14.逆ハーっぽい展開はお望みですか?
初恋。
それは何とも甘酸っぱい響きである。
いつか誰かが言っていた。
初恋は自由だと。
どんな者に恋をしても許されるのだと。
何故なら、初恋は実らないものだから……。
そして、それが本当ならば、私は今実らない恋をしているという事になる。
……嗚呼、初恋とは何と切ないのか……。
おまけに相手はぷにである。
くりくり可愛いけれど、何処か凛々しい赤い瞳の白うさぎのぷにである。
今こちらをじっと見据えているこのぷには、頭に王冠をかぶせた王様。
嗚呼、初恋はやっぱり実らないのね……。
そう思った私の目から、ポロリと雫が落ちる。
滲む景色の中で、赤い瞳が見開かれた気がした。そして次に頬に感じた感触。
ふに。
ふにふにふに。
こ、これはっ!!
「お、王様! そのような者の頬っぺたをツンツンしたら駄目ピョン!」
カエル、お前うるさい! 名前がケロヨンのくせにっ!
というか、この感触は王様が頬っぺたを突ついているの?
え? ちょい待ち。頬っぺたってことは、お友達になりたいって言う意思表示じゃなかったっけ?
な、何て事!? 是非お友達にっ!!
いや、寧ろそれ以上でお願いします!
思わず私は、頬っぺたを彼に向かってスリスリしてしまった。しかも、真っ直ぐ向かうは彼の頬っぺである。
どうやらぷにの本能に身体がつき動かされたらしい。
だって今ぜんぜん意識してやってなかったよ!?
ハッ! って事は、今まで私のしてきた行動も、全部本能によって引き起こされたものなのか!?
「そなたは王である余にそこまでの想いを……?」
何か、王様が感極まったように呟いた気がしたけれど、私はスリスリする事に夢中で聞いていなかった。
だって、流石王様。
パねぇ……この感触…今まで以上だゼ……。
パねぇよマジで……ニコ以上だよ。
うっ、あまりの感触に鼻血が出そー!
と、その時である。
今まで以上の至福の感触が私の頬を襲った。そのまま昇天しても可笑しくない天上の感触。
何と王様は、私の頬っぺたに擦り寄せ返してきたのである。
はわっ、はわわわわわっ!
や ば い !!
これはヤバすぎる!
「今まで、余に対してそんな風に真っ直ぐに、想いを伝えてくれたのはそなただけだ。余はとても嬉しいぞ」
な、何だろう。
ぷになのに……声もすっごく可愛いのに……何故だろう? 男を感じるのは……。
いや、可愛いんだよ? 男って言うより男の子って言った方がいいんだろうけどさ。凄く男を感じます。
私、変になってしまったんだろうか?
それにしても、さっきから聞こえるこの音は何だろう?
グルグルというか、ゴロゴロというか……ハァッ!!
何と言うことだろう、音の出所って私だっ!!
私ってば喉鳴らしてるよ!?
猫だからか!? 猫のぷにだからか!?
そんな事を思っていると、キュッと手を掴まれた。
イヤン、手握られちゃった。
キュンとする胸を押さえていると、王様が言った。
「そなたの黒はとても綺麗だな。尻尾の毛並みも素晴らしい。
何より、そなたの頬は何者にも代え難い至上の柔らかさだ。
どうか余とけっこ」
「ちょぉっと、待つもんっ!!」
え? うそ!? これって願ったりなプロポーズの流れ!?
等と期待に胸膨らませた矢先、肝心の所で別の者が言葉を遮った。
その場にいた誰もが、事の成り行きを呆然として見ていた訳だけど、今の声で我に返り各々騒ぎ出した。
「そ、そうだピョン! 待つピョン! 王様気を確かに持つピョン! こんな怪しい奴と結婚なんてっ!」
「この黒猫ぷには、おいらが先に見つけたんだぎゃ! だからおいらのお嫁さんに!」
「何を言うにょろ! 僕だってお嫁さんにするって決めてたぅにょ!」
何だこいつ等邪魔しやがって、と思っていたけど、その言葉の内容に目を白黒させる。
思わぬモテ期到来かと、何とも言えぬ思いに包まれた所で、はたと思考を停止させる。
あれ? 最初に邪魔した声って、あれって確か……。
そうだよ、語尾が「もん」だし。
………。
ああっ! そうだった! 私、だんご虫のぷににプロポーズされてたぁ!!
しかも、そんなニコの前で私、王様とイチャこらしようとしてた!
………。
え? 私悪女?
いや、でもさ。言い訳させてもらうと、ニコの時って私まだ恋とか知らなかった訳だしさ……。
適当な気持ちで接してた私も悪いけど……でもでも、王様は初恋なのだよ。こんな気持ちは初めてなのです。
こうしている間も、外野はギャーギャー騒いでた訳だけれども。
王様、王様……あれ? そういえば王様って語尾に何も付けてなくない?
めっちゃ今更だけどさ。
王様だから? 王様クオリティ? オプション?
……やだ、そんな王様ステキ……。
そんな感じでウットリしていたら、急にグイッと引っ張られました。
ビックリして引っ張られた方を見れば、怒った顔をしただんご虫のぷにが居た。
「ニコ?」
「もう、この子は僕のお嫁さんだもん! プロポーズだって済ませたもん!
お前達なんてお呼びじゃないんだもん!」
そう叫ぶと、私の手をグイグイ引っ張ってその場から連れ出そうとする。
「あっ……」
私は王様に手を伸ばす。
王様もこちらに向かって手を……。
何か悲劇のヒロインっぽいんですけど……。
いやいや、そんな自分に酔ってなんていませんよ!
逆に寒いからっ! 私のキャラじゃないから!
「ま、待てピョン!」
「そーいえばお前は誰だぎゃ!?」
「そうにょろ! さっきまで誰も居なかったぅにょ!」
いや、居たよ。
ずっとお前達の側で転がってたよ。
すると彼らの言葉を受け、ニコは立ち止まり振り返った。その顔は自信に満ち溢れている。
ぶっちゃけて言うと、ドヤ顔である。
「僕はコロコロ王国隠密部隊隊長、だんご虫のニコだもん!」
「お、隠密部隊!?」
「ハッ、じゃあまさか! お前が曲者なのかぎゃ!?」
「じゃあ、王様のおやつを摘み食いしたのも……」
「フッ、クリームたっぷりの大きなイチゴが乗ったショートケーキの事かもん? とても美味しく頂いたもん!」
いや、何か物凄く深刻な状況のようだけど、話の内容大した事ないからね?
ニコもかっこつけてるようで、かっこ悪いからね?
ただ、つまみ食いして「メッ!」な話だからね?
「くそ! 何て卑劣な奴だぎゃ!」
「王様のおやつを……なんてあくどい奴にょろ……」
何だこの悲壮感漂う雰囲気は……。
カエルも「そんな……王様のおやつが……」とか言って頭抱えてるし……。
ニコや? お前もなんてあくどい顔をしているんだい?
全然怖くないから。寧ろ可愛いから。
そんなちっちゃいお口でニヤッと笑っても、そのぷくぷく頬っぺの愛らしさが打ち消してるから。
それから、王様はというと……。
ええ、思わずドキッとしちゃいましたよ。
だってね? ずっとね? こっちを見ているんですもの。
真剣な眼差しで、こちらをじっと見据えてるんですもの。
ニコが曲者とか、つまみ食いとか、全然気にしてないと言うか……。
え? もしかして私の事しか考えてないとか……。
いやいや、まさかそんな。自惚れてはいけないよ私。
しかし、王様がその時、私に向かってスッと手を差し伸べてきた。
まるで来いって言ってるみたいに。
― 逆ハーっぽい展開はお望みですか? ―
《実際なってみるとあんま嬉しくない》