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ベクレル伯爵家を始めて訪れた2日後----。


朝日の差し込む第三王女の部屋を彩っているのは、女王自らが陽の昇る前に積んできた薄紫の薔薇。

アリスが向かい合っている鏡の隅に映ってるその薔薇は、窓から差し込む陽をあびて美しく咲き誇っていた。


(うんうん、上品で良い色に出来あがったわ)


品種改良に成功したばかりで未だ名の無い薄紫の薔薇を上機嫌で見つめる。

普通よりかなり小さい品種だけれど花弁が多くて華やか。

小スペースでも空間に花を添えられる薔薇は貴族よりもむしろ庶民向けだろう。


(だとすると値段下げて、色展開して……)


「相変わらずさらっさらだなー。頼むから髪の手入れだけは怠らないでくれよ。」


鏡台の前に座り考え込んでいたアリスの後ろに立つライトが、太く節ばった指先でアリスの長い黒髪を優しく掬って話しかけてきた。

絹糸のように繊細で、艶やかで滑らかな手触りを味わうかのように彼はゆっくりと何度も梳く。

髪を優しく梳かれるのは、なんだか頭を撫でられる心地良さと似ている気がする。

アリスはゆったりとした気持ちで目をつむりながら、くすりと笑った。


「はいはい。本当こういうの好きだよね」

「悪いか?」

「まさか。すっごく助かってますとも」


こうやって毎朝アリスの髪を結うのはライトの仕事だった。

グローリアはその間----今も、部屋の扉近くの壁に腕を組んで凭れている。

万が一の侵入者の侵入経路として一番可能性のある扉に彼女が控えているのはいつもの事だ。


あまりに繊細すぎるアリスの髪は、ピンで止めても滑ってすぐに落ちてきてしまう。

そのへんの侍女が結ってもどうにもならず、数年前まではずっと降ろしっぱなしか、ごくごく簡単に纏める程度だった。

正装をするときはさすがに眉をひそめられるため、大量の整髪料をつけてどうにかしていたが。


それが、ある日なんとなくライトに髪を遊ばせてやったらものすごく巧く結い上げてしまったのだ。

女の子なら誰もがやっているように、髪をアレンジして遊ぶことは自分には出来ないのだと悲観していたアリスはこの時ばかりはライトの無駄な手先の器用さに感動した。


ちなみにこの男。

掃除や髪結い以外にも、刺繍に編み物、料理など女の子っぽい趣味全般のエキスパートだったりする。


「ライト」

「ん?」

「ありがとう」

「ばーか」


アリスが誰かに優しくされることに慣れたのは、本当にごく最近のことだ。

味方の少ないこの場所で、心から頼れる家臣に出会えたことは何よりも幸せなことだとおもう。


「あの人……カミーユ様はさ、いないのかな」

「……」


何が、とは聞かれなかった。


(私にとっての、ライトとグローリアみたいな存在が)




彼らがいなかったら、アリスは誰も寄せつけず、誰とも話さない生活を今も送っていたのだろう。

実際今も父王とライトとグローリア以外の人間を寄せ付けることはない。

けれどたった2人でも、信頼できる人間が居るのと居ないのでは大きな差があるのだ。


だから彼は信頼に値する人を探しているのかもしれないと思った。

それはあくまでアリスの勝手な想像だ。


「かと言って、私がカミーユ様にとってのそれになろうとは絶対思わないけれど」

「----ならどうして、あの坊ちゃんに関わろうとする?」

「目的の為よ。あそこで彼をその気にさせる一番良い手段だったと思うわ。別に仲良しのお友達になりましょうって言ったわけじゃないもの」

「面白い言い訳だな」

「……本当よ」


拗ねたように口を窄め、小さく呟いた。


「ライトとグローリア以外はいらないわ」


いらない。と呟いておきながら、どうでもいいと思っておきながら、アリスは何故かカミーユを気にかけている。

むしろ自分から彼に関わりにいっている。

その矛盾にライトはもちろん気がついているのだろうが、彼は最後まで指摘しようとはしなかった。


「まぁ好かれるのは嬉しいけどさ。俺達だけでいいとか、アリスは怖がっているだけだろ」

「そんなこと無いわよ」

「一歩踏み出せば、俺達以外にも大事だと思える人間なんて幾らでも作れる。友達だって、恋人だって、好きに作っていいんだ」

「……恋人はいらないわ」

「友達は欲しいんだ」

「もう!揚げ足とらないでっ」

「ははっ!」


ライトの指摘にアリスの頬が僅かに赤くなる。

女の子同士でお茶会したり、お洒落の話をしたり、実のところ憧れていたりはするのだ。

でも知らない人の集団に飛び込むような社交性はアリスにはなかったから、新しい人間関係を作れない。


パルマの花を模した髪飾りを編み込んだ髪にそっと添えたライトが、鏡に映るアリスの目を優しく見つめた。

頼りない細い肩に両手を措き、力強く頷いて見せる。


「アリスはもう何にも縛られていないんだから、行きたいところがあるなら何処にだって連れて行ってやる。自由にやりたい事をしたって誰にも怒られない。いや、一応王女殿下だから奔放すぎるのは怒られるかもだが、俺は必ず味方をするぞ?」


アリスはもう自由なのだ、とライトは昔から何度も言う。

何度も、何度も、飽きるくらいに。

全てを縛られ支配されていた幼少期とは違うのだと、彼は言い続ける。


たとえ百万回言われても、アリスがその言葉を信じきれないことを知っているのに。


彼の優しい台詞に、アリスはまだ頷く事は出来ない。

誤魔化すために会話を無理矢理違う方向へ持っていくことにした。

鏡台前の椅子から立ち上がって身支度した全体を確認しながら口を開く。


「今日もカミーユのところへ顔をだすわ。明日は巫女様の所へ挨拶に行こうと思うの」

「そう言えば神殿にはしばらく顔出していなかったな」

「グローリアも、いい?」

「もちろん」


扉際のグローリアが微笑を称えて頷く。


オティーリエの豊饒(ほうじょう)な大地は神殿に住まう『豊饒(ほうじょう)の巫女』の加護のおかげだとこの国では考えられていた。

彼女の祈りが神に通じ、大地が支えられているのだ。


政治的な立場で君臨する王と、宗教的立場で君臨する巫女。

対象にいる関係であるからこそ国民に友好的な関係であることをアピールして互いの力関係を均一にしなければならなかった。

そのために王族はたびたび巫女を訪れ、神殿で祈りを捧げていて、王族としてはあまり仕事のなりアリスの数少ない政務のひとつだ。


もちろんこれは他の王族皆が行うべきことなのだが。

アリスがまともだと思う第一王子は政務で忙しい合い間を縫って神殿まで足をむけているらしい。

けれど他の王子は煌びやかな場所が好きで、大人しくしていなければならない神殿には寄りつかなかった。

アリスより上の王女達は既に輿入れしている。

下の王女達には信心深い者も数名いたが、今いる王女の中で一番上のアリスが通わないのは体裁が悪すぎるのだ。

そのような諸々の事情があり、王族の中では一番と言うほど神殿に通っているのがアリスだった。


(まぁ、王族の体裁なんてなくても通うけれど)


現巫女の優しい朗らかな人柄は嫌いではない。

神殿のある一画からは出ることの出来ない彼女は、いつだってアリスの訪問を喜んでくれる。

巫女の笑顔を思い出し、無意識にアリスの頬も緩んだ。


そんなアリスに、ライトも嬉しそうに笑みを漏らす。

側近二人ほどに親密でなくとも、アリスが誰かと関わろうとすることは彼にとって相当嬉しいことらしい。


「あの薄紫の薔薇、巫女様に一束持っていこうかな」

「いいな。神殿の一画から出ることのない巫女様には珍しいだろう」

「うん」



これ以上追及せずにすんなりと誤魔化される振りをしてくれた側近に、アリスは安堵の息を吐くのだった。



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