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俺大学生、あいつは多分地球の侵略者  作者: 続けて 次郎


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第一章 隣の席の違和感

大学生活というものは、思っていたよりも平和で、思っていたよりも退屈だった。入学式の日に抱いていた「ここから人生が変わる」という漠然とした期待は、履修登録の時点でだいたい砕け散った。必修科目の多さと朝一限の存在が、青春を削るには十分だったからだ。そんな俺、神谷悠人は文学部一年。将来の夢は特になし。趣味は動画視聴とコンビニ新作スイーツのチェック。極めて普通の大学生である。


異変に気づいたのは、五月の連休が終わった頃だった。気温がじわじわと上がり始め、教室の空気がどことなく眠気を含み始めるあの季節。一般教養の「宇宙と人類」という講義で、俺はいつも通り最後列の窓際に座っていた。正直、単位が取りやすいと評判だから選んだだけで、宇宙に特別な関心があるわけではない。だが、その日の講義はなぜか妙に頭に残った。


理由は隣の席に座った女子学生だ。


彼女はそれまで一度も見かけたことがなかった。黒髪のショートボブで、肌はやけに白い。化粧は薄いのに、目だけが妙に澄んでいて、どこかガラス玉のような印象を受けた。名前は出席確認で知った。「天城リラ」。珍しい名前だな、と思った程度だった。


最初の違和感は、ノートの取り方だった。教授が「ビッグバン理論」について説明を始めると、彼女は一瞬でペンを走らせた。だが、その速度が明らかにおかしい。人間が聞き取りながら書く速度ではない。教授が話し終える前に、すでにページが埋まっている。そしてページをめくる音が、やけに機械的だった。


俺はちらりと彼女のノートを盗み見た。


文字が、整いすぎている。いや、整っているなんてレベルじゃない。すべて同じ太さ、同じ角度、同じ間隔。印刷された活字のように、狂いがない。しかも、教授がまだ言っていない内容まで書いてある。「量子揺らぎの初期条件仮説については次回言及」なんて、教授はその後に初めて口にしたのだ。


偶然だろうか。事前に予習していたのかもしれない。だが、それにしても不自然だった。


さらに妙なのは、彼女が一度も瞬きをしないことだった。講義が始まって三十分。俺は眠気で三回は目をこすったのに、彼女は微動だにしない。視線は常に前方固定。まるでセンサーのように。


さすがに気味が悪くなって、俺は小声で話しかけてみた。「あのさ、ノート取るの速いね」と。


彼女はゆっくりこちらを向いた。その動きもどこか滑らかすぎた。関節の動きが、妙に計算されている感じがする。


「標準的速度です」と彼女は答えた。


標準的、という言い方に引っかかった。普通は「そうかな」とか「予習してきたから」とか言うだろう。「標準的」って何だよ。


「君、理系?」と俺が聞くと、彼女はわずかに首をかしげた。「現在は文学部に所属しています」と言う。質問の答えになっていない。


そのとき教授が「地球外生命体の可能性」という話題に入った。教室が少しざわつく。俺もなんとなく興味を持った。映画みたいな話は嫌いじゃない。


「もし彼らが存在するなら、まずは人類社会に溶け込むでしょう」と教授は言った。「外見や文化を模倣し、気づかれないように観察するはずです」


その瞬間、隣の彼女のペンが一瞬止まった。


ほんの一秒にも満たない停止。だが、確かに止まった。


俺は横目で彼女を見る。彼女は何事もなかったかのように書き続けている。だが、そのページには大きくこう書かれていた。


『侵略段階:第一フェーズ完了』


俺は息を飲んだ。


見間違いかと思った。だが、何度見てもそう書いてある。侵略段階? 第一フェーズ? それ、講義内容じゃないよな?


「それ、何のメモ?」と俺は思わず聞いてしまった。


彼女はノートを閉じた。「講義内容の要約です」と淡々と言う。


いや絶対違うだろ。


だが、俺はそれ以上突っ込めなかった。なぜなら彼女の目が、ほんの一瞬だけ光った気がしたからだ。比喩じゃない。本当に、淡い青色の光が瞳の奥で瞬いた。


講義が終わり、学生たちがぞろぞろと教室を出ていく。俺も立ち上がったが、なぜか彼女のことが気になって仕方がなかった。好奇心か、それとも恐怖か、自分でも分からない。


廊下で彼女に追いつき、もう一度声をかける。「さっきの、侵略ってやつさ。冗談だよな?」


彼女は足を止め、振り返る。表情は無機質だが、口元だけがわずかに動いた。「あなたは観察対象に適しています」


「は?」


「接触優先度を引き上げます」


意味が分からない。だが、その瞬間、俺のスマホが震えた。見覚えのない通知。差出人不明。本文は一行だけ。


『ターゲット:神谷悠人 接触確認』


背筋が凍った。


ゆっくり顔を上げると、天城リラはすぐ目の前にいた。距離が近すぎる。いつ移動した? さっきまで二メートルは離れていたはずだ。


「安心してください」と彼女は言う。「侵略はまだ穏便です」


穏便な侵略って何だよ。


「冗談だよな?」と俺は笑おうとしたが、喉がうまく動かなかった。


彼女は俺の目をまっすぐ見つめる。その瞳の奥で、また青い光が走る。「あなたは、最初の協力者になる可能性があります」


協力者。つまり俺は、人類側じゃないのか?


廊下のざわめきが遠のいた気がした。いや、実際に周囲の音が小さくなっている。まるで空間が遮断されたように。


「これはテストです」と彼女は続ける。「あなたは異変を認識しました。観察能力は平均以上。排除対象には該当しません」


排除対象って言ったか今。


俺は一歩後ずさった。「なあ、天城。お前、何者なんだ?」


彼女はほんの少しだけ考えるような間を置いた。そして、静かに答えた。


「私は地球外知的生命体、調査ユニット三号です。あなた方の言語では“侵略者”と呼ばれる存在に近いでしょう」


頭が真っ白になった。冗談にしては完成度が高すぎる。だが、目の前の異常が、それを冗談として処理することを拒んでいた。


俺は普通の大学生だ。単位とバイトとコンビニスイーツのことで頭がいっぱいの人間だ。なのに、隣の席の女子が地球侵略を宣言している。


彼女は淡々と続ける。「現時点であなたを害する予定はありません。ただし、情報漏洩は許容できません」


「漏らすわけないだろ!」と俺は反射的に言った。


「それは良い判断です」と彼女は頷く。そして一歩下がった。周囲の音が一気に戻る。学生の笑い声、足音、スマホの通知音。まるで何事もなかったかのように。


「また明日」と彼女は言った。「講義で会いましょう、神谷悠人」


そう言って、彼女は人混みに紛れた。


俺はその場に立ち尽くしたまま、自分のスマホを見つめる。さっきの通知は消えていた。履歴にも残っていない。だが、確かに見た。


その日から、俺の平凡な大学生活は終わった。


なぜなら俺は知ってしまったからだ。隣の席の天城リラは、多分、本当に地球の侵略者だ。そしてなぜか、俺を“協力者候補”に選んだ。


冗談じゃない。


俺はただ、単位を落とさずに卒業したいだけなんだ。


だが、どうやらそれすら、簡単ではなくなったらしい。

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