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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第五話 妻のスマホ

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15

 シャララララランシャララララランシャララララランシャラララララン


 やはり、この部屋だ。

 九畳ほどの部屋の中にはデスクとベッドが一つずつ。それから小さめの本棚がある。

 奥の壁にはクローゼットが位置していて——とクローゼットの扉を見た瞬間、俺は固まってしまった。


「なんだ、あの扉は……?」


 クローゼットの扉は壁の三分の二を占めていて、残りの三分の一は壁になっていたはずだ。それなのに、その三分の一のスペースに、見知らぬ扉が存在していた。前後に開閉するタイプの扉。あんな扉、この部屋にはないはずなのに、なぜ……。


 背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら、俺の足はどんどん知らない扉のほうへと近づいていく。



 シャララララランシャララララランシャララララランシャラララララン

 シャララララランシャララララランシャララララランシャラララララン

 シャララララランシャララララランシャララララランシャラララララン


 

 着信音が次第に大きくなっている。

 間違いない。沙綾のスマホはあの扉の中にある(・・・・・・・・)——。

 俺は一歩ずつ扉に近づき、取っ手に手をかける。

 

 ギイィィと蝶番が軋む音がして、扉は開かれた。

 そこで目にしたのは、沙綾のピンク色のスマホと——一畳ほどの何もない空間。それから、豪華なお饅頭の箱。

 

「さ、あや……?」


 彼女がそこにいないことは分かっているはずなのに、呼びかけずにはいられない。

 沙綾のスマホがなぜこんなところに?

 それ以前に、この空間はなんだ?

 どうして沙綾はいないんだ——。

 

 俺の頭では処理しきれないほどの情報がさまざまに頭の中を駆け巡り、ドキンドキンと心臓の鼓動が速くなっていく。


「沙綾」


 彼女の名前を呼ぶ。大切なはずの人の名前。でも、何度か名前を呼ぶたびに、彼女の名前の輪郭がぼやけていくような感覚に襲われた。


 俺は、いまだに鳴り続けている妻のスマホに手を伸ばした。

 重みのあるそれを手にした瞬間、俺の身体がぐにゃりとおかしな方向へと捻じ曲げられるようなおぞましい感覚に陥った。


 シャラララ


 それまで警鐘のように鳴っていた彼女のスマホの音が、ぴたりと止まる。

 着信画面が閉じられ、新着メールのポップアップ表示には【次回の採用面接について】という件名だけが見えた。

 

「あ」


 そこでようやく、俺は気づいた。

 採用面接。沙綾は浮気をしていたわけではない。きっと転職活動をしていたのだ。

 そして、今最も重要なことが俺の思考を支配し始めた。

 俺は今から、この部屋の——この|マンションの一部になるのだ《・・・・・・・・・・・・・》と。



<第五話 了>


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