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「まぁ、素敵ですわ」


アリスが『豊穣の巫女』であるノアに手土産の薄紫色の薔薇の束を渡すと、彼女は嬉しそうに微笑んでくれる。

ノアの姿は17歳になるアリスより下の15・6歳くらいだ。

しかしそれは巫女になると成長が止まるからであって、アリスは彼女の年齢は知らない。

寿命は普通の人間と変わらなかったが、神に愛された彼女は一生を若い見目のままで終えるのだ。


王宮の一画に設けられた巫女の居住する区画と神殿以外には出ぬまま。

ただ民のために生涯をかけて祈りつづける存在。

何一つ自由のないとても息苦しい生活だろうに、巫女はいつでも笑ってアリスを出迎えてくれた。




神殿で祈りの儀式を行った後。

アリスは巫女ノアの私室でのお茶に誘われ、今は彼女と向かい合ってティータイムを楽しんでいる。

ミルクのたっぷり入った紅茶を一口口にしてから、アリスは笑った。

ライトやグローリアにみせるような無邪気な微笑みではなかったが。

けれど女王使用の笑みでみせる冷たさは無い、アリスにしては珍しい優しい微笑み方だ。


「喜んでいただけて嬉しいです」

「変わった薔薇ですね。普通より小さいし…でもよく見る小型の薔薇より華やか」


ノアは侍女に花束を渡して飾るように指示したあと、ケーキを口に運ぶ。

結うこともせず流れるままの柔らかそうな髪と同じ金色の目が幸せそうに細められて、お菓子に喜ぶさまに何だか微笑ましくなる。

クリームの添えられたフルーツたっぷりのタルトはとても美味しそうで、アリスもフォークを手に取って食べてみる。

ちょうど良い甘さだ。噛むとあふれる果汁とほろほろと崩れるタルト生地は絶妙だった。

巫女専属のシェフはそうとう腕がいいらしい。


もう一度フォークを差し入れながら、アリスは頷いて見せた。


「新作なんです。よかったら名前をつけていただけませんか?」

「名前?まぁ、いいのかしら」

「ぜひ。巫女様命名なんて、むしろ価値があがりそうですもの」

「あらまぁ。光栄だわ」


巫女はくすくすと上品に笑う。


(こうして見ると私よりよっぽど年下みたいなのに)


実際の年齢を尋ねてみたいが、女性に年齢を聞くのはご法度だ。

疑問を飲み込んで、目の前の無垢な少女を目に映した。

小さくて可憐で細くて。アリスはいつも保護欲を掻き立てられるのだ。


「次に会うまでに考えておきますわね」

「お願いします」

「ところで…」


フォークにのせたクリームを小さな口で頬張った後、ノアはおもむろに小声になり、上目使いでアリスを見つめてくる。

何かを言いたそうに口ごもる可愛らしい様子をながめつつ、促すように「なんでしょう」と言ってみた。

ぱっと嬉しそうにはにかんだノアは、フォークを握りしめて訪ねた。


「今日のアリス王女、いつもより明るく見えますの。何か良いことがあったのかしら」

「え?」

「あ!勘違いだったらごめんなさい。そんな気がしたものだから、つい気になってしまって」


恥ずかしげに染まった頬に両手を添えて照れるノアに、アリスが微笑みながらも困ったように眉を下げる。


「えーっと…」


良いこと、とは言えないが変わったことならあった。

昨日空から人が振って来た。

しかしそれを言うのは説明がややこし過ぎるし、心配をかけそうだ。

アリスはここは無難な返答をしておこうと背筋を伸ばした。


「そうですね。最近、よく外に出るからかもしれません」


これも嘘ではない。

外へは薔薇園くらいにしか出ないアリスにとって、馬車にのって数十分も先の場所へ定期的に出ていくのは珍しいことだった。

馬車の窓から見える風景は新鮮で面白かったし、余所の邸宅の庭を見るのも楽しかった。

アリスの答えは苦し紛れに絞り出したものだったが、ノアは楽しそうに表情を輝かせる。


「外の様子!ぜひ、ぜひ聞かせてくださいませ!」

「え?えぇ、でも私も詳しいわけでは無いのですが」

「かまいません。アリス王女殿下の見たもの聞いたものをありのまま聞きたいですわ」


(あぁ、そっか)


ノアの食いつきように気おされて後ろのめりになりつつ、彼女がなぜそこまで張り切るのかをアリスは簡単に想像できてしまって納得する。


アリスのように外に出ないのではなく。

彼女は出られない(・・・・・)

おそらく一生。

だからノアにはとても興味ひかれる話題だったのだ。


(私と違って外駆け回って遊ぶの大好きそうだもんね、巫女様)


花咲く高原で無邪気にきゃっきゃと遊ぶ巫女を想像してみた。

ものすごく似合う。可愛い。

今度神殿の区画内にある中庭での散歩に誘ってみようと、アリスは決意した。




しかし--------。

1時間ほどして、アリスがそろそろ切り上げようかと思いだしたとき。

ノアが突然静かになり、じっとアリスの瞳を見つめてくるのだ。


「あの、巫女様」


何もかもを見透かしたような黄金色の神秘的な印象を与える巫女の瞳がアリスを射抜く。

目がうっすらと光を放っているのに気付いてしまった。

ぞくりと、アリスの背筋から畏怖感が這い上がり、何故か身体が震える。

周囲の空気が止まり、全ての物音も消え、その場には文字通り『無』の時が流れていた。

緊張感からアリスの唾を飲み込む喉の音がやけに響いて聞こえる。


「み、巫女様…」


部屋の隅に控えていた巫女専属の侍女も顔色を変え、息をのんでただ立ち尽くすしかない。


ノアの唯ならない様子にアリスも何も言えないまま、相手も何も言わないまま、無言の時が数分続いた。


「…………」

「…………」



「でも…」

「--------え?」


ノアが、不意にやさしく微笑む。

少女らしい可憐な笑みではなく、神を宿したかのような神々しい表情だ。

なんとなく声も少し違って聞こえるのは気のせいだろうか。


「でも。きっと、今のあなた様が明るく見えるのはそれだけでは無いわね」

「っ…」


意味が分からず目を瞬かせるアリスだったが、訪ねる前にノアから神々しい雰囲気が霧散する。

ノアが一度目を伏せて再び開けたときには瞳の光はもう消えていて、朗らかで可憐な少女に戻っていた。


そして彼女はとてもとても嬉しそうに微笑んで言うのだ。


「とても素敵な出会いがあったのですね」

「…っ。素敵…とは程遠いですけど」


さっきまで紅茶を飲んでいたに関わらず、ひどく喉が渇いていた。

アリスは所々つっかえながらも返事を返した。

微笑んだまま、ノアはゆっくりと首を横に振る。


「今はまだ、自覚がないだけですわ」


その台詞を合図に止まっていた周囲の空気が通常のものへと動き出し、緊張が解けて脱力したアリスは大きく息を吐く。

気づくと心臓が痛いほどに速く鼓動していて、手指からは汗がにじみ出ていた。

この少女は神に選ばれた巫女なのだと改めて心に刻まなければならないようだ。

可愛い無邪気な女の子だと思うのは、間違いだった。


(この人、一体どこまで視えているのかしら)


訪ねるのが恐れ多くて、アリスは誤魔化しながら足早にその場を後にした。




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