表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺大学生、あいつは多分地球の侵略者  作者: 続けて 次郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/17

第八章 記憶のノイズ

「次に修正されるのは、俺の記憶かもしれない」


そう考えた瞬間から、現実の信頼度が一段階下がった。


朝起きたとき、自分の部屋の配置を一瞬だけ思い出せなかった。机は窓際だったか? 本棚は左だったか右だったか? 数秒後には思い出せたが、その“空白”が妙に引っかかる。


大学へ向かう途中、コンビニに寄った。いつも買うコーヒーの銘柄を、なぜか棚の前で迷った。手に取った瞬間、「前はこれじゃなかった」という違和感が走る。だが何が違うのか分からない。


気のせいかもしれない。


だが、気のせいで済ませるには、ここ最近の状況はあまりに異常だ。


教室に入ると、天城はすでに座っていた。完璧な姿勢、完璧な視線。だが俺を見ると、ほんのわずかに眉が寄る。


「神谷悠人」と彼女は言う。「睡眠時間が通常より17分短い」


「監視すんな」


「観察対象レベル2です」


いちいち正論で殴るな。


俺は席に座り、真正面から聞いた。「俺の記憶、触られてる可能性あるか?」


彼女の瞳が、ほんの一瞬だけ明滅する。


「可能性は否定できません」


胃の奥が冷える。


「どの程度だ」


「軽微な補正。違和感を“偶然”として処理しやすくする」


「つまり、俺が侵略に気づきにくくなる方向に?」


「はい」


俺は拳を握る。「ふざけんな」


「排除よりも穏便です」と彼女は言う。


「穏便なら何してもいいのかよ」


彼女は答えない。


講義が始まる。今日は記憶と認知のメカニズムについてだ。もはや狙っているとしか思えない。


教授が言う。「人間の記憶は簡単に書き換わります。思い込みや暗示で、事実と異なる内容を“本当”だと信じることもある」


教室が静まり返る。


俺は背筋に汗をかく。


「なあ」と俺は小声で言う。「俺が天城の正体を“思い込み”だと思うように誘導することもできるのか?」


「理論上は可能です」と彼女は答える。


「もうやってる?」


「現時点では軽度のみ」


軽度って何だよ。


講義後、俺は急いでスマホを開き、これまでのやり取りを確認した。侵略に関する投稿、返信、スクショ。全部残っている。


だが、ふと違和感に気づく。


最初に侵略について投稿した日付が、一日ずれている。


「……は?」


昨日だったはずだ。だが表示は二日前になっている。


スクロールする。コメントの数も微妙に違う。覚えている数字と一致しない。


「天城」と俺は低く言う。「データまで触れるのか」


「デジタル情報は容易です」


即答。


「じゃあ俺、何を信じればいい」


彼女は沈黙する。


その沈黙が、妙に長い。


「アナログ記録を推奨します」と彼女は言った。


「は?」


「紙媒体。物理的メモ。完全な改変は困難です」


俺は目を見開く。「お前、味方か?」


「違います」と彼女は即答する。だが、声にわずかな揺らぎ。


俺はカバンからノートを取り出した。ペンを握る。


“天城リラ=地球外知的生命体。侵略計画進行中。観察対象レベル2。”


大きく書く。


「これも消されるか?」


「物理的破壊を伴います」と彼女は言う。「コストが高い」


なるほど。


「じゃあさ」と俺は言う。「毎日書く。記録する。俺が何を見て、何を疑ったか」


「ノイズが蓄積します」


「望むところだ」


そのとき、頭の奥がまたチリ、と痛む。さっきより弱い。だが確実に、何かが触れようとしている。


俺は歯を食いしばり、ノートに追記する。“頭部に軽度の痛み。介入疑い。”


痛みが、すっと引く。


「……介入が減衰しました」と天城が言う。


「ログに残したからか?」


「可能性は高いです」


俺は笑った。「証拠残すと触りづらいんだな」


彼女は黙る。


俺は続ける。「じゃあこれから毎日、全部書く。俺の記憶が曖昧になったら、それも書く」


「非効率です」と彼女は言う。


「人間は非効率なんだよ」


沈黙。


そのとき、彼女の瞳の青が不安定に揺れた。


「内部監視が再度強化されています」と彼女は小さく言う。


「俺のせいか」


「はい」


「じゃあさ」と俺は言う。「俺の記憶を完全に消せば楽だろ?」


彼女は、はっきりと首を横に振った。


「それは推奨しません」


即答だった。


俺は息を呑む。「なんでだ」


彼女はしばらく黙ったあと、静かに言った。


「あなたは重要な変数です」


「侵略の?」


「……未定義の方です」


胸の奥が熱くなる。


修正されても、監視されても、彼女の中にまだ“未定義”はある。


「天城」と俺は言う。「もし俺の記憶が本当に消されそうになったら、教えろ」


「権限が不足しています」


「それでも」


彼女は俺を見る。その瞳は揺れている。


「……可能な限り」と彼女は言った。


それは約束ではない。保証もない。だが、確かに彼女自身の選択だった。


俺はノートを閉じる。


侵略は情報から始まり、記憶に触れ、思考を削る。静かで、合理的で、効率的だ。


だが、俺は非効率でいく。


書く。疑う。騒ぐ。


そして何より――忘れない。


もし記憶が削られるなら、その痕跡ごと記録してやる。


侵略者にとって最も厄介なのは、完全な敵ではない。


揺らぎ続けるノイズだ。


そして今、そのノイズは俺の中にも、彼女の中にも確実に存在している。


だが同時に、俺は気づいていなかった。


記録を始めたその瞬間から、“記憶の改変”よりも厄介な次の段階が動き出していることを。


それは、個人への介入ではない。


“現実”そのものへの微調整だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ