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ベクレル伯爵邸に到着したアリス達はすぐに応接室に通され、目的の人物であるベクレル伯爵家長子、カミーユ・ベクレルに対面した。


ソファテーブルを挟んで目の前に立っている青年にアリスは感嘆する。

薄茶色の髪と目はどこでも見るものだが、理知的な容姿と凛とした雰囲気は女性から相当もてはやされているのだろう。

ライトほどでは無いにしても身長も高く、筋肉もほど良くついている。

何か運動でもしているのだろうか。


「ようこそ、アリス・オティーリエ王女殿下」


対したアリスは涼やかな目元が大人びていて17歳にしては冷たい印象を与える。

クールビューティと表されるタイプだ。

このアリスの冷えきった見目こそが、他人が彼女に対して遠巻きになってしまう原因でもあるのだが、それは今は別の話。


「突然お伺いして申し訳ありません」

「いいえ、歓迎致しますよ」


王女使用の微笑みと言葉遣いで接したアリスに、カミーユも表面上はにこやかに対応している。

けれど警戒したピリピリした空気を相手から感じる。

笑っているのに笑っていない。 内面の見えない、危険な部類の男だ。


(変に頭も回りそうだし。遠まわしに引き伸ばされたらたまらないわ)


この手の人間を相手にする時は、先手必勝で自分のペースで進めるのが鉄則だ。

促された椅子に座ると同時に隙を作らずアリスは口を開いた。


「率直にお伺いさせて頂きますわ。ラドラドラフル病の特効薬を開発されたのは本当でしょうか?」


アリスのペースで進められるのが尺なのか、カミーユは笑いながらも僅かに眉を寄せる。


「もしそれが有るのならば、どうして外に出さないのかお伺い出来るかしら」


オティーリエでは、出し惜しみしたことで患者へ対して売値を無理に値をつり上げることは出来ないような体制が整っている。

希少な薬草を使うものならばもちろん価格は跳ね上がけれど。

しかし大量生産できる薬に関しては、基準に乗っ取った適正な価格でしか販売できないはずだ。

利益を求めるものは数を売る必要があり、多くの販売経路をもつ大きな研究機関へ技術と権利を譲渡し、販売価格の一部を手取りとして貰うほうが、一人で知識を抱え込みちまちま売り歩くよりも遙かに効率的で多くの利益を得られる。

研究者は個人とでは無く研究機関と繋がるのが一般的なのだ。


----だからこそ、既に出来あがっている薬を出し惜しみする意味が分からない。


アリスの問いに、カミーユは苦笑を浮かべて首を振る。


「別に…惜しんでいるわけでも無ければ、あれを出さないんなんて事も言ってはいません。世に必要なものだと分かっていますよ」

「あら。では国に売るのが嫌と言うことでしょうか」

「……信頼できるところに、とは思っています」

「つまり国は信頼出来ないと?」

「まさか。今の国政状況には国民としても非常に満足しています。陛下も周囲の重臣の方々も素晴らしく有能です。けれど今回の取引については、少なくともあの人には任せられない」

「あの人?」

「…………」


口をつぐんでしまい、顔と瞼をわずかに伏せるカミーユ。


あぁ。

アリスと後ろに立つ側近二人は思い当たる人物を脳裏で描いて納得した。


(交渉云々以前に、馬鹿をやって気分を害させたのね)


相変わらずの調子で馬鹿が馬鹿をやって、結果的に「こんな奴に誰が売るか!!」みたいな心境になったのだろう。

容易に想像できすぎて乾いた笑いしかでない。


「ちなみに、ルーエン王子殿下は何をされたのか窺っても?」

「…………」

「ただの世間話です。告げ口することなんてありえません」


カミーユは溜息を吐いて、視線をアリスから逸らしてしまう。

異母兄はよほど彼の機嫌をそこねたのだろう。


「----まず、あの人の意見では植物の世話をして土で手を汚すことは下賤な行為らしいです」

「……なるほど」

「あとは金なら欲しいだけやるからさっさと渡せと、室内を掻きまわされましたね。まぁガサ入れされた部屋とは別室に保管していたわけですが」

「それはそれは…」


国の特産業といえど、趣味程度ならまだしも貴族が本格的に携わることはまれなことだった。

それは事実で、野蛮な行為だと眉を潜めるものも少なくは無い。

高位の貴族になるほどに領地からの税で食べていける。

富の他に権力を欲する貴族は、王宮や国の重要機関に勤めていたりもするが。


ルーエン王子もその手の人間だとアリスは良く知っている。

人の好きなものを馬鹿にする、自己中心的過ぎる考えに溜息が出た。


ここは身内の不作法を謝るべき場面なのだろうが、アリスは当然放置する。

奴の評判なんて地に落ちてしまえと冷たく思いながら、もう一方で今目の前にある問題についても思案した。


(さて、どうしよう)


民営の研究機関ならともかく、他国へ売られればその国が莫大な利益を得ることになる。

出来ればオティーリエから輸出して、自国の利益にしたかった。

けれど一度失った信頼を取り戻すのは、一から信頼を得るより数倍難しい。

なにせゼロからではなく、マイナスから始めるのだから。

しかもこの男は一度嫌った王族側であるアリスを、簡単に信頼をしてくれるような性格ではないだろう。


(それでも…)


アリスは一時思案する表情を見せたあと、ゆっくりと顔をあげて目の前の青年を見据えた。

その瞳の色の強さに、カミーユは目を見開く。


「…分かりました」

「……?」

「つまり、あなたの信頼を得て、薬を渡すにふさわしい人物だと認められれば良いのでしょう?」

「そんなに大層なことではありませんが。まぁ、この人に任せたいと心から思える人に渡したいとは考えていますね。私にとっても大切なものですし…」

「少し時間はかかるだろうけれど、あなたから納得してもらえるように努力するわ。でも時間をかけてやるからにはそれなりの成果も必要だと思うのです」


アリスのエメラルドグリーンの瞳がキラリと光る。

薄赤の唇が、半月型に弧を描かれた。

カミーユとの間にある机に手を付いて、アリスは身を乗り出す。


「私を信頼して下さったその時には、薬の現物、及び調合方法を無償提供を約束していただくわ。わがままを言えば成功作にいたるまでの研究資料も欲しいですね」

「は?」

「おいおい」

「王女殿下、いくら何でもそれは…」


ライトが呆れた表情で苦笑し、グローリアは眉をひそめて表情で口を挟む。

国王からは金銭的な制約はいっさいされていない。

むしろいくら掛けても良いとさえ言われていたはずだ。

事実、いくらだって出しても良いほどの価値がある。


つまり価値を分かるからこそ。


ここで無償提供などと発想が出るとは誰もが思わなかったのだ。


カミーユはアリスの言葉に目を見張り、しばらく言葉を失っていた。

なにを言っているんだこいつ?!という風な呆れた表情になったあと、諦めたように嘆息する。

ずうずうしい彼女の言い分から、諦めることはないと悟ったのかもしれない。


「……わかりました。でもそこまで任せて良いと思えるほどに、貴方を信頼できる日が来るとは思いませんけど」

「そうね。いまのところは」


自信満々な王女に、カミーユのおだやかに取り付くっていた顔が不快そうに歪んだ。


「よほど自身がおありなのですね」

「まさか」


(信頼なんて、簡単に得られるものじゃないなんて分かっているわよ)


重要なのは、相手がこちらに興味を持ち始めること。

少なくとも馬鹿な義母兄よりはまともな評価を得たはずだ。

そして次回以降この屋敷に訪ねた時「信頼を得るために交流を深めたくて」なんていえば、カミーユ自身が取引に乗った以上、追い返すことも出来ないだろう。

もちろん取引きに関係なく突っぱねられる可能性もあるにはあるが、この青年には出来ない気がした。

内心はどうか分からないが、対面を気にして彼は王族をむげには扱わない。

外面のいい人間は大体そうなのだ。


「でも…そうね、無期限と言うのは考えものだから期間を決めましょうか」

「何故?」

「ラドラドリフル病が流行るのは真冬。今年かの病が顔を出す可能性は低いでしょうけれど、万が一のためにそれまでに製品化しておきたいわ」

「ならば半年と言ったところでしょうか」

「えぇ。そんなものね」


アリスとカミーユの視線が交差し合う。


「交渉成立、ね」


頷く相手にアリスが笑った。

気が抜けたのか、それまでのどこか緊張感をはらんだ表情とは違う10代の少女らしい笑顔。

目にしたカミーユが僅かに息を飲んだのには、その場にいる誰も気づかなかった。





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