


何かが起こるわけがありません。


春がきて夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春に。


それをまた何回繰り返したでしょうか。


困ったことにどんどん終わりが近づきます。


何十年もそんな日々が続いたので、ベッドから動けません。


そうなってしまうほどのおじいさんになっていました。


誰も呼べません。


そんな知り合いはいません。


妹も両親も、もう遠くです。


それにどのみち誰しもが通る道。


なら、迷惑をかけてしまうのは忍びない。


最後の迷惑だけは、誰もがかけるものだから許してほしい。


おじいさんになった彼はそれだけを思ってベッドで横になっています。


だってそれなら誰も困らない。


誰の手も煩わせない。


“ああ、良かった誰にも迷惑かけなかった”


誰もいない独りぼっちの老人の最期の言葉でした。




彼が幸せだったのか不幸だったのかは読み手に全部に任せます。


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