表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

侍女により薄青色のドレスを着せられ、丁寧に化粧を施されたアリスがグローリアを伴って居室へと戻って来ると、そこはライトの素早く丁寧な片付け術によって世の乙女が夢見る『お姫様の部屋』へとなっていた。

掃除を本職とする侍女たちよりもよっぽど有能な働きっぷりだ。


机にサンドイッチとスープが盛られた器を並べていたライトが、アリス達に振り向いた。

予想していたとおり、彼はみるみるからかいを含んだ笑みを浮かべだす。

先ほどまでの隈を携えた顔、乱れた髪、適当すぎる服だった主人の変貌のしようが面白くて仕方ないらしい。


「やっぱり魔法だ」

「う・る・さ・い」


グローリアがアリスの為に椅子を引きながら、ライトに呆れたとばかりに首を横に振る。


「ライトは昔から余計な台詞が多いよね」

「グローリアもそう思う? こんなだから彼女の一人も居ないのかしら」

「一生出来ないんじゃない?」

「まぁ、可哀想に…」

「お前ら…」


ライトはアリスの身の回りの世話を焼く母親的存在兼、いじられ役なのだ。





軽く食事をとると、一息付く間もなく国王との謁見の時間になっていた。

ライトとグローリアも、正装である紺地に金糸の刺繍の施された上着を羽織り、アリスの一歩後ろの位置を保ちつつ、王に指定された『花唄の間』へと向かう。



花や蔦のからまるデザインノ彫刻が施された白石造りの城内。

長い通路を歩きながら、花唄の間で待っているだろう王の話題を彼らにふってみる。


「お父様に会うのは何日ぶりかしら」

「10日くらいじゃないか?」

「正確には11日だよ。ほら、月一でやる恒例の家族での食事会があったでしょ」

「あー、あれ以来か」


父との仲は悪いという訳ではなく、むしろ民の為に身を粉にして働く国王を父としても王としても尊敬している。

ただ相手は王としての仕事で忙しい。

しかもアリスはアリスで研究やらなんやらで部屋に閉じこもるか薔薇園に入り浸るか。

用事でもなければ出会う機会がない、関わり合いの薄い家族なのだ。


そして親が傍にいてくれないことで寂しくて泣くような年頃も、もうとっくに過ぎている。


だからアリスは、玉座に座る父に向かい合うなり口を開いた。


「国王陛下、ご用件は何でしょう」

「簡潔すぎるぞ、アリス。まずは元気な顔を見せてくれないか」


父であるオティーリアの国王、ローデ・オティーリエは苦笑して娘と同じエメラルドグリーンの目を愛おしげに細めて手を招いた。


アリスはわざとらしく身をすくめたあと、一拍置いて父と同じように苦笑して、差し出された手に自らの手を重ねる。

そして子供らしい甘えを含んだ声で、『陛下』ではなく『お父様』と呼ぶ。

父の大きな手に引かれるままに、玉座に座る彼に合わせて身をかがめて頬に親愛のキスを贈った。



「お元気そうで何よりです」

「お前もな。ライトとグローリアとは相変わらず仲が良いようだな」


娘の後ろで直立したまま王に目礼を返すライトとグローリアに視線を移し、ローデは満足げに何度か頷く。

アリスも父の視線を追って一度後ろを振り返る。


「お陰さまで。お父様が付けてくれたのが彼らで感謝していますわ」


そう言ってから、アリスは父王から1歩後ろへ離れると首を傾げてみせた。


「それで? 私をお呼びになったのは親子の愛の抱擁を交わす為ではないでしょう?」

「もちろんだ。アリスに頼みたい事があってな」

「夜会やお茶会でどこかの貴族を手篭にして来いなんて嫌ですよ」


どこまでもインドア派の彼女は、社交の場にも必要最低限しか出席していなかった。

貴族連中と渡り会うのは派手好きで目立ちたがりやで、権力やお金が大好きな他の兄弟達の仕事だ。

アリスに求められるのは、国の利益となる薬を生み出すことだけ。


「いや、そのどこかの貴族を手篭にして来いと言う頼みだ」


首を横に振ってアリスの台詞を否定する王に、アリスは怪訝に眉間に皺を寄せた。

記念式典などの行事以外、今まで一度だってこんな事は無かった。


「………どうして私に?」

「実は、相手はラドラドリフル病の特効薬になる薬の調合法を開発そうでな。」

「ラドラドリフル病の特効薬?! 見つかったの?!」

「---王女殿下」


背後に控えるグローリアが、小声だが厳しくアリスを制する。


「…申し訳ありません。見つかったのですか?」


国王ローデは一度頷き、エメラルドグリーンの眼で娘を見据えた。


「あぁ、確かな情報だ。十数年に一度の周期で爆発的に流行るラドラドリフル病の特効薬。罹った者の3割近くが死ぬあの病の効果的な治療法の発見は、世界中が長年懇願していた。しかし、開発した当人が出し渋っていてな」

「出し渋り? 世の人が待ち望んだ病の新薬です。出せば富も名誉も思いのままなのに?」


技術なり、知識なり、大量生産出来る体制があるなら現物なり。

とにかく売れば国一番の金持ちにだってなれるほどの富が稼げるだろう。

金に困っていないからと無償で薬学や新種の果物の知識を提供する者も、オティーリエには少なくなかったが、そういうタイプでも無いという事だろうか。

アリスの疑問を察したローデが口を開く。


「富にも名誉にも興味はないそうだ」

「また面倒くさそうな人ですね」

「だからと言って強制的に研究資料や現物を取り押さえるのも外聞が悪いだろう。それは本当の最終手段にしたいのだ」


研究者には変人奇人が多いけれども、(くだん)の人物も当てはまるらしい。


「…で、だ。アリスは植物学の知識に溢れているし、気が合うのではないかと」

「気が合う、ですか。薔薇専門である私と薬学者にそれほど共通点があるとは思いませんが。---この件を私に任せると言うのは誰の案ですか?」

「……ルーエンだ。と言うか最初はあいつに任せていたんだが放り投げてしまった」


(なるほど)


『植物オタク同士で盛り上がるんじゃないかぁ?』と語尾を変に伸ばす癖のある異母兄の、嘲笑めいた声が容易に想像できてしまう。


「アリスに頼みたいのは新薬の使用と製造の権利を国の研究機関へ譲渡するための交渉。物が物だ、予算は好きなだけ出そう。国庫が傾かない程度でな」

「うーん…私まで回って来た経緯は気に入りませんが。まぁ、いいです。個人的にも興味ありますし。交渉成立するかどうかは分かりませんが、行くだけ行って来ます。」

「そうかそうか。頼むぞ」


了承の意を込めてアリスはさらに一歩足を引き、ドレスのすそを摘まんで深く(こうべ)を垂れる。

時間の都合上、結うことのできなかった流れるままの黒髪が、さらりと肩から落ちた。



******************************



「カミーユ様」


名を呼ばれて、持っていた厚い書物を机の上へ置きカミーユは顔を上げた。

扉から長身の男が歩いて来て、一礼をしたあとに一枚の手紙とペーパーナイフの乗った銀盆を恭しく差し出してくる。

彼はカミーユが生まれるずっと以前からベクレル伯爵邸に仕えてくれてくれている、真っ白な髪と髭を携えた執事長だ。


「何、ウェルダ」


首をかしげるカミーユに、ベクレル伯爵家の執事長である老人ウェルダは厳格な相好を崩しもしない。


「オティーリエ王宮から届いたものでございます」

「…………」


その名にカミーユは僅かに眉を寄せ、手紙を手に持ち上げる。

裏返すと最近よく見る精密な模様の赤い封蝋が押されていた。


「…確かに、王家の印だな」

「急ぎのご用だと承っております」

「どうせまた例のものを寄越せとか言うんだろう」


ペーパーナイフを受け取り滑らかな動作で、カミーユは封筒から手紙を取りだした。

しばらく薄茶の目で文字を追っていたが、ふいに顔を上げて口を開く。

眉を眉間によせていて、あまり良くない内容であることは誰の目にもあきらかだ。


「今度は第三王女様が来るらしい」

「かしこまりました。本日でございますか?」

「いや、明日の昼過ぎに到着予定だ。でも別に歓迎する必要なんて…」

「王族の方がいらっしゃるのに失礼なお出迎えはなりません」

「……ふん」


カミーユは不満げに鼻を鳴らすと、再び書物を手に取り読書へと行動を戻す。

かまうなと言った意志がありありと分かる反応だ。

執事長は察して目礼をとると、王女御一行を迎えるための準備に取り掛かるべく執務室を退室するのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ