番外編:親父の拳骨を食らいました。
「我のような高貴な者を抱っこできる喜びを味あわせてやるぞ? 嬉かろ?」
「…………」
「どうした、娘よ。光栄過ぎて声も出ぬか? 遠慮はいらぬ。ほれ、抱っこするがよい」
「…………」
「もったいぶるのは止さぬか。それとも躊躇っておるのか? 仕方がない。特別に我がころころ王国の伝統の舞を見せてやろうではないか」
そう言うと、自称パンダの王様は徐に床を転がりだした。
あれか、ころころだからか?
「どうだ、可愛いであろ? 抱き締めたくなるであろ? ここまで綺麗に転がれるのは我と諜報部隊隊長だけよ」
「ちょーほーぶたい? ああ、諜報? スパイね」
「そうよ、ダンゴ虫のぷにぞ」
「そりゃーころがるわー」
因みに、こうして喋ってる間も自称パンダの王様は転がり続けている。
息も乱さずによくすらすらと喋れますね。
なるほど、こりゃあクオリティが高いや。自慢するだけあるわ。
全く感情を込めずに今思った賛辞を淡々と言ってやった。
「そうであろ? そうよ、我は凄いのよ。もっと誉めるがいい」
「…………」
今にも高笑いしそうだったので、近くの棚に置いてあったタオルケットを広げて、転がる奴の進行方向に敷いた。
そして、タオルケットの上に乗ったのを確認したと同時に、奴を綺麗に包んでやった。
我ながら、見事に包めたと思う。
「ぬぉっ!? いきなり暗くなったぞ!? 娘よ、何があった! おい、小娘!」
「…………」
「な、何故何も言わぬ……ハッ、まさかまた……?」
何も言わずにもごもご動くタオルケットを観察していた。
そしたら何か勘違いしたのか、タオルケットが動かなくなって、中にいる自称パンダの王様も静かになった。
と、思ったらしくしくと泣き出した。
「やはりまた我は飛んだのか? ふぅっ……さ、宰相? 我は此処ぞ……もう、お前のおやつを捕ったりせぬから…グス…早よう迎えに来ぬか……。
こ、小娘ぇっ……うっ、折角仲良くなれたと思ったのに……ヒクッ。
何故我、もっと優しい言葉を掛けられなんだか……うぅっ。
いつもこうぞ……これだから、ぷにぷに王国の王は兎だというのにパンダの我より支持率が上だと言われるのだ……このままでは黒猫ぷにの王女もあちらに……うぅっ、グスッ」
「…………」
何だか可哀そうになってきたので、タオルケットの結びを解いてあげました。
涙でべちょべちょになった顔が出てくる。そして此方をぽかんと見上げている。
さて、これに対してどう反応すべきか……。
もしお姉さんだったら……。
ごっめ~ん☆ 何か魔が差してやっちった♪ てへぺろ~ん☆
てな感じの事を内心で思いつつ、表面では儚げに伏せ目をしながら謝る光景が浮かぶ。
此処は素直に正直に謝るべきか……しかし、自称パンダの王様の慢心っぷりがそこはかとなくうざかったのでやりましたゴメンナサイなんて言ったら、実はガラスのハートそうな自称パンダの王様のハートが木っ端微塵に砕け散りそうである。
すると、べちょべちょな顔が真っ赤に染まったかと思うと、奴は叫んだのだ。
「な、なななななんぞ、これは!」
かなりどもっていた。
多分、泣いたのが恥ずかしいのだと思われる。それとも、またトリップしたのだと勘違いしてしまった事にだろうか。
まぁ、どちらにしても涙も引っ込んだようで何よりである。
「謀ったな小娘ぇ! 我を辱めるとはよい度胸よ! 今すぐ極刑に処す!」
そう言うと、自称パンダの王様は此方に向かってぴょんこぴょんこと飛び跳ね始めた。
「うぐぅっ、と、届かぬぅっ! 小娘っ、膝を折るのだ! 我に今すぐその頬っぺたを差し出すがいい! 頬っぺたツネツネの刑ぞ!」
「えっ? こういう事?」
何だその刑はと思いつつ、両手で自分の頬を引っ張って見せた。
途端にズザザッと物凄い勢いで壁際まで下がる自称パンダの王様。
何か面白かったので、頬を引っ張りつつ、こうクイッと捻りも加えてみた。
多少痛いが騒ぐほどのものではない。
しかし、目の前の奴にとってはそれは、尋常ならざる行為であったらしく、自分の頬を押さえながら涙目でふるふると首を振っている。
「こ、小娘! もうよい! お主が反省している事はもう充分伝わった! だからもう自分を戒めるのは止めよ! 王の命令ぞ!」
「………っ」
「~~~っっっ!?」
最後に左右に思いっ切り引っ張って放したら、声にならない悲鳴を上げてあわあわとしている。
多少ひりひりする頬を揉みながら、自称パンダの王様を眺めていると、奴はその場に膝をついた。
「な、何という事ぞ……我の心ない一言で、幼気な少女のまっさらな頬っぺたを……我はただ恐怖心を与えようとしただけなのだ……決してあそこまで惨い事をしようとしていた訳ではないのだ……」
「いやいや、そこまで大事じゃないって。君等の頬っぺたって何処までデリケートなの?」
「よいのだ、娘よ……我を慰めているのであろ? 強がらずともよい。
全て我の責任だというに、何と心優しき娘よ……我は、我は……」
「だから、そこまで言う程の事じゃないんだって」
最初は面白くて、からかうつもりでやっていたのに、何てこった……。
段々めんどくさくなってきたぞ。
後悔先に立たずって言う諺はこういう時に使うんだね。また一つ賢くなったよママン。
「うむ、我は決めた!」
「何を?」
「贖罪と言うには烏滸がましいかもしれぬか、お主を我がころころ王国へと招待しようではないか!」
「え? 別にいいよ」
即答で断ったら、「何故だ!?」と叫ばれた。
信じられないと言う顔に、この自称パンダの王様の中で、拒否されるという可能性は皆無だったらしい。
だから何故にそこまで自信満々?
すると奴は、暫し拳を握り締め、何やら考え込んでいたかと思うと絞り出すような声でこう言った。
「ぬぬぅ……仕方がない。ではこうしよう。
……宰相を、抱っこさせてやる……」
「え!? レッサーパンダを!?」
自分の声が弾んだのが分かった。
それは相手にも伝わったのか、口をへの字にしてめちゃくちゃ不機嫌そうにする。
自分の時より反応がいいのが悔しいのか?
よく見ればちっちゃな拳がプルプルしてる。
「くっ、そうよ。我が国の宰相を抱っこさせてやろうではないか!」
「うーん、どーしよっかなぁ」
「ぬぅっ、まだ即答せんか!?」
グラグラと心の天秤が揺れる。
正直レッサーパンダはそれなりに魅力的だけれど、それよりももっと魅力的な事が明日学校であるのだ。
自称パンダの王様の国に招待されたとして、無事明日までに帰ってこられるのか。それが分からないから今こうして渋っているのだ。
それさえなければ、今のレッサーパンダで「行く」を選択していたに違いない。
因みに、明日学校である魅力的な事というのは、給食で三ヶ月に一回出るか出ないかという超レアなデザートスイーツ、「親父の拳骨」と言う渋い名前の付いたシュークリームの事である。
学校の近くにケーキ屋さんがあり、そこの店長(めちゃ渋いちょい悪親父)が彼の有名な不○家のペ○ちゃんのほっぺに対抗しうる一品を、と作ったものだ。その名の通り、見た目はごついのだけれど、中のクリームが何とレアチーズとカスタードの二層になっており実に濃厚な味わいで、外のシュー生地はクッキーとパイ生地の中間みたいな食感で本当に絶品なのだ。
生徒の中には、このシュークリームが食べたいが為に熱があるにも拘わらず、無理をして登校してくる者もいるくらいだ。
よし、やっぱり断ろうと自称パンダの王様に告げようとした時、奴は言った。
「ここだけの話、我が国の宰相は我より小さいぞ……」
「………何、だと……」
因みに、自称パンダの王様の身長は、己の腰の辺りまである。
つまり、それよりも小さいという事は……。
「ふっ、我より頭一つ分くらい小さいわ」
「おい、お前二頭身じゃん? 二頭身じゃん」
驚くべき事実が判明してしまった。
二頭身の奴に、頭一つ分小さいと言わしめるレッサーパンダよ……。
抱っこするのに何て手頃な大きさなんざましょ。
やばい……見てみたい……かも?
天秤がじわりじわりと傾いてきた。
そして若干レッサーパンダ寄りになった時だった。
『ただいまー! おやつに親父の拳骨買ってきたわよー!』
「やっふー!!」
「がふっ!? ちょ、小娘!?」
何と言う事だろう。
主婦という名の武士である母が、戦地から勝ち取ってきたのはあの求めて止まない親父の拳骨であったとは……。
え? 明日給食で出るだろう?
馬鹿を言っちゃいけない。
店頭に並ぶそれと、給食に出るそれとでは大きさが全然違うのだ。
給食の方の大きさが、子供の握り拳サイズなのに対して、店頭の方がその名の通り親父の握り拳サイズなのだ。
俄然買ってきたやつの方がいいに決まっている。
そうと決まれば一階へと喜び勇んで降りていくのは必然な訳で……。
その背後で、自称パンダの王様を突き飛ばしてしまったなんて、最早気付かぬ程目先の拳骨に飛び付いてしまった訳で……。
まさか……突き飛ばした拍子に、自称パンダの王様が綺麗に弧を描いて開いていた机の引き出しに入っていっただなんて、誰が分かるというのか……。
「あー、やっぱ親父の拳骨は最高だね。
ん? あれ? パンダが居ない?」
親父の拳骨を美味しく頂き、ホクホクと自室に戻ったのだけれど、あの慢心の過ぎる自称パンダの王様の姿は何処にも見当たらなかった。ただ、先程まで開いていた引き出しが閉まっていた。
何となく理解した。奴は帰ったのだ。
引き出しを開けて覗いてみたけれど、そこは普段と何ら変わらない小物の入った引き出しの中だった。
おやつに給食に出るよりも大きな拳骨を食べる事が出来たのだ。
これで心おきなく自称パンダの王様のお誘いを受けられるかと思っていたのに……。
世の中ままならない事ばかりである。
もう会えないのだろうか。
そう思うと、何だか酷く勿体無い気持ちになってくる。
あんなにうざく感じた慢心っぷりが恋しいと思うだなんて……。
出会いは一期一会だと母が言っていた。意味が分からなかったこの言葉を、たった今漸く理解する事が出来た。
「抱っこしてあげればよかったかな……」
何となく……本当に何となくお姉さんが恋しくなった。
― 親父の拳骨を食らいました ―
《大変美味しゅう御座いました》
番外編主人公ちゃんは、本編主人公ちゃんに比べ、大分性格が大人しいかと思います。
実際、クラスでも少々大人びた子で通っています。飽くまで少々程度なので、ちゃんと子供らしいですよ。
それも全部、本編主人公のせいであります。
彼女の本性をかいま見てしまったが為、この世にはどうにもならないものも確かにあるのだと悟ってしまった故の心の成長なのです。