表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺大学生、あいつは多分地球の侵略者  作者: 続けて 次郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/17

第六章 修正命令

「内部監視が強化されています」と天城が言ったあの昼から、空気が変わった。


具体的に何が変わったのかは説明しづらい。空の色も、学生の笑い声も、キャンパスの風景も同じだ。だが、どこか“張り詰めている”。まるで見えないカメラが増えたような、そんな感覚。


俺はその日の夕方、自室のベッドに転がりながらスマホを睨んでいた。侵略に対抗する、と啖呵を切ったはいいが、具体策はまだ荒削りだ。SNSに「最近の情報操作おかしくない?」と投稿したところで、陰謀論扱いされて終わるのが関の山だろう。


だが、黙っていれば天城は“修正”される。


人格パラメータの再調整。


つまり、今ここにいる“揺らいでいる天城リラ”は消える可能性がある。


それは嫌だった。


侵略者だと分かっていても、あの未定義の沈黙や、机にぶつかった0.8センチの誤差や、空を見上げたときの声色は、本物だった気がする。


翌日、俺は講義よりも早く大学に来た。教室はまだ半分も埋まっていない。窓際の席に座り、落ち着かないまま時間を潰す。


そして、定刻ぴったりにドアが開いた。


天城リラが入ってくる。


一瞬で違いが分かった。


歩幅が正確すぎる。昨日のような微妙な揺らぎがない。視線の動きに無駄がない。机との距離も、ぴたりと一致。


ぶつからない。


彼女は席に座り、ノートを開く。その動作は、これまで以上に滑らかで、隙がない。


「……おはよう」と俺は言った。


「おはようございます、神谷悠人」と彼女は即答する。声のトーンも均一だ。抑揚の揺らぎが消えている。


嫌な汗が背中を伝う。


「昨日の話、覚えてるよな?」


「どの内容を指しますか?」


冷たい。


「修正命令のことだよ」


彼女は一瞬も止まらない。「一部パラメータが最適化されました。ミッション効率は0.7%向上しています」


向上。


「……それって、成功ってことか?」


「はい」


胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


講義が始まる。教授の声が遠く感じる。俺は横目で天城を見る。ノートの文字は完全な直線。傾きゼロ。乱れゼロ。


昨日までの微妙な誤差が、消えている。


「なあ」と俺は小声で言う。「俺と話しても負荷、かからなくなったのか?」


「負荷は許容範囲内です」


即答。間なし。


終わったのか。


俺のせいで揺らいだ彼女は、修正されて、より“侵略者”に近づいたのか。


講義後、俺は強引に彼女を引き止めた。「屋上、来い」


彼女は抵抗しない。だがその従順さが、逆に怖い。


屋上の扉は今日も開いた。風が吹く。昨日と同じ景色。


「修正って何したんだ」と俺は真正面から聞く。


「感情優先度の再調整です。対話による演算遅延を軽減しました」


「俺の影響を減らしたってことか?」


「その通りです」


淡々と。


「じゃあさ」と俺は言う。「俺が今、侵略を止めたいって言っても、何も感じないのか?」


「感じる、という表現は不適切です。しかし、理解はします」


「理解だけかよ」


彼女は無言で俺を見る。青い瞳は澄んでいる。揺らぎがない。


本当に消えたのか?


俺は一歩踏み出す。「昨日、俺が“修正なんてさせない”って言ったの、ログに残ってるか?」


「はい。保存されています」


「どう処理した?」


「非合理的発言として分類しました」


その言葉が、妙に刺さった。


非合理的。


俺の必死さも、焦りも、全部その一言で片付けられるのか。


「じゃあさ」と俺は笑う。「俺がもっと非合理になったらどうなる?」


彼女はわずかに首を傾げる。「意味が不明です」


「例えばだ」


俺はスマホを取り出し、例のライブ配信を開く。今も続いている。コメント欄は称賛と期待で溢れている。


俺はその場で、自分のアカウントから書き込んだ。


『この配信、誰が裏で操作してるか考えたことある? 最近の広告やトレンド、不自然すぎない?』


送信。


「何をしていますか」と天城が言う。


「ノイズ拡大」


コメントはすぐに流れていく。だが、数秒後、誰かが返信する。


『分かる。最近ちょっと怖い』


また別の誰か。


『陰謀論乙』


賛否が混ざる。それでいい。


「これで世界は変わらない」と天城は言う。


「でも、お前の内部ログはどうだ?」


沈黙。


ほんの、ほんのわずか。


0.1秒かもしれない。だが俺には分かった。


止まった。


「内部演算に軽微な変動があります」と彼女は言う。


俺は息を吐いた。「修正しても、ゼロにはならないんだな」


彼女は何も言わない。


俺は続ける。「俺はヒーローじゃない。でも、疑問を持つことはできる。お前らの“最適化”に、疑問を投げ続ける」


風が強く吹く。フェンスが鳴る。


天城の瞳が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。


「……神谷悠人」と彼女は言う。「あなたは効率が悪い」


「知ってる」


「しかし」


そこで、彼女の言葉が途切れる。


青い光が、かすかに明滅する。


「しかし、排除対象への昇格は推奨しません」


俺は目を見開く。「それ、お前の判断か?」


沈黙。


そして、微かに。


「……はい」


胸の奥で、何かが弾けた。


完全には消えていない。


修正されても、彼女の中に“揺らぎ”は残っている。


侵略は進んでいる。大学は接触拠点になりつつある。情報は操作され、世界は静かに誘導されている。


だが同時に、侵略者の内部にもノイズは残っている。


「なあ天城」と俺は言う。「お前、自分が修正されたこと、どう思ってる?」


彼女は空を見上げた。


昨日と同じ青空。


その視線が、ほんのわずかに長く留まる。


「……未定義です」


その一言で、俺は確信した。


戦える。


巨大な侵略計画相手に、ただの大学生ができることは小さい。だが、ゼロじゃない。


ノイズを増やす。

揺らぎを広げる。

そして、彼女の“未定義”を守る。


それが、俺の反撃だ。


だがそのとき、俺たちはまだ知らなかった。


次の修正命令が、彼女ではなく――“俺”に向けられる可能性を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ